ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

東川町は冬がはじまりました。11月下旬には雪がしっかり降る日が増えましたが、12月になると暖かくて雪が溶けることも多く、今年の冬はどんな感じになるかと少々やきもきする日々です(ぶどう栽培的にはある程度積雪したほうが良いのです)。寒さには強いので、北海道の冬は特に辛さを感じないのですが、凍った道路でクルマを運転するときにはまだ少しドキドキします。

さて。今回は果汁を醗酵し、ワインへ変化させる仕組みをみてみます。酒づくりは原材料をアルコールに変化させる=醗酵なので重要なプロセスなはずですが意外に良く知られていません(ワタクシもワインづくりを始める前はたくさん飲んでいたにも関わらず、詳しく理解していませんでした。食やお酒って意外に知られていないことが多いですよね)。

「醸造」は、酒づくりの基本

ワイン醸造のあらましを説明する前に、お酒の作り方をざっくりと整理しましょう。まず、酒の種類には醸造酒と蒸留酒があることはおそらくご存知かと思います。酒づくりで原材料を醸造して出来あがるのが、ワイン、清酒、ビールなどの「醸造酒」、原材料を醸造した液体を蒸留して出来るのが、ウイスキー、焼酎、ブランデーなどの「蒸留酒」です。こうしてみると、酒づくりには「醸造」がかならず含まれています。
※梅酒やリキュールの一部は、蒸留酒や醸造酒に果実や香料などの副材料を混ぜてエキス分を抽出してつくるため「混成酒」と呼ばれます

画像: 「醸造」は、酒づくりの基本

「醸造酒」のつくりかたには2種類あります。原材料(主に穀物)に含まれた炭水化物を糖分に変換、その糖分を醗酵してアルコールを作り出すタイプと、原材料(主に果実)に含まれた糖分を醗酵してアルコールを作り出すタイプです。前者の代表的なものが清酒、ビール、後者の代表的なものがワインです。なお、少し調べてみたところ、糖分からアルコールを作り出すプロセスを「(アルコール)醗酵」原材料からアルコールやエキス分や風味成分などの複数の成分を作り出すプロセスを「醸造」と言うようです。

清酒は、醗酵を中心としたざっくりとした説明ですが、原料であるお米のでんぷんを麹(こうじ)によって糖分(もろみ)に変化させながら、酵母がもろみの糖をアルコールに変化する、並行した2つの工程によってつくられます。これらの工程を「並行複醗酵」と呼びます。一方のビールづくりでは、原料の麦芽(モルト)を粉砕〜加水〜加熱して糖(麦汁)に加工した後、酵母が麦汁の糖分をアルコールへと変化してビールとなります。工程が連続して行われるため「単行複醗酵」と呼ばれます。

画像: ビールづくりで使われるタンクです。醗酵中に生じる炭酸ガスを液中に残すために耐圧構造なのが(ワタクシの理解では)ワイン用タンクとの違いです

ビールづくりで使われるタンクです。醗酵中に生じる炭酸ガスを液中に残すために耐圧構造なのが(ワタクシの理解では)ワイン用タンクとの違いです

一方、ワインは原料であるぶどうに含まれている糖分を酵母がアルコールに変化(醗酵)することでつくられます(「単醗酵」と言います)。ワイン同様に果実を原料とするお酒には、シードル(りんご)、ポワレ(梨)などがあります。ワインは、原材料に水を加えません。清酒、ビールの水分は醸造過程で加えた水ですが、ワインの水分はぶどうに含まれている水分です。また、熱を加えることもありません。原料をつぶしてできる果汁を常温でそのまま醗酵して、ワインができあがります。

画像: ワインづくりで使うタンクです。左のタンクでワインの熟成中です。使用していないときは右のようにすべてのバルブ類を取り外して乾燥させています

ワインづくりで使うタンクです。左のタンクでワインの熟成中です。使用していないときは右のようにすべてのバルブ類を取り外して乾燥させています

こうして、ビールや清酒に比べて原材料からの工程がシンプルなため、原材料の加工方法や醸造方法の特徴より、原材料であるぶどうの性質や良し悪しが出来上がったワインに色濃く反映します。ワインのラベルに、原材料のぶどうの品種や産地、製造年であるヴィンテージが記されているのは、そういった情報があればそのワインの風味を推測できるからでしょう。単純な工程で作られていることが、お酒の中でワインを特徴づけるいちばんのポイントだと思います。

「サッカロマイセス・セレビシエ」

ここまで、酵母が糖分をアルコール(と二酸化炭素)に変化させる、と説明してきました。酵母にもいろいろな種類があるのですが、糖からアルコールを生じる酵母は「サッカロマイセス・セレビシエ」と呼ばれる酵母です。この長い名前は学名ですが、ソムリエ関連の資格試験で必ず出てくるキーワードなので、酒づくりに携わる人達だけでなく、それなりに知られている酵母の名前です。「サッカロ」がラテン語で「糖」、「マイセス」はギリシャ語で「菌」、「セレビシエ」がラテン語の「ビール」に由来しているので、「ビールの糖(を代謝する)菌」という意味の名前です。こういう名前がついているくらいなので、残念ながらワインではなく、ビールづくりの過程で発見された酵母だと思います。

画像: 短い動画ですが今シーズンの仕込みでの醗酵の様子です。酵母が生じる二酸化炭素によって対流が発生しています youtu.be

短い動画ですが今シーズンの仕込みでの醗酵の様子です。酵母が生じる二酸化炭素によって対流が発生しています

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この「サッカロマイセス・セレビシエ」は自然界のいたるところで見られ、色んなところで使われています。パン作りで使うイーストもこの「サッカロマイセス・セレビシエ」です(パンが膨らむのは酵母が生成する二酸化炭素によるものです。同時に生成するアルコールはパンを焼いている間に蒸発します)。また、清酒の酒蔵でよく「蔵つき酵母」と言いますが、これも「サッカロマイセス・セレビシエ」です。ちなみにワインも清酒同様に蔵(ワイナリー)付きの酵母という考え方があります。ただ、ぶどうの樹皮や果皮にも「サッカロマイセス・セレビシエ」は見られるので、どれくらい「蔵」付きと言えるのか個人的には疑問なのですが… いずれにせよ「サッカロマイセス・セレビシエ」の持つメカニズムは食べ物、飲み物をつくるにあたってさまざまな形で利用されています。

野生か、培養か

蔵つき酵母やぶどうの果皮に付いているような、自然界に遍在する酵母を野生酵母と言います。一方、自然界にある酵母の中から選抜されて純粋培養した酵母を、培養酵母あるいは乾燥酵母(乾燥粉末で販売されている)と呼びます。ワインづくりにおいては、いずれの種類の酵母を用いるかで、醗酵のアプローチが分かれると言っていいでしょう(どちらが良い悪いではありません)。

画像: 雪川醸造で使用している豪Maurivin 社のパッケージ。培養酵母は乾燥した粉末状で、コーヒーの粉で使われるようなアルミ袋に真空状態で入って送られてきます(一袋500g)

雪川醸造で使用している豪Maurivin 社のパッケージ。培養酵母は乾燥した粉末状で、コーヒーの粉で使われるようなアルミ袋に真空状態で入って送られてきます(一袋500g)

ワイナリーや原料のぶどうについた野生酵母による醗酵は、複数の酵母が与える影響によって複雑味が得られるとされています(ワインは複雑味があるほうが一般的には風味が良い)。一方で、サッカロマイセス・セレビシエ以外の酵母や微生物による汚染が発生し、好ましくない風味や想定外の香りが発生することが少なくありません。野生であるが故に、醗酵が進んでいかないと何が起きるのかがわからないということです。自然派ワインと呼ばれるものは、野生酵母を用いて醗酵したものがほとんどです。

他方で、培養酵母による醗酵は、使用する酵母の特性を生かして、醸造の方向性を狙ってある程度意図的に進めることが出来ます。酵母の種類として、アルコール(エタノール)の生成量、ぶどう果汁に含まれる酸の代謝量、特定のエステル類や高級アルコール類の生成量、醗酵温度・速度など異なる特性を持つものがあります。これらをぶどうの特徴と組み合わせることで、出来上がりのワインをある程度予測できるということです。一方、デメリットとしては、酵母の特徴が強いと風味や香りが単調になってしまうという指摘があります。

雪川醸造は今シーズン、培養酵母を使って醸造しています。単調さという培養酵母のデメリットを回避するためにワタクシが採用したのは、同じ品種のぶどう果汁を異なるタンクに分けて、異なる酵母を適用したワインをつくるアプローチです。東川町のある旭川エリアのラーメンは豚骨や鶏ガラなどのスープと魚介系スープをあわせたダブルスープが特徴なのですが、そこからヒントを得て取り入れてみました。醗酵後に同じ品種のぶどうでありながら複数の方向性、フレーバーを持つワインをブレンドすることで、多層的なキャラクターを持つワインを作り出せるのでは、という仮説に基づいてワインづくりを進めています。

酵母よ、がんばれ

タンクに入れたぶどう果汁に酵母を加えると数時間〜数日で醗酵がはじまります。醗酵開始が遅い場合は、タンクを温めて醗酵がはじまりやすい環境を整えます。ひとたび醗酵がはじまると、醗酵で生じる熱により果汁の液温が上がります。温度が上がりすぎると、醗酵が早く進んだり酵母に過度なストレスがかかったりするので、タンクを冷やして液温を下げます。

画像: 左側の白い機械(チラー)で水を冷却して、タンクの周りの冷却層(ジャケット)に水を循環させることでタンク中の液温を下げます

左側の白い機械(チラー)で水を冷却して、タンクの周りの冷却層(ジャケット)に水を循環させることでタンク中の液温を下げます

こうした温度管理の他に、酸素の供給量も調整します。サッカロマイセス・セレビシエによる醗酵は、酸素が不要な嫌気的醗酵です。醗酵中の果汁が酸素に触れると、酸素によって活性化する微生物によって好ましくない風味や品質上の汚染が発生します。このため、醗酵中は酸素を遮断するのが基本ですが、酸素を必要とするタイミングや果汁の状態があるので、それにあわせて酸素に適度に触れるようにします。

醗酵中に人間にできるのは、これら温度や酸素量を調整するくらいです。その環境で酵母がぶどうの持つポテンシャルを引き出した結果が、そのままワインの出来栄えになります。環境調整以外には、1日朝晩2回、液温と比重を測り、果汁/ワインの状態を観察し、醗酵の進行状況を確認します。比重の大きい糖分が醗酵によって比重の小さいアルコールに変化するため、醗酵初期の果汁の比重は大きく、醗酵が進んでワインになるにつれ比重は小さくなります。アルコール醗酵は早いと数日で終わりますが、長いと2、3カ月かかります。この原稿を書いているタイミングで、雪川醸造で今年仕込んだタンク8本のうち、7本の主醗酵が終わり、残りの1本もあと数日で醗酵終了予定です。

画像: これも短いですが醗酵時に使用する醗酵栓の様子です。タンク内に酸素が入らずに発生した二酸化炭素が排出される仕組みで、ポコポコと動いていると醗酵が活発なことがわかります youtu.be

これも短いですが醗酵時に使用する醗酵栓の様子です。タンク内に酸素が入らずに発生した二酸化炭素が排出される仕組みで、ポコポコと動いていると醗酵が活発なことがわかります

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次回は「酒類製造免許」だ!

今回は醗酵フェーズについて取り上げました。色々と細かなことも書きましたが、ワインの醸造プロセスが原材料であるぶどうの果汁をそのまま醗酵するものであること、このためぶどうの良し悪しがワインにそのまま影響すること、を知っていただければ、ワインの面白みを感じていただけると思っています。良いぶどうは良いワインになりますが、悪いぶどうは良いワインにはならないのです。

次回ですが、主醗酵まで話が進んできたので、ワインを出荷するまでの「後処理」の話を!と思ったのですが、マニアックなことばかりになってしまって面白くなさそうです。それよりも、ぶどうを醗酵してワインにするためには必要な「酒類製造免許」について取り上げた方が良いように思っています。日本国内ではお酒をつくるなら、たとえ少量でも酒類製造免許が必要です。もし酒類製造免許を取るなら、何が必要で、どんな風に進んでいくのか、雪川醸造での体験をベースにまとめてみますので、ぜひお楽しみに。

それでは、また。

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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