ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
コラムをしたためる時期に、いろいろなイベントが重なってしまったため、2カ月ほど間が空いてしまい、年をまたいでしまいました。
このコラムがリリースされる頃までなにも起きていないと良いのですが、2024年は正月に国内で大きな地震や飛行機事故があり、海外では人と人が傷つけ合う紛争があいかわらず収まることがなく、胸の痛む光景が続いています。
そうしたニュースに触れながらあれこれと思案した結果、雪川醸造では今月(2024年1月)のオンラインストアでの全売上の10%を能登半島地震の義援金に寄付することにしました。
以下は、その案内へのリンクです(文章が一部重複していますがご容赦ください)。
ワタクシ自身、阪神・淡路大震災や、東日本大震災を近しいところで見ていたので、こういった大きな地震からの復旧に、長い時間やコストが必要なことを体験的に理解しています。
微力ながらも「なにか力になれないかと思い」、今月分だけが対象ですが、協力したいと考えました。経済的な支援がすべてではありませんが、皆さんからもご支援いただけますと、ありがたい限りです。
「ワインは詳しくなくて…」
さて、今回は年明けですが、暗いムードもほんのり漂っている気がするので、軽めの話題にします。
はじめて会う方などとの会話で「ワタクシ、ワインをつくっています」という話題となることが少なくないのですが、その流れでなんの気なしに「ワインって飲まれますか?」と訊いてみると、かなりの高確率でこういう答えが返ってきます。
ワインは詳しくなくて…
この返事、ワタクシなりに勝手に補足すると、おそらくこんな意味なんじゃないかと考えています。
ワインをつくっている人とお話できるほど、ワインのことは詳しくないですよ
あるいはこういう解釈もあります。
ワインに関する話ができるほどワインに詳しくないので、飲んでいないことにしたい
いずれもなんだか淋しくなるんですよね…
で、これが果たして、他の状況でも起こり得るかとシミュレーションすると、どうも腑に落ちないんです。例えば、日本酒の杜氏やイタリアンレストランのシェフと同じようなやりとりになるのでしょうか?
問いかけ:「日本酒 or イタリア料理は召し上がられますか?」
返答:「日本酒 or イタリア料理は詳しくなくて…」
ワインほどの高確率でこういった返事は帰ってこないと思います。
むしろ、日本酒やイタリア料理に詳しくなくても、日本酒やイタリア料理についての話を聞きたいという雰囲気になることが多いんじゃないかと。このワインにまつわる状況を生み出す原因はいくつかあると想像できます。
その1つはワイン好きの人たちはワインの知識がやたらと豊富なことが多く、話し相手がワイン好きかもしれないと知ると「どこのワインが好きか?」や「最近***を飲んだのですが、いかがですかね?」と、やたらと言語化を求めてくることが少なくないことにあると思います(ワタクシの個人的な経験からの推測であって、否定的な文脈を醸し出そうとする意図はありませんので念のため)。
そういった状態を避けるために「ワインは詳しくなくて……」と返答すると思うのですが、一歩踏み込んで「ワインはたまに飲みますよ。***なワインが好みですね」と返事する定型句(のようなもの)を持ってみても良いと思うんですよ。少なくとも前向きに返事できますから。
で、「***なワイン」に産地名をいれるのは、よく見かけるアプローチの1つです。ただ、著名な産地ほどワイナリーがたくさんあります(例えば、フランスのボルドー地方には6000軒以上のワイナリーがあるのです)。そうするとあまり飲みつけない人にとって「この産地が好み」と言い切るのは、少々難しく感じられるでしょうから、手軽なアプローチとは言えないかなと。
ちなみに好みの産地を挙げるアプローチがうまくハマるのは、その産地を訪れたことがある、近くに住んでいたことがある、あるいは現在住んでいるなどの場合かと思います。訪問した際にいろいろなワイナリーを訪れてあれこれと飲み比べた、産地のぶどう畑の景色に感動した、訪問した際の素敵な記憶があるなどと一緒になっていれば、好みの産地としてお話できると思います。
3種類の風味だけにフォーカスする
そこでワタクシ的なおすすめは、好みの「風味」、それも3種類の風味だけに自分の好みを絞っていくやり方です。
フォーカスするのは次の3種類の風味です。
1. 「果実味」
2. 「酸味」
3. 「余韻」
1つ目の「果実味」ですが、ワインは、原材料に水を加えたり加熱したりすることなく、ぶどうを原料としてそのまんまつくられるお酒です。このため、いろんな果実っぽい風味がワインには含まれています。
レモンや、ライム、グレープフルーツのような柑橘類。りんご、梨、桃、マンゴーのような木になる果実の香り、いちご、さくらんぼ、ラズベリーのような赤い色の果実の香り。そして、ブラックベリー、プラムなどの黒い果実の香りなど。同じ果実の香りでも、未熟な状態のものから、完熟し、ジャムやコンポートのように加熱した状態まで、いろいろなパターンがあります。
ワインを飲むたびに、これらの果実味から自分が好ましく感じるもの(例えば、桃とさくらんぼ、など)を見つけ出していくことで、自分の好みの傾向を知り、好みを言葉で表すことができるように思います。
2つ目の「酸味」(「酸」とだけ呼ぶ場合もあります)ですが、お酒のなかでもワインは酸性が強い部類に入る飲み物です。
●いろいろな飲み物のおおよその pH
・白ワイン:3.0-3.5
・赤ワイン:3.2-3.6
・ビール:3.9-4.4
・日本酒:4.2-4.7
・ウイスキー:5.0
・お茶:6.3
・水:7.0
こう並べてみるとわかるのですが、他のお酒に比べてワインはpHが低い(=酸性が強い)、つまり酸味が強いのが特徴です。普段ワインを飲まずに、ビールや焼酎を飲んでいる人が初めてワインを飲んだとき、一言目の感想で「酸っぱい」と思わず漏らす場面になんどか出くわしたことがあります。
酸味で注意いただきたいのが、酸が強いか弱いか(あるいは感じられないか)だけでなく、どんな風に酸を感じるワインが好みなのか(例:爽やかな感じ、まろやかな感じ、一本筋が通ったような感じ…など)です。これを言葉にできるようになってくると、自分の好みを他の方に伝えられるようになると思います。
3つ目の「余韻」ですが、これはワインを飲み込んでしばらくしてから口の中(時には鼻の中)に感じる風味です。ワインを飲み込んだあとに感じる風味が香りなのか、味なのかは明確には判別しにくいので、口と鼻全体で感じる香りと味の複合的な風味といえます。
「果実味」と「酸味」は、ワインの香りを確かめる・口に含む際にいずれも感じられるものですが、これらと異なる風味が「余韻」として感じられることが少なくありません。甘みや苦味、あるいはある種の香ばしさなどは余韻として現れることがあります。この余韻として現れる風味の中で、自分がどのようなものを気に入っているかを絞っていくと、好みの傾向がわかってくるように思います。ちなみにワタクシは、余韻に少し苦味を感じるワインが好みなことが多いです。
なお、一般的には「余韻」を長く感じられるワインは良質だとされています。確かに一口のワインで長く風味を楽しめるのであれば質の良いワインだと捉えていいでしょう。価格が高い安いは別にして、余韻が長くて好みの風味であれば、自分のお気に入りの1本として覚えておいて良いように思います。
結び
今回は、自分の好みのワインを見つけ出すための3つの風味について取り上げてみました。ワインを表現するための言葉、指標はいろいろあるのですが、これらが複雑なために、ワインの話を持ちかけると「ワインは詳しくなくて…」という返事が返ってくるのだと感じています。
専門家(あるいは愛好家)の見地からはこの3つに絞ることに異論もあろうかと思いますが、逆にこれくらいシンプルにしてとっつきやすくしないと、いつまで経ってもワインが「特別な時」だけの飲み物でしかなくて、つまらないなと感じています。
なお、「このワイン、どうですか?」とコメントを求められた際に、この3つの風味に沿ってコメントを組み立てると、ちょっとしたハックツール的に使うことができます(例:熟したプラムのような果実味、まろやかな酸、ゆったりとした苦味を感じる余韻が素敵なワインです)。
「ワインは詳しくなくて…」と返事が返ってくるシーンが少しずつでもなくなれば良いなと思っています。
それでは、また。
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