ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
北海道は 6 月に入って徐々に気温が上がり、田んぼでの田植えも一段落し、本格的な農作業のシーズンに入ってきたと感じています。
一方、夜間の気温はまだまだ低くて、肌寒い日が多いです。町中ではなく雪川醸造のぶどう畑に設置している温度計のデータですが、朝方には 5 ℃を下回ることもあるのが見て取れると思います。
気温が 3 ℃以下になると霜が降りる可能性が高いといわれています。暖かくなって植物が活発に活動しはじめてからの遅霜は農作物に被害を与えます。もちろんぶどうも例外ではありません。新梢(しんしょう:今年伸びた枝)が芽吹くタイミングで遅霜が降りると壊滅的な被害を与えます(昨年遅霜によってフランス各地のワイン生産量が 3 割近く削減しました)。そして、ぶどうの苗木を植えるタイミングにも影響します。
北海道では遅霜の影響を避けるために 5 月中旬頃にぶどうの苗木を植える、と多くの方にアドバイスいただきました。諸々の準備のために少々遅れましたが、雪川醸造も 5 月下旬から苗木の新植を行っています。今年植え付ける苗木は 1,800 本あまり。一人で1日あたり 50 本植えたとすると、すべての苗木を植えるには 36 日必要です。
そこで、Facebook などを通じてワタクシが信頼できる方々に苗木の植付のお手伝いをお願いしたところ、15 人近くの方にご支援をいただくことができました。ほとんどの方がぶどう苗木の新植ははじめての経験でしたが、2、 3 本植えるとコツをつかんで、その後は手際よく植えていただきました。おかげさまで新植開始から合計 10 日以内で終わる予定です(これを書いている段階であと 1/3 残っています)。個別にお礼を申し上げましたが、この場も借りてお礼申し上げます。ホントにありがとうございます。
ワイナリーを立ち上げるために必要な投資、コスト
さて、今回は、ワイナリーを立ち上げるためのお金まわりのお話を取り上げようと思います。
お金まわりのことといってもいろんな側面がありますが、(1) どんなことにお金が必要なのか(投資・コストについて)と、(2) 必要なお金をどう準備するか(資金調達について)に分けて話をしたいと思います。まずはどんなことにお金が必要なのか、いわゆる投資やコストについてみていきます(過去のコラムで触れているトピックスもあるので、若干重複するかもしれません)。
まず、「ドメーヌ型のワイナリー」、つまり自社の畑を持っていて、そこで栽培したぶどうを使ってワインを生産・販売するワイナリーを新規に設立するとします。この形態のワイナリーには次のような設備が必要です。
1) ぶどう畑(土地、ぶどう、資材)
2) ワイン醸造所
3) ワインショップ
それぞれについて、必要な投資、コストを考えていくことにします。
借りるか、買うか
ぶどう畑は借りるか、買うかいずれかで調達します。借りる場合に必要な費用ですが、地域ごとに賃借料は異なるので、一概には言えません。一例として、北海道の余市町が賃借料相場の情報提供、特に果樹畑のデータが含まれているので、これを参考にしてみます。
ここには果樹畑の平均賃借料は7,100円(10a あたり/年)とあります(2021年1-12月に締結(公告)された賃借料の平均)。この条件で 2ha のぶどう畑(一人で栽培管理できる最大面積)を借りるとすると、年間の賃借料は 14万2,000 円となります。
一方、買う場合ですが、これも地域ごとに異なるので一様には言えないものの、全国農業会議所が都道府県別の田畑の売買価格の平均額を調査・公表しているので、これを参考にします。
これによると、都市計画法の線引きをしていない市町村の農用地区域内にある「中畑」(都市圏ではなく農業が主な産業である市町村における「生産性が中程度の畑」だと思ってください)の場合、北海道の平均売買価格は 11万5,000 円(10a あたり)とあります(2021年)。この条件で 2ha のぶどう畑を買うとすると230 万円で購入できる計算になります。
こうして見るとコストがあまりかからないように見えますが、上記の数値はいずれも平均値であり、これまでに見聞きした実際の相場よりも少々安い条件のように感じます。また、2ha 必要だからといって、きっちり 2ha 分の農地が調達できることは少なく、特に売買の場合には、まとまった広さの農地として取引されることが(見聞きした範囲では)多いので、農地を取得する場合には数百万円台後半から 2、 3 千万円が必要になると思います。なお、雪川醸造は農地を借りており、上記の余市町の平均よりも少し良い条件で賃借することができました。長期的には所有コストが上がりますが、初期投資コストを抑えられる賃借のスキームで運良く農地を調達することができました。
また、ぶどうの苗木ですが、ワイン用ぶどうの苗木は1本およそ 1,000〜2,000 円です。苗木業者によって、値段が変わります。また、まとめて購入すると(例:1,000 本以上)、ディスカウントしてくれる業者もあります。1 本 1,500 円として 2ha に 5,000 本植えるとすると、750 万円必要となります。この2ha に 5,000 本というのは雪川醸造のぶどう畑の規模感です。
忘れがちなのが農業資材
ぶどう畑で必要となる資材ですが、以前のコラムで紹介したように、ワイン用ぶどうは垣根仕立てで栽培します。
この仕立てを実現するためには、次のような構造物(資材)を用いてぶどうの樹の形をつくっていきます。
雪川醸造の垣根の設計イメージ図から作成しました
垣根の両端には、アンカーで固定した隅柱を立て、5-6m 置きに中柱を設置します。これらの支柱には木製または金属製が使われます。木製は若干費用がかかりますが、ぶどう畑としての景観がよくなるのが特徴です。金属製の場合、費用を多少抑えることができますが、殺風景な見た目になってしまうことがあります。雪川醸造の場合、見晴らしの良い位置にぶどう畑があるので、景観を考慮して木製の杭を採用しました。
また、ぶどうの枝を固定するためのワイヤーは複数本設置しますが、一番下のものは地面から 60-80 cm に太いものを 1 本張ります。これが太い理由は、このワイヤーにぶどうの主枝を固定するため、一番負荷がかかりやすいからです。その上のワイヤーは 4-50 cm 置きに 3-4 本張ります。2 本目より上のワイヤーによって、その年に成長する新梢を固定します。ワイヤーと隅柱とはグリップルやターンバックル(いずれも結束金具)などを用いて固定し、中柱とは柱の材質によりますが、木ネジ、フックなどで固定する構造です。
これらの垣根設備にかかる費用は、支柱の材質やワイヤーの本数によってかなり変動します。また、さまざまなワインづくりやぶどう栽培に関連する手引きやマニュアルを見ても、垣根を構築するための費用について明らかにされているものは(ワタクシが知る限り)ありません。
このため、雪川醸造で実施した垣根の設置から概算してみました。木製の杭を採用しており、各種資材の運送コストが上がっているため、おそらく他のぶどう畑の設置コストより高くついているのではないかと思いますが、10a あたりの垣根資材の調達には30 万円近くかかっています(10a あたり)。2ha のぶどう畑だと 600 万円ほど必要だということになります。
結び
今回だけで、ワイナリーを立ち上げるために必要な投資、コストを説明できるかと思っていましたが、ぶどう畑にかかる費用の説明だけでずいぶんな文字数を費やしてしまいました。ここまでの説明で、2ha のぶどう畑用の農地と、そこに植えるぶどうの苗木と、必要な農業資材を調達(購入)すると、2,000 万以上の投資が必要なことがおわかりいただけたかと思います。ぶどう畑を始めるのって、お金がかかるのですよ…(ため息)。
次回はこの続きでワインの醸造所とショップにかかる費用について見ていきたいと思います。ショップはともかくとして、ワインの醸造設備、施設もこれまたお金がかかるのですよ…(ため息)。
それでは、また。
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