ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
ついに3月に入りましたね。まだまだ冬の寒さが厳しい東川にこもりっきりではなく、いくつか用事があり東京と北海道を何度か行き来していました。
ワタクシは花粉症なので、東京にいると目薬とティッシュペーパーが手放せません(飲み薬も…)。北海道に戻れば花粉の影響から逃れられますが、真っ只中にいらっしゃる方々には同情の念を禁じえません。頑張っていきましょう(北海道も5月にシラカバ花粉が飛び散ります)。
メーカーズディナー2連発 in 東京
さて。東京を訪れていた用事の1つはいわゆる「メーカーズディナー」の開催です。
メーカーズディナーとは、ワインに寄り添ってペアリングした食事をいただきながら、つくり手の話を聞き、そのワインへの理解を深めるイベントです。
2月下旬に雪川醸造単独企画のメーカーズディナーを東京で2回開催しました。
炙った塊肉をスライスして高く積み上げる「肉のヒマラヤ」が人気メニューの渋谷の焼肉屋である焚火家さん。こちらでは「肉のヒマラヤ」を中心にワインに寄せたコースメニューをご準備いただき、雪川醸造のワイン6種類と東川町内限定販売の「Kitoushiワイン」、合計7種類のワインをジュージューと肉を焼きながら(たまにサラダも食べながら)お楽しみいただきました。
こちらの会に参加いただいたのは、30年近くの付き合いがある友人や前職時代の同僚やお取引先の親しい方、あるいはごく最近ワインの会で知り合ったワイン好きの方など、総勢23名。バラエティーに富んだバックグラウンドの方々でしたが、塊肉とワインを触媒として、新たなつながりを楽しくつくる会になっていました。
目白のジビエ料理アンザイさんは、オーナーの安西さんが地元である静岡県浜松市山中で仕留めた天然のイノシシを使って、目白駅からほど近い住宅街にある一軒家で提供するジビエ料理に特徴があります。こちらでは安西さんと相談して、イノシシだけでなく鹿や天竜川の鮎を含めたメニューをご用意いただきました。そこに雪川醸造のワイン6種類と、周辺の上川・富良野地域の7つのワイナリーから1本ずつ、合計で13種類のワインをペアリングしました。
こちらの会は、合計12名で少々こぢんまりしているものの(参加者のバックグラウンドは2/27同様に多岐にわたりました)、大きなテーブルを取り囲んで、ワインとジビエをテーマにワイワイと楽しむとても良い雰囲気の会となりました。
Bring Your Own(Bottle)
この2つのメーカーズディナー(ディナーと呼ぶにはおこがましく、ワイン会と呼んでも良いような雰囲気でしたが…)ですが、いずれもこちらからワインを持ち込んでおり、お店側にはお料理と会場を提供していただく形を取っています。今回のコラムでは、こうしたレストランなどへの「ワインの持ち込み」について見ていきます。
ワイン、あるいはその他のお酒の持ち込みは、英語圏では"BYOB"や"BYO"という語で表されることがあります。BYOB、は"BringYour Own Bottle"の略称で「自分のボトルを持ってきてください」という意味です。また、BYOは「ボトル」を省略して、自分で飲むものをなにか持ってきてくださいということです(Bottleは、Booze〔お酒を表すスラング〕、Beer〔ビール〕あるいはBeverage〔飲み物〕を指す場合もあります)。
WikipediaのBYOBについての解説によると、この表現は1915年12月26日に米国アラバマ州の新聞の漫画で使われたのが最初ということです。
BYOB - Wikipedia
BYOBor
BYOis an initialismand acronymconcerning
marijuana "Marijuana (drug)"){: .mw-redirect }, "bring your own bud".
時代的には1920年の禁酒法施行以前ですが、個別の州において酒類の販売を禁じているところもあり、アラバマ州は州内全域での酒類の販売を禁じる法律を制定したばかりでした。この法律の下ではアルコールの摂取自体は禁じられておらず、レストランは自分が消費するアルコールを客に持参させる必要があったため、このような表現が登場したようです。
BYOは飲食店への持ち込みだけでなく、イベントやパーティーにおいて食事や飲み物を自分で持ってきてほしい、という場合にも使われます。昔アメリカの大学院に留学していたことがありますが、週末の学生のパーティーでBYOの表現を目にすることは少なからずありました(この時期の学生パーティーに自宅で醸造した自作ビールを毎回のように持ち込んでいた学生たちがいて、彼らの話を聞いてお酒をつくるのは意外に簡単だと感心したことが現在ワインをつくることにつながっているのですが、話すと長くなるのでここでは割愛します)。
そうそう、この表現はアルコール飲料に関してだけつかわれるものではありません。ランチの時間帯に"Bring Your Own Brown Bag"でミーティングします、と声がかかることがあります。これは、紙袋にビールを隠してミーティングに持ってくること、という意味ではなく、ランチを持参してミーティングに参加することが可能ということです。アメリカだとサンドイッチなどを昼食に持ってくる際に、茶色のクラフト紙の袋に入っていることが多いので"Brown Bag"がランチを指すことになるのです。
このように、BYOは柔軟に使われる表現だったので、スマートフォンやタブレットの利用が広がった際にBYOD(Bring YourOwn Device)や、BYOA(Bring Your Own Application)というキーワードにも使われました。個人所有の端末を企業などに持ち込むという意味で使われていますが、これもBYOから派生的につくられた表現です。
レストランにとっての BYO
このBYOですが、日本ではどうかというと、あくまで肌感覚ですが徐々に広がってきているのではないかと思います。
2年ほど前にこのコラムで紹介したwine@が東京都内でBYO可能なお店のオンライン検索を提供しています。
wine@ BYO 可能な店舗の検索
https://restaurant.wine-at.jp/
このコラムを執筆している2024年3月上旬現在、BYO可能な1035軒が検索可能です。この検索サービスが開始された2020年12月には500軒ほどが登録されていたので、3年以上かけてデータベースが成長し、BYO可能な店の可視化が進んでいるといえます(以下記事参照)。
一方、雪川醸造からほど近く、クルマで1時間ちょっとに位置する滝川市は「滝川BYO」という仕組みを取り組んでいました。これは空知地域(北海道の道央エリアにある10の市と14の町で構成される地域)で作られた『そらちワイン』に限って、滝川市内の飲食店に無料で持ち込みができる取り組みです。地域でつくられたワインを地元の飲食店が盛り上げようという意欲的な取り組みだったのですが、残念ながら昨年(2023年)の10月に終了したようです。
こうした飲食店におけるBYOですが、導入が拡大しないのにはそれなりに理由があります。例えば、飲食店にとってのドリンクは利益の確保にとても重要な商品です。カシオ計算機の次のサイトに一般的な飲食店の利益率(原価率)とその考え方がまとめられています。以下、その内容をご紹介します。
また、ドリンクと一言で言っても、メニューごとに原価率は変わってきます。
ビールは仕切りが高く、150円~200円/杯の原価がかかるため、提供価格にもよりますが、原価率が30%程度となります。
一方、最近流行りのハイボールやサワーなどの炭酸系は、30円~50円/杯なので、原価率10%程度。フレッシュフルーツなどを使ったカクテルは、廃棄ロスも高く、原価もかかるので原価率30%程度となってしまいます。
ハイボール1杯200円。お一人様何杯でもOKです!
最近はこのような看板を掲げて集客をしている居酒屋が多くなってきましたが、ハイボールの安さでお客様を引き付けておいて、その他のフードやドリンクメニューで利益を稼いでいこうという戦術です。もちろん、ハイボール自体は原価率が低く、オペレーションも簡単なので、200円で提供してもしっかりと利益確保することが可能です。安いからと安心して何杯もお客様がハイボールを飲み、良い気分になってフードドリンクもどんどん追加注文してくれる、という素晴らしいサイクルですね。
さらに言えば、一番原価率が低いのはソフトドリンクです。ファミレスなどのドリンクバーでは、1杯あたりの設定単価は5円~10円程度です。普通のテーブルレストランにおいても、コーヒー1杯の原価は10円~15円程度で収まりますので、しっかりとお客様にドリンクのアピールをしていくことが重要です。」
また、BYOを導入すると利益の源泉となるドリンクの提供ができなくなるという側面もあります。
この状況を回避するために、BYOが可能なお店では、持ち込みに関わる対応料金という位置づけで(同時に利益を確保するために)持ち込み一本あたりいくらの「持ち込み料」(「抜栓料」とも呼ばれます)を設定しています。「持ち込み料」の設定は店ごとにまちまちなので、費用や条件を見ているとその店の考え方が伝わってきて、それはそれで楽しいものです。
結び
今回はレストランなどへの「ワインの持ち込み」について見てきました。
ワインをつくっている立場からすると、例えば知人との会食の際に自分でつくったワインを持ち込んで、そのお店の料理とあわせて楽しんでいただくことができるとても良い仕組みなので、利益をきちんと確保しながらBYOが少しずつ広がってくれればと思っています(あ、冒頭のメーカーズディナーはBYO的な仕組みでなくて、念入りにお店と調整して実施しています。一応、念のため)。
ワインを飲む立場からすると、自分が気に入ったワインを友人たちとそれぞれお店に持ち込んで、みんなで持ち込んだワインをお店の料理にあわせながらあれこれ味わうのはワインの楽しみ方の1つのあり方です(先日、旭川で持ち寄りワイン会を19名で実施しました。あれは楽しかった!)。
ちなみに最近知ったBYOの穴場はファミリーレストランの「ジョナサン」。なんと1本1,100円(税込)でワインを持ち込めるとのこと(対応は店舗により異なるようなので要事前確認です)。いつか試してみたいと思っていますが、店舗が首都圏にしかないのでなかなかチャンスに恵まれません…
さて。次回はおそらくニュージーランドからお伝えすることになると思います。詳しくは来月に。
それでは、また。
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第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
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