ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
東川町は冬真っ盛りです。ワタクシ、冬に寒いことや雪が多いことにはつらさをあまり感じませんが、日が落ちるのが早いことに慣れません。特に冬至前後の日没が早く、16時すぎるとほぼ真っ暗です。これだと一日がすぐに終わったように感じます。サマータイムと逆のウインタータイムで1時間ずらしてくれれば、17時くらいまで明るいのにと考えたりしています。とはいえ、年が明けると徐々に日暮れが遅くなるので、詮無いことを考えるのもやめ、来シーズンの準備をしながら、希望を持って残りの冬を過ごしていきます。
さて。前回の予告通り、今回は「酒類製造免許」(以下、酒造免許)について取り上げます。日本国内ではお酒をつくるにはたとえ少量でも酒造免許が必要です。この免許を取るには、何が必要で、どんなふうに進んでいくのかについて、掘り下げてみたいと思います。
税務署と良い関係になるのが大事
酒造免許の申請に必要なものは、実は国税庁のホームページに掲載されています。
このページの「新規免許申請」チェックリストに記載された書類を提出します。色々と書いたり集めたりするのですが(合計で50-60枚程度でしょうかね)、ざっくり言うと、こんなものが必要です。
1. どの土地・建物でお酒をつくるのかを説明したもの
・酒造免許は製造場所の住所に紐づくので、どの地番のどの建物で酒造を行うかを示します。
・土地の地図、建物の図面、製造場所の登記証明書、賃貸証明書などを提出します。
2. どんな設備でどんなふうにお酒をつくるかを説明したもの
・酒造施設内で、酒づくりに使用する設備の概要を示します。
・製造方法についても手順を示す必要があります。
3. 相応の製造技術を有していることを説明したもの
・履歴書、技術関連の研修などの証明書を提出します。
4. 酒づくり事業が将来的に成り立つのかを証明するもの
・安定的に納税してくれる事業者であるかどうかを見分けているのでしょう。
それなりの事業計画書を作成して提出します。
・過去3年間赤字でないかどうかを証明するため、財務諸表を提出します
(新規設立法人は対象外です)。
5. 過去2年間に税金関係で問題を起こしてないことを示すもの
・地方税の納税証明書を提出します。
で、これらの書類を準備してから税務署に行くのではなく、酒造免許を取ろうと思ったらまず税務署に行くのが良いです。ワタクシが相談した税務署の担当Tさんのアドバイスです。事業者個別に準備する内容が異なるので、二度手間にならないように最初から確認しながら進めるのが良い、ということです。ワタクシ自身もどこかのブログでそういうふうに紹介されていたのを読んで、いきなり税務署に行くのはなあ…と半信半疑ながらも税務署にアポを取りましたが、結果的には良かったです。このため、このコラムでもそのように紹介しておきます。
なお、お酒関係の相談窓口は、すべての税務署にあるわけではありません。下記にある「酒類指導官設置税務署」のみに酒関係の担当者が置かれています。
税務署ってデジタル化からとても遠いところなので、税務署ごとの Web サイトもなければ、メールで連絡もできません(FAXで送ってくださいとナチュラルに言われます…)。メールアドレスを持っていない社会人っているのかと思いますが、IT業界を離れてみると、意外にそういう業種が多く、最初は目眩を覚えていましたが、最近慣れてきたような気も…。
ということで、酒造免許を取ろうと思ったら、税務署の代表番号に電話をかけて、「酒造免許を取りたいので相談にのってほしい」とアポを取るのが実際的なアプローチです。雪川醸造の場合には、別のワイナリーからTさんの連絡先を聞いていたので、直接連絡してアポを取りましたが。
事業計画がいちばんの要
これらの申請資料の準備にはなんだかんだと時間がかかります。必要とされる準備期間の長短は、それなりに詳細化された事業計画書の有無に左右されます。
事業計画書が出来上がっていれば、使用する施設や設備の概要もコストも判明しているため、あとは必要とされる書類を集めるのと、事業計画書に含まれている情報から作成する資料準備に費やす時間が必要なぐらいですみます。とはいえ、煩雑な作業ですし、他の仕事もあるでしょうから、数週間は必要かと思います。
事業計画書がなければ、作成する必要があります。どのように資金を調達して、どれくらいの規模の設備を準備して、どこから原材料を調達して、どういうお酒を生産して、どのような経路でどれくらい販売して、どれくらいの期間で設備投資を回収するか、といった内容です。これって一からつくると1〜3カ月くらいかかると思います。酒づくりについてはある程度粒度の高いことを考えていても、資金調達や原材料の入手ルート、販売経路と設備投資回収のシナリオなどは具体化していない場合が多いように感じます(そういう相談を時折いただきます)。これらを具体化するには、相手もあり、条件を詰める必要があるので、それなりに時間が必要です。
ワタクシが最初に税務署にうかがった時には、手元にそれなりに詰めてあった事業計画書があったので、税務署からのアドバイスに基づいて事業計画書をブラッシュアップしながら、必要書類を準備する、という進み方になりました。初回訪問は 2020年10月1日でした。この時は来年申請するのでよろしくお願いします!という挨拶モードでした。免許を取るための具体的な訪問1回目が 2021年2月24日でした。この時にTさんに事業計画書を説明した上で、必要な書類の内容やレベル感を指示してもらい、それに対応しながら 3 回税務署に出向いています。最終的には 4月15日に申請しているので、準備期間としてはほぼ2カ月を要したということになります。
酒造免許は税務署長から直接手渡されます
申請してから免許が下りるまでの期間は標準的には4カ月かかりますと、税務署から説明があります。担当税務署内での申請内容の確認、検討に2カ月、国税局での申請内容の確認、検討に2カ月で、合計4カ月です。この期間には、申請内容を確認するための連絡が何度かあります。雪川醸造では、申請後に提出した書類もあったので、3回税務署に出向いて打ち合わせ、説明を行いました。
免許交付の前には、国税局の鑑定官による現地への立ち入りがあります。酒造設備を確認しながら、酒づくりの手順についてチェックされる流れで2時間ほど質疑を行います。雪川醸造では、ワイン醸造設備の搬入が想定よりも遅れたこともあり 9 月下旬に立入検査を実施しました。
酒造免許は担当地域の税務署長名で交付(通知)されるので、交付時には酒類の担当官(Tさん他)に付き添われて、署長室に伺い、直接通知書を受け取ります。雪川醸造の場合には 10月5日 に交付されました。交付後に署長、副署長ほか4名とお話させていただくのですが、その周りにも数人立って付き添っている感じの雰囲気です。いささか物々しいので、記念写真でも撮るのかなと思ったのですが、少し雑談した後に交付イベントはあっさりと終了しました…。
資金調達と酒造免許申請の関係
これらの準備〜免許申請の中で考慮が求められるポイントのひとつは、資金調達と酒造免許申請の関係です。当初税務署に説明していた事業計画は、資金調達において金融機関からの融資が含まれていました。金融機関からの融資条件は事業実現性が必要であり、酒造免許を取得していることを求められます。一方、酒造免許の申請条件でも事業実現性が求められ、資金調達スキームつまり融資が実現していなければなりません。片方を実現するには、もう片方も実現していなければならないデッドロック状態です。同じ話を他のワイナリーでも聞いたので、酒造免許申請あるあるな状況なのでしょう。
これには困りました。地域おこし協力隊として行政のすぐ傍で仕事っぷりを見ていますが、公的な機関が各種制度ですべてのケースをフォローするのは大変なのはわかります。ただ、こういう基本的なところはもう少し丁寧にフォローしてほしいよなと思いつつ、現実的にどうするか…としばらく悩みました。しかしふと、酒造免許は自己資金+クラウドファンディング資金で進める事業計画で申請し、免許取得のメドが立ってから融資スキームを仕立てれば良いことに気づきました。税務署のTさんに相談したところ、その進め方でも良いですとのことだったので、なんとかデッドロックを回避できました。
他のワイナリーの話も聞いた上で思いますが、税務署の担当者が相談しやすいか否かで免許申請の負荷が変わります。雪川醸造担当のTさんは実践的にアドバイスいただける親切な方だったのでラッキーでした。また、酒造免許の準備と並行して資金調達の一環でクラウドファンディングを実施していたのですが、このおかげで資金的に多少の余裕があるタイミングだったことがもう一つのラッキーでした。
次回はワイン特区についてです
今回は「酒類製造免許」にまつわる話でした。酒造免許の申請の仕方って、検索してもあまり多く出てきません。情報が少ない中で進めたので、どうなるかなーとドキドキと暗中模索な心持ちが長く続きました。今回のコラムは、そういう状況が少なくなればと思い、今後酒造免許を申請する方にタイミングよく届いて少しでも参考になればと思って書いています。
次回ですが、酒造免許に関係する「ワイン特区」について取り上げてみようと思います。雪川醸造はこのワイン特区の恩恵を受けて酒造免許を申請していますが、デメリットもあります。また、酒造免許申請時のポイントについて、今回触れられなかったこと(法人 or 個人、設立タイミング、赤字条件の回避)をもう少し掘ってみようと思います。
それでは、また。
おまけ
2回目の打ち合わせ時のインスタグラム
酒類製造免許申請時のインスタグラム
免許交付時のインスタグラム
「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)