ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
若干オフトピックな話から始めてしまいますが、最近「トリュフ塩」を気に入ってよく使っています。
最近のお気に入りは「トリュフ塩」
トリュフの風味づけを施した塩という風に捉えられがちですが、実際には乾燥させたトリュフと天然の塩を混ぜて作られた調味料です。
普通の塩よりは少し高いのですが(カルディで800円くらいでした)、ちょっと使うだけでワインにあった雰囲気の良いおつまみを手軽に作れるのがありがたいのです。
一番簡単なのは、オムレツにパラパラっとトリュフ塩をかけたやつ。牛乳や生クリームが入っていてバターを効かせたオムレツなら、トリュフ塩で1ランクアップします。普通のオムレツや目玉焼きでも2ランクくらいアップします。
あと、サラダに使うのも良いですね。袋から出してそのまま食べられるパッケージサラダをよく食べますが、これにトリュフ塩、オリーブオイル、バルサミコ酢をかけてざっくり混ぜるとランクアップしたイタリアンサラダのでき上がりです。
それから、肉(牛でも、豚でも、鶏でも)をソテーする時に、仕上げにトリュフ塩を軽くふりかけると、2ランクアップした肉料理のでき上がりです。
トリュフ塩に使われているトリュフの産地はイタリアやフランスが多く、ワインが作られている地域にあることも多いです。イタリアのピエモンテがワインとトリュフの有名な産地なので、同じ地域のワインとトリュフ料理を組み合わせてみるのも良いかもしれません。
ぶどう栽培やワイン醸造をどう学ぶか?
さて本題に戻って、今回はぶどう栽培やワイン醸造のノウハウの習得について取り上げてみます。今はノウハウがないけれど、いずれ自分のワイナリーを立ち上げたい場合に、どのように身につけていくのかという視点でまとめてみます。
まず、ぶどう栽培やワイン醸造に関する職業訓練的な教育(研究)機関として、大学や専門学校が挙げられます。国内でワインづくりに直結しそうなカリキュラムを提供しているのは、ワタクシの見聞きした範囲では、山梨大学、東京農業大学、北海道大学、東京バイオテクノロジー専門学校といったところでしょうか(他にもあるかもしれませんが、見聞きした範囲ということでご容赦ください)。
大学だと農学部に醸造科学とか発酵学などの名称でコース設置されることが多いです。後ほど紹介する研修・教育プログラムにおいても、こうした研究・教育機関の教員や研究者が講師としてよく登場します。時間(3年から4年必要)とコスト(フルタイムの学生ですから学費と生活費の両方が必要)とメンタル(若い人たちに混じって学ぶのは大丈夫)に余裕があるなら、こうした教育機関で基礎から体系的に習得するというアプローチも良いと思います。
教育機関で学ぶアプローチとは逆で、ぶどう栽培やワイン醸造に関われるところで働いて実地で経験を積む方法があります。こちらの道筋を選ぶ人が多いんじゃないかと思います。いくつかの道筋があるので、整理してみます。
1) ワイナリーで正社員として働いて経験を積む
→ワイナリーに就職・転職するやり方です。そのワイナリーのノウハウを十分に身につけることができると思いますが、近い将来に独立したい希望がある場合には雇ってくれるかどうかなんとも言えません…
2) ワイナリーで研修生として働いて経験を積む
→1〜3年程度、研修生として雇ってくれるワイナリーがいくつかあります。正社員同様経験をじっくり積むことができますし、期間が終われば円満に次のステップに進めます。一方、研修生だと給与が安いかもしれません(雇用条件を含めて研修生の仕組みは千差万別なので、個別に確認するとそうではないかもしれませんが)。
3) ぶどう栽培農家で新規就農者として働いて経験を積む
→ぶどう栽培にフォーカスを当てたアプローチです。新規就農者に対しては、国や自治体でさまざまな支援制度があります。それらを組み合わせて既存農家で栽培や農業経営を学びながら働くやり方です。2-3 年程度で農家として独立するのが一般的のように思います。家族経営の農家がほとんどなので、対人関係的に合う・合わないという可能性があります。
4) 地域おこし協力隊として働いて経験を積む
→ワタクシがこのパターンですが、ワインや果樹栽培をテーマとした地域おこし協力隊を募集している地域が少ないながらいくつかあります。ぶどう栽培やワイン醸造のノウハウがあるかはまちまちですが、活動の自由度が高いのが利点だと思います(現在そう感じています)
簡単に整理してみましたが、それぞれのやり方において決まったやり方、ルールがあるということではないです。また、1つの方法にこだわらずに複数のやり方を組み合わせることもできます(例えば、地域おこし協力隊として活動してから新規就農者として活動する、など)。それぞれの事情や環境に合わせて、個別に経験を積んでいく道筋をデザインする必要がありますが、いくつかのアプローチがあることを事前に把握していれば、行き当たりばったりでない時間の使い方ができるようになると思います。
短期の研修・教育プログラムや書籍の活用
働きながら実地で経験を積むアプローチの補完的な位置づけに、公的あるいは民間の機関が提供している研修・教育プログラムがあります。ワタクシの知っている範囲になりますが次のようなプログラムがあります。
独立行政法人 酒類総合研究所 酒類醸造講習(ワインコース、ワイン短期コース)
→国唯一の酒に関する研究機関が提供する研修プログラム。数年に一度の開催なので、タイミングが合って、なおかつ条件に合致しないと受講できない。講習期間は数日〜10日間。広島県東広島市で開催。
北海道ワインアカデミー
→1年間の研修プログラム。北海道庁主催。北海道内で醸造用ぶどう栽培、ワイン醸造に従事している経験者が対象。北海道内で開催。
北海道ワインアカデミーホームページ:https://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/sss/wineacademy.html
千曲川ワインアカデミー
→1年間の研修プログラム。民間団体(日本ワイン農業研究所)による運営。参加者に地域的な制限はなし(東京からの参加者もいる)。長野県東御市で開催。
塩尻ワイン大学
→2〜3年間の研修プログラム。塩尻市による運営。2コースあり、それぞれで参加条件あり。長野県塩尻市にて開催。
どのプログラムも経験や意欲や居住地などの要件を問われることが多いので、ワイナリーをはじめる前に「どれ、ちょいと様子を見てみるか」という感じでの受講は難しいかもしれません。一方、実地で経験を積み始められた後に、実践に近い理論・ノウハウを体系立てて習得していく場所としてはとても有用です。ワタクシは酒類総合研究所の醸造講習と北海道ワインアカデミーに参加しました(そこで人のつながりができたのがとても良かったです)。
また、ぶどう栽培やワイン醸造に関して体系立てて説明している書籍が最近出版されています(ワタクシが検討開始した頃には少なかった…)。いきなりこういう本を読んで、ワイナリーでどんなことをしているのかを理解していくのは骨が折れるかもしれませんが、これまでの話の延長線上で興味がある方がいるかも知れないので紹介しておきます。
まずは日本語で書かれている書籍でぶどう栽培やワイン醸造に関してもっとも詳しく書かれているものに「ワイン醸造技術」(公益財団法人日本醸造協会)があります。2022年1月に発刊されたばかりで、ぶどう栽培やワイン醸造だけでなく、テイスティングから関連法規、ワイナリー経営、ワインと健康までを日本有数の実務家や研究者によって網羅しています。
ワタクシの周りのワイン関係者の多くは入手しており、ワインについて詳しく知りたい人には必携書と言えます。なおこの書籍は一般書店では販売されておらず、日本醸造協会から直接購入する必要があります。
公益財団法人日本醸造協会ホームページ
それから、ぶどう栽培やワイン醸造に関する訳書として「ブドウ栽培 - ワイン用ブドウ栽培の手引き」、「ワイン製造の基本 - 小規模ワイナリーのための製造技術」も最近(2021年12月)酒類総合研究所から発刊されました。
「ブドウ栽培」の方は、著者が同書の「はじめに」において、「ブドウ栽培の入門書として、関心のある一般の人々でも理解できるように、かつ、WSET及びマスター・オブ・ワイン試験(*)のブドウ栽培に関する質問に答えられるように、十分な詳細をわかりやすい言葉で書いた」と記しているように、ぶどう栽培に関して網羅性の高い入門書だと言えます。
(*)WSET及びマスター・オブ・ワイン試験:国際的なワイン専門家向けの認定試験。マスター・オブ・ワイン取得者は28カ国で370人(2018年3月現在)
また、「ワイン製造の基本」は副題に「小規模ワイナリーのための製造技術」とあるように、ワイナリーを始めるに当たって検討しなければならない項目が網羅されています。ワタクシは雪川醸造の醸造設備、醸造プロセスを検討するに際して参考書的に活用しました(そのときには英語の原書しかなかったのですが…)。日本のルールと異なるところもあるので、そのまま鵜呑みにできない箇所もありますが、先に紹介した「ワイン醸造技術」と組み合わせて参照することで、クロスチェックできる有用な書籍です。
この2冊も、一般書店では販売されておらず、酒類総合研究所から直接購入する必要があります(ホームページへのリンクはコラム前半で紹介しています)。
結び
今回はぶどう栽培やワイン醸造をどう学ぶかについて、いずれ自分のワイナリーを立ち上げる前提ならどういうアプローチがあるかという視点で整理を試みました。
その昔、恩師に教わった言葉に「理論と実践」があります。頭でっかちなロジックばかりでもダメで、めったやたらに経験ばかり積んでもいけない。理論を身に付けて実際の現場で実施する、そして現場での経験を抽象化する場所はそれぞれどうあるべきなのか。今回ご紹介した内容を新しいことを身に着ける環境をイメージしていただく際の参考としていただければありがたいなと思っています。
さて、次回ですが、ワイナリーを立ち上げるためのお金まわりのお話を掘り下げてみたいと思います。ぶどう畑や醸造所のどんなことに費用が発生して、どういう風に資金を調達していくか。あまり細かくしすぎると生々しくなりすぎるのでアレですが、雪川醸造の立ち上げをベースに少し紐解いて見たいと思います。
それでは、また。
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)