ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

今回のコラムですが、予定されていた内容から趣向を変更して、最近参加した食に関するカンファレンスについて取り上げて、ワタクシの感じたところをつづってみたいと思います。

7月の27日から29日に、東京・竹芝で開催された"SKS JAPAN 2023- Global Foodtech Summit -" というカンファレンスに参加しました。

イベントページには、同カンファレンスが次のように紹介されています。

「SKS JAPANは、米国で創設されたグローバル・フードテック・サミット「SKS」の日本版として2017年に立ち上がりました。「食×テクノロジー&サイエンス」をテーマに、産業を超えて食の未来を描くことを目指し、あるべきフードシステムの未来像、多様な食の価値の本質の理解、そして共創をベースにした事業開発アプローチをテーマに議論を進めてまいりました。それ以来、SKS JAPANは米国のみならず、欧州、アジア、中東、南米にいたるまで世界中のフードイノベーターが集う場となっております。」

ワタクシ自身がワインづくりという食に関わる事業に携わっており、また食分野におけるテクノロジーの進展やイノベーションの立ち上がり方に深く興味を覚えるようになってきたので、その全体像を短い時間で把握するために今回のカンファレンスに参加しました。

画像: 会場初日の様子です。誰も知っている人はいないかなと思っていましたが、知人・友人が数名参加していました

会場初日の様子です。誰も知っている人はいないかなと思っていましたが、知人・友人が数名参加していました

フードテックの現在地

まず、フードテックの現在地の確認です。日本の潮流を紹介したものもあったのですが、初日冒頭のセッションで Michael Wolf 氏からグローバルにおける流れを紹介する"10 Trends for Our Food Future"(食の未来における10のトレンド)というプレゼンテーションがありましたのでそちらをご紹介します。Wolf 氏は米 Smart Kitchen Summit (SKS) の創設者で、最先端のスマートキッチン・トレンドを発信するサイト「The Spoon」を企画運営しています。

10のトレンドとは次の通りです(カッコ内の日本語は拙訳)

1. AI-powered tools in Food are Exploding(食におけるAIツールは急激に成長している)
2. Generative AI deployed in early use cases(生成AIの利用は初期段階に)
3. Gene-edited food gains ground globally(ゲノム編集食品が世界的な普及段階へ)
4. Cultivated Meat: A Focus on Infrastructure & Inputs(培養肉:生産基盤と原材料に注目が)
5. Automated & Contactless Food Retail(食品小売における自動化とコンタクトレス化)
6. Food Waste Reduction Technology Gaining Momentum(加速するフードロス削減技術の普及)
7. Sustainable & Food Transparency Innovation in Packaging(サステナビリティーや食のトレーサビリティーに向けた食品包装におけるイノベーション)
8. Distributed Manufacturing of Foods(食品製造の分散化)
9. Reimagining of Physical Food Making Spaces(調理スペースの再構築)
10. Dietary Personalization Taking Hold with New Tools(新たなツールにより定着が進む食のパーソナライゼーション)

タイトルだけでは分かりにくいものもあるのですが、いささか無理やりながらざっくりと分類すると次のような感じになります。

a) 食の原料や材料にまつわる領域にあるもの
3. Gene-edited food gains ground globally(ゲノム編集食品が世界的な普及段階へ)
4. Cultivated Meat: A Focus on Infrastructure & Inputs(培養肉:生産基盤と原材料に注目が)

b) 食の製造・加工プロセスにまつわる領域にあるもの
8. Distributed Manufacturing of Foods(食品製造の分散化)
9. Reimagining of Physical Food Making Spaces(調理スペースの再構築)

c) 食に関する体験、購買体験にまつわる領域にあるもの
5. Automated & Contactless Food Retail(食品小売における自動化とコンタクトレス化)
10. Dietary Personalization Taking Hold with New Tools(新たなツールにより定着が進む食のパーソナライゼーション)

d) 横断的な領域にあるもの
1. AI-powered tools in Food are Exploding(食におけるAIツールは急激に成長している)
2. Generative AI deployed in early use cases(生成AIの利用は初期段階に)
6. Food Waste Reduction Technology Gaining Momentum(加速するフードロス削減技術の普及)
7. Sustainable & Food Transparency Innovation in Packaging(サステナビリティーや食のトレーサビリティーに向けた食品包装におけるイノベーション)

食に関する産業・プレーヤーは一次産業である農・漁業、二次産業である食品製造業、加工機械製造業、関連資材製造業、三次産業である飲食業、宿泊業、卸小売業、関連金融業などに関連する企業群であり、非常に広範囲にわたります。すこし古いデータですが、食品関連産業の国内生産額は 96 兆円で産業全体の 876 兆円の 11% を占め、最大規模の産業セクターの一つとして位置づけられています(2009年度、農林水産省調べ)。勃興しつつあるフードテックは、特定の領域で先鋭的に進化しているテクノロジーもあれば、複数の領域で横断的に展開が進んでいるイノベーションもあるといった状況です。

画像: イベントは講演だけでなく、展示ブースもありました。これは定額制パーソナルフードサービスを提供されている GREEN SPOON さん

イベントは講演だけでなく、展示ブースもありました。これは定額制パーソナルフードサービスを提供されている GREEN SPOON さん

ちなみにこのイベントの主催者であるシグマクシスがまとめた「Food Innovation Map v3.5」が公開されています。これを見るとフードテックや食そのものの進化のありかたがわかりやすく示されています。

また、これらのテクノロジーが生み出されている背景は、ビジネス上の目的(高収益、生産性向上、シェアの拡大、新規ビジネスの立ち上げ、既存製品の高品質化など)はもちろんありますが、食に関する次のような社会課題の解決を目的としているものがほとんどです。

・グローバルサプライチェーンを前提としたフードシステムの限界
・先進国における生活習慣病、途上国における飢餓・栄養不足
・世界人口の「爆発」がもたらす世界的なたんぱく質不足
・先進国におけるフードロスの拡大
・食料自給率のアンバランスさ
・生活者の価値観の多様化
・畜産業における環境負荷、倫理問題
・高齢化がもたらす孤食化
・地方の衰退、地域の活性化

普段の食卓やレストランに並ぶ料理や飲み物を見ているだけではなかなか実感がわきにくいですが、他の国と比較して圧倒的に大きなフードマイレージ(食料の総輸送量・距離≒食料の移動が地球環境に与える負荷指標)であり、先進国の中で最も低い食料自給率 38%(カロリーベース)である日本に住むものとして、グローバルにおける食にまつわる課題を知りつつ、日々の食について考える必要があると感じています。

3つのキーワード:共創、発酵、地域

2日半のカンファレンスへの参加(リアルとオンライン)を通じて、ワタクシ的に気になったキーワードを 3 つ拾ってみます。

1. 共創

1つ目は「共創」です。食関連の業界でも共創はとても重要なコンセプトになっています。

先に触れたように食にまつわる産業は非常に広範囲に及び、多様なプレイヤーが含まれています。新しいことを実現するには一つの企業のリソースには限りがあるため、自ずとマルチステークホルダーな環境において共同で価値創造を進めていく動きが加速しているようです。

今回のカンファレンスにおいても、大企業とスタートアップ、農業従事者とレストランのシェフ、学術機関と食品メーカー、地方・地域のコアな企業とメディア企業、ソフトウエア開発者とハードウエアメーカー、インキュベーション施設とベンチャーキャピタルなどが、それぞれのプレイヤーに共通する課題に対して、仮説的な解決策を議論し、実際に手を動かしてフィールドワークを進めながら、ビジネスと課題解決の両面にアプローチする様子が見て取れました。

このような共創を実現する「つながり」を生み出す場として、今回のようなエコシステムの醸成を促すカンファレンスが重要な装置として機能していると考えられます。

画像: 登壇者だけでなく参加者も発言して繋がろう、という趣旨で“Share out”(いわゆるライトニングトーク)というものが行われました

登壇者だけでなく参加者も発言して繋がろう、という趣旨で“Share out”(いわゆるライトニングトーク)というものが行われました

画像: ということで、ワタクシも登壇してきました。登壇以降何名かの方にお声をかけていただきました

ということで、ワタクシも登壇してきました。登壇以降何名かの方にお声をかけていただきました

2. 精密発酵技術

2つ目に気になったキーワードは「精密発酵技術 (Precision Fermentation) 」です。これはワインづくりという発酵にまつわることを生業としているので気になったワードです。

代替プロテイン(食肉以外でのたんぱく質)をつくり出す主な方法には、1) 植物由来のアプローチ(プラントベースミート)、2) 動物由来のアプローチ(培養肉)、3) 昆虫由来のアプローチ(昆虫食)、4) 微生物由来のアプローチ(発酵プロテイン)、5) 藻類由来のアプローチ(藻類食)があります。この 4 つめの微生物を用いてたんぱく質をつくりだす手法には主に次の 3 つのアプローチがあります。

a) 伝統的発酵(Traditional Fermentation):普段から口にする味噌や納豆などの食品でも使用される従来の発酵の仕組み(嫌気的消化)を活用した技術
b) バイオマス発酵(Biomass Fermentation):菌糸(きのこを構成するもの)を発酵、増殖してたんぱく質を生成する技術
c) 精密発酵(Precision Fermentation):微生物につくりたい成分の遺伝子を挿入することで特定のたんぱく質や酵素、フレーバー分子、ビタミン、色素、脂肪を生成する技術

画像: 発酵というのは奥が深いですね。たんぱく質をつくるために使われるとは、このイベントではじめて知りました

発酵というのは奥が深いですね。たんぱく質をつくるために使われるとは、このイベントではじめて知りました

精密発酵はすでに実用化の段階にあり、カリフォルニアのスタートアップ Perfect Day は精密発酵を用いることで牛と同じホエイたんぱく質を生成。それを水や植物性油脂、ビタミンやミネラルなどと発酵させることで、動物由来ではない乳たんぱく質をつくりだしており、米国市場ではミルク、アイスクリーム、チーズが販売されています。その他にも同じくカリフォルニアのスタートアップClara Foods が卵のたんぱく質の生成に成功していたり、米国でプラントベースミートの Impossible Burger を成功させているImpossible Foods が肉のような風味を与えるヘムたんぱく質の生成に使用していたりします。

古くから身近にあった発酵の仕組みを用いていながら、遺伝子レベルでの操作を行っており、そのために安全性の議論がこれからも続くことが予想されるので、動向に注目していきたいと考えています。

3. 地域と食

3つ目は、キーワードというわけではないのですが「地域と食」の関係が気になりました。これはワタクシが現在地域おこしの役割を担っているということと無縁ではありません。

このカンファレンスで取り上げられていた地域には、スペイン北西部のバスク、イタリア南部のポリカ、日本の佐賀・嬉野などがあります。いずれも人間の基本的な営みの一つである食に関わることを地域の資産として活用することで、その地方の活性化につなげている例です。たとえばイタリア南部の地中海に面したポリカ市では、 Future Food Institute (以下 FFI)という団体が、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている「地中海食」を中心に据えて社会課題の解決を通じて地方都市の再生を試みています。

ポリカは海と山がせまる限界集落であり、その地形的な特徴から農業の大規模化ができず、小規模の農家がオリーブなどを栽培しています。イタリアでも高齢化も加速しており、農業をとりまく環境は厳しくなってきています。このような状況で、FFI がポリカにおいて推進しているのは単なる農業の効率化ではなく、地中海食に利用される食材やワインの生産をサステナブルな生産方法で資源を守りながら行う、いわゆる再生可能農業への変革です。これらに加えて、食のアップサイクル、地域の経済的競争力の予測モデル、生活習慣病予防と公衆衛生、都市レベルでのサーキュラーエコノミーなどのテーマを、机上ではなく実際の環境において実現・運用しながらさまざまなステークホルダーが包括的に研究とフィードバックを繰り返すことで、課題解決にアプローチしていくというものです。

地域を活性化するには、地域内外の行政、民間、学術機関、金融などの多様なステークホルダーが、持続可能な関係性において、その地域特有の資産をベースにして、今までの姿・カタチを守るだけでない価値の再創造が求められている、という風に感じました。

結び

食べることは、すべての人にとって小さな頃から毎日繰り返している生命に関わる営みなのでとても大切なことですが、つい保守的な考え方になってしまい、情緒的な言説に取り込まれがちだと日頃から感じています。そういった傾向に逆らって(?)これから起きる食関連のイノベーション(例:培養肉、生成AIの活用、パーソナライゼーション)に意識的に触れていこうと考えています。そしてさらには、複雑に絡み合った社会課題を多様なステークホルダーが食を通じて解決する姿をもっと見てみたい(関わっていきたい)と感じています。

次回ですが、今回予定していたワインの市場についてちょっと深掘りしてみたいと思います。グローバルにみたワイン市場の傾向や、日本市場の特徴について、つくり手として見聞きする話を起点として、少々考えてみたいと思います。

それでは、また。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
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第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
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第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択
第23回:ワインの販売についてその1「D2C的なアプローチ」
第24回:ワインの販売についてその2「ワインの市場流通の複雑さ」

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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