ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

この原稿を書いているのは、いつもの北海道とは違って、オーストラリアのメルボルン郊外です。14 日間の予定でメルボルン郊外のワイナリーとニュージーランドのワイパラにあるワイナリーをめぐって、ワインづくり・ぶどう栽培を学びに来ています。(トップ画像は今回修行に伺ったワイナリー施設です)

ピジャージュとかパンチダウンと呼ばれる、液面に浮かび上がってくる果皮などの固形成分を押し入れる作業です。ちゃんと作業している証拠に

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前回の最後にワインの販売のあれこれについて見ていくとお伝えしたのですが、それは次回以降にして、今回は主にオーストラリアでワインに関連して見聞きするあれこれをお伝えしようと思います(ニュージーランドは訪問する時間が短いので今回は割愛します。すみません)。

まず、ワインを補助線にして、オーストラリアと日本を比べてみます。オーストラリアの年間のワイン生産量は1,240万hL(2021年、OIV調べ)、世界で5番目にワイン生産量が多い国です。一方、日本の年間ワイン生産量は16.5万hL(2021年、国税庁調べ)です。生産量では75倍の違いがあります。オーストラリアの人口は2,575万人(2021年、オーストラリア統計局)、日本は1億2,550万人(2021年、総務省統計局)ですから、人口一人あたりの生産量で比べると実に366倍の差があります。

ついでにワイン消費量で比べてみると、オーストラリアの人口一人あたりのワイン消費量は28.7L(2021年、OIV調べ)に対し、日本の人口一人あたりのワイン消費量は3.0L(2021年、OIV調べ)で9.6倍の差があります。

なお、オーストラリアではワインの生産は輸出産業としての側面があります。オーストラリアのワイン輸出量は619万hL(2021年、WineAustralia 調べ)で、生産量のうちおよそ半分が輸出されています。ちなみに主な輸出先はイギリス(243hL)、アメリカ(125hL)、カナダ(47hL)、ドイツ(34hL)、ニュージーランド(31hL)、日本 (13hL)です。

ちなみに日本とオーストラリアの間では2015年から日豪EPAが締結されていて、ボトルワインについては2021年から関税がかかりません。

以前、このコラムで取り上げましたが、ワイン用のぶどうは乾燥した土地での栽培に適しています。オーストラリアのワイン産地は気候的に適したところが多く、60以上のワイン産地において、およそ2,500のワイナリー、6,000を超えるヴィンヤードが、その産地の特性を生かした100種以上のぶどう品種を栽培し、個性豊かなワインを造っています。

いろいろなスタイルのおいしいワインを造っているので、産地として注目するのにオーストラリアはおすすめです。

オーストラリアでは日本の倍以上の給料がもらえます

さて。オーストラリアのワイナリーに来て、「日本の北海道でワイナリーやってるんですよ。よろしくね」というと、「いいね、面白いね!」と言われることが多かったのですが、その後に共通して訊かれたことの1つに「(日本では)ぶどう畑やワイナリーで働いてくれる人ってすぐ見つかるの?」があります。なぜこんな質問を訊かれるのか。こんな違いがあります。

画像: オーストラリアでは日本の倍以上の給料がもらえます

オーストラリアのぶどう畑で働く人の時給は 33-35ドル、日本円にすると約2,900-3,100円です(2023年4月初旬のレートでの概算)。これは正社員的な雇用で発生する賃金ではなく、日雇い的に働いている作業クルーに支払うものです。

働いている人たちは、ベトナムやカンボジアからの移民が多いとのこと(ワタクシが聞いた範囲なので、オーストラリア全体でどうかは知りません)。一人ひとりを集めるというよりは、作業が必要な日に数人から数十人のチームに作業を依頼して来てもらうようです。メンバー一人一人がクルマで移動して来るのではなく、バスに乗ってチームでやってきます。今回訪れたワイナリーは、そこからクルマで1時間近く離れたところにもぶどう畑があるのですが、そこにもチームでバスに乗って作業を行いに来るのだそうです。

一方、日本の農業関連の賃金の一例として、雪川醸造のある東川町のケースを取り上げます。東川町で農業関連の作業をお願いすると、時給換算で1,200円前後です。この時給価格は、東川町にある「しごとコンビニ」というワークシェアリングサービスでサンプルとして挙げられているもので、リアルに雪川醸造が作業を依頼する際に支払っている金額です。

東川町しごとコンビニ

日本の他の地域ですが、求人サイトの indeed で見てみると、農作業の平均給与は 1,050 円前後のようです。

indeed 日本での農作業の平均給与

https://jp.indeed.com/career/%E8%BE%B2%E4%BD%9C%E6%A5%AD/salaries

オーストラリアのほうが2倍以上も時給が高く、日本の感覚からするとこれだけ支払えばいくらでも見つかるだろうと思えますがまったく逆で、これでも人を集めるのが大変です。競争があり、ゆっくりですがさらに賃金が上がっているということでした。

給料が上がるのは良いことじゃないかと思う向きもあるかと思いますが、同時に物価も上がっていて暮らしづらいという声も併せてちらほら聞いています。翻って日本はいろんなものを長期で判断して固定化してしまう傾向の強い「終身雇用制度」がまだまだ根強いので、なかなか賃金は上がらないだろうというのがワタクシの意見です。じわじわと物価は上がってきていますが、さてどうなるでしょうか。

「ワーホリ特区」

農作業での仕事といえば、ワーキングホリデー(以下、ワーホリ)の話題にもなりました。オーストラリアのワーホリは、18-30歳の外国人にオーストラリアでの生活を体験してもらうため最大1年間滞在し、その間の費用を賄うための労働を許可するビザを与える制度で、毎年1万人前後が利用している制度です。

オーストラリアのワーホリは最長3年まで延長できるのですが、そのためには田舎で1年のうち3カ月以上働く必要があります。SNSでワタクシの投稿を見かけた若い知り合いが、オーストラリアでのワーホリを予定していて、滞在していたワイナリーで働くことでその条件を満たすかを問い合わせてきました(残念ながらこのワイナリーではそういうサポートをしていないため、力にはなれませんでしたが…)。まあでもこれって、若い労働力(そして移住候補者)を田舎に送り込む制度なんですよね。

画像: AirBnBで手配した、メルボルン郊外 Werribee にある家のキッチンです。夕食はほぼ毎晩ここで自炊してました

AirBnBで手配した、メルボルン郊外 Werribee にある家のキッチンです。夕食はほぼ毎晩ここで自炊してました

ちなみに、ワタクシが滞在していた家のオーナーも、若い頃にフィリピンからワーホリでオーストラリアにやって来て、メルボルンのコンピューターサイエンスの大学院に進学・修了した後に移住したとのことでした。他の人にも話を聞いた限りではそういったパターンでワーホリから移住に至るケースは少なくないようです。

乱暴な意見かもしれませんが、日本も人口が減っている、特に地方の若年人口が減っているということであれば、ワーホリから移住にいたるまでのシナリオを実装すれば良いのではと、ふと思います。

日本の地方には、同じ日本人の移住の受け入れも避けるような保守的な風潮を示す地域も少なくないですが、逆に日本全体で実装するのではなく、例えば「ワーホリ特区」を設置し、その地域での就労に限ってワーホリビザ(就労ビザ)を出せるようにすれば良いんじゃないかなと思います(その際にはぜひ北海道に特区を設置してほしい)。

その前にいわゆる「外国人研修生」の問題を解決しなければならないと感じますが、これとセットにしてシナリオをつくれば一石二鳥では?と思ったりしています。

ワイナリー向けクラウドサービス

今回訪問していたワイナリーでは、これまで紙ベースで行っていた作業管理をクラウドベース(SaaS)での管理手法に置き換えていました。使用するのは「ヴィントレース(vintrace)」というオーストラリアのメルボルンとアメリカのサンフランシスコに拠点を構える事業者が提供するクラウドサービスです。

vintraceを使用すると、次のようなことが管理できるようです。

・ぶどう栽培〜ワイン醸造プロセス全般における工程管理
・果汁・ワインの分析データ管理
・木樽、タンクのトラッキング
・ワインの在庫の管理
・作業指示(work order)の管理
・ワインボトルの物流管理
・添加物、備品などの在庫管理
・FDA(連邦食品医薬品局)、TTB(酒類たばこ税貿易管理局)など法制準拠のレポーティング機能
・チャットなどのコミュニケーション機能

YouTube vintrace 紹介ビデオ

画像: vintrace Winery Software in 2 minutes youtu.be

vintrace Winery Software in 2 minutes

youtu.be

価格モデルは次の 4 通りになっています。

1. Small Estate : 1ユーザーのアカウント設定、年間300トンまで、1社、1醸造拠点での使用
2. Estate : 3ユーザーまでのアカウント設定、年間2,000トンまで、3社、1醸造拠点での使用
3. Custom Crush : 3ユーザーまでのアカウント設定、年間 2,000トンまで、社数制限なし、1醸造拠点での使用
4. Enterprise : 5 ユーザーアカウント以上設定可能、精算トン数制限なし、社数制限なし、1醸造拠点以上での使用

費用感は vintrace社のサイトには掲載されていませんが、ネットでざっくりと検索すると一番廉価なプランで USD 100 / 月前後といった情報が見つかります。日本の中小企業がよく使用している会計管理クラウドサービスがだいたい 3,000 円 / 月なので、もう少しこなれた価格感であれば vintraceを使っても良いかなと感じます。

ワタクシが訪れたワイナリーが vintraceを使い始めたのは昨年の11 月とのこと。訪問時はワインの仕込みが最盛期でしたが、その作業にあわせて、発酵・貯蔵に使用する木樽のナンバリングを、それまで適当に書いていたマジック書きから、インデックスを使用して記載した番号表記とQRコードに変更する作業を行っていました。

画像: 適当に書いていたマジック書きをサンドペーパーで削って、インデックスを使用して新たにナンバリングし、同時に QR コードを貼り付けていました

適当に書いていたマジック書きをサンドペーパーで削って、インデックスを使用して新たにナンバリングし、同時に QR コードを貼り付けていました

ワイナリーやぶどう畑にいる全員が使い方に習熟しているわけではなく、それぞれで一人ずつが使い方に慣れていって、徐々に他の人にも教えているという状況のようでした。全員に話を聞いたわけではないですが、「手元のスマホで作業状況が把握できる=どこからでもデータにアクセスできる」のが、一番のメリットと感じているようでした。

ワイナリー向けのクラウドサービスは使い始めているところもあるかもと思っていましたが、タイミングよく訪れたワイナリーが切り替えていたのは、まさに普及期に来ている状況を感じさせられました。

ちなみに雪川醸造でこうしたクラウドサービスを使うかどうかですが、日本の酒造業者には酒税法によって記帳義務(作業を記録する義務)があるので、これに対応してなおかつ使いやすいものが出ない限りは、手間が増えるだけなので使わないと思います…

結び

最後になりますが、いろんなところで報道されている多くの国同様に、オーストラリアも街なかでマスクをしている人はほとんどいませんでした。オーストラリアに向かう当日、羽田空港ではほとんどの人がマスクをしていたのとは対照的です。

そういうことを踏まえて思うに、正常性バイアスにとらわれずに変化に対応できるように自分自身を変化させていかないと価値が上がらないのだろうなと感じさせられる良い刺激を受けた、今回のオーストラリア&ニュージーランド訪問でした。

それでは、また。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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