・オレンジ(みかん)でつくるフルーツワインではありません
・白ワイン用のぶどう(白ぶどう)を用いて赤ワインのつくり方で仕込みます
・”ワイン発祥の地” ジョージアでは数千年前から用いられてきた手法
こんにちは(あるいはこんばんは)。
今年の夏も暑いですね。全国的に高温の天候が続いていますが、ここ北海道の東川でも同様に暑い日々が続いています。こうした日々もあって、雪川醸造のヴィンヤード(ぶどう畑)ではぶどうの生育が早く進んでいます。
ぶどうの生育ステージで「ヴェレゾン」と呼ばれる時期があります。ぶどうの果粒の色が変わって、糖が蓄積されて、少しずつ柔らかく(甘く)なってくる段階のことを指します。

色が変わる粒は見ている限り、房の先や根本からではなくランダムに出現します。こういう不規則性に自然を感じるのはワタクシだけですかね?
この写真、ピノ・ノワールのヴェレゾンの様子です。色変わりしている果粒があるのが見て取れます。例年だとお盆明けがヴェレゾンの時期なのですが、今年はすでにヴェレゾンが始まっています。
この生育スピードが加速している状態を気象データによって確認しました。
植物の生育予測指標の1つに「有効積算温度」があります。これは生育期間の日平均気温で作物の成長に有効とされる温度を積算したものです。ぶどうの場合は基準温度を10℃として、10℃を超えた分を積算したものが有効積算温度となります。この推移を、過去3年分と20年前のアメダスデータを用いて比較してみたのが、次のグラフです。

気象庁の過去データをダウンロードして作成したグラフです
細かいグラフでわかりにくいかもしれませんが、このコラムを執筆しているタイミング(8/9時点)の値を比較すると次のようになります。
2003年:631.8
2023年:901
2024年:921
2025年:956.3
およそ20年前の2003年と比較すると、約300℃も違うことにとても驚かされます。そして、差分の大きさもさることながら2000年代初頭の生育シーズン終了時の有効積算温度(982.9℃)に現在では8月上旬で到達してしまうということにもびっくりです。
2003年と、2023~2025年のグラフのカーブを見ていると、6月下旬くらいまでは大差ないと言っていいと思います。大きく差が開くのは、6月下旬〜9月上旬です。東川(上川盆地)ではこの時期の気温が高くなったということです。
また、直近の傾向を見てみると、2023年と2025年を比較すると58.3も差があります。この時期の平均気温がおおよそ22~3℃なので、積算されるのは1日あたり12~3℃。58.3の差というのは2023年より4~5日早く、2024年より2~3日早い進行になっていると考えてよさそうなので、これまでお盆明けだったヴェレゾンが今年は8月上旬に始まっているのは辻褄が合います。
ちなみに北海道の2023年の夏は暑かったと言われています(覚えていますかね、猛暑でじゃがいもの生育が悪くてポテトチップスが品薄になった年です)。このグラフを見ると、2023年は8月以降9月に入っても高温が続いたことになりますが、あれよりも今年は進行が早く、このまま高温気味に進むとぶどうの収穫がかなり早まるのではないかと気になっています。
こうして気候温暖化を身近に感じながらぶどうを育てて、ワインを仕込んでいる日々ですが、この傾向がどこまで行くのかなというのは心配です。温暖化対策としてCO2を削減できることにはできるだけ取り組むように心がけていますが、毎年こうも夏が暑いと、いろんなことが大丈夫なのかなという気分になってきます。
オレンジワインとは?
さて、今回のコラムでは「オレンジワイン」について少し掘り下げてみます。前回の「ロゼワイン」に続いて、最近注目を浴びつつあるワインの分野で、前回取り上げようと思っていたのですが、文字数が足りなくなったので今回取り上げることになりました。
まずお約束(?)的な前口上ですが、「オレンジ」ワインと呼ばれますが、オレンジ(みかん)でつくるフルーツワインではなく、ちゃんとぶどうでつくっているワインです。
「オレンジ」という呼び名がどこから来ているかというと、赤、白、ロゼ同様にワインの色からこう呼ばれています。そう、ワインの色がオレンジ色(橙色、みかん色、柿色)をしているのです。
ちなみに、英語圏だと"orange wine"ではなく"amber wine"と呼ばれることもありますが、古くからワインがつくられているジョージア(昔のグルジア)という国でつくられているオレンジワインが、アンバー(琥珀)の色調を有しているのでこう呼ばれることがあるということです。Googleトレンドで"orange wine"と"amber wine"を比較してみても、「オレンジワイン」のほうが圧倒的に検索されているので、世界的に見ても「オレンジワイン」と呼ばれていると捉えて良いと思われます。

Googleトレンドからデータをダウンロードして作成したグラフです
さて、どうすればワインがオレンジ色になるかというと、端的に言うと、白ワイン用のぶどう(白ぶどう)を用いて赤ワインのつくり方で仕込むとオレンジ色のワインができあがります。
ワインのつくり方をざっくり区別すると、白ワインのつくり方と赤ワインのつくり方の2種類があります。ずいぶん昔のこのコラムでも取り上げました(第7回)が、おさらいしておきます。

赤ワインは、ぶどうの皮、種と果汁が混ざった状態(「果醪(かもろみ)」と呼ばれます)で主発酵を行います。白ワインはぶどうを搾った果汁を発酵させてワインにします。
ちなみに、赤ワインに使う赤ぶどうを用いて白ワインの仕込みでつくるのがロゼワインです(前回のコラムで「ダイレクトプレス」という方法で説明したつくり方です)。一方、白ワインにつかう白ぶどう(白と言いながら、実際には薄い黄色系〜緑系の色をしています)で赤ワインのつくり方で仕込むのがオレンジワインです。
赤ワインに使う赤ぶどう(黒ぶどうとも呼びます)の果皮にはアントシアニンという色素成分が含まれており、これが赤ワインの色を生み出します。
これとは逆に、白ワイン用の白ぶどうを赤ワインのつくり方で仕込むのがオレンジワインです。白ぶどうにはアントシアニンがほとんど含まれていませんが、薄い黄色系〜緑系の色素があり、これがワインに溶け出すことでオレンジっぽい色のオレンジワインができあがります。
日本でもオレンジワインがつくられています。首都圏でよく見かけるのは「甲州」をつかったオレンジワインですね。これは和食によくあいますよ
「オレンジワイン」の良さ
この「オレンジワイン」ですが、“ワイン生産発祥の地”とも言われるジョージアでは昔からつくられてきていたのですが、この15~20年くらいの間に日本を含めた世界中のいろんな産地でもつくられて、さまざまなタイプのレストランで提供され、飲まれるようになりました。
これだけ広がりを見せているのは、オレンジワイン特有の「良さ」があるからですが、それはどういった点でしょうか?ワタクシがこれまでにオレンジワインについて感じた・聞いた話をまとめると、次の3点に集約されるのではないかと思います。
1.料理との相性-フードフレンドリーさ
2.話題性-目新しさ
3.柔軟度-自由さ、懐の深さ
まず1つ目の料理との相性ですが、これまで白ワイン、赤ワインが合わせにくいと感じられていた料理にオレンジワインがうまく合うことが「発見」されてきたということがあります。
例えば、和食。出汁の繊細な風味が中心にある和食は、白ワインだと果実味が強すぎ、赤ワインだとタンニン分(苦み、渋み)が邪魔をして、実はワインを合わせるのが難しい料理ジャンルです。これが果実味と苦み、渋みが適度にバランスされているオレンジワインだと、あわせやすさが格段に高まります。れんこんのきんぴら、お煮しめ、イカと里芋の煮物など、日本酒をあわせたくなるようなお料理にも、オレンジワインならすんなりとハマっていきます。

魚の煮付けはワインにあわせにくいのですが、これもオレンジワインが合う和食の1つです
あとオレンジワインの中には、紅茶や烏龍茶のような風味を持つものがあり、こういうちょっと濃い目のオレンジワインはこってりとした中華料理やスパイスで奥行きを醸し出しているインド料理、唐辛子とにんにくを多用する韓国料理などにバランスよく合います。適度なタンニン分(苦み、渋み)が脂っぽさを洗い流し、柿やびわのようなアジア由来の果実味が香辛料と相まって、オレンジワインを料理に組み合わせることで、より複雑な骨格を感じることができます。
2つ目の話題性ですが、これまでになかったジャンルのワインなので、目新しさで興味を持ってもらえるという点が挙げられます。
先に触れた通り「オレンジワイン」はジョージアでは昔からつくられてきていたスタイルのワインで、何世紀も前から現在までつくり方が受け継がれてきました。そしてジョージアと同じワインのつくり方をしていたのが、イタリア北部フリウリ地方、および隣接するスロベニアのブルダ地方です。19世紀から20世紀中盤までは伝統的な方法としてこの方法でワインをつくっていたのですが、1970年代にワイン製造が大規模化するにつれて忘れ去られ、一般的な白ワインの仕込み方(果汁を発酵させてワインにする)が主流となりました。

イタリアのフリウリ地方には数年前に訪れたことがあります。スタイルが確立していて、とてもおいしいワインをつくる地方の1つで、ワタクシがお手本にするワインがいくつもある地域です
これを1990年代後半に復活させたのがフリウリ地方の「グラヴナー」や「ラディコン」などのワイン生産者です。旧ソ連邦であったジョージアのワインづくりは域外ではほとんど知られておらず、イタリア・フリウリ地方の生産者が過去の生産方法を復活させるときにジョージアのワインづくり手法を大胆に取り入れたのです。こうしてつくったワインが、「こんなワイン(づくり)があったのか」という驚きとともに新たなスタイルのワイン(実際には再発見、再生されたスタイルですが)として衝撃を持って受け入れられ、ヨーロッパ各地、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、日本などのワイン生産新興国(いわゆるニューワールド)に生産方法とともに広がっていったのです。
3つ目の柔軟度ですが、赤ワインでもあるようで白ワインでもある(あるいはいずれでもない)というあいまいさが、料理とのペアリングだけでなく、さまざまな角度からワインを捉える際の「懐の深さ」につながっているところにあると感じます。
前回のロゼワインの時にも、「ワインにはチーズ」「魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワイン」といったようなステレオタイプな飲み方、組み合わせというか「お作法」的なものがちょっと邪魔じゃないかなとお伝えしました。
オレンジワインは、ロゼワイン同様に赤ワインでもあるようで白ワインでもある(あるいはいずれでもない)ので、変なしがらみやめんどくさい話の展開などから距離を置くことができる自由な存在感があるように思っています。
そしてその自由な存在感と表裏一体なところにワインとしての懐の深さを感じます。どんな料理、どんなシーン、どんな文脈、どんな人たちとでも、寛容で包容力のある状況でワインがある状況を楽しめる、そういう奥行きの深さをもたらす「良さ」がオレンジワインにはあると感じています。
結び
今回は、近年話題になることが多い「オレンジワイン」について取り上げてみました。
「オレンジワイン」は、赤、白、ロゼに続く第四の新しいカテゴリーのワインとして位置づけられることが多いのですが、本文で触れたようにジョージアでは数千年前から用いられてきた手法で、現代の白ワインよりも古くからある古典的なワインづくりと言えます。
これが「発見」されて世界各地に広まっていったことで、目新しさのあるワインのスタイルとして自由さと懐の深さを獲得しているところにその面白さがあり、ワタクシ的にはワイン初心者の方が最初に手に取るのに適したカテゴリーだと感じています(赤ワインでもあるようで白ワインでもある〔あるいはいずれでもない〕というあいまいさが良いんじゃないかと)。
雪川醸造ではこれまでにもオレンジワインの仕込み方でつくったワインをリリースしてきていますが、今シーズンはよりはっきりとしたオレンジワインなスタイルのワインを仕込んでいきたいと思っています。そもそもオレンジワインはおいしいものがつくれるカテゴリーなので、ぜひ期待してお待ちください。
それでは、また。
ワインとワイナリーをめぐる冒険
ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
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第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります
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