ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

こんにちは(あるいはこんばんは)。

北海道にも本州に比べて少々遅れて春がやってきました。東川町の隣にある旭川地方気象台の発表によると、桜の開花は4月25日(平年に比べて9日早く、昨年と比べて1日早い)、満開は4月28日(平年に比べて9日早く、昨年と比べると同じ日)で、ゴールデンウィーク前半がちょうど桜を楽しめる時期にあたりました。

ぶどう畑も4月上旬から栽培シーズンに向けての作業が目白押しの予定でした。「予定でした」というのは、オーストラリアから戻って東川に帰ってきたタイミングでコロナウイルスに感染してしまって、1週間ほど作業できなかったのです(幸い軽症でしたが、自宅療養しなくてはいけないですからね)。

症状が改善して療養が終わったタイミングから作業を始めて、ゴールデンウィークもぶっとおしで準備することで、なんとか想定しているペースに追いつくことができました。というわけで、公園に広がる満開の桜を愛でる余裕はなく、ぶどう畑のそばにぽつんと生えている桜と畑のあちこちで咲くタンポポを作業の合間に眺めておりました。

画像: ぶどう畑の上に桜の樹がぽつんとあります。写っている畑は今年苗木を植えるエリアで、ちょうど土を起こしている時期でした

ぶどう畑の上に桜の樹がぽつんとあります。写っている畑は今年苗木を植えるエリアで、ちょうど土を起こしている時期でした

画像: 草刈りした直後にタンポポがばっと満開になりました。桜が満開になった数日後のことです

草刈りした直後にタンポポがばっと満開になりました。桜が満開になった数日後のことです

販売チャネルの考え方

さて、今回はワインの販売のあれこれについて見ていきます(販売については今回と次回の2回必要な気がしています)。

雪川醸造の場合、主な販売形態は自社オンラインストアでの販売酒販店向けの販売の2種類があります。オンラインストアでの販売(いわゆるEC)は、基本的にはワインを飲まれる方に直接販売しています(一部の飲食店向けについては、販売もネットで注文を受けていますけれど)。

画像: 当ワイナリーの web サイトへのアクセスはパソコンよりもスマートフォンからのアクセスが多いです

当ワイナリーの web サイトへのアクセスはパソコンよりもスマートフォンからのアクセスが多いです

もう1つの酒販店向けの販売は、店舗を構えてワインを販売されている酒屋さんに販売し、そこでワインを飲まれる方に販売いただく形態で、いわば間接販売に類されるものです。

販売経路については、これ以外にもいろいろな形態があり得るのですが、ワタクシが上記の2つを主な販売チャネルとしているのは、次の点を念頭においたためです。

1. 温度管理について

以前のコラムで、「ワインは香りを楽しむ飲み物であり、ワインの温度は香りに影響するため、飲む際の温度には気をつけましょう」とお伝えしました。これに加えて、飲む前にワインが置かれていた温度(環境)も、ワインの品質に影響するのです。

ワインを保管する適正な温度は12-15℃、湿度は70%前後とされます。これは長期保管のための条件で、ワインセラーの設定などに想定される環境です。ワインが特に影響を受けやすいのは高い温度です。例えば、ワインが置かれている環境の温度が上がると、熱による品質の劣化が起きます(「熱劣化」と呼ばれます)。ワイン商社のフィラディスさんがどれくらいの温度から影響するかを検証されていて、わかりやすいので紹介します。

面白い検証なので、できれば全部を読んでいただきたいのですが、ここではまとめを抜粋しておきます。

「今回の実験結果から、30℃までは短時間ならそれほど大きな変化はありませんが、長時間になったり、35℃を超えたりするとワインは劣化していきます。また、ワインのタイプによって劣化の早さや劣化のレベルは異なります。」

つまり、保管や輸送の際に高くない温度(最低でも20℃以下)で管理することがワインを良い状態で届ける上でのポイントになります(このためオンラインストアで購入いただいたワインはすべてクール便で発送しています)。基本的にワタクシとしては、雪川醸造と自分のワインを飲む人との間はできるだけ少ない数の方々がシンプルに関わる仕組みにしたいと考えています。

2. ワインの飲み手との距離感

ワインは、生きていくために必須な栄養を吸収するために摂取する食品ではなく、飲みたい人が飲んで感想・感情を共有しあって新たなつながりを生み出すことができる、嗜好性や趣味性が高い飲み物です。

画像: 一人一本ワインを持ち寄ってみんなでシェアしながら飲む「ワイン会」を、ワイン好きな人たちはよく行っています

一人一本ワインを持ち寄ってみんなでシェアしながら飲む「ワイン会」を、ワイン好きな人たちはよく行っています

そんな位置づけのモノであるが故に、販売するにあたっては特有の難しさがあります。例えば、ニッチ性が非常に高い(=市場が小さいとも言える)、商品そのものだけでなく商品に関連したストーリーを求められることが多い、商品ポジショニングがそれなりに大変、などです。ただ、つくり手としてのワタクシは飲み手の方々とできるだけ近い距離にいて、いろんな声を聞いていたいと考えています。これも先ほどの1.と同様に、ワインをお届けする過程で少ない数の方々がシンプルに関わる仕組みを指向するベースとなっています。

ネットの直販であれば、ワイナリーとワインを飲む人との間にいるのは輸送業者だけです。ワインの配送以外のことについてはワイナリーと飲み手が直接コミュニケーションを行うため、いろんな声を直接伺うことができるのです。InstagramやFacebookで雪川醸造のワインを飲んだ感想をアップされているのを見かけることは日常的によくありますし、オンラインストアのお問い合わせから感想を送っていただくことも少なくありません(幸いにも今のところ苦情はいただいていません)。

店舗を構えてワインを販売されている酒販店への販売であれば、輸送業者経由で店舗にワインをお届けします。雪川醸造がワインを提供している酒販店さんは、ワインを正しく扱うことができるノウハウと設備を有していて、なおかつワインがお好きなお客さまが日常的にワインを買いに来られる酒屋さんです。そういった酒屋さんからワインをお届けすることで、ワインを好んで飲まれる方たちの声をすこしずつ聞くことができると考えています。

3. 利益について

モノとしてのワインは趣味性が高いものですが、ワイナリーの運営(経営)は趣味でやっていますというわけにはいかないので、それなりに利益を出して、より良いぶどうとワインがつくれる環境を整備する必要があります。

ビジネスの世界においてここ数年でよく聞くようになったキーワードの1つに“D2C"(Direct to Customer)があります。これはネットの活用によって世界観などを消費者に直接訴え、また商品を直接販売することで自社のファンを拡大しながら、一方で中間マージンを削減しコスト競争力も高めるビジネスモデルです。

これまで見てきたポイント(温度管理や飲み手との距離感)を実現するにあたっては、D2C的なアプローチがうってつけなので自社オンラインストアでの販売を行っていますが、このビジネスモデルは同時に利益面でもメリットがあります。

直接販売することで利益をもたらしてくれるモデルなのですが、直接販売だけだとさまざまなワインの飲み手に届けることができません。それと直接販売のみだとワインの出荷作業がかなり大変なのもあって、雪川醸造ではワインを正しく扱うことができるノウハウと設備を有していらっしゃる酒販店さんから販売いただいています。

直接販売のその他の方法

ワインの飲み手に向けて直接ワインを提供するには、オンラインストア以外にも次のような方法があります。

a.直売店舗の運営
b.営業による販路開拓・注文管理(B2B的なモデル)
c.カタログなどによる通信販売(Fax、電話など)

直売店舗については「ワイナリーに設置しないの?」とよく訊かれるのですが、店舗を構えると営業時間中はずっと誰かがいなくちゃいけないのですよね……。おまけにワイナリーのすぐ近くに道の駅(ひがしかわ道草館)やローカルなコンビニ(ハマナスクラブ)があって、そこは年末年始以外ずっとオープンして、東川町の特産品などをいろいろと販売しているので、そちらで買っていただいたほうが買い手としても便利ですし、地元の商売のじゃまにもならないので(←これ大事)、ワイナリーには設置していません。

ワイナリーから徒歩3分のところに、道の駅ひがしかわ道草館があります

www.instagram.com

専任の営業を設置して、B2B的に販売していく方法も考えられますが、雪川醸造の現段階の状況では、あまりいいやり方だとは思えません。そもそも専任の営業をおけるほどの売上、ひいては生産量ではないですし・・・・・・。

カタログ通販ですが、ワタクシの知っているワイナリーでも、新しくワインをリリースしたらパンフレットをお客さまに郵送して、Faxや電話で注文を受け付けているところがあります(過去に買ったのでそういうパンフレットがワタクシにも送られてくるのです)。こういうやり方をしているほとんどのワイナリーは、直営店舗を持っています。直営店舗での顧客対応の合間を縫って、Faxや電話での注文の発送処理を行うことで効率よく対応できるようです(つまり、雪川醸造の現状のオペレーションにはうまくはまらないのです)。まあそもそもが、Faxや電話での注文はどうしてもアナログな管理になるので、積極的に対応しようという気になれないのです・・・・・・。

結び

ワインの販売形態のうち、直接販売するモデルを見ていくうちに文字数が尽きてしまいました(なんとなく想定はしていましたが)。直接販売することで、お客さまの顔が見えて声が聞こえますし、こちらのことも知っていただくことができます。

一方で、直販だと(当たり前のことですが)販売や発送の手間(コスト)が大きくなるデメリットがあります。加えて、小規模な通販の場合、送料を負担していただかないといけないのが心苦しいところです。

では、すでにお客さまのいる企業・業者を通じて販売するのが良いのか?次回はワイン販売における間接販売について、今回同様に見ていきたいと考えています。

それでは、また。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」
第17回:ワイナリーのお金の話その4「ワインをつくるにはぶどうだけでは足りない」
第18回:ワイナリーのお金の話その5「クラウドファンディングがもたらす緊張感」
第19回:ワイナリーのお金の話その6「補助金利用は計画的に」
第20回:まずはソムリエナイフ、使えるようになりましょう
第21回:ワイン販売の話その1:独自ドメインを取って、信頼感を醸成しよう
第22回:オーストラリアで感じた変化と選択

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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