ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

このコラムを書きはじめて3年以上経つのですが、ありがたいことにこのコラムがきっかけでご連絡いただくケースが少しずつ増えています。

先日は、「北海道でのワインづくりに興味があって」とInstagramでフォローする際にメッセージをいただいた方から「北海道・東川町を訪問するチャンスがあるので、一度お目にかかって話をしたい」とご連絡いただきました。せっかくの機会なので「ぜひ」とお返事し、雪川醸造のぶどう畑でお出迎えして、お目にかかれました。

ご出身が日本国外の方だったので、英語でのやり取りでしたが、土地の選定からぶどう畑のはじめかた、栽培品種の選定や外国人である自分たちに必要と想定されることなど、天気の良いぶどう畑の中でみっちり2時間にわたってさまざまな角度から質問いただいたので、1つずつじっくりお話させていただきました(ワインづくりに比べて、ぶどう栽培はまだまだボキャブラリーが貧弱なのを実感しました…)。

また、「これから新たにワイナリーをはじめるから」とご紹介いただく方や、ワイン関連のイベントでご一緒する方に「ワイナリーのコラム(ブログ)を書かれていますよね?」とお声がけいただくことに、最近続けて何度か遭遇しています。

このコラムは、自分自身が「そうだ、ワイナリーをはじめよう!」と思い立った際に、参考やヒントになる情報が多く見つけられなかったので誰かの役に立てばと書き続けてきたのですが、さまざまな立場の方に読んでいただいているようで、最近の励みになっています。

ノウハウの習得・整理における生成AIの活用

さて。今回も前回に引き続き生成AIを取り上げます。前回はワインラベルの図案作成に生成AIを使用することになった経緯と画像生成のプロセスを取り上げました(ちなみに今回のコラムトップ画像も生成AIの Stable-Diffusion を使って作成しています)。今回は、ワインづくりのノウハウの習得・整理における生成AIの活用をテーマにお話していきます。

ワインづくりに限らず、ほとんどのモノづくりで必要とされるノウハウは、一般的に莫大なボリュームとなるケースがほとんどです。例えば、過去にこのコラムでも取り上げたのですが、ぶどう栽培やワイン醸造の学び方には、次のようなものが考えられます。

・(ぶどう栽培やワイン醸造に関する)職業訓練的な教育(研究)機関で学ぶ
・(ぶどう栽培やワイン醸造に関われるところで)働いて実地で経験を積む
・公的あるいは民間の機関が提供している研修・教育プログラムを活用する
・(ぶどう栽培やワイン醸造に関して)体系立てて説明している書籍から知識を得る

ワインとワイナリーをめぐる冒険 第12回:ワインづくりの学び方(2022年4月12日号)

教育機関や研修プログラムで学ぶ、あるいは働いて実地で経験を積むといったアプローチにはなかなか生成AIが入り込む余地は少ないのですが、書籍(文献)から知識を得る方法は生成AIで加速できるのでは、と考えています。

ワインづくりに関する知識・ノウハウを網羅的にまとめている書籍に"Handbook of Enology"(訳すと「ワイン学ハンドブック」でしょうか)があります。ボルドー大学の教授を中心に執筆されたもので、フランス語で1998年に初版が発行され、現在は第7版まで改訂が進んでいます。このフランス語の第7版を元にした英語版の第3版が最新であり、いまだ日本語訳はありません。

この書籍は、Volume1、2にわかれていますが、ワインづくりそのもののプロセスの説明もあれば、ワインに関わる微生物の働きや、化学的な成分と反応、ワインづくりにおいて生じる欠陥とその対策などに関して、アカデミックな調査研究と実践的手法をそれぞれ紹介することで、いずれも500ページほどに達します(合計1,000ページ近い)。まさにワインづくりにおける「知識とノウハウの集大成」です。以前受講した酒類総合研究所の講習でも、参考書籍の1つとして紹介され、読みこなせることができればワインづくりの知識を深めることができると思っているのですが、1,000ページのボリューム(それも英語)ではやはり時間が必要です。このため、「生成AIにこの書籍を読み込んで内容を把握してもらって、ワインづくりにおける相談役(あるいはアドバイザー)になってもらえないかな」と考えました。

ChatGPT、Claude、Google AI Studioを使ってみる

今回使用する生成AIサービスは次の3つです。

・OpenAI ChatGPT(以下 ChatGPT)
・Anthropic Claude (以下 Claude)
・Google AI Studio(以下 AI Studio)

この3つを選んだ理由ですが、普段から使っている頻度が高いというのが一番大きな理由です。他にも良いサービスがあるかもしれませんが、ワタクシの周りに比較的利用者が多くて必要な情報にアクセスできそうなものとして、この3つをよく使っています。

また、生成AIに読み込ませるPDFですが、"Handbookof Enology"のVolume1(英語497ページ、4.6MB)を使用しました。英語版の"Handbook of Enology"は第3版が最新として提供されていますが、第2版のPDFはいくつかのサイトにおいて無料公開されています(アクセス方法は検索して探してみてください)。これ以降の説明にはこの第2版を読み込ませています。

長いPDFを読み込んで要約できるか?

さて、まずはそれぞれのサービスで、日本語を使えるようにしてから、PDFを読み込んで要約可能か尋ねてみます。まずはChatGPT(使用モデルGPT-4o)です。
※生成AI利用時のキャプチャー画像は縦にやたらと長いので、読みやすさを考慮して画像の一部のみ表示しています。キャプチャー全体を確認するには、画像直下の「全体表示はこちら」というリンクを押して表示してください。

![ChatGPTの返答内容](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/portal/16777300/rc/2024/07/11/a202e006196129759151708e313bf3f8421831fc_xlarge.jpg)

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要約可能なことが確認できた後、PDFをアップロードしたところ章立ての抜粋が示されました。簡素な要約といったところです。

次いで、Claude(使用モデルClaude 3.5 Sonnet)です。

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要約可否を尋ねたところ「PDFファイルを直接読み込むことができません」と返答がありました。さらにPDFをアップロードしようとしたところ、「処理可能な上限を超えている」旨のメッセージが表示され、ファイルがアップロードできません。

Claudeではこの分量のドキュメントの処理ができないようです。残念ながら、Claudeは脱落です。

そして最後にAI Studio(使用モデルGemini 1.5 Flash)です。

画像2: 全体表示はこちら

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めちゃくちゃ長い画面キャプチャーですが、ChatGPTとは異なり、章立てだけでなく各章のトピックや全体総括もこの段階で示されました。ややボリューム大ですが、長い文献の全体像を把握するにはこの程度の粒度で情報を出してもらったほうが良いように思います。

うまく比較・要約してくれるかどうか?

では、次に「赤ワインと白ワインの製造方法の違いについて」という比較的簡単そうな質問を投げてみます。

これは12章が赤ワインの製造、13章に白ワインの製造が説明されているので、それらをどう比較して要約するかという趣旨の質問です。公正を期すように、ChatGPT、AI Studio共に以下のプロンプトを使用します。

「この文献には、赤ワインと白ワインの製造方法の違いについて、どこにどのような記載がありますか?」

まず、ChatGPTです。

画像3: 全体表示はこちら

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赤ワインと白ワインのそれぞれの製造方法の要約を示した後に、主要な違いについて3点を要約して示しています。ちょっとあっさり過ぎるような気もしますが、ハイレベルな要約としては十分です。

一方のAI Studioはこちら。

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AI Studioは製造方法が赤ワイン、白ワインで異なる各ポイントについて、どのように異なるかを対比で示しています。違いがある主なポイントとして8点挙げているので、ChatGPTよりも詳しく示しています(その分、回答は長くなっています)。ある程度のワインづくりに関する知識があれば、こちらのほうが使い勝手が良いように思えます。

ダメなときにはもう一度訊いてみる

3つ目の質問として、白ワイン製造時の「マロラクティック発酵」について尋ねます。

この発酵は、酵母が糖からアルコールをつくり出すアルコール発酵(ワインに限らずお酒づくりでは必須のプロセス)とは異なり、乳酸菌がリンゴ酸(Malic Acid)から乳酸(Lactic Acid)をつくり出す発酵工程で、ほとんどの赤ワインで行われますが、白ワインでは行わない場合があり、実施について判断が必要なプロセスです。

"Handbook of Enology"では、白ワインにおけるマロラクティック発酵に関連するトピックスが次の箇所に含まれています。

・4章全般:乳酸菌について
・5章全般:乳酸菌の代謝について
・6章全般:ワイン中の乳酸菌の発達について
・12.7章:赤ワインにおけるマロラクティック発酵
・13.7.6章:白ワインにおけるマロラクティック発酵

こういった関連トピックスが散逸する状態で「どう読み解き、判断してくれるのか」は、さまざまなノウハウ取得の際に立ちはだかる(そして頻繁に遭遇する)壁です。この点、生成AIがどのように対応するのかがとても気になる問いです。

これも公正を期すようにChatGPT、AI Studio共に次のプロンプトを使用します。

「この文献には、白ワイン製造におけるマロラクティック発酵の実施について、実施可否の判断基準と、マロラクティック発酵終了を判断する基準について、どこにどのような記載がありますか?」

まずは ChatGPTから。

画像5: 全体表示はこちら

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マロラクティック発酵の実施可否の判断基準とマロラクティック発酵終了の判断基準、それぞれについて要約して示してくれているように「見えます」。

……というのは、一見正しい回答のように感じますが「判断基準」として正しく回答できているのはそれぞれの1つ目の項目のみ。2つ目以降は、判断基準ではないため(例えば、実施可否の判断基準である「酸度の調整」「微生物の安定性」という回答は、判断基準ではなく、マロラクティック発酵実施の目的)、これをそのまま信じて作業に落とし込むのは難しいかな、と感じます。

さて、一方 AI Studioはこちらです。

画像6: 全体表示はこちら

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ChatGPTとは、正反対で「白ワイン製造におけるマロラクティック発酵の実施に関する具体的な記述はありません」という回答でした。続いて、関連する章について要約による説明はありますが、ChatGPTと比較すると読み込み方が甘いように感じます。

ちょっと気になったので、叱咤激励(とほのかに期待)する意味も込めて、もう一度質問してみました。

画像7: 全体表示はこちら

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今度はしっかり読み込んで、マロラクティック発酵の実施可否の判断基準とマロラクティック発酵終了の判断基準についてほぼパーフェクトな回答が得られました。

「文献では具体的な数値は示されていませんが、一般的にはリンゴ酸濃度が100mg/l以下になったら、マロラクティック発酵は完了したとみなされます」という補足も付け加えてくれています(ただ、こういう補足が正しいかどうかはダブルチェックが必要です)。

思ったよりもボリュームが大きくなってきたので、今回はここまでとして、次回続きを見ていきます。

結び

今回は、生成AIに専門書籍を読み込んでもらって、ワインづくりにおけるアドバイザーになってもらえるかを、実際のデータを使用して、3種類のサービスを比較しながら見てみました。

こうして触ってみた感じですと、一度に読み込める書籍(文章)の量にはまだ制限があるようです(Claudeは半年ほど前は読み込める文章量が最も多かったので… 残念でした)。

また、文章の読みこなし方や要約のアプローチにクセ(得手不得手?)があるようなので、特定サービスだけを使用するのではなく、複数サービスを使用して比較するほうがより精度の高いアドバイス(回答)が得られるように思われます。それと、回答がいまひとつ物足りない場合には、もう一度問いかけることでより正しいアドバイス(回答)が得られることがあるようですね。

総じて人間のアドバイザー相手にやり取りするのと、大きく変わらないんじゃないかという感じがします。

次回はこの続きの予定です。

それでは、また。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
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第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
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第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
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第23回:ワインの販売についてその2「D2C的なアプローチ」
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第26回:ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?
第27回:2023年ヴィンテージの報告
第28回:「果実味、酸味、余韻」
第29回:ワインの市場その2:コンビニにおけるワインと日本酒の販売
第30回:ワインの市場その3:レストランへのワインの持ち込み
第31回:ワインづくり編:ニュージーランド 2024 ヴィンテージ
第32回:ワインづくりと生成AI その1 ラベルの絵を「描く」

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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