ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

ヴィンヤード(ぶどう畑)とワイナリー(醸造所)での作業が山盛りに忙しく、7月の前回のコラムから3カ月ぶりとなってしまいました。

これをしたためている現在(11月上旬)、2024ヴィンテージ(シーズン)の仕込み作業も一段落しています。去年のこの時期もそうだったのですが、今回のコラムでは2024ヴィンテージについて、インスタグラムでの投稿を中心に振り返ってみたいと思います(当初予定していたワインづくりと生成AIについてのトピックスは次回以降に取り上げます)。

ニュージーランドでのワインづくりからスタート

2024ヴィンテージは、4月のニュージーランドでのワインづくりからはじまりました。

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仕込んだぶどう品種はソーヴィニヨン・ブラン。ニュージーランドワインが世界中で認知されることになった、産地ニュージーランドを最も特徴づける白ぶどうの品種です。

4/2深夜にクライストチャーチに到着、翌日4/3にクライストチャーチから1時間半ほど北に上がったワイアウ・ウファ川近くのヴィンヤードで手摘み収穫し、4/4にプレス、2日間低温静置して4/6に澱引きして発酵を開始しました。

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ニュージーランドで仕込むぶどう品種としてソーヴィニヨン・ブランを選んだのは、先にも記したようにニュージーランドを最も特徴づける品種であるからです。

今回ワインづくりを行ったGreystone Winesでも、ワタクシ以外にソーヴィニヨン・ブランを仕込んでいるタンクがいくつもあって、仕込み方の違いを説明してもらいながら、発酵中のワインを比較テイスティングすることができました。

できあがったワインを比較するのは、そんなに難しいことではないのですが(お金を出して、比較したいワインを買ってきて、飲みながら比べればよい)、発酵中の果汁というかワインをテイスティングできるのは、1年の中でもごく限られた期間にしかできないこと。それもワインづくりを生業としていないと経験できないことです。

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そして、産地として代表的な品種であれば、いろんなワイナリーで手掛けているので、ワイナリーの垣根を越えて比較テイスティングできます。

ニュージーランドがワイン産地として成熟しているなぁと思ったのは、ワイナリーでテイスティングしている時に「日本の北海道でワインをつくっている」と話すと、テイスティング費用を無料にしてくれるワイナリーが多いことです。

この対応の理由は「いろんなワインを飲んで、良いワインをつくるようにならないといけないからね」というものです。テイスティングに対応してくれる方がワインづくりに詳しければ、工程の細かい内容について尋ねてもたいてい答えてくれて、すごいなぁと感じさせられました。

ニュージーランドで仕込んだソーヴィニヨン・ブランは、びん詰めされてすでに日本に届いています。11月後半には雪川醸造から発売しますので、ぜひお試しいただきますようお願いします(宣伝です)。

ぶどう栽培は自然に大きく左右されます

4月中旬に帰国してヴィンヤード作業を開始しましたが、今年はシーズン全体でうさぎに悩まされました。

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この投稿では雪解け後のうさぎによる害を取り上げていますが、この時期以外にも晩夏〜初秋にかけて被害がちょこちょこと出ていました。若い木がすっぱり切られることが多いので、木がまるっと1本ダメになってしまうのですよ…。

今年は電気柵で対処したのですが、より効果的な電気柵の設置方法と、それ以外の対策(例:低い防獣ネットの設置)について冬の間に検討しようと考えています。

あと、今年一番インパクトがあったのは、5/9早朝の遅霜です。

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発生直後のインスタグラム投稿で、

「ツヴァイゲルト、シャルドネ、ピノ・ノワールなどの芽がゆるみかけていたところに氷点下の気温でドッカーンと。
一晩だけでも被害が出るんですよね。
どれくらいの影響がでるのか、これから注視していきます。」

なーんて言っていましたが、実はかなり大きな影響を受けました。

ぶどうの樹の生育ですが、桜のような樹とは違って春先に出る芽から花が咲くのではなく、新しい枝(「新梢」と言います)が生えてきます。この新梢が伸びてくると、その途中にぶどうの花が咲いて、開花後にぶどうの実がつきます(このプロセスを「開花」「結実」と呼びます)。

この春先に出てくる芽は、最大で3つの芽(主芽、副芽、三次芽)になる細胞を含んだ「複合芽」として形成されています。無事に発芽した場合には主芽が新梢として成長し、この場合には新梢1本あたりに2~3房のぶどうの実がつきます。

これに対して、なんらかの原因で主芽が発芽できず副芽が新梢として成長した場合、新梢1本あたりに1~0房のぶどうの実がつく(結実せずに実がつかないこともある)のです。

・下記のページはぶどうの芽の構造、発芽〜結実のプロセス、冬の寒さの影響について整理したペーパーです。英語ですが興味あればご一読ください。

今年の遅霜によって主芽にかなり影響があったようで、雪川醸造のヴィンヤードでも、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリなど遅霜のタイミングで発芽していたと思われる品種で結実数が少ない状況になりました。

雪川醸造の自社畑の収穫は今年が初めてだったので、減少量を比較する対象がないのですが、直感的には半分くらいに減ってしまったような感じがします。農業は自然に大きく左右されますね、まったく。

また自社畑に加えて、ワイナリー開始当初からぶどうを提供してもらっている東川町内の畑でも遅霜の影響がありました。こちらは例年提供してもらっている量の5分の1ほどしか今年は購入できませんでした。

春先の遅霜以外にも、冬の凍害の影響もありそうなのですが、収穫量に影響するこれらの事象への対策の必要性を感じており、これからの冬の間に具体化していきたいと考えています。

4年目で初めての自社収穫

遅霜などの影響で東川の畑の収量は少なくなりましたが、余市と石狩から調達しているぶどうの量を増やして、今年のワインづくりは9/25からはじまりました。例年通り、余市のキャンベル・アーリーからスタートです。

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そのまま食べてもおいしくてきれいに栽培されたキャンベル・アーリーをワイン用にご提供いただいて、ホント感謝しかないです。

キャンベル・アーリー同様に生食用に販売されることが多いナイアガラは、赤ワインのように果皮や種子を果汁に漬け込む「醸し発酵」でワインにしています。

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醸し発酵によって、果皮由来の色素や香り成分、種由来の渋み成分が果汁に移り、ナイアガラの果実味豊かなフレーバーに複雑かつ立体的な風味を加えてくれています。

キャンベル・アーリーやナイアガラはいわゆる「買いぶどう」、他の農家さんから買ったぶどうでこれまでワインをつくってきていますが、雪川醸造の今年一番のトピックスは、自社ヴィンヤードでのぶどう収穫を行ったことです。

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大雪山系の麓で畑をはじめて4年が経ち、ようやく今年初めて収穫を迎えることができました。畑に植えている品種が9種類あり、収穫のタイミングがそれぞれに異なるため、今年の収穫は4回に分けて行いました(9/28、10/3、10/11、10/17)。収穫したぶどうの合計は658kg。

植えている面積からするとまだまだ少ないのですが(遅霜の影響もありますが、樹がまだ若いのである意味しかたない)、ようやく収穫できたぶどうなので、丁寧にワインに仕立てていきます。収穫にご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

画像: 今シーズンの収穫をいただいた方々です。全員写せていなくて一部の方々だけなのですが、ご協力いただいた方々全てに感謝いたします

今シーズンの収穫をいただいた方々です。全員写せていなくて一部の方々だけなのですが、ご協力いただいた方々全てに感謝いたします

画像: 4年目で初めての自社収穫

買いぶどうに話を戻すと、去年醸し発酵で仕込んだピノ・グリとソーヴィニヨン・ブランは、今年は醸さずにぶどうをすぐに搾って(ダイレクトプレス)、果汁からアルコール発酵へと進めました。

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ピノ・グリはこの数年でとても好きになった品種です。昨年初めてピノ・グリでワインをつくり、醸し発酵のアプローチを取ったのですが、その後1年間北海道のピノ・グリはどうあるべきかをずっと考えて、今年は醸さずにダイレクトプレスで仕込むことにしました。今年のピノ・グリは果実味豊かなワインへと仕上がってくれるはずです。

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4月のニュージーランドでいろいろと体験したソーヴィニヨン・ブランに負けずとも劣らない、清々しい風味をまとった北海道のソーヴィニヨン・ブランです。きりっと背筋の伸びるようなワインに仕上がっていくと感じています。

それから、今シーズンからオーク樽を使ったワインづくりに取り組んでいます。

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まずは樽を使った発酵に取り組んでいます。ワインづくりで良く使われるオーク樽の容量は225Lほどなので、樽1本あたりで仕込めるワインの量は多くないのですが、柔らかいワインに仕上がり、ほんのり樽の香りもつくので、仕込み量が小さいワインで樽発酵しています。

また、シャルドネとピノ・ノワールは樽をもちいた熟成を行う予定です。

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今年のシャルドネは、糖と酸のバランスがすばらしい状態のぶどうでした。フレッシュさを感じられる樽を使わずステンレスタンクで熟成するワインと、しっかりした骨格が感じられる樽による熟成のワイン、2種類のシャルドネを仕込んでいきます。

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ピノ・ノワールは今年初めて手掛ける品種で、雪川醸造として初めて仕込む赤ワインです。これまでに何度か小規模に行っている赤ワインの試験醸造の経験を基に、ステンレスタンクで発酵した後にオーク樽での熟成を経て、ワインとしてリリースする予定です。皆さまに愛されるワインとなることを目指しています。

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最後に、今年の収穫・ワインづくりにも、これまで同様いろいろな方々にお手伝いに来ていただきました。ご近所の方もいれば、道内だけでなく、北海道外から来ていただいた方も多くいらっしゃいました。

まだまだ手探り状態なので、至らぬ点も多々あったと思いますが、いろいろお手伝いいただいたことで今年のヴィンテージを無事に駆け抜けることができました。この場を借りて感謝申し上げます。心からありがとうございます。

結び

こうして振り返ってみると2024ヴィンテージも、いろんなことがあったなあと思います。

長いようで短いというか、短いようで長いというか。

4月のニュージーランドでのワインづくりにはじまって10月24日のシーズン最後のぶどう搬入まで、濃厚な7カ月でした。この間ずっと緊張が続いたせいか、作業が一段落してホッとした10月末に、うっかり風邪をひいてしまいました(幸い熱はなく、ノドの調子が悪くて声が出なかった)。

これだけでなく、8月には腰の調子がひさしぶりに悪くなってしまって、畑作業にしばらく出ることができず、ぶどうの樹に病気が広まってしまったこともありました。

ワインづくりは身体が資本なので、大事なところでペースを乱さないように、冬の間に身体の調子を整えようと考えています(筋力トレをがんばろう)。

そして、2025ヴィンテージを見据えて、来年の光景をしっかりとイメージしていかなければと感じています。

それでは、また。

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第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
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第26回:ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?
第27回:2023年ヴィンテージの報告
第28回:「果実味、酸味、余韻」
第29回:ワインの市場その2:コンビニにおけるワインと日本酒の販売
第30回:ワインの市場その3:レストランへのワインの持ち込み
第31回:ワインづくり編:ニュージーランド 2024 ヴィンテージ
第32回:ワインづくりと生成AI その1 ラベルの絵を「描く」
第33回:ワインづくりと生成AIその2 :アドバイザーになってもらえるか

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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