ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
「適疎」の町
ワタクシが東川町に惹かれたのは、30年近く前からワイン用ぶどうを栽培していて、ぶどうを育てる、ワインをつくるのがまったく新しいことではなかったからです。そして、町の人たちが、新しいことをはじめるのに寛大で、応援する雰囲気を感じたからです。
東川町は、北海道の真ん中にある旭川空港からクルマで 約13 分のところに位置した、人口 8,437 人(2020年12月末調査)のこぢんまりとした町です。多くの自治体で人口減少が基本トレンドになっている中で、東川町の人口は徐々に増加しています。増えている理由は色々あるのですが、その中心には町づくりのなかで大事にされている「適疎」という言葉があるように思います。
「適疎」については、2019年に書かれたこんな記事があります。
最大の魅力は一緒につくれる余白。北海道・東川町に学ぶ「適疎」のまちづくり
「東川町長の松岡市郎氏は、東川町を「適疎の町」と説明する。過疎でもなく、過密でもない。適度に余白がある町という意味だ。人は余白がありすぎても何をしてよいか分からなくなる。だからといって、まったく余白がないと、新たに何かを付け加えることができずにつまらない。適度に余白がある状態が、もっとも人のクリエイティビティを刺激するのだ。」
出典:「最大の魅力は一緒につくれる余白。北海道・東川町に学ぶ「適疎」のまちづくり」加藤 佑 in E4Gレポート 2019/11/1(IDEAS FOR GOOD)
ワイン用のぶどうが栽培されていて、新しいことをはじめるのに寛大な空気があって、適度に余白がある「適疎」があるので、東川町へ移住してワイナリーを起業することを決断しました。
なぜ北海道なのか?
前回のコラムで、北海道に⼀度住んでみたいと思っていたと記しましたが、仕事とプライベートで過去に何度か訪れたくらいで、そもそも縁もゆかりもありませんでした。
北海道に住みたいと思った理由の一つに、以前北カリフォルニアで生活した経験が挙げられます。米国で生活するということは色々大変で楽しい経験なのですが、北カリフォルニアはクルマで少し出かけると自然が豊かで、野菜・果物そしてワインがおいしくて、そういう面では住んでみてとても好ましいと感じました。いつかまた、そういう生活をカリフォルニアとは別のところで経験してみたいと思っていて、その候補地の一つが北海道でした。
北海道に興味を持ったもう一つの理由は、気候変動です。ワインづくりは気候変動の影響を受けています。例えばフランスのワイン銘醸地として有名なボルドーは、ボルドーワインとして栽培が許される品種に、高温な地域での栽培が適している7品種を2019年6月に追加しました。ボルドー地域の平均気温が今後 1~2 ℃上昇する可能性が指摘されており、ぶどう栽培生育期間の短期化や熟成および収穫の早期化への対策として実施されたのです。
北海道では、従来は冷涼な気候に適しているドイツ系のぶどう品種(ケルナー、ミュラー・トゥルガウ、ツヴァイゲルトなど)が多く育てられていました。しかし 2000 年頃からフランス・ブルゴーニュのぶどう品種(ピノ・ノワール、シャルドネ)の栽培が広がりつつあります。これは栽培家の技術が向上したこともありますが、気候変動により平均気温が上昇し、以前は冷涼な気候では果実が成熟しなかった品種が、十分に熟した状態で収穫できるようになってきているためです。
これを裏付ける例の一つに、フランス・ブルゴーニュで約300年の歴史を持つドメーヌ・ド・モンティーユが北海道函館市にぶどう畑を購入して、ワインづくりに乗り出していることが挙げられます。ブルゴーニュもボルドー同様に温暖化の進行により、現在の品質を維持しながらピノ・ノワール、シャルドネの栽培が難しくなると予測されています。このため、将来的に品質の高いピノ・ノワール、シャルドネを栽培できる土地を探し、その結果として北海道の函館が選ばれたのです。
こうしたニュースに触れながら、自分でぶどうを栽培してワインをつくる候補地を絞る中で、北海道の良さが際立ち始めました。そして、気候変動による平均気温上昇だけでなく、梅雨・台風の影響が少なく降水量も少ない、地域によっては日中の寒暖差が大きい、などの点も考慮すると、気候の面では北海道が最適だろうという結論に至りました。
ぶどう栽培の適地という視点
気候変動の影響を想定すると北海道がぶどうづくりに適地である、という結論に至ったわけですが、
では北海道のなかでなぜ東川町だったのか?それは冒頭に記したように、30年近く前からワイン用のぶどうを栽培していたからです。農業未経験でぶどうづくりに飛びこもうという方のなかには、ぶどうとは縁遠い地域の耕作放棄地で栽培を開始される例もあります。しかし、ワタクシは実績がある土地を選ぶことで成功する確率は高まるだろうと想定しました。これにより、広い北海道ではありますが、候補地域はかなり絞られました。
また、ビジネスとして始めるまでのリードタイムの問題がありました。ぶどうを定植後にワイン原料として収穫するには、樹を育成する必要があるため 3~5 年かかります。加えて、ぶどうを栽培する「農家」になるには、地域や環境によって違いがありますが、3 年程度の期間が必要となるケースがあります(「農家」になるということは色々ややこしい話題なので、別の機会にまとめて触れます。ひとまずここではこういうものだと思ってください)。そうすると、農業未経験者がワイン用のぶどうを自分で栽培して収穫するまで、最長 8 年かかる可能性があります。つまり8 年間無収入です。これではさすがに生活できません。それよりも、すでにワイン用のぶどうを栽培しているところを見つけて、ワイン醸造への近道を探して、ビジネス(収入)をつくり出し、生活するすべを形にするのが良いだろうと考えました。ぶどうを栽培している方々とどういう関係性を作り出せるかというアプローチが重要だと考えたわけです。
こうしていくつかの地域を候補として、それぞれの地域の気象データを分析してみました。ワイン用ぶどうの生育環境を推し量るのに、積算温度、降水量、日照時間が重要だとされています。気象庁がアメダスの過去データをオープンデータとして公開しており、これら3種類のデータについても誰でもダウンロードすることができます。過去20年にさかのぼってダウンロードし、それぞれのデータについて10年ずつに区切ってまとめてみました。そうすると、東川町の3つの気象データについては、他のぶどう産地と比較しても遜色ない気候条件であることがわかりました。良い兆候です。
地域おこし的な起業という視点
ワイナリーをはじめることは起業として捉えていました。50歳で活動しはじめたので、セミリタイアして田舎でのんびりワインづくりで良いですね、とおっしゃる方もいらっしゃったのですが、こちらはそんなつもりではありません。はじめるにあたっては事業として成立し、収益を上げながらその地域になにかを還元できるところまで持っていきたいと考えていましたし、今でも強くそう思っています。
一方で、ぶどう栽培を行うとすると、地方というか、田舎のコミュニティーに入っていくことが必要です。これはワタクシの偏見なのかもしれませんが、田舎のコミュニティーは外部から来た人たち、新しいことをはじめる人たちを受け入れにくい、いささか排他的なイメージがあります。そういった観点では、北海道はもともとが移住者が多い土地なので、比較的オープンだろうという期待はありました。北海道内のそれぞれの候補地に訪問し、新規就農だけでなく、創業という観点でも自治体としての取り組みを伺ったのですが、その中でも東川町は移住者による創業が多く見られたのが印象的でした。
東川町は人口が増えているという話題を先に取り上げましたが、町外からの移住者の比率が半分以上というデータがあります。次のような記事があります。
人口の半数が「移住者」? 北海道東川町
「東川町定住促進課によると、昨年(2018年)8月に移住者の動向を調べる機会があり、18年8月9日時点で住民基本台帳を精査したころ、総人口8366人のうち4738人が過去25年以内に転入した「移住者」でした。全町民に対する移住者比率は実に56.6%に上ります。」
出典:「人口の半数が「移住者」? 北海道東川町」倉貫眞一郎 2020/4/5(note)
こうした状況から、ぶどうを栽培するための環境として、そしてワイナリーを起業するための風土として東川町がとても適していると想定し、⾃分が始めるワイナリーをビジネスストーリーとして整理して、東川町の役場の⽅々に提案しました。そうすると、いくつか考えられる方法から、地域おこし協⼒隊として町に迎え入れ、ワイナリー立ち上げを地域おこし活動とすることを逆に提案いただきました。地域おこし協力隊には色んな意見があり、機会があれば掘り下げてみたいと思います。ワタクシにとっては想定していたぶどう栽培、ワイナリー起業に最も適した状況と感じられたので、今回はこの形ではじめることを選択しました。
そうして一年間住んで感じるのは、この町の人たちは、前向きな人が多いということです。ワタクシはこれまで新規事業立ち上げを長年やってきたので、新しくなにかを始めることへの、多くの人々のさまざまな反応を体験しています。都会のように選択肢がたくさんあるわけでもなく、まったくなにもない田舎でもない。適度に空白がある「適疎」な環境であるからこそ、移住者が増えて、新しいことをはじめて、それを適度な距離感で前向きに応援してくれる環境になるのでは、と感じつつ過ごしています。
今回は、なぜ東川町を選んだのかについて説明を試みました。いかがでしょうか?今回の選択には、気候変動という変化、そして温暖化がもたらすワイン業界の変化が影響しています。
そんな環境の中で、ワイナリー起業に向けた風土として、もっとも適していると感じた東川町を選択したということです。
次回は、ぶどうの栽培についてお話したいと思います。生食用のぶどうと、ワイン用のぶどうの栽培方法に違いがあるのか?ぶどうの栽培に適した気候、立地、地域とは?おそらく1回では終わらないので、トピックを分けて何回かに渡って説明することになりそうです。それでは、また。
【ワインとワイナリーをめぐる冒険_シリーズご紹介】
第1回 人生における変化と選択
第3回 ぶどう栽培の一年