・「テロワール」には少なくとも2種類の意味が存在し、わかりにくくしています
・「テロワール」のわかりにくさが、ワインから普通の人々を遠ざけている?
・「テロワール的概念」は紀元前まで遡れる
こんにちは(あるいはこんばんは)。
このコラムも50回目の節目を迎えることとなりました。
お正月に居住まいを正して「あけましておめでとうございます」と祝いの言葉を述べるのに、ワタクシは気恥ずかしさを感じるタイプなのですが、それでも一つの節目を迎えるのはとてもありがたく、うれしい限りです。
このコラムを書くことを通じて、ビジネスとしてのワイナリーが立ち上がる様子を詳らかにして、同じくワイナリーを立ち上げる人たちの助けになれば良いと思って始めました。これまでにそういう立場にある幾人もの方々に「コラム読んでいます」と声をかけられることが大きな支えとなり、書いてきてよかったと自分を励ましてきました。

コラム執筆の傍ら、伊勢丹本店のイベントにてワイン生産者の皆さんと。ワイナリー立ち上げから年々、さまざまな交流の輪が広がってきました
また、コラムの執筆を通じて、自分の中にあるぼんやりと形をなさない思念のようなものに、色彩と秩序を与えて文字にしていくことは、自分にとっても新たな発見が与えられ、改めて認識を深め姿勢を正すことがさらなる成長にもつながっています。
この場を与えていただいている方々、読んでいただいている方々、すべての方々にお礼申し上げます。ありがとうございます。
「テロワール」のわかりにくさ
さて。今回はワイナリーの立ち上がりについてではなく、ワインを表現あるいは評価する際によく使われる、とある言葉について考えてみたいと思います。
ワインを表現する言葉の一つに「テロワール(terroir)」というフランス語があります。耳にされたことがある方も多いと思いますし、ワインを語る際にはよく使うという方もいらっしゃるかもしれません。とてもワインと密接な関係にある言葉と言えるでしょう。しかし、こう言うとワイン愛好家の方でお気を悪くされる方も少なくないと思いますが、ワタクシはこの語が持つ「わかりにくさ」がワインから普通の人々を遠ざけているのではないかと感じています(不必要に使わないほうが良いとも思っています)。
まず、この語に「わかりにくさ」があるのは、いくつもの定義や説明が乱立していることで説明が付くのではと考えています。
最初に取り上げるのは、フランスに本部があり、ぶどう栽培やワイン醸造に関する科学的研究、技術基準の策定、国際的な情報共有を行う国際機関の「国際ブドウ・ワイン機構(L’Organisation Internationale de la Vigne et du Vin、以下「OIV」)」の「RESOLUTION(決議文) OIV/VITI 333/2010」における定義です(英語は原文、日本語は拙訳)。
"Vitivinicultural “terroir” is a concept which refers to an area in which collective knowledge of the
interactions between the identifiable physical and biological environment and applied vitivinicultural practices develops, providing distinctive characteristics for the products originating from this area.“Terroir” includes specific soil, topography, climate, landscape characteristics and biodiversity features."
訳:「ぶどう栽培・ワイン醸造における『テロワール』とは、ある地域を指す概念であり、そこでは特定可能な物理的および生物学的環境と実践されるぶどう栽培・ワイン醸造の技術との相互作用による集合的な知識が発展しており、その地域を原産とする産品に独特の特性をもたらします。
『テロワール』には、特定の土壌、地形、気候、景観的特徴、および生物多様性といった要素が含まれています。」
直訳するととてもわかりにくいですね…定義を一つ一つ読み解くのではなく、いくつもの定義を並べていくことで「テロワール」の本質的な意味が炙り出せるかを試みていこうと思います。

今年1月に訪れたフランス ロワール地方のぶどう畑です。パッチワークのようにいくつもの畑がありますが、ひとつひとつの畑のぶどうの味わいが異なるとされています
次は、フランスのAOC(Appellation d’Origine Contrôlée/原産地呼称)制度を統括する国立組織である「国立原産地・品質研究所(Institut National des Appellations d’Origine、以下「INAO」)」が 2005年に定めた定義です(フランス語は原文、日本語は英語原文からの拙訳)。
Exposition 90 ans : Comprendre le lien entre terroir, paysage et identité du produit https://www.inao.gouv.fr/expo-90ans/10-terroir-paysage-identite-produit
"Le terroir est un espace géographique délimité, dans lequel une communauté humaine construit au cours de son histoire un savoir collectif de production, fondé sur un système d’interactions entre un milieu physique et biologique, et un ensemble de facteurs humains. Les itinéraires techniques ainsi mis en jeu, révèlent une originalité, confèrent une typicité, et aboutissent à une réputation, pour un bien originaire de cet espace géographique. "
訳:「テロワールとは、特定の地理的区域を指し、そこでは人的なコミュニティーがその歴史を通じて、物理的・生物的な環境と一連の人的要素との相互作用に基づき、生産に関する集合的な知識を築き上げてきました。そこで実践される技術的なプロセスは、当該地域を原産とする産品にオリジナリティー(originalité)をもたらし、ティピシティー(typicité、典型性)を与え、結果としてその産物の名声を形作ります。」

2019年に訪れたフランス・アルザス地方のぶどう畑です。見渡す限りのぶどう畑ですが、これで一つの区域(テロワール)として扱われます
ジャーナリストが捉える「テロワール」
もう一つ、世界的に著名なイギリスのワイン・ジャーナリスト、ジャンシス・ロビンソンが編集した「The Oxford Companion of Wine」における定義です(英語は原文、日本語は拙訳)。
"Terroir (is) much-discussed term for the total natural environment of any viticultural site, sometimes used to refer to the effect of that natural environment on wine quality and Typicality. No precise English equivalent exists for this quintessentially French term and concept. Major components of terroir are soil (as the word suggests, terra being Latin for ‘earth’ or ‘land’) and local topography, together with their interactions with each other and with macroclimate, which in turn affects mesoclimate and vine microclimate. "
訳:「テロワールとは、ぶどう栽培地の自然環境全体を指す言葉として、頻繁に議論されており、その自然環境がワインの品質やティピカリティー(典型性)にもたらす影響を指すものとして使われることもあります。このフランス特有の言葉や概念に正確に相当する表現は、英語には存在しません。テロワールの主な構成要素は、土壌(「terra」はラテン語で「大地」や「土地」を意味する)とその土地における地形であり、これらが互いに、または広域の気候(マクロ気候)と相互作用することで、局地気候(メソ気候)やブドウ樹周囲の微気候(ミクロ気候)に影響を及ぼします。」

南アフリカ・ウォーカーズベイのぶどう畑です。地形の変化が激しければ、同じ畑でも区画ごとに異なる傾向のぶどうができるのはなんとなくイメージできます
こうして並べてみると、フランスの業界組織は「自然環境」と「人間の集合的な知識」が、その産地のワインに独自な特徴をもたらすこと全体を「テロワール」と網羅的に定義しているのに対し、ジャンシス・ロビンソンは、まずはぶどう栽培地の自然環境(土壌、地形、気候など)の相互作用によってもたらされる影響が「テロワール」だと、シンプルな定義にとどまっています。
こうした定義の来歴を探るために、少し時間を巻き戻して「テロワール」という概念の歴史的な成り立ちからひもといてみたいと思います。
歴史における「テロワール」
この「テロワール」ですが、出どころを探るために過去を振り返ってみると、ワインづくりがはじまった紀元前までにさかのぼれるという主張があります(「ワイン物語」ヒュー・ジョンソン、など)。ワインづくりの起源は紀元前8000年頃のコーカサス地方(黒海とカスピ海に挟まれた地域)にありますが、ここからメソポタミア(チグリス・ユーフラテス川流域)や古代エジプトに伝わり、紀元前1000年頃に地中海やトルコ・ギリシャを経てイタリアなどのヨーロッパに伝わったとされています。
メソポタミアや古代エジプトでは、同じようにつくっているワインにも関わらず地域やぶどう畑によってワインの味わいに違いがあることを、つくり手も飲み手も感じていました。例えば、紀元前1300年頃(ツタンカーメン王の時代)の古代エジプトの墳墓から出土したワインの土壺(アンフォラ)には、現代のワインラベル同様に「収穫年」「ぶどう畑の場所」「醸造責任者の名前」が記載されていました。これは、あるワインが他のワインよりも優れている(あるいは劣っている)のはその地域やぶどう畑が優れている(あるいは劣っている)からだ、というテロワール的な概念でのワインの表現・評価が、紀元前のメソポタミアや古代エジプトにもあったことの根拠とされています。

壁画に残された古代エジプトのワインづくりの様子。ワインづくりや貯蔵につかわれた土壺(アンフォラ)には醸造年、ぶどう畑の場所、醸造責任者が記されていたとのこと
こうした考え方が洗練されていくのは、中世のフランスです。この時代のフランスではぶどう栽培・ワイン醸造が盛んになり、その活動に教会が関与していきます。比較的時間の余裕があった修道士たちがワインづくりの技術を発展させる一方で、出来上がったワインの評価技術についても進化させました。彼らのワイン評価においてはどの区画・村・地域のワインが良いか悪いかが重要であり、これが「テロワール」という言葉で表されるようになっていったのです。
またこの考え方は、どの区画・村・地域で生産されたワインであるかの表示の重要性を高めることとなり、後の「原産地呼称」制度(AOC、先に出てきたINAOが統括するフランスの制度)が確立する基礎となります。原産地呼称制度が求められたきっかけは、広域な流通網の発展に伴い、産地を偽装したワインが大量に出回るようになったことです。これにより、生産者と消費者の双方に大きな不利益が生じました。生産者にとっては、偽物に販売機会を奪われるだけでなく、粗悪な偽装ワインによって産地の評判までされて損なわれてしまいます。一方の消費者にとっても、偽の産地名にプレミアムな価格を払わされ、質の低いワインをつかまされるという明らかな損失が生じていたのです。

中世のワインづくりの様子です。作業の多くが機械化されるのは20世紀に入ってからですが、物流は早くから発達していたので、ワインは重要な交易品の一つでした
この古くからある「テロワール」の概念は、ジャンシス・ロビンソンが定義するものに非常に近しく感じられます。目に見えて、肌で感じるぶどう栽培地の自然環境(土壌、地形、気候など)の相互作用が、できあがるワインの特徴を表現するという考え方です。ぶどう栽培・ワインづくりに関わる人よりも、ぶどうを栽培する土地の自然環境がより強くワインに影響を与えるということです(ワインづくりの環境はあまり関係ないということでもある)。
一方、ワインづくり(お酒づくり)が科学的な手法で解明されたのは、19世紀にフランスのルイ・パスツールによってアルコール発酵が微生物の働きによると確認されたことに端を発します。これを一つの契機として、ぶどう栽培・ワインづくりにおける科学的なアプローチが進化し、長い間の職人的な経験・ノウハウが科学的な知識として集約されていきます。この人的な活動を通じてコミュニティーが得た集合的な知識(collective knowledge)を含んでいるのが、前節でみてきたフランスの業界組織による「テロワール」の定義です。
話は少しズレますが、ワタクシは前職でこういう「定義」を議論する場面に出くわしたことが何度もあります。その経験から言えるのですが、標準化を試みる団体・組織には含まれそうな要素はヌケ・モレなく定義に含めておきたい、という圧があるんですよね。そういう経験から、業界組織的にはより包括的な「定義」を採択したのではないかと想像します。
しかし、これにより、「テロワール」は少なくとも2種類の意味が存在するということになりました。同じ語なのに2種類あり、使っている人たちが無意識にどちらかを選んでいるようなら、それは「わかりにくさ」につながるとは思いませんか?
結び
「テロワール」についてはもう少し掘り下げていきたいのですが、今回はいったんここで区切ります。
この語が誕生した経緯に鑑みると、ワインの良しあしや特徴を表現する際、「産地」や「畑」にその源泉を求めることが「テロワール」という概念の中核にあるのでしょう。しかし、今回のコラムで見てきたように、この語には人によって異なる意味で使うことによる「わかりにくさ」が常についてまわります。また、個人的にワインの特徴は「産地」や「畑」にその源泉を求められるのか、についても疑問を感じています。
次回以降で、この「わかりにくさ」についてもう少し踏み込みつつ、ワタクシたちがワインの特徴をどのように捉えて、表現できるのかについて、引き続き考えてみたいと思います。
それでは、また。
ワインとワイナリーをめぐる冒険
ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
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山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。ワイナリーを立ち上げるため2020年に東京から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。大阪出身。移住前はITサービス企業でIoT事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者等を歴任。パラレルワークでIT企業の新事業検討・開発を支援。早稲田大学ビジネススクール修了。61カ国を訪問した旅好きでニュージーランド、南アフリカでもワインをつくっている。毎日ワインを飲むほどのワイン好き。


