ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

仕込み作業の調整は大変なのです

こんにちは(あるいはこんばんは)。

2カ月ぶりのコラムです。先月はワインの仕込み真っ最中で、残念ながらコラムを書く時間をひねり出すことができませんでした。執筆するつもりでスケジュールは確保する想定でいたのですが、ワインづくりの方でスケジュールが時々刻々と変わってしまい、最終的には時間がなくなってしまいました…。

ワインの仕込みですが、ぶどうは収穫すると基本的には傷んでいくので、早く仕込み始めることが大事です(陰干ししてから仕込むやり方もあるにはありますが、ここでは割愛します)。

収穫時にも選果して、仕込む直前にも選果することで、傷んでいない健全なぶどうだけをつかってワインを仕込みます

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収穫スケジュールは、ぶどうの状態を見ながら、天気予報とにらめっこしながら決めていきます。雨に濡れたぶどうでワインを仕込みたくないので、何日か晴れている(少なくとも雨が降っていない)日を収穫日に決め、収穫を手伝ってくれる人を集めます。人集めの関係から収穫日程が事前に決まっていることもあれば、ぶどうの状態を見ながら日取りをぎりぎりまで決めないケースもあります。

今年の雪川醸造は、ざっくり言うと7品種を用いてワインをつくっているのですが、異なる品種の収穫時期がうまく揃っていたため、1カ月の間に仕込み作業を分散できました。それでも直前で収穫スケジュールが変わったり、収量が予想より少なく2日間の予定が1日で終わってしまったりと、作業内容の変化に臨機応変な対応が求められました。

この投稿のナイアガラですが、収量が予定より少なく、2日間仕込む予定が1日で終わりました…

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収穫量は、実際に収穫が終わらないと確定できません。経験と勘からおおよその収穫量は想定できますが、多いか少ないかは、収穫が進むにつれてはじめてわかります。今回、とある畑のぶどうを2トン仕込む予定でいたのですが、収穫が終わってみると想定の1/3程度の700kg弱だったので、急遽醸造に使用するタンクのサイズを変更しました。

今年の北海道は収量が予想より少なくなるケースが多く、雪川醸造も同様にその影響で、仕込みにつかう機材(タンク)や醸造の方向性を何度か変えました。事前にタンク繰りをある程度シミュレーションしているのですが、途中で使用機材が変更になると、その後のタンク繰りに影響するため、何度か検討し直して、今はほとんどのタンクに醸造中のワインが収まっている状況になりました。

画像: 今年は樽をつかった仕込みもあるので、ワイナリーらしい光景になってきました

今年は樽をつかった仕込みもあるので、ワイナリーらしい光景になってきました

こうして日々追われるような感じでなんとか今年の仕込みを乗り切ったのですが、以前もお伝えしたとおり、ニュージーランドで活躍するワイン醸造家小山竜宇さんと、北海道を代表するワイン醸造家麿直之さんと一緒にワインづくりを行ったのは大変刺激になりました。ここで詳しく書きませんが、一緒に作業することで学ぶことはとても多かったです。どんな仕事でも一緒に取り組むことでわかってくること、身につくことがたくさんあります。これらを来年以降のワインづくりに生かしていこうと思っていますし、こういうゲストワインメーカーの仕組みは面白いので、来年以降も実現していきたいと思っています。

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熟練の方々と一緒に作業して手を動かすことで知恵を身につけられるのは、とても貴重な体験でした

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また、昨年仕込んだぶどうの量は3.5トンでしたが、今年は4倍近い12.8トンも仕込んだこともあって、色んな方々にお手伝いに来ていただきました。東川町でご近所の方もいれば、北海道内だけでなく、関東や関西方面から来ていただいた方もいらっしゃいました。手探りで仕込み作業を進めており、至らぬ点も多々あったと思いますが、お手伝いいただいたことで今年のぶどう搬入から仕込みについて想定していた作業を無事に終わらせることができました。この場を借りて感謝申し上げます。心からありがとうございます。

画像1: 仕込み作業の調整は大変なのです
画像2: 仕込み作業の調整は大変なのです
画像: ほぼ1日作業することが多く、お手伝いに来ていただいた方々には感謝しかありません!ありがとうございます!

ほぼ1日作業することが多く、お手伝いに来ていただいた方々には感謝しかありません!ありがとうございます!

ぶどうの価格にはバラつきがある

前置きが長くなってしまいましたが、今回は、ワインをつくるための原材料にはどのようなものが必要で、そのコスト感はどのようなものかを見ていきます。

まず、ぶどうです。ぶどうが無いとワインがつくれません。自分で栽培したものについてはさておき、農家などから購入してワインをつくるにはどうすれば良いのでしょうか? このコラムでも何度か触れてきたように、日本でお酒をつくるためには酒造免許が必要です。このため、ワイン用ぶどうを一般消費者向けに販売している店舗や業者は、ワタクシの知る限り見当たりません(違法な目的で販売していると、誰かに怒られますよね…)。

画像: 一つのカゴにぶどうが 15-20 kg ほど入っています。収穫時に重さを計っていなければ、ワイナリーでひとカゴずつ計ります

一つのカゴにぶどうが 15-20 kg ほど入っています。収穫時に重さを計っていなければ、ワイナリーでひとカゴずつ計ります

ぶどうの調達には、地域の農家やJA、またはぶどうを販売するワイナリーとの関係づくりを経てはじめて調達できるようになります。こういうスキームの場合、価格表のようなもので値段が決まるのではなく、話し合いを行いながら相対で価格が決まることが多いように思います。このため、ぶどうの価格は一義的には言えないのですが、ワタクシが聞いている範囲では単価が数百円/kgといったところです(すみません。はっきりと価格が言えなくて。事情はなんとなく察してください…)。

これに対して、海外の状況を少し見てみましょう。まず、アメリカ農務省が "California Grape Crush"というカリフォルニア州におけるぶどうの生産状況に関するレポートを発行しています。

USDA California Grape Crush

このレポートによると、2021年のカリフォルニア州全体における白ワイン用ぶどうの平均価格は1,601ドル/トン、赤ワイン用ぶどうの平均価格は2,031ドル/トンとのことです。1ドル=145円として計算すると(円が安いですね…)、それぞれ232,145円、294,495円で、kgあたりでは232円/kg、294円/kgとなります。

地域ごとにメジャーな品種の価格を見ると、ナパ地区で生産されるカベルネ・ソーヴィニョン(赤ワインぶどう)が8,082ドル/トン(1,172円/kg)、ソノマ地区のピノ・ノワールが3,512ドル/トン(509円/kg)、白ワイン用ぶどうではナパ地区のシャルドネ、ソーヴィニョン・ブランがそれぞれ3,245ドル/トン(471円/kg)、2,635ドル/トン(382円/kg)ということで、品種や地区によって価格の広がりがあることが見て取れます。

画像: ソノマのフランシス・フォード・コッポラのジンファンデルの畑です。蜂に優しい畑という標識がありますね。2019年7月に訪れました

ソノマのフランシス・フォード・コッポラのジンファンデルの畑です。蜂に優しい畑という標識がありますね。2019年7月に訪れました

また、ドイツの調査会社であるスタティスタ(Statista)が、オーストラリアでの品種ごとのワイン用ぶどうの価格に関する調査レポートを発行しています。

Statista: Average purchase price of wine grapes crushed for wine production in Australia in 2021, by variety

これによるとオーストラリアの代表的な品種であるシラーズは878豪ドル/トン(83円/kg、1豪ドル=95円)、カベルネ・ソーヴィニョンは787豪ドル(75円/kg)、シャルドネは531豪ドル(50円/kg)、リースリングは1,096豪ドル(104円/kg)であり、カリフォルニア同様に品種によって価格のバラつきがあることが見て取れます。

画像: ヤラ・ヴァレーのヘレン&ジョーイエステートの畑です。根っこの少し上に黒いロープ状のものが張ってありますが、灌漑用のチューブです。2019年12月に訪れました

ヤラ・ヴァレーのヘレン&ジョーイエステートの畑です。根っこの少し上に黒いロープ状のものが張ってありますが、灌漑用のチューブです。2019年12月に訪れました

ぶどう以外に必要なもの

ぶどうの価格感をざっくりとつかんだところで、次に必要なのは酵母です。酵母を準備しなくとも、アルコール発酵がはじまることもあるのですが、安定的に発酵をはじめるためには酵母があったほうが良いとワタクシは考えています。ワインづくりに用いられる酵母は、ワイン用に選び出された種類の酵母を純粋培養し、乾燥させたもので、培養酵母や乾燥酵母と呼ばれます。日本国内で出回っているワイン用乾燥酵母の主なブランドには、「Lalvin」「Maurivin」「Laffort」「DSM」などがあり、いずれも500gで5,000~1万円程度で取扱店から調達することができます。

画像: 乾燥酵母は活性化させてから、果汁に加えて、発酵を開始させます

乾燥酵母は活性化させてから、果汁に加えて、発酵を開始させます

酵母をぶどうに加え、アルコール発酵が進んでワインができ上がったら、ワインを詰める空ビンが必要です。ワイン用のビンは、容量が750mlで、光による劣化を防ぐために茶系あるいは緑系に着色をされているものが多いです。国産ビンと輸入ビンがあり、国産の場合、比較的リーズナブルな価格帯ですが、種類があまり多くありません。一方の輸入ビンは、種類や形状が豊富で多くの選択肢がありますが、単価が少々高く、国内に在庫がない場合には納期が長くなることがあります。国産ビンは1本数十円台の後半の価格帯で、輸入ビンの場合には1本百数十円になるものもあります。

画像: ビン詰めを慌てて行うと、空ビンのはいっていたダンボール箱が山積みになっていきます・・・

ビン詰めを慌てて行うと、空ビンのはいっていたダンボール箱が山積みになっていきます・・・

ワインがビンに入ると、次に密封して保管するためにクロージャー、いわゆる栓が必要です。クロージャーに使われているのはほとんどの場合、コルクあるいはスクリューキャップのいずれかです。そして、コルクについては天然コルクと合成コルクの2種類があります。天然コルクは高級ワインに使用されることがあるのですが、「ブショネ」と呼ばれるカビ臭汚染が課題です。ブショネは、天然コルクに潜んだ細菌と製造工程時の消毒に用いられる塩素によってTCA(トリクロロアニソール)という物質が発生することでワインにカビ臭がついてしまうことです。ブショネ発生率が3~5%と高いために、高級なワインであればあるほど、その影響は大きくなります。

画像: コルクにDIAM10, DIAM5などとありますが、これが保存可能期間を示しています

コルクにDIAM10, DIAM5などとありますが、これが保存可能期間を示しています

これを回避するために、合成コルクの一種で天然コルクを圧搾して作られるDIAMコルクが、広く使われるようになってきています。天然のコルクを細かく粉砕し、高圧力で押し固めて作るワイン用コルクで、天然素材を使用しながらも品質が安定し、価格も天然コルクと比べて安価で、なによりTCAなどの発生を除去して製造されるため、ブショネのリスクが無い点が高く評価されています。DIAMコルクには、DIAM2、DIAM3、DIAM5、DIAM10などと保存可能期間に応じて種類があり、なかには30年の保存期間のものも提供されています。

画像: スクリューキャップを用いるワイナリーが北海道でも増えてきています。これは函館の農楽蔵さんのボトル

スクリューキャップを用いるワイナリーが北海道でも増えてきています。これは函館の農楽蔵さんのボトル

コルクに代わって最近採用が広がっているのがスクリューキャップです。コルクと違って、ワインオープナーやソムリエナイフがなくとも手軽に開けることができ、開栓後も完全に密閉できるのが一番のメリットです。ブショネのリスクもありません。キャップシールを切って、ソムリエナイフでコルクを抜くというもったいぶった儀式を好むオールドスクールな方々には受けが良くないですが、雪川醸造では手軽に日常のワンシーンでワインを飲んでいただきたいので、コルクではなくスクリューキャップを採用しています。クロージャーの価格感ですが、安価なものであれば1つ数十円の前半の価格帯、高級・高性能なコルクの場合には1つ百円を超えるものも出てきます。

画像: ラベルを張る機械、ラベラーです。ビンを乗せて、ハンドルを回すと、台紙からラベルが剥がれて、くるっとビンに貼り付きます

ラベルを張る機械、ラベラーです。ビンを乗せて、ハンドルを回すと、台紙からラベルが剥がれて、くるっとビンに貼り付きます

ワインづくりに必要な最後のものはラベルです。酒税法上、ラベルを貼らないと出荷できないので、重要なパーツといえます。ラベルは自分でデザインして、自宅のプリンターで印刷してのりで貼って終わりにしても良いですし、きちんと印刷会社に頼んで印刷シールにして貼っても構いません。自作プリントであれば1枚あたり十円かかるかどうかでしょうし、版下を準備して印刷会社できれいな輸入防水紙に印刷してもらうと1枚あたり百円を超えるでしょう。

結び

今回はワインをつくって出荷するための直接的なコストについて見てきました。これまでに見てきたことをまとめると、1本のワインをつくるための直接的な原材料コストはこんな感じになります。

ぶどう:数百円(1kgのぶどうで700ml程度のワインができる前提で)
酵母:数円
空ビン:数十円
クロージャー:数十円
ラベル:数十円

もちろんこれだけがコストではなく、人件費や物流費用、設備コスト、施設にかかっている費用などが含まれて、1本のワインの価格が決まってきます。ここまで4回にわたってワイナリーにまつわるお金の話をしてきましたが、もう一度それらを読み返していただくと、直接的な原材料コストよりも、設備的な間接コストの存在がワインの価格に影響していることが感じ取っていただけるかと思います。

次回ですが、でき上がったワインを販売するにあたって、どこからどのように販売するのか、販売チャネルの種類やそのスキームについてみていければと考えています。が、もしかすると別のトピックを取り上げるかもしれません。

それでは、また。

「ワインとワイナリーをめぐる冒険」他の記事
第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ (2021年5月18日号)
第3回:ぶどう栽培の一年 (2021年6月8日号)
第4回:ぶどうは種から育てるのか? (2021年7月13日号)
第5回:ぶどう畑をどこにするか?「地形と土壌」(2021年8月17日号)
第6回:ワインの味わいを決めるもの: 味覚・嗅覚、ワインの成分(2021年9月14日号)
第7回:ワイン醸造その1:醗酵するまでにいろいろあります (2021年11月9日号)
第8回: ワイン醸造その2:ワインづくりの主役「サッカロマイセス・セレビシエ」(2021年12月14日号)
第9回:酒造免許の申請先は税務署です(2022年1月12日号)
第10回:ワイン特区で素早いワイナリー設立を(2022年2月15日号)
第11回:ワイナリー法人を設立するか否か、それがイシューだ(2022年3月8日号)
第12回:ワインづくりの学び方
第13回:盛り上がりを見せているテイスティング
第14回:ワイナリーのお金の話その1「ぶどう畑を準備するには…」
第15回:ワイナリーのお金の話その2「今ある建物を活用したほうが・・・」
第16回:ワイナリーのお金の話その3「醸造設備は輸入モノが多いのです」

画像: *山平哲也プロフィール:* 雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

*山平哲也プロフィール:*
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

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