ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
新しい年になりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
東川は例年通りずっと真冬日が続いており、雪が積もると雪かきの日々が続いています。
自宅は共同住宅で屋根付きガレージなので、そんなに大変な作業ではないのですが、ワイナリー前(上の写真)が広いのです。2シーズンほどは人力で対応していたのですが、毎回ヘトヘトになるので、昨シーズンはじめに除雪機を導入しました。
しくみとしては、除雪機前方のスクリュー状の「オーガ(黒いパーツ)」で雪をかき集めます。集められた雪はオーガの奥にある「ブロア」という扇風機のように回転する羽根によって、長い筒状の「シュート(上に伸びている青い部分)」から雪を吹き飛ばします。
ワイナリーの前はなだらかに起伏のある砂利と草地が混在する地面なので、地面を削ったり、砂利を飛ばしたりしないように、オーガの高さをこまめに調節しながら除雪機を操作する必要があるので、意外に気を使います。
除雪機が必要になるのは3月上旬ごろまで。あと2カ月ほどありますが、雪かきを楽しんでいきたいと思います。
ラベルの認識
今回は、生成AIをワインに関連した分野、あるいはワインづくりに生かしているサービスやテクノロジーにどんなものがあるかを見ていきます。
最初に取り上げるのは「ラベルの自動認識」です。ワインのラベル(エチケットとも言います)は、国や地域ごとにローカルなルールがあったり、生産国でそれぞれ異なった言語で書かれていたりします。さらに、デザインが凝っていたり、読み取りにくかったりして、記憶に残りにくいことがあります。
これらのラベルを写真に撮るだけで、「どこのどのワインであるかを自動認識し、各データを記憶し、次にそのワインを手にしたときに同じワインであるか」を知らせてくれるようなサービスがあります。
ワインを取り扱う店舗(飲食店、小売店、輸入業者)が多数のワインを管理するための業務用アプリに「winecode」というのがありますが、これに生成AIをベースにした機能が2024年10月に搭載されました。
生成AIをベースにした新機能は次の通り。
◯ラベルの自動認識
ワイン(エチケット)の写真から、ワイン名・生産年を自動認識
◯テイスティングノートの自動生成
ワインの情報から、テイスティングノートを自動生成ワイン(エチケット)の写真から、
ワイン名・生産年を自動認識
◯テイスティングノートの自動生成
ワインの情報から、テイスティングノートを自動生成
似たような機能を提供するアプリ、サービスには「ワインスキャン」というのもあります。
これらのサービスは数多いワインを提供する店舗において、管理に必要なノウハウへのハードルを下げたり、管理コスト(時間)を減らせます。
ワインそのものの分析における生成AI
ワインそのものを認識、識別する技術も開発されています。
スイスにあるジュネーブ大学の研究者チームは、ワインの科学的なデータを学習データとすることで、ボルドー地域の7つのワイナリーを100%の確率で識別することに成功したと2023年12月にニュー・サイエンティスト誌に発表しました。
研究では、ボルドー地方の7つの農園の12種類のヴィンテージ(1990~2007年)の80種類の赤ワインから採取されたガスクロマトグラフィーデータ(対象の物体がどのような化合物で構成され、どれくらい含むのかなどを定性・定量的に測定したデータ)を用いて分析モデルを作成しています。このモデルを用いたブラインドテイスティングアルゴリズムは100%の確率でワインの生産者を識別し、ボルドーの右岸産か左岸産かのグループ分けにも成功したということです。
これによって、ソムリエなどの主観的な能力による判断から、より客観的な分析が可能となり、また偽物対策としても活用することが可能になると言えます。
また2024年2月にはイタリアのサン・ラファエル・テレマティック大学の研究チームが「質の低い(unhealthy)」ワインを検出する分析モデルについて米国の化学学会誌「Journal of Agriculture and Food Research」にて発表しました。
この分析モデルは、原産地の偽装を防ぐために開発されたもので、イタリアとポルトガルのワインについての7,200ほどの化学的特性に関するデータを用いて分析モデルを作成し、実際のワインの品質分析に使用することで65%以上の確率でワインの良し悪し(healthyかどうか)を判定できるようになり、99%の確率で原産地を判別することが可能になりました。
ぶどう栽培におけるAI活用
ぶどう栽培においても、AI活用の環境が広がりつつあります。
ワタクシ達の地元である北海道のワイン用ぶどう畑を舞台として、北海道大学と北海道ワインなどが共同で農業、特に果樹栽培のスマート化を研究しています。
研究項目の1つは、剪定や収穫などの栽培作業において人間の目の代わりに機械学習を用いることです。
「北海道浦臼町にあるワイナリーでは2年前から、AIを使ったスマート農業の実験が行われています。そして先月、はじめてブドウの房の収獲に成功しました。
(北海道大学大学院農学研究院 野口伸教授)「収穫、せん定という一番難しい作業の自動化に取り組んだ」ブドウなど果物の収穫を自動化するにあたり最も難しいのは、ほかの枝を切らないように重なった果物の形を正確に把握することです。今回、最新の3Dカメラを使いブドウを認識することで、房と枝の間のわずか2ミリの「穂軸」のカットに成功しました。
この取材では触れられていませんが、北海道大学の研究チームは北見工業大学、道総研中央農業試験場、北海道ワイン株式会社、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)、豊田通商株式会社、株式会社三菱総合研究所と研究開発コンソーシアムを組成し、5年で「電動ロボットによるスマートぶどう栽培システムの開発」という研究開発を行っています。
衛星画像を活用したAIベースの栽培管理
スタンフォード大学の研究チームを中心に設立された英国のDeep Planetというスタートアップが「VineSignal」という機械学習をベースにした栽培管理ツールを提供しています。
「David Carter is CEO and co-founder of Deep Planet, a groundbreaking agritech startup born from the vision of Oxford University scientists and engineers. The company, granted by the European Space Agency, aims to aid agriculture in adapting to climate change using advanced machine learning. Deep Planet’s technology supports growers, winemakers and sustainability teams in optimizing vineyard management, efficiency, disease control and overall sustainability.
One notable AI product from Deep Planet is VineSignal, which monitors regenerative agriculture, soil health and sustainability. VineSignal tracks soil and plant nutrients, soil organic carbon and water management, including irrigation leaks and evapotranspiration. It also improves harvest logistics and efficiency, enhances grape quality by pinpointing the best harvest times, and creates yield maps. Additionally, it detects diseases and risks to vine health, covering major pests and diseases and supporting regular vineyard surveys. Vine technology aids in achieving carbon-neutral certifications and enhances sustainability throughout supply chains.
Carter highlights the rapid advancement of AI in vineyards, noting that new applications and innovations are emerging frequently. He observes, “Wineries are increasingly adopting AI tools for vineyard management and winemaking processes.” Further stating, “AI is progressing beyond basic tasks, with developments in disease prediction, irrigation optimization and wine quality forecasting. As data accumulates, AI algorithms are becoming more accurate and reliable. The evolution of AI in viticulture is both swift and ongoing.”」
この記事で、VineSignalは各種衛星画像を用いてぶどう畑(ヴィンヤード)の土壌湿度、葉面湿度、ぶどうの樹の健康状態などをモニタリングし、それらのデータを機械学習ベースの分析モデルで処理することで病害発生状況、収穫量や収穫時期を予測し、栽培管理の最適化とサステナビリティーの実現を目論むとされています。
この記事の後半には、オーストラリアのワイン銘醸地の1つであるクナワラにあるKoonaraWineryにおいて、土壌とぶどうの葉の状態をAIで分析することにより、欠乏しているミネラルを特定し、ぶどうの樹の健康状態を良好に保つことで、シーズン中の薬剤散布を2回に大幅削減することを可能としたと報告しています。
結び
今回はAI技術のワイン関連分野、ならびにぶどう栽培における活用例をレビューしてみました。こうして並べてみると、活用できる分野が広がりつつありますが、その背景にはAIを用いた分析モデルに学習させるデータ(利活用の環境含めて)の整備が進んでいる影響が大きいように感じます。
これらのデータの整備については、民間企業の活動も重要ですが、データの精度、アクセスの公平性などの点から、学術研究機関の役割が大きく、産官学での取り組みを進める必要性を強く感じます。
日本のワイン産業はまだまだ小さく、学術研究機関もあまり大きなものとは言えないですが、海外での研究成果、開発事例をうまくレバレッジを効かせて、効果的なAIの活用を進められればと感じています。
それでは、また。
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
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第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択
第23回:ワインの販売についてその2「D2C的なアプローチ」
第24回:ワインの販売についてその2「ワインの市場流通の複雑さ」
第25回:食にまつわるイノベーション
第26回:ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?
第27回:2023年ヴィンテージの報告
第28回:「果実味、酸味、余韻」
第29回:ワインの市場その2:コンビニにおけるワインと日本酒の販売
第30回:ワインの市場その3:レストランへのワインの持ち込み
第31回:ワインづくり編:ニュージーランド 2024 ヴィンテージ
第32回:ワインづくりと生成AI その1 ラベルの絵を「描く」
第33回:ワインづくりと生成AIその2 :アドバイザーになってもらえるか
第34回:2024年ヴィンテージの報告
第35回:ワインづくりと生成AI その3:事業計画を立案してみる