ワインとワイナリーをめぐる冒険 第40回 by 雪川醸造代表 山平哲也さん
・世界最高峰の資格、マスター・オブ・ワイン保有者は日本でたった1名
・世界で最も南にあるワイン産地で、舌を巻く
・「段取り八分」。ニュージーランドでその意味を痛感

こんにちは(あるいはこんばんは)。

3月下旬から3週間ほどニュージーランドのワイパラでワインをつくってきました。

今回はそのレポートです。

ぶどうの成熟が思ったよりも遅れていた

南アフリカのワインづくりから日本に戻り、ニュージーランドに旅立つまでの期間は14日間。

その間にワインを1つリリースし、ワインを紹介するイベント(東京ビッグサイト、鎌倉、上野)とオレンジワインのワークショップに参加するために3泊4日で東京に出張し、東川に戻って大量の書類と戦って個人の確定申告を片付けた後に3週間分のニュージーランド滞在を準備して、シドニー経由でクライストチャーチ空港に到着したのは3/22。

この期間に対応することが多すぎて、ニュージーランドとの連絡があまり密にできてなかったんですよね。収穫時期について、ニュージーランドのヴィンヤードと連絡を取ったのは2月中旬が最後。ちょうど南アフリカに向かっている途中で時間があったのでメールで確認したのが最後でした。

で、滞在するランギオラ(ワイパラからクルマで40分くらいの街)のAirbnbの部屋に到着して、「いつ頃収穫できるのか?明日でどうだろうか?」とヴィンヤードのコンタクト先に連絡を入れたところ、

「収穫できなくはないけれど、まだかなり早い。時間があるなら、明日ぶどう畑に来て、自分でテイスティングして判断したほうが良い」

とアドバイス(?)をいただきました。

ワインづくり以外には特に予定はないので、翌朝早く起きてレンタカーを1時間あまり飛ばして、今回のぶどうを提供いただくMt.Beautifulのヴィンヤードへ。

画像: ニュージーランドは野鳥の天国なので、ぶどうが色づき始めた頃からこうしてネットを被せます

ニュージーランドは野鳥の天国なので、ぶどうが色づき始めた頃からこうしてネットを被せます

ヴィンヤードで収穫時期を含めていろいろな相談に乗っていただいたのは、マスター・オブ・ワイン以下、MW)のアラスター・マリングさん。

MWはイギリスのマスター・オブ・ワイン協会が認定する、ワインに関して非常に高い専門知識と経験を有していることを認める資格です。世界で最も難しいワイン試験への合格が必要であり、合格者数は第1回試験の1953年より現在までの70年間で未だ500名弱。マスター・オブ・ワイン協会のWebサイトによると日本在住のMWはたった1名、ニュージーランド在住も16名であり、ワイン業界の世界最高峰のプロフェッショナルと言えます。

画像: ぶどう畑でぶどうの収穫時期をどう判断するかを含めて、いろんなことを相談にのってもらいました。こうして MW と直接話せるのはよい学びです

ぶどう畑でぶどうの収穫時期をどう判断するかを含めて、いろんなことを相談にのってもらいました。こうして MW と直接話せるのはよい学びです

雪川醸造に提供してもらう区画のピノ・ノワールをテイスティングして、確かにまだ良くなる素地(フレーバーと糖の状況が良くなるはず!)がかなりあるので、収穫を少し(1週間ほど)遅らせることにしました。

Instagram

www.instagram.com

アラスターさんを含めていろんな人に状況を訊いてみたところ、クリスマス頃までは気温も日照もあって生育が順調だったけれど、その後の気温があまり上がらなくて、ぶどうが熟すのが全体的に遅れているということでした。そうだったのか…。

「忙しい」といえども、収穫前はもう少しマメにぶどうの状態を確認しないといけないということを学びました(日本ではちゃんとやっていたのに…)。今後のワインづくりに生かしていきます。

セントラル・オタゴへのショートトリップ

ということで、収穫まで1週間ほど時間ができたので、余裕があったら行ってみたいと思っていたセントラル・オタゴでワイナリーをめぐることにしました。

セントラル・オタゴは、ニュージーランド南島南部の内陸にあり、世界で最も南にあるワイン産地として知られています。

画像: ニュージーランド政府が発行している地図にセントラル・オタゴの位置を付記しました。南北に山脈が走っているのが見て取れると思います

ニュージーランド政府が発行している地図にセントラル・オタゴの位置を付記しました。南北に山脈が走っているのが見て取れると思います

南島を750km以上にわたって南北に走るサザンアルプスが、偏西風がもたらす雨雲をさえぎるため、1年を通しての降水量が300-700mmと雨が少なく、とても乾燥しています。セントラル・オタゴではこのような気候の特徴を生かして、ピノ・ノワールの栽培が盛んです。

滞在していたランギオラからセントラル・オタゴまでは、クルマで5時間半ほど。ランギオラからSH1(国道1号)を1時間半ちょっと主に市街地を走り、ランギタタからSH79(国道79号)を経由してSH8(国道8号)を1時間半ほどの山道を走ると、星空がきれいに見える街として有名なテカポ湖にたどり着きます。

画像: 空気が澄んでいて晴れの日が多いために世界有数の星空観測地として有名なテカポ湖ですが、この日は曇っていました…

空気が澄んでいて晴れの日が多いために世界有数の星空観測地として有名なテカポ湖ですが、この日は曇っていました…

テカポ湖には11年前に来たことがあり、そのときに泊まって満天の星空を体験したので、今回は短時間休憩しただけです。写真にも(小さく)ウエディングドレスの方が写っていますが、ここで結婚式を挙げるカップル、意外に多いんですよね。SNSでここの写真をアップしたら「**年前に結婚式しました」という方が複数おられました。

テカポ湖からセントラル・オタゴで今回滞在するクロムウェルまではずっとSH8で2時間半ほど。前半の1時間ほどは盆地を走るので比較的平坦な道路が続き、後半は山道をくねくねと抜けていく感じで走り抜けていきます。

こうしてたどり着いたセントラル・オタゴでは、次のワイナリー7つを訪問しました。

・Valli
・Sato Wines
・Te Kano
・Mt. Difficulty
・Cloudy Bay
・Rippon
・Maude

最初に訪れたValliのワインメーカー、ジェン・パーさんには以前会ったことがあり、仕込みシーズンがはじまる直前だったので、それぞれのワインについて詳しく話を聞きながら、いろいろとテイスティングさせてもらいました。

ぶどうの状態から、どういうワインになっていくかを想像していくことの重要性について、特に話を聞かせてもらいました。話している近くにちょうど、ぶどうの収穫時期を決めるために畑からサンプリング収穫してきたシャルドネの果汁が2種類あり、それぞれを比較してみました。これらを分析して得られるデータ(糖度、pH、総酸)と嗅いでみたり飲んでみたりして得られる官能評価(五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)を用いた食品の品質・特性の評価)のバランスについて、体感的に理解できたのが、とても参考になりました。

画像: オフィスでのテイスティング、それも終わった後に撮った写真なので、殺風景ですみません

オフィスでのテイスティング、それも終わった後に撮った写真なので、殺風景ですみません

ジェンさんに連絡を取ってもらって、セントラル・オタゴの日本人醸造家として知られるSato Winesの佐藤さんにもお目にかかることができました。Sato Winesは仕込みシーズンがはじまっていたので、ワイナリー作業の忙しいなかで、時間を割いてヴィンヤードの成り立ちと区画ごとの特徴を説明してもらい、ワインもピノ・ノワールを中心に3種類テイスティングさせてもらいました。

画像: Pisaという地区の高台にある Sato Wines のヴィンヤード。対岸にある山々の風景で、乾燥した地域であることが感じていただけると思います

Pisaという地区の高台にある Sato Wines のヴィンヤード。対岸にある山々の風景で、乾燥した地域であることが感じていただけると思います

あとのワイナリーは、セラードア(ワイナリー併設のワインショップ)でいろいろとワインをテイスティングしました。日本でもよく知られているCloudy Bayと Ripponでは「日本でワインつくっているんだ」と話したところ、テイスティングメニューにないワインをいろいろと試させてもらいました。

勉強させてもらえるという意味でワインメーカーの特権なのですが、どれもこれもとてもレベルが高いワインなので、テイスティングするたびに舌を巻いておりました(もっとおいしいワインをつくれるようになりたいものです)。

画像: リゾート地としても知られるワナカ湖畔にあるRipponのヴィンヤード。ワイン観光に取り組む世界最高のワイナリー「ワールズ・ベスト・ヴィンヤード」にも選ばれたことがある、とても美しい景色の中でトップクラスのピノ・ノワールを堪能できます

リゾート地としても知られるワナカ湖畔にあるRipponのヴィンヤード。ワイン観光に取り組む世界最高のワイナリー「ワールズ・ベスト・ヴィンヤード」にも選ばれたことがある、とても美しい景色の中でトップクラスのピノ・ノワールを堪能できます

2つ目は時間切れ…

セントラル・オタゴから戻って、Mt.Beautifulのヴィンヤードで再度ぶどうをテイスティングして、ようやくピノ・ノワールを 4/1に収穫しました。ピノ・ノワールは今年はじめて仕込む品種です。

画像: 1週間待ったおかげでかなり良い状態で収穫できました

1週間待ったおかげでかなり良い状態で収穫できました

トレーラーを牽引してワイナリーまで運んで、大きな冷蔵庫で一晩ぶどうを冷やしてから、仕込みはじめました。

画像: ぶどうの房のままの状態を「全房」と呼びます。今回の仕込みでは全房の状態のぶどうを少し使いました

ぶどうの房のままの状態を「全房」と呼びます。今回の仕込みでは全房の状態のぶどうを少し使いました

赤ワインを仕込む際、ぶどうの房を果実と茎(梗とも言います)に分離する作業(茎(梗)を取り除くので「除梗」と呼ばれます)を行ってからアルコール発酵を開始します。この作業(除梗)を行わず、「全房」と呼ばれるぶどうの房のままの状態で発酵することを「全房発酵(Whole Cluster Fermentation)」と呼び、ピノ・ノワールのワインづくりではしばし行われる手法です。

アラスターさんやジェンさんはじめ、色んな人に全房発酵の受け止め方を尋ねて、今回10%だけ全房発酵のアプローチ(部分的な全房発酵(Partial Whole Cluster Fermentation))を取ることにしました。

画像: 毎日、発酵が進むワイン(果汁?)をテイスティングして、比重や液温などの分析データと共に発酵の進捗を確認します

毎日、発酵が進むワイン(果汁?)をテイスティングして、比重や液温などの分析データと共に発酵の進捗を確認します

ピノ・ノワールの後にソーヴィニヨン・ブランを仕込みました。ソーヴィニヨン・ブランは昨年仕込んでいるので、今年2回目です。

画像: ソーヴィニヨン・ブランもトレーラーを牽引して、ワイナリーまで運びます

ソーヴィニヨン・ブランもトレーラーを牽引して、ワイナリーまで運びます

昨年のソーヴィニヨン・ブランの収穫は4/3でしたが、今年の収穫は4/7。

ぶどうの状態としては、もう少し待っても良い感じだったのですが、天候の悪い状態が続く中で唯一良い状態で収穫できるタイミングであり、なおかつ翌々日の4/9には帰国しなければならなかったので、この日の収穫となりました。

ソーヴィニヨン・ブランもピノ・ノワール同様に、大きな冷蔵庫で一晩ぶどうを冷やしてからの仕込みです。

画像: 19 May 2025 www.youtube.com

19 May 2025

www.youtube.com

白ワインの仕込みは、ぶどうを搾ってジュースにしてからアルコール発酵を開始します。雪川醸造ではベルトコンベアでプレス機にぶどうを投入しているのですが、海外のワイナリーではフォークリフトを使ってぶどうを投入するところが多いです。

ソーヴィニヨン・ブランのプレスが終わったところで、ニュージーランド滞在は時間切れ。今回もワイン仕込みでお世話になっているGreystoneのワインメーカーにこの後の仕込みについて細かく伝えて、ワイパラを後にしました。

結び

今回は、3月下旬〜4月上旬のニュージーランドでのワインづくりの模様をお伝えしました。

セントラル・オタゴのワイナリーにいろいろ訪問してワインメーカーから直接話を伺えたのは得るものが大きかったのですが、ぶどう収穫のタイミングとニュージーランド滞在期間がうまくあわず、ワインづくりという点では今年はいささか不完全燃焼気味です。

「段取り八分」という言葉を耳にすることがありますが、今回のニュージーランド滞在ではその言葉の意味を痛感しつつ、可能な範囲でいまできる最良のワインづくりとなるように心がけました。出来上がるワインが良いものとなりますように。

それでは、また。

ワインとワイナリーをめぐる冒険
ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択
第23回:ワインの販売についてその2「D2C的なアプローチ」
第24回:ワインの販売についてその2「ワインの市場流通の複雑さ」
第25回:食にまつわるイノベーション
第26回:ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?
第27回:2023年ヴィンテージの報告
第28回:「果実味、酸味、余韻」
第29回:ワインの市場その2:コンビニにおけるワインと日本酒の販売
第30回:ワインの市場その3:レストランへのワインの持ち込み
第31回:ワインづくり編:ニュージーランド 2024 ヴィンテージ
第32回:ワインづくりと生成AI その1 ラベルの絵を「描く」
第33回:ワインづくりと生成AIその2 :アドバイザーになってもらえるか
第34回:2024年ヴィンテージの報告
第35回:ワインづくりと生成AI その3:事業計画を立案してみる
第36回:ワインづくりと生成AI その4:ワイン関連分野におけるAI技術の活用事例
第37回:「家計調査」に見るワインの購買動向 2024
第38回:海外でのワインづくり:南アフリカ・スワートランド 2025
第39回:海外でのワインづくり:番外編

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.