ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
12月上旬に神戸の流通科学大学で雪川醸造の起業について話してきました。この大学で起業・事業継承を教えておられる岡田恵美さんが10年来の友人で、「山平さんの起業は面白いパターンなので授業でぜひ話してほしい」とお声かけいただいたのがきっかけです。
授業は、大教室の講義とゼミの2回。いずれも20歳前後の学生に向けたものです。2つの授業の冒頭でお酒やワインを飲んでいるかアンケートを行ってみたところ、いずれもワインを飲んでいる人はほとんどいないという回答。そもそもお酒を飲んでいる人も半数以下でした。
未成年がそれなりの割合で含まれていたのでしかたないところもありますが、お酒を飲まない若者が増えているのは事実なのかも、と実感しました。お酒を飲まない人にワインの話をわかりやすく伝えるのはなかなか難しそうだと思い(そもそも起業がテーマの授業ですし…)、ワタクシが働くことや起業について感じていることが多少なりとも伝わればと念じながらお話させていただきました。
ワタクシの話からなにか学んでくれればありがたいなと思いますが、むしろ話を聞いた学生が面白そうなことやっているなと北海道に遊びに来てくれる、あるいはワインに興味を持って飲み始めてくれるとうれしいですね。
クラウドファンディングは昔からある仕組みです
さて、前回、第18回のテーマとしては「ワイン販売にあたってどこからどのように販売するのか、販売チャネルの種類やそのスキームについて」とお伝えしていましたが、これらを取り上げるのは次回以降にします。
代わって、今回はワイナリーで必要とされるコストに充てる資金の調達について、特に「クラウドファンディング(以下、クラファンと記載することがあります)」について取り上げます。というのは、流通科学大学での講義でも起業におけるクラファンについて詳しく説明してほしいとのリクエストがあったためです。加えて、他の媒体などでも雪川醸造のクラファンを事例として取り上げていただき、資金調達の方法として注目されているようなのです。
●クラウドファンディングとは?
クラウドファンディングとは、群衆 (crowd) と資金調達(funding) を組み合わせた造語で、自分の活動(プロジェクト)に対し、その意義や思いに共感し、活動を応援したいと思っている多数の人から少額の資金を募る仕組みです。
資金調達の仕組みとしては古くからあるものですが(例えば、「カンパ 」(Wikipediaへ)と呼ばれる仕組みも、クラウドファンディングの1種と言えます)、インターネットを通じて、アイデアやプロジェクトを提案する人々や組織と、そうした活動に少額の資金を提供しようとする不特定多数の人々をマッチングするプラットフォームサービスが拡大したことで、多くの人たちが日常的に利用するような仕組みになりました。
●クラウドファンディングの種類
クラウドファンディングは、資金提供へのリターン(見返り)のパターンによって、次の3種類に分けられます。
1) 寄付型:リターンがない
2) 投資型:金銭的なリターンがある
3) 購入型:物品やサービス的なリターンがある
年末になると見かける歳末たすけあい募金や赤い羽根募金、あるいは災害後支援の募金などは、1) の寄付型に位置づけられるクラウドファンディングと言って良いと思います。2) の投資型は、株式や融資の形態をとって資金提供し、上場や利子付きの返済金によってリターンを受ける仕組みです。日本では金融商品取引法や資金決済に関する法律などで、個人間の送金や投資が制限されているため、投資型のサービスを提供している企業はあまり多くありません。
多くの人がクラファンとして認識しているのは、3)の購入型です。開発中のハードウエアやソフトウエア、作成前の音楽アルバムや映画、アパレル商品などに資金を提供することで、でき上がったものをリターン(見返り)として入手する仕組みです。
●事例
有名なクラファン事例の1つに「この世界の片隅に」というアニメーション映画があります。
購入型で支援を募集して3,374人から3,912万円を集め、製作だけでなく映画の公開まで達成しました。当初はミニシアターでの上映を想定していたようですが、SNS で口コミが広がり、全国の映画館での公開へと発展しました。
そして、海外15カ国での配給・公開が決まったことから、片淵監督が各国に赴き、現地の観客と交流して、肌で感じた体験を日本に持ち帰るための資金ということで二度目のクラファンを行い、3,327人から3,223万円を集めています。
なお、このアニメーション映画の累計動員数は210万人、興行収入は27億円を突破しています。
お酒関連のクラウドファンディングでは、購入型ではなく投資型なのですが、北海道の積丹(しゃこたん)半島でジンの製造を行っている株式会社積丹スピリットのプロジェクト「積丹半島クラフトジン ボタニカルファンド」が336人から2,216万円を集めています。
積丹スピリットは積丹半島産を中心に北海道産ボタニカル(ハーブや果物の皮、スパイスなどの草根木皮)を使用したクラフトジンを製造・販売しており、蒸溜所の建設などに必要な資金の一部2,000万円を調達するためにクラファンを実施しました。
雪川醸造は、このコラムを開始する直前の2021年1月8日から2月28日まで、購入型のクラファンを実施しました。ぶどうの苗木や農業資材の購入に充当する資金を調達し、リターンとしてはできあがったワインやプロジェクト特製のTシャツなどをご提供するというプロジェクトです。
当初の目標金額は200万円を設定していたのですが、27時間あまりで目標を達成してしまいました。このため二度にわたって目標額を変更して、最終的には359名の方から671万円のご支援をいただくことができました。
●実施にあたってのポイント
いくつかの事例に続いて、クラウドファンディングを実施する場合のポイントについて見ていきます。雪川醸造での経験から感じたポイントなので、一般に言われていることと少し異なるかもしれませんが、ワタクシが気になった(留意した)のは次の3つです。
1) 支援者の多くは、知人・友人
cyanクラウドファンディングを実施して一番感じたのはこれです。クラウドファンディングのサービスプラットフォームを使えばいろんなところから支援をいただけるのだろうと思っていたのですが、フタを開けてみると、支援者の多くは知人・友人でした。細かいデータは省きますが、9割以上が既存の知り合いで、プラットフォームサービスからの紹介は1割に満たない状況でした。
これは、リターンがめちゃくちゃ魅力的であれば別ですが、多くの場合は、ネットを使って不特定「多数」の人たちが広くあまねく支援(資金提供)してくれるわけではない、ということです。クラウドファンディングを始めるまでに、リアルかバーチャルかは問いませんが、自分たちの活動(取り組み)を理解してくれている人の数は多いに越したことはないです。
2) 重要なのはリターンの設計(内容と価格帯)
クラウドファンディングを始める前に一番時間を費やしたのはここです。購入型クラファンの場合、準備する商品やサービスだけをリターンとして提供すれば良いということではありません。商品の個数を変化させる、商品と他のなにか組み合わせで提供する、などによって、複数の価格帯における選択肢を見せることが重要です。
雪川醸造の場合、リターンとして提供するワインのバリエーションは1本から10本まで、複数の組み合わせがあります。またワインと組み合わせるサービスには「ぶどう畑と醸造所見学&テイスティング」や「ぶどう畑にご自身のネームプレートを設置する」など、クラファンの支援者だけに提供する内容を準備しました。これによってさまざまな利用者層にあわせた価格帯でリターンを提供することが可能になりました。
なお、リターンは高額の価格帯にも準備したほうが良いと考えています。プロジェクトに賛同してくれる方々の中には、費用が多少かかっても支援したいと共感していただける方もいらっしゃいます。そういった想いを受け取れるようなバリエーションでリターンを準備することは大事です。例えば『この世界の片隅に』の場合、10.8万円と32.4万円のリターンでそれぞれ89名、13名が支援しています。この2つの価格帯のリターンで1,382.4万円、これは支援全体の35%なので、多く集めるという観点では高価格帯のリターンをうまく提供することはとても重要なポイントです。
3) 手数料が想定外に高いです
この点も大切な視点なのですが、クラウドファンディングのプラットフォームサービスは思った以上に手数料が高いです。平均的には20%前後と言ったところでしょうか。支援者の気持ちがこもったせっかくの支援金のうち、2割近くがこちらの手元に届かないのです。1. のポイントとあわせて考えると、「この率ってなんだかなぁ」と思わないでもないです。このため、手数料の存在とどう折り合いをつけるかは、整理すべきかと思います。
もし、支援してくれそうな知人・友人が多いのであれば、クラファンサービスを介さずに、直接支援してもらうような仕組みをつくることを考えても良いかもしれません。事実、クラウドファンディングを始める前に相談した人の中には、手数料がもったいないから直接払うよ、と声をかけてくれた人が何名もいました…
しかし、ワタクシが結局クラファンサービスをつかったのは、次のようなポイントがあるからです。
a) 直接集める仕組みを作って維持するのは、意外にめんどう
実施したいのは資金の調達なので、プロジェクトの案内ページをつくるだけでなく、商品・サービスの提供条件や信用してもらうためのルールなどをつくって維持するのは、ちゃんとやるとなるとかなり煩雑です。金融商品取引法や資金決済に関する法律をクリアすることを念頭に置かなければならないですし。第三者であるクラファンサービスに間に入ってもらって、なにかあれば事業者が解決してくれる方が手早いし、支援者に安心を感じてもらえる、ということでもあります。
b) 最低限のサービスのみで手数料12%というプランがあった
色々とクラファンサービスを比較していると、最低限のサービスのみで手数料12%というプランを見つけました。これならまだ許せるなと思ったのです(個人的には消費税と同率の10%ぐらいが妥当だと感じます)。
c) 手数料の一部は広告費として捉えれば良いかと思った
プロジェクトのページはクラファン事業者が消えない限り残るので、広告として位置づけるということで割り切りました。いまでも「クラファンのページ見ましたよ!」と新たに声をかけてくれる方がいるので、ある程度の広告効果はあったように思います(ホントは効果を測定しないといけませんが…)。
結び
今回は資金調達方法の1つであるクラウドファンディングについて整理してみました。ワタクシ自身は、雪川醸造で実施したクラファンで思った以上の支援や声援をいただいて勇気づけられました。新しいことを始めるときは心細いものですが、応援している人たちがこれだけいるのかとクラファンで可視化されるととても励まされます。と同時に、ちゃんとリターンを返さないといけないなと思うと、なにをするにもピリッとした緊張感が生まれます。最初のワインをリリースする際には、これでやっとリターンをお届けできるなと少しホッとした気持ちになりました。
次回ですが、クラウドファンディング以外の資金調達について、見てみようと思います。資金を調達する方法には色々ありますが、ワタクシの経験から融資と補助金にフォーカスをあててみようと思います。
それでは、また。
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