ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
先日、東京に行く機会があったので、時間を見つけて、ワイン好きの間で話題になっている恵比寿の 「wine@EBISU」に伺ってきました。
ワイン初心者にぴったりなショップ:wine@EBISU
wine@EBISU は新しい顧客体験を提供しているワインショップです。15問ほどの質問に答えて自分専用のワインカルテをつくると、38種類に分類されたタイプのワインのどれが自分の好みに近いかを教えてくれる仕組みがあります。あ、ショップに行かなくても、下記のページでカルテを作ることができます。
wine@ パーソナライズワイン診断
カルテにある自分の好みをベースに、店内でテイスティングして好みを確かめたり、800 種類あるワインから購入したりといったことができるシステムのショップです。
ワタクシもショップでワイン診断を行ってみたところ、白ワインは「香ばしエレガント系」、赤ワインは「芳醇エレガント系」がもっとも好みに近いタイプだと診断されました。香ばしエレガント系白ワインのお勧めの産地×品種は、フランス・ブルゴーニュのシャルドネ、オーストラリア・ヤラヴァレーのシャルドネ、芳醇エレガント系赤ワインは、フランス・ブルゴーニュのピノ・ノワール、イタリア・シチリアのネレッロ・マスカレーゼでした。いずれも好みの産地と品種です。なかなか良い感じに当てられていますよ。
このように自分の好みのタイプが可視化されることで、品種や産地について詳しく知らなくても自分に合ったワインを選ぶことができるのは、ワインに興味を持ち始めるきっかけとして、そしてワインを飲み始めたばかりの方々に寄り添ったとても素晴らしい試みだと感心しました。
また、ショップ内では、タイプごとに分類されたワインを20 種類以上テイスティングできるのも嬉しい仕組みです。テイスティングは 20ml と少量なので、いろんな種類のワインを飲んでも、あまり酔っ払わないのがとても良いです。テイスティングの後に、そのワインの評価を自分のワインカルテに入力すると、診断結果がアップデートされるので、より自分の好みが正しく把握できるようになります。
このショップの関係者でもなんでもないですが、少し面白い顧客体験をしてみたい方や、いろんなワインをちょっとずつ飲んでみたいという方は、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
農地法の改正により、農地利用は法人が有利
さて、前置きが長くなりました。今回は、法人を設立することについて考えてみたいと思います。
なにか事業を開始するには、法人を設立して始めるやり方の他に、個人の事業主として始める方法もあります。多くの場合には、個人事業主として開始してから、法人に切り替える流れを勧められるでしょう(細かく触れませんが、所得税と法人税の税率の違い、法人としての運営コストなどが法人設立における検討ポイントです)。では、なぜ雪川醸造はいきなり法人を設立したのか、というお話です。
雪川醸造は、前回のコラムで触れたように、初回醸造を行うほぼ1年前の 2020年11 月に設立しました。この設立のタイミングは、酒造免許の申請・認可のスケジュールを考慮して決めたと前回説明しましたが、これ以外に、農地利用と補助金の活用ということにも影響を受けています。
まず、農地の利用ですが、ルールを正確に説明しようとすると、コラム2本分くらいの分量が必要なので、かなり省略して説明しますが、個人で農地を売買・賃借して利用する場合、農業者(認定就農者)である必要があります。この「農業者(認定就農者)」と認められるには、場所・地域によって異なっており(国の制度なのですが自治体に運用が任されているので、あちこちでいろいろと聞いてみても、自治体ごとに仕組みが違っていて、ちゃんと詳しく理解できていません…)2〜3年必要だという声をよく聞きます。
一方、法人として農業を行うということになると、農地の賃借であれば、特別な要件は必要なく一般の法人企業であれば農地を借りたり、貸したりすることができて、その農地をつかって事業として農業を行うことが可能です。これは2009年11月に農地法が改正されて、緩和されたルールです。この緩和された農地法には、「農地所有適格法人」という仕組みも含まれており、この法人形態であれば、農地を売ったり買ったりすることもできます(なお、この農地法の改正が、日本のワイナリー数の増加の一因だと指摘されるワイン研究者もいらっしゃいます)。
雪川醸造は 2021年の春にはぶどうの苗木を植え始めようと考えていました。そのスケジュールを実現するためには、個人ではなく、法人で農地を利用することが必要だったのです。そして、マンションを借りるのとは違って、適切な農地を見つけ、条件を交渉して借りるためには、それなりの時間が必要です。これを考慮すると 2020年の秋には法人を設立している必要がありました。
運良く当社のぶどう畑は、土地所有者の意向で、売買ではなく賃借でということだったので、「農地所有適格法人」でなく、一般の法人として畑を借りることができました。長い目でみると、農地を買ったほうが良いのですが、初期投資を抑制するという点では、借りることで始められるのは良かったと感じています。
補助金は個人事業主でも申請できますが・・・
法人設立に影響したもう一つの点は、補助金の活用です。雪川醸造では、ワインづくりのための設備の構築に際して、経済産業省が実施しているいわゆる「ものづくり補助金」を活用しました。
ものづくり補助金とは(出典:中小企業庁「ミラサポplus」)
この仕組みでは、小規模事業者だと 1/3 の自己負担で(つまり 2/3 が補助される)最大 1,000万円まで補助されます(=交付されて返還しなくて良い)。中小企業の場合には補助率は 1/2 となります。中小企業や小規模事業者を支援するための制度であり、個人事業主も対象に含まれます。ただし、採択率を見てみると、中小企業や小規模事業者と比べると圧倒的に数が多いはずの個人事業主は数%しか採択されておらず、不利な状況にあると考えられます。その理由は採択の際に使用される審査項目に次のようなものがあるからです。
(3)事業化面
① 補助事業実施のための社内外の体制(人材、事務処理能力、専門的知見等)や最近の財務状況等から、補助事業を適切に遂行できると期待できるか。金融機関等からの十分な資金の調達が見込まれるか(グローバル展開型では、海外展開に必要な実施体制や計画が明記されているか)。
② 事業化に向けて、市場ニーズを考慮するとともに、補助事業の成果の事業化が寄与するユーザー、マーケット及び市場規模が明確か。クラウドファンディング等を活用し、市場ニーズの有無を検証できているか(グローバル展開型では、事前の十分な市場調査分析を行っているか)。
令和元年度補正・令和二年度補正ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金公募要領(5次締切分)PDF
個人事業主で補助対象の事業を行うには、決して不可能ということではないですが、資金の調達や事業の実行体制などの面に不安があると捉えられるため、採択率が低いということが考えられます。雪川醸造の場合には、すでに挙げた 2 つの理由で法人として始めることを想定していましたので、補助金の活用においても、個人事業主ではなく、法人として対応(申請)して、無事に採択いただきました。
次回はワインづくりの学びの場について
今回は、法人の設立に至る経緯について触れてみました。ワインづくりは酒造免許が必要で、農業が関わっていて、それなりの設備投資が必要なビジネスなので、個人事業主としてではなく、法人として事業を行うことを選択したということです。法人を設立するかどうか考えていた頃には、さまざまな方々からアドバイスをいただきました。いただいたアドバイスとは真逆のことを行っていたりするところもありますが、いずれも示唆に富んだ貴重なものでした。この場を借りてお礼申し上げたいと思います。
次回ですが、ぶどう栽培やワイン醸造のノウハウをどこで習得しているのかについて取り上げてみたいと思います。実はこのコラムは、東広島(広島県)にある独立行政法人酒類総合研究所で開催されているワイン醸造講習に参加している合間を縫って執筆しています。ワインづくりには酒造免許が必要ですが、果たしてどういった学びの場があるのか、少し掘り下げてみたいと思います。
それでは、また。
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第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
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第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です (2022年1月12日号)
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