ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
4月のニュージーランドでのワインづくりから戻ってきて、ばたばたと東川町のぶどう畑での活動に時間を取られてしまい、このコラムをお届けするのが2カ月近く空いてしまいました。
唐突ですが、北海道でのぶどう栽培には寒冷地ならではの工夫があります。そのうちの1つが樹の仕立ての形状です。
温暖な地域、例えば次の写真はオーストラリアのシラーズという品種の樹の形です。
樹の幹が地面から(ほぼ)まっすぐ上がってきて、途中から左右に地面と平行になるように伸びているのがわかると思います。日本国内でも、北海道以外のほとんどの地域でこういう地面からまっすぐ伸びる幹の形が主流です(時間を見つけてワイナリーに遊びに行って観察してみてください)。
それに対して、北海道の多くの畑では、このような樹の形です。
斜めから撮った写真なので、いささかわかりにくいかもしれませんが、樹の幹が地面から斜めに上がっているのが見て取れると思います。樹の近くにもうすこし近づいてみます。
ぶどうに色が着く時期の写真ですが、一番手前のぶどうの左右に、樹の幹がワイヤーに麻ひもでくくられているのが見えると思います。
秋の収穫後、剪定して樹の形を小さく整え、この麻ひもを切って幹をワイヤーから外します。幹を地面に対して斜めに植え、ワイヤーから外すことができるようにすることで、ぶどうの樹全体を地面に向けて倒せるようになります。
ぶどうの樹は、-20℃を下回ってくると凍害が発生して樹が枯れてしまいます。こうしてぶどうの樹を低く倒すことで、冬のあいだ樹全体が雪の下に埋まりやすくなります。雪に埋まった樹は-5℃前後に保たれ、外気の変動に大きく左右されない状態となります。
積雪の深さが常に1m以上あり、最低気温が-10℃程度までの環境であれば、樹を倒す必要はありません。しかし東川町が位置する上川盆地は、冬の寒さが厳しく(今冬の最低気温は2/6の-22.7℃でした)、積雪も最高で1m程度なので、樹を倒して雪に埋めて厳しい寒さから守る必要があります。
雪が解けて春になると、冬のあいだ倒していた樹を1本1本起こし、ワイヤーに麻ひもで再度くくりつけなければなりません(「枝上げ」と呼ばれる作業です)。これは暖かい地域では不要な作業です。雪が溶け、暖かくなって芽が出るまでに終わらせる必要があります。
今シーズンは雪解けの時期にニュージーランドへ出かけていたため、枝上げ開始が遅くなり、連鎖的に他の作業も遅れてしまいました。これを挽回するべく、ゴールデンウイークの間もずっと枝上げ作業を行って、芽吹きまでに今シーズンの準備を整えることができました。
そうしてようやくはじまった芽吹きでしたが、突然の寒の戻りがあり、遅霜の被害にあいました。
5/9早朝に-1.4℃(アメダス)まで下がったのですが、すでに芽吹いていた品種の一部は、霜に当たってしまいました。ツヴァイゲルト、ソーヴィニヨン・ブランなどです。
幸いにして、過半数の品種はまだ芽吹きの直前だったので、ヴィンヤード全体ではごく一部の被害にとどまり、5月下旬には無事にすべての品種で芽吹きを迎えることができました。
なお、この寒の戻りは北海道だけでなく東北〜甲信でも影響があったようです。ワインぶどうの産地では長野での被害が、また各地では出荷時期を迎えていたアスパラガスなどの作物における被害が厳しかったようです。
温暖化によって、北海道内でもぶどうの樹を斜めに植えず、温暖な地域同様にまっすぐ伸ばしているワイナリーも出てきているのですが、他のぶどう栽培者からの話を総合すると、遅霜に当たるリスクは大きく変化していないように感じます。
気候変動に対応しながらも、引き続き寒冷地ならではの対策・工夫を凝らしていく必要性を、身を持って感じました。
ワインと生成AI
さて、やや前置きが長くなってしまいましたが今回は「生成AI」をメインテーマに取り上げたいと思います。IT業界では生成AIを組み込んだプロダクトやサービスの開発が急速に進んでいるようですが、ワタクシとしてはワイナリーの現場からみて、どのように生成AIを活用しているか(できるか)という目線で触れていきたいと思います。
雪川醸造では、ワインラベルの図案作成に生成AIを使用しています。使用しているラベルには2種類あり、微発泡ワインとスティルワイン(発泡していない通常のワイン)でデザインを使い分けています。
微発泡ワインのデザインは、スパークリングのイメージを小さな雪の結晶をかたどったアイコンで表現しています。生成AIを使用せず、人力で作成したアイコンです。
微発泡ワインを最初にリリースしましたが、それに合わせてこの雪結晶アイコンのラベルを準備しました。
一方、スティルワインのデザインはワインの銘柄ごとに異なる図案(絵画)を使用したデザインです(上記写真の右側3種類)。これらの絵画を生成AIに「描いて」もらっています。雪川醸造で2番目にリリースしたのがロゼのスティルワインで、そのデザインを検討する中で生成AIの使用に至りました。
通常、ワインのラベルにはこんな感じのデザインパターンがあると思います(ざっくりとした区分です)。
1. 家紋とか紋章を含んだクラシックなデザイン
フランスやイタリアの古くからあるワイナリーで使われている印象があります。
2. ワイナリーや隣接地域の風景画が含まれるデザイン
これは、ヨーロッパだけでなく南北アメリカ、オセアニアで広く、歴史あるワイナリーが使用している印象があります。
3. 特徴的なシンボルを含むシンプルなデザイン
地域、設立時期問わず、広く使用されている印象があるデザインです。
4. 文字中心のシンプルなデザイン
これも地域、設立時期問わず、広く使用されている印象があるデザインです。
5. イラストで特徴を出したデザイン
比較的新しいワイナリーで使用されている印象があるデザインです。
6. 絵画、写真を中心としたデザイン
比較的新しいワイナリーで使用されている印象があるデザインです。
親しみを感じ、ボトルを手に取ってもらいやすく、かつ共通したテイストが得られること、というのがラベルデザインを考えるうえで最も重要視していることです。
ファーストリリースの微発泡ワインをシンプルなデザインでリリースしたので、スティルワインについてはイラスト、絵画、写真などで「らしさ」を醸し出す、というのが検討時にたどりついた結論です。
図案準備に生成AIを使用した経緯
では、雪川醸造「らしさ」を醸し出すには、どのようなイラスト、絵画、写真を採用すればよいでしょうか?
例えば、道内にある絵画やイラストのコレクションを活用する、近隣のイラストレーターなどに新たに描き下ろしてもらう、東川町は写真の街なので町内のフォトグラファーにテーマを伝えて撮影してもらう――。こういったアイデアはいくつかありました。しかし、どれもいまひとつしっくりきません。イメージが合う人・コレクションを探し出すのに時間がかかる、図案・写真の準備にも時間が必要、発生する費用についてもできあがる結果とマッチするか事前にわかりにくい、などがピンとこなかったポイントです。
これらを検討している頃(2022年10-11月)に生成AIの利用が話題になっていました。「Midjourney」や「Stable-Diffusion」などの画像生成AIを使用してイラストや画像を生成してみた、というネットやSNSでの投稿を目にするようになった時期です。
2022年ヴィンテージの仕込みが一段落して、時間に少し余裕があったこともあり、思いつきで「Hugging Face」で提供されているStable-Diffusionを試してみることにしました。
リリースしようとしていたワインは「スノーリバーロザート 2021」。赤い果実の香りとすっきりした酸をベースに、穏やかな旨味が感じられるワインです。
ワインをテイスティングしながら、思いつくキーワードをいくつか並べてプロンプト(生成
AIを使いこなす指示や質問)として組み立てて、Stable-Diffusionに投げ込んで図案を生成してみました。
最初のうちに生成された図案は使いものになりそうな感じはなかったのですが、「Lexica」などのプロンプトの検索エンジンを参考にしてプロンプトを磨き込んでいくと、10個ほど生成した後には「使えるんじゃないか」と感じられる図案が生成されるようになりました。
その時に生成した図案の1つがこちらです。
ワタクシの好みに合ったテイストで、雰囲気がある図案だったので、これは使えるかもしれないと、プロンプトをさらにチューニングして生成したいくつかの図案から、最終的にこの図案を採用することにしました。
全体的に水彩画っぽいタッチなのですが、左端の真ん中あたりに金属っぽいテクスチャーの雪の結晶が配置されています。これが人間だとあまり出てこない組み合わせに感じられ、気に入ったので採用しました。
これ以降、スティルワインのラベルには、画像生成AIで描いた図案を組み合わせています。
ラベル図案を生成する手順
図案を描く際の手順は、ざっとこんな感じです。
1. ワインをテイスティングしながら、そのワインから感じられるイメージを思い浮かべる
2. そのワインを飲んでもらうシーンもイメージする
3. それらのイメージが現れてきそうなワード(単語)を並べて、仮プロンプトとして組み立てる
4. 画像生成AIに投げ込んで、いくつかサンプルをつくってみる
5. 絵のタッチの傾向を確認するため、異なるサービスで試してみる
※これまでに使用したのはStable-Diffusion、Adobe Firefly、Microsoft Copilotです。
6. テイストがしっくりくるサービスでプロンプトを調整しながら10枚程度の図案を生成して、一番しっくりきたものを採用
7. サイズ、色味・彩度などを微調整して、できあがり
これまでリリース済みのワインで 5 種類の図案を準備しましたが、1枚あたり描くのに毎回半日ほど必要です。
このプロセスでラベル図案を準備することで、ワタクシが感じているメリット、デメリットをまとめると、このようなものになります。
メリット:
1. 半日近く時間が取られるが、人にお願いしてつくってもらうより、合計の所要時間が短い
2. 思ってもみない構図、デザイン、テイストがたまに出てくる(上記のロザート2021の図案が一例です)
3. 費用がほぼかからない(生成AIサービスを契約していると有償となりますが)
デメリット:
1. 画像生成AIが苦手な構図・要素がある(例 人の手指、身体のポージング、意味のある文字列、現代美術的なデザインなど)
2. 所要時間を半日から短縮するのは難しそう(イメージ化<->トライアルのプロセスをこれ以上短縮するのは難しそう)
3. 必要となる縦横比率でうまく生成できない(これはワタクシの使い方の問題かもしれませんが…)
多少のデメリットはあるものの、ラベル図案を準備するプロセスとして満足のいくものになっています。
画像生成AIでラベル図案を描いている(独特な)ワイナリーとして、少しずつですが知られるようになってきていることもあり、今後リリースするワインの図案も、引き続き画像生成AIで描いていくつもりです。
結び
雪川醸造でのラベル図案において、画像生成AIを使用することになった経緯と画像生成のプロセスについてご紹介しました。
十分に調査していないので触れ回ってないのですが、生成AIを使ってラベルをデザインしているワイナリーは雪川醸造が世界初、そして同様に生成AIでラベルデザインしているワイナリーは他にはないと思います(いないことの証明は悪魔の証明…)。
ワインを紹介していると「このラベルの絵はとても良いですね。どなたが描かれたものですか?」とお褒めいただくことも少なくないので、客観的に見てもそれなりに高いクオリティーのラベルに仕上がっていると感じています。
一方で「この絵は生成AIが描いたのですよ」と説明すると、多くの方が驚かれるので、生成AIの現場活用にはまだまだ時間が必要なのかも、と感じています。
次回以降も、ワインづくりと生成AIについてもう少し見ていきたいと思います。
それでは、また。
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
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