・実は世界のトップ10にランキングされるワイン生産国、そして350年の歴史
・年平均降水量が500mmほどのケープタウンは雨よりも風の影響が強い
・ワイナリーのほとんどで自然にある酵母を使うアプローチを
こんにちは(あるいはこんばんは)。
2/18にシンガポール経由で南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)に行ってワインをつくってきました(いまはもう北海道に戻ってきています)。今回は、その時に抱いたあれやこれやな雑感をお届けします。
南アフリカの概要
南アフリカの場所は、皆さんご存知だと思いますが念のため、アフリカ大陸の一番南の端です。
面積は、日本の約3.2倍。人口は5751万人で日本の半分弱程度です。人種隔離政策である「アパルトヘイト」が長く続いた後、ネルソン・マンデラ氏が大統領となり民主化が進みました。現在では、ラグビーとサッカーが盛んで、経済も成長している国として広く認識されています。これらが一般的な南アフリカに対する印象ではないでしょうか。
そんな南アフリカへの移動ですが、ワタクシが選んだのはシンガポール経由(他の経由地にはアディスアベバ、ドバイ、ドーハなど)。
東京〜シンガポールが7時間半、シンガポール〜ケープタウンが13時間半(ヨハネスブルグ経由)。このため機内で過ごすのは合計21時間です。さらにシンガポールの乗り継ぎに8時間、移動前日に札幌でのイベントがあったため新千歳〜羽田の移動が1時間、加えて羽田での乗り継ぎが1時間半、あわせて32時間以上の移動となりました。まあでも、乗り継ぎ時間を長めにとったので到着時には思ったほど疲れておらず、機内でしっかり眠れたので時差ボケもほとんどなかったので助かりました。

ケープタウン到着前に南アフリカの風景をのんびり眺めていたら、眼下に山火事が見えました。この山から数キロのところが今回訪れた地域です
南アフリカはワインづくりが盛んな国です
南アフリカでワインをつくると誰かに話すと「えっ、南アフリカにワインなんてあるの?」と反応いただくことも少なくないのですが、実は世界のトップ10にランキングされるワイン生産国です。

そして量だけでなく、いわゆるニューワールド(ヨーロッパ以外でワインをつくり始めた地域)の中では長いワインづくりの歴史を有しています。以下簡単にご紹介します。
南アフリカ:1659年にオランダ系移民により初めてのワインが完成。1680年代に宗教迫害を受けたフランスのユグノー派の人たち(多くがロワール地方の出身)が南アフリカに移住、ワインづくりを始め、発展させてきた。350年ほどのワインづくりの歴史。
アメリカ合衆国:16世紀のヨーロッパ人の入植と共にワインづくりが始まったが、北米土着の品種が好まれず、ヨーロッパ品種の輸入が度々試みられ時間を要した。結果、カリフォルニア州で最初のワイナリーが立ち上がったのは1769年のこと。ワインづくりの歴史は250年ほど。
チリ:1554年に修道士フランシスコ・デ・カラバンテスによりキリスト教の典礼で使用するワインをつくるためにワイン用ぶどうの樹が持ち込まれた。つくられていたのは甘口ワインで、近代的なスタイルのワインがつくられるようになったのは19世紀後半のこと。150年ほどのワインづくりの歴史。
オーストラリア:1788年に英国海軍大佐によってシドニーにワイン用ブドウが持ち込まれたのが最初。1825年には「オーストラリアのワイン用ぶどう栽培の父」ジェームズ・バズビーによって本格的なブドウ園が開設され、以後ワイン生産が拡大しました。200年のワインづくりの歴史。
ここで南アフリカの簡単な歴史もまとめておきます。1652年からオランダ東インド会社が喜望峰へ到達し、以来オランダの植民地としてケープ植民地が設立(現在の西ケープ州)されました。その後、18世紀末には金やダイヤモンドを狙ったイギリス人が到来。19世紀初頭になると、ヨーロッパでのナポレオン戦争終結後に開催されたウィーン会議を経て、ケープ植民地はオランダからイギリスへ譲渡されます。そして、2回のボーア戦争(オランダ系移民の子孫〔ボーア人/アフリカーナーと呼ばれる〕とイギリス系入植者の間の戦争)の後、1910年に南アフリカ連邦(イギリス連邦王国)が設立。1960年に共和制に移行して南アフリカ共和国が成立(国連、イギリス連邦脱退)し、1994年には長きにわたったアパルトヘイトが廃止され、民主化が進みました。
南アフリカは、ヨーロッパからアジアへの航海ルートにおける補給基地として発展を開始しており、航海中の船乗りにワインを提供することが南アフリカのワインづくり開始の大きな目的の1つであったようです。現在はイギリス連邦の一員として捉えられるためワインづくりにあまり関わりがなさそうに感じますが、オランダ統治時代にフランス・ロワールからの移民がたどり着いたことによりワインづくりが根づき、18世紀にはフランスやアメリカ合衆国へ数多く輸出されるようになり、現在にいたるまで主要な輸出品目として位置づけられています(現在、全生産量の半数が輸出されています)。
独特の地形〜山と丘陵地帯
ケープタウンに到着して最初に気づいたのは、景色というか地形が、これまでに見たことがない独特の雰囲気をまとっている土地だということでした。「どこに違和感があるのだろう」と、あたりの景色を見渡していると、山の形、稜線の姿が違うんです。
これはケープタウン市内をバスで巡った時に撮った写真です。

仕込みが一段落したところでケープタウン市内を観光しました。2時間ほどのツアーでしたが、日差しが強くあっという間に日焼けしました
写っている山々は標高が1000m近くあります。この山々が南大西洋からすっと立ち上がった地形です。山の稜線は日本の山のようになだらかではなく、なんだかごつごつしていて、水平に層のような筋があるのがわかると思います。
地学的なことはちゃんと調べられていないので、あくまで憶測なのですが、このあたり一帯は比較的脆い地層で(近隣のワイナリーで土壌の説明に「granite(花崗岩)」とか「sandstone(砂岩)」といった柔らかい地層の話がよく出てくる)、風によって崩されて風化することでこういう地形になるのではと想像しています。ケープタウンの年平均降水量が500mmほど、冬の間に強い風が吹く地域なので、雨よりも風の影響が強いのだろうなと思います。
で、こういう崖みたいな山はケープタウン周辺ではなく、スワートランド近くや内陸地域にも見られます。

標高1000mを超えるテーブルマウンテンから見たケープタウンの街並みです。山腹が見えないので、垂直に立ち上がった地形なのが想像いただけると思います

フランスのユグノー派の人たちが数多く移住したフランシュホーク(フランス人の街角という意味)の景色です
こういう崖山はこのあたりだけでなく、地図で確認すると、アフリカ大陸南側一帯に見ることができるようです(南部アフリカ大断崖というそうです)。

ケープタウン近郊の地形図です。そこここで平地から急に断崖が立ち上がっているのが見て取れます

ケープタウンからポートエリザベスにかけて崖山が連なっているのがわかります。また、内陸国レソトとの国境が山脈にあるのも見て取れます
このような地形にある南アフリカ・ケープタウン周辺の沿岸部は、ヨーロッパのワイン産地とおなじ地中海性気候でぶどう栽培にとても適した気候です。ワインづくりが盛んなのはスキルを持った人たちが集まり、栽培に適した気候の土地のおかげと言えるでしょう。
スワートランドと「AA バーデンホースト」
それでは、実際のワインづくりの現場で受けた印象をいくつか記していきます。
ワインをつくるようになってから訪れて、ワインづくりの現場でディスカッションしたり、実際に作業に携わったりするのが、日本、オーストラリア、ニュージーランドに続いて4カ国目なので、これらの国の範疇での感想、比較となることをあらかじめご了承ください。
具体的な話の前に、ワタクシが今回ワインを仕込んだワイナリーを紹介します。今回滞在していたのはスワートランドにあるAAバーデンホースト(以下、バーデンホースト)です。スワートランドはケープタウンの西60kmにあり、高温で乾燥した気候の元で伝統的には小麦を栽培していましたが、非常に古い地層(10~5億年前の頁岩や6億年前の花崗岩、砂岩など)の丘陵地にぶどうが植えられるようになった地域です。
この地域でスワートランドという土地を反映した高品質なワインをつくる生産者たちが「スワートランド・インディペンデント・プロデューサーズ」という団体として活動しており、バーデンホースト当主のアディ・バーデンホーストはその設立者かつ中心的な人物の一人です。

作業初日の夕方に雪川醸造のワインを仕込んでいる時にアディと一緒に撮ったものです。ワタクシは台の上で除梗機(ぶどうを果粒と梗(くき)に分ける機械)にぶどうの投入作業を行っています
このアディと共にワインをつくっている日本人醸造家のCage Wine 佐藤 "Cage" 圭司さんにご尽力いただいて、2週間のワインづくりをアレンジいただきました。アディにも圭司さんにも色々と面倒をみていただいたので、心底感謝しています。この場を借りてお礼申し上げます。

2024年秋の雪川醸造のヴィンヤード(ぶどう畑)での初めての収穫の際に手伝っていただいたメンバーです。ワタクシの隣で電話をかけているのが佐藤 "Cage" 圭司さんです
ヨーロッパから来ている人が多い(若きワインメーカーの研修先として)
最初のトピックスとしては、南アフリカはワインづくりの現場にも、ワイナリーでテイスティングしている人たちも、ヨーロッパをはじめとして国外から来ている人が多いように感じました。
ワタクシのいたバーデンホーストにはワタクシたち日本人の他に、オーストラリアから来た研修生が働いていました。ワイナリー見学とテイスティングに伺ったウォーカーベイ地区のガブリエルスクルッフにはイタリア、スペイン、ドイツのワイナリーで働く若者が研修生としてワインづくりを手伝っていました。またここでワインメーカーと一緒にワインテイスティングした際にはスウェーデンから訪れていたご夫婦と同席しました(このご夫婦は毎年この時期に南アに2-3週間滞在してワイナリーを巡るのがルーティーンなのだそうです)。

ガブリエルスクルッフでワインをつくっているクリスタルムのテイスティングです。まだラベルの印刷が終わっていない2024年のヴィンテージワインを、ワインメーカーの話を聞きながらテイスティングできるのはなかなか貴重な機会でした
地球の南北で季節が反対ですし、収穫時期にしかワインは仕込めないので、つくり手としては両方でワインづくりを経験することで、経験値を上げることができるわけです(ワタクシの目的もこれです)。そして、ヨーロッパと南アフリカは時差がほとんどないので、アクセスしやすい環境にあります(日本とオーストラリア、ニュージーランドの関係に近い)。
自国内にとどまることなく活動しているヨーロッパからの研修生たちの姿を見て、頼もしいなあと感じました。英語が母語ではない彼らがこうして活躍しているのを目の当たりにすると、日本で活動するワインメーカーも外の世界を経験してもらえればなあと感じますし、ワタクシは来年以降もこういう活動を続けていこうと思っております。
自然なつくり(最小限の人的介入)
実際のワインづくりですが、自然なつくりと品質を安定化させる技法のバランスを上手にとっていると感じました。お酒をつくるのはアルコール発酵とある意味同義なのですが、これまでコラムで何度か取り上げたように発酵させるためには酵母の存在が必要です。
発酵を進めるためには自然にある酵母を使うアプローチと培養された酵母を使うアプローチがあり、(ワタクシの理解では)それぞれ一長一短あるのですが、南アで訪れたワイナリーのほとんどで自然にある酵母を使うアプローチを取っていました(wild fermentation、indulgent fermentation と呼ばれます)。

雪川醸造で仕込んだグルナッシュをつかった赤ワインの発酵の様子。自然酵母での発酵が一週間ほど経ち、順調にすすんでいるところです
一方で、ワインの品質を安定化させるためには、ワインの状態を細かく分析したり、添加剤を使ったりなどの対策・対応が必要です。世の中にはこうした工学的と言えるアプローチを嫌って、出たとこ勝負のワインをつくることを「自然派」と呼ぶ風潮がありますが、南アで訪れたワイナリーにはそうした風潮はあまり強くなく、工学的なアプローチをしっかりと活用しつつ、自然なつくりの特徴を活かした品質の高い安定したワインをつくっているように感じました。
なお、このこうした工学的なアプローチの最小限な活用を"Low Intervention"や"Minimal Intervention"(最小限の人的介入)と表現することも多く、南アフリカのワインの特徴の1つとなっているような印象を受けています。
結び
もう少し南アフリカのワインの話をしたいのですが、ずいぶん長くなってきたので、今回はこれくらいにしておきます。
と言いつつ、南アのワインの良さをポイントでもう少し挙げておくと、
・土地や地域の特徴を高いレベルで表現したワインが手に取りやすい価格で提供されている
・小〜中規模の個性豊かなブティックワイナリーが多いので、いろんな味わい、試みを楽しめる
・数時間のクルマの移動範囲内に、さまざまな気候の地域があるので、地域間の違いも楽しめる
といった感じで、注目すべきかつ愛すべきワイン産地だ!というのが今回訪れてみて抱いた印象です。このコラムが皆さまにおいて南アフリカワインに注目いただくきっかけになればと願っています。
3月下旬から昨年同様にニュージーランドに行ってきますので(これもワインづくりの旅です)、次回はニュージーランドのレポートとなる予定です。
それでは、また。
ワインとワイナリーをめぐる冒険
ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択
第23回:ワインの販売についてその2「D2C的なアプローチ」
第24回:ワインの販売についてその2「ワインの市場流通の複雑さ」
第25回:食にまつわるイノベーション
第26回:ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?
第27回:2023年ヴィンテージの報告
第28回:「果実味、酸味、余韻」
第29回:ワインの市場その2:コンビニにおけるワインと日本酒の販売
第30回:ワインの市場その3:レストランへのワインの持ち込み
第31回:ワインづくり編:ニュージーランド 2024 ヴィンテージ
第32回:ワインづくりと生成AI その1 ラベルの絵を「描く」
第33回:ワインづくりと生成AIその2 :アドバイザーになってもらえるか
第34回:2024年ヴィンテージの報告
第35回:ワインづくりと生成AI その3:事業計画を立案してみる
第36回:ワインづくりと生成AI その4:ワイン関連分野におけるAI技術の活用事例
第37回:「家計調査」に見るワインの購買動向 2024

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。