ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行について触れていきましょう。
ワイナリーを立ち上げるために東京から北海道へ移住
2020年3⽉28⽇、コロナ禍が広がりつつある中、ワタクシは東京から北海道の東川町に移住しました。
年度が変わる時期の引っ越しは⾼額なので、最低限必要な物品を積めるだけ積んで、クルマで移動しました。東京から⾼速道路で4時間ほどかけて仙台港まで向かい、フェリーに乗って苫⼩牧へ。⼀晩明けて、苫⼩牧港に到着すると4時間ほどのドライブで東川町に到着します。
はじめまして。雪川醸造代表の⼭平哲也です。ワタクシは北海道の東川町で地域おこし協⼒隊としてワイナリーの⽴ち上げを進めており、雪川醸造を昨年11⽉に設⽴しました。移住の前はあるITサービス企業で事業開発やソリューション企画に⻑らく携わっていました。東京での⽣活は⻑かったのですが、以前から北海道に⼀度住んでみたいと思っており、またワインが好きで、いつかワインをつくってみたいと思っていました。この2つが、あるきっかけから実現することになり、北海道への移住となりました。現在、移り住んでから1年が経ち、これまでに他のワイナリーや農園でぶどう栽培とワイン醸造についての研修を⾏い、資⾦の⼯⾯(クラウドファンディングリンクへ)と酒造免許の⼿続きを整理して、ワイナリーの⽴ち上げを進めています。
その合間を縫ってしたためるこのコラムでは、コロナウイルス/COVID-19 の影響で地⽅移住やワーケーションなどのライフスタイルの変化に注⽬が集まり、また半農半X、2拠点⽣活などというニューノーマルなキーワードも定着しつつある状況での、⼈⽣における変化と選択について記そうと思っています。
といっても、そんなに多くのドラマチックな変化と選択に囲まれているわけではないので、東京から地⽅に移住し、異なる業界のビジネスを⽴ち上げる過程で遭遇してきた問題や課題、その時の環境や対処策を紹介しながら、変化と選択について触れていきたいと考えています。都市から地⽅への移住で起きること、異なる領域での事業⽴ち上げ時に直⾯することなどについて、具体的な事例として記すことで体験記として読んでいただける、あるいはワタクシが⼿掛けているワイナリーの形を描くことで、ワインビジネスがどういうものなのかを感じていただけるのではないかとも思っています。
いくつかあるワイナリーの種類と、地域づくりにおける役割
第1回は、このコラムの⼤事な構成要素の⼀つである「ワイナリー」がどういうものかについて、設備・役割の面を中⼼に紹介します。
みなさんは、ワイナリーを訪れたことがあるでしょうか?旅⾏好きな⽅なら、サンフランシスコやパリを訪れた際に、⾜を延ばしてナパ・ソノマ地⽅やシャンパーニュ地⽅のワイナリーを訪ねていかれたことがあるかもしれません。あるいは、東京や⼤阪には都市型のワイナリーが増えていますので、⾷事を兼ねてそういったワイナリーに⾏ったことがあるでしょう。
漠然と、ワインをつくってるところでしょ?と思われるワイナリーですが、地⽅や⾔語が異なると、その種類を表す呼び名が違ってきます。これが少々厄介で、個⼈的にはこういう呼び名がたくさんあることがワイナリーという業態を理解する際の妨げになっているように思っています。
混乱の元になる、いくつかある呼び名を、並べてみるとこんな感じです。
ドメーヌ
⾃社ぶどう畑と醸造施設を所有しているワイナリー。元々はフランス・ブルゴーニュ地⽅の呼び名。
シャトー
⾃社ぶどう畑と醸造施設を所有しているワイナリー。元々はフランス・ボルドー地⽅の呼び名。
ネゴシアン
⾃社ぶどう畑、あるいは醸造施設を持っておらず、⽣産者からぶどうを仕⼊れてワイン醸造、あるいはワインを仕⼊れてビン詰め・ラベリングを⾏う業者。元々はフランスでの呼び名。
メゾン
フランス・シャンパーニュ地⽅での、シャンパンの製造会社、⽣産者、醸造所の呼び名。⾃社ぶどう畑を持っておらず醸造施設だけでもメゾンと呼ばれる。
エステート
⾃社ぶどう畑を所有しているワイナリー、あるいは⾃社ぶどうを使⽤してつくったワイン。アメリカ、オーストラリアなどでの呼び名。
これらの呼び名は規則や条例などで厳密に定義されていないので、「シャトー***」という名前のワイナリーでも⾃社ぶどう畑を所有していない可能性はありますが、ほとんどの場合はこのルールに沿っていると思います。
呼び名のルールを見るとわかるのですが、⾃社ぶどう畑を所有しているかどうかで呼び名が変わります。⾃社ぶどう畑所有の有無で呼び名が変わる理由については、歴史的な経緯もあり説明すると⻑くなるので省略します(というか間違いなく説明できるほど詳しくないです・・・)。ただこうしてワイナリーの形態を表す言葉を並べることで、主なワイナリーの設備がぶどう畑と醸造施設の2つだと理解いただけるのではないかと思います。
さて。もう⼀つ、ワイナリーの設備を表す言葉に「セラードア」というものがあります。これはアメリカのカリフォルニアやオーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏でよく⾒かけます。もともとは「ワイン貯蔵庫(セラー)の扉」を意味していますが、転じてワイナリーに併設されている「試飲直売所」を指しています。ワイナリーによっては単なる試飲直売所ではなく、レストランも併設して観光名所となっているところもあります。ワイナリーで醸造したワインを試飲して、購⼊してもらうだけでなく、ぶどう畑やワイン醸造所への来訪者を増やしています。観光資源としてのワイナリーというのも地域開発という点では重要視されています。ワイナリーにおけるワイン販売は経営だけでなく、地域づくりという観点でも重要な意味を持っているのです。
人とのつながりでビジネス化のストーリーを形づくる
こうしてワイナリーを表す⾔葉をいくつか⾒てみると、ワイナリーの設備・機能には⼤きくぶどう畑、醸造施設、ワイン販売の3つが含まれることがわかります。ぶどう畑はいわゆる果樹農業なので、⼀次産業です。醸造施設は酒造業という製造業なので、⼆次産業です。ワイン販売は酒販業、つまり⼩売業なので、三次産業です。ぶどう畑、醸造施設、ワイン販売のすべてを含むワイナリーを経営する場合、ビジネスの中に⼀次、⼆次、三次産業すべてを含んで運営する必要があるといえます。
そして、現在ワタクシが⽴ち上げているワイナリーにも、ぶどう畑、醸造施設、ワイン販売所が含まれています。それぞれの分野で準備していくわけですが、いずれにおいても所管する官庁やルールが複数あり、⼀つ⼀つ制度を理解して⼿続きを進めるため、とても煩雑な対応が求められます。例えば、ぶどう畑一つをとっても「農地法」、「⻘年等の就農促進のための資⾦の貸付けなどに関する特別措置法」、「農業経営基盤強化促進法」などが関係します。醸造施設とワイン販売についても同様に理解を深めて対応が求められる法律が複数あります(必要に応じて、今後説明したいと思います)。
それぞれの制度やルールの理解を深めるために、例えばワイナリー起業マニュアルといったようなものがあれば⼿っ取り早いのですが、そういった便利なものはありません。とはいえ、ワイナリーを起業された⽅の体験記はいくつか出版されているので、これらを参考にしつつ、ネットで情報を検索しました。そうして得た情報を⼀つずつ理解して、アクションアイテムとして全体を並べ、スケジュールをイメージしながらビジネス化のストーリーを描く、といったアプローチでの整理です。前職の事業開発やソリューション企画でずっと⼿掛けていたプロジェクトマネジメントの経験がここで活きました。
しかし、出版とネットの情報だけでまとめたビジネスプランには限界があります。そこでつてをたどってワイナリーで働いている⼈、ワイン業界に関係する⼈に、ワイナリーに必要なものや、制度、資⾦、ノウハウなどについて、実際の設備を⾒せていただいたり、ワインを飲んだりしながら聞かせていただきました。
そうして、⾃分が始めるワイナリーをビジネスストーリーとして整理して、東川町の役場の⽅々に提案し、地域おこし協⼒隊としてワイナリーを始めることを認めていただきました。過去の経験を活かしながらも、新しい⼟地、新しい事業に踏み出すことができたのは、多くの⼈たちの⽀援と励ましがあってのことで、そこには感謝しかありません。
今回は第⼀回なので「ワイナリー」について理解を深めていただくことを⽬指しましたが、いかがでしょうか? もしお近くにワイナリーがあるようでしたら、これからお出かけに気持ちのよく、ぶどうの新しい芽が育つ季節になってきますので、⼀度訪れてみてください。ワイナリーとはどんな場所で、ワインづくりというのはどういうものか、実際に触れて知っていただければと思います。
そして、次回は移り住んだ東川町についてご紹介しようと思います。北海道の中⼼にあり、⼤雪⼭の麓でとても魅⼒的な町です。それでは、また。