ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
2023年のヴィンテージ仕込みに追われ、このコラムも2カ月ほど間が空いてしまいました。年に一度の仕込みのシーズンなので、今回は予定していたワインの市場をテーマに取り上げるのではなく、今年の仕込み作業の一端をご紹介したいと思います。
ラスカルはかわいいのですが…
まず、前回のコラムの冒頭で、3年目の樹にならせたぶどうの果実を収穫します、とお伝えしたのですが、収穫直前の9月後半に獣害(おそらくアライグマ)に遭って、ぶどうがすべて食べられてしまいました。
Instagramにも書いているのですが、全部収穫できれば200kgくらいはあったと思います。ちょうどヴィンテージ初の仕込み準備を進めていた時期で、4~5日ほどワイナリーでの作業にかかりっきりになって畑に行かなかったら、あっという間にきれいさっぱり食べられてしまっていました。
雪川醸造の畑は岐登牛(きとうし)山の麓にあり、周りが山林に面しています。このような環境なのでエゾシカ、アライグマ、タヌキ、ウサギなどの獣害が発生しています。これを避ける1つの策として、畑の周りをぐるりと電気柵で囲う方法があります。電気柵の仕組みは、次のページを参考にしてみてください(雪川醸造で使用している電気柵です)。
これをぶどうが熟し始める前に畑全体に設置すれば抑止策になったのですが、1~2年目の苗木の栽培管理に手を取られてしまい、設置できる時間的な余裕ができた頃には、「時すでに遅し」という状況でした。
アライグマはその昔TVアニメの主人公だったこともあり、愛くるしい印象を持っている方も少なくないと思います。ただ、元来は日本にいない外来種の動物です。これが野生化し、多大な農業被害(2021年度に北海道内で1.5億円の被害(北海道庁まとめ))を与えています。例えば、北海道庁のアライグマ対策ページにも、アライグマの特徴や対策の他に、「北海道アライグマ捕獲等情報マップ」が掲載されています。
北海道庁のアライグマ対策ページ
このページにある「5kmメッシュ捕獲数マップ」を見る限り、岐登牛山のあたりは過去の捕獲数も多いエリアです。また、北海道全域を見るとアライグマの生息地が広がっていることが直感的によくわかります。
冬の間は多少時間があるので、来年にどのようなアライグマ対策を取ればよいかじっくり考えなければと思っています。
気候変動でぶどうに鳥が…
雪川醸造ではアライグマに被害を受けましたが、今年は北海道の多くのヴィンヤード(ぶどう畑)で鳥による被害(鳥害)が大きな問題となりました。北海道新聞でも10月下旬の記事で取り上げています。
この記事によると、数パーセントの被害にはじまり、ひどいところでは収穫量が例年の半分以下の果樹園もあったとのこと。例年10トンを収穫しているなら、5トン以上が鳥に食べられてしまったということになりますね。
実際、道内の知り合いのワイナリー、ヴィンヤードはどこも多かれ少なかれ被害を被っています。食べられてしまって残念ながら収穫量が減ったところもありますが、被害を拡大させないため、急遽防鳥ネットでぶどうの樹を覆って対策したところもあります。
この防鳥ネットの設置にはかなりの労力とコストが必要とされます。具体的には、50mのぶどうの垣根一列に防鳥ネットを設置するには20分程度必要です。例えば、雪川醸造のヴィンヤードで考えると、50m前後のぶどうの垣根が173列あるので、すべての設置には単純計算で57時間40分かかります。1日8時間作業したとすると、7.2日間の作業量となります。また垣根一列分に必要なネット設備の準備に必要なのが約5,000円なので、173列分だと合計で86.5万円です。
そしてこれだけの労力とコストをかけても、ネットの隙間から鳥に入られたり、ぶどうの実をつつかれたりして、完全に鳥害を防止するのは難しいのです。
なお、今春に訪れたオーストラリアでは、鳥対策としてヴィンヤード全体をネットで覆っていました。動画を撮ってInstagramで紹介してあったので、ご案内します。
ニュージーランドでのぶどう栽培の経験を持つ方とも話したのですが、数ヘクタールのぶどう畑だと、人力での対応にも限界があるので、こうした機械化を念頭に置く必要もあるのではないかということです。また、ネット設置が間に合わないと判断し、想定より早い時期の収穫で対応したヴィンヤード、ワイナリーなども見られました。収穫を早めると熟度が不足したぶどうでワインを仕込まなくてはいけなくなります。
今年の鳥害の原因は、先の記事で次のように指摘されています。
「北大大学院地球環境科学研究院の先崎理之准教授(鳥類学)は『山の餌が不作となり、野鳥が果樹園に飛来したのではないか。ロシア極東でも木の実が不作で、道内まで南下した野鳥もかなり多かった』と述べ『餌不作に起因する鳥の大移動は不定期に訪れる。温暖化の影響で餌が不作になれば、今後も同様のことが起こる可能性は高い』と指摘する。」
今夏の暑かった気象状況が例外的なのか、それとも温暖化の影響でこの状況が今後も継続するのか。
最近道内のワイナリー関係者に会うと、今後の鳥対策についての話題になることが少なくなく、恒久的な対策が必要なのかどうか今後の判断・対策が難しいところです。
とはいえ、順調なヴィンテージです
獣害、鳥害とトラブルの話が続きましたが、幸い雪川醸造における2023年ヴィンテージのワインの仕込み自体は、今のところ順調に進んでいます。9月22日にヴィンテージ最初のぶどうをワイナリーに搬入し、翌日には選果〜プレス作業を実施、最後のぶどうの受入〜選果は10月19日でした。ほぼ1カ月にわたり、ぶどうを受け入れては選果し、仕込みに回す作業に追われ続けました。
仕込みのシーンをInstagramにアップしているので、いくつかをご紹介したいと思います。
東川町、余市町、石狩市の3カ所から合計で12トンを超えるぶどうを調達し、12回にわたってぶどうの受入〜選果を行い、そのすべてがワイナリー内のタンクに収まっています(タンク繰りがうまくいくかは仕込みシーズン中の大きなストレスです)。その一部にはまだ発酵途中のものもありますが、これまでのところほぼ大事無く進んでいる感触があります。
そして今年も昨年同様ゲストワインメーカーをお迎えしました。新潟の弥彦村でぶどうを育て、ワインを造っておられるKIYO Winesの坂爪清志(KIYO)さんです。
KIYOさんはニュージーランドと日本でワイン醸造の経験をお持ちです。2週間ほど東川町内に滞在いただいて、一緒に仕込みを行いました。細かいことは書きませんが、一緒に作業することで学ぶことはとても多いのです。経験ある人にしか見えてないものと言うのがあって、一緒に取り組むことでわかってくることがたくさんあります。一緒に手を動かさないと身につかないことがあります。
また、色んな方々にお手伝いに来ていただきました。東川町でご近所の方もいれば、道内だけでなく、北海道外から来ていただいた方もいらっしゃいました。まだまだ手探りの状態なので、至らぬ点も多々あったと思いますが、お手伝いいただいたことで今年の仕込み作業を無事に走り抜けることができました。この場を借りて感謝申し上げます。心からありがとうございます。
結び
今回は、2023年ヴィンテージの仕込みにまつわることをご紹介しました。ぶどうという自然な植物を相手にしているので、土壌や気象にはかなり関心を払ってきましたが、今年の鳥害、獣害をみていると、動物についてももっと知らないといけないなぁと痛感しています。
これらのインパクトがあるのが栽培シーズンの最後であり収穫直前のタイミングなので、判断を間違えると品質やコストを含めて大きく影響する一方で、一時的or恒久的かが読み切れない不確実性の高さから、うまく対処することがなかなかに困難です。
なんとか今年の仕込み自体はうまく進んでいますが、自社の畑での栽培を来年以降に軌道に乗せていくためには、冬の間に考えて対処することが多くなりそうな予感です。
それでは、また。
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ
第3回:ぶどう栽培の一年
第4回:ぶどうは種から育てるのか?
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」
第9回:酒造免許の申請先は税務署です
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択
第23回:ワインの販売についてその2「D2C的なアプローチ」
第24回:ワインの販売についてその2「ワインの市場流通の複雑さ」
第25回:食にまつわるイノベーション
第26回:第26回ワインの市場その1_1年に飲むワインの量はどれくらい?