慶應義塾大学大学院で「幸福学」を研究する前野先生へのインタビュー記事の第2回目。前編では、「幸せの4つの因子」で幸福度を高めることができるというお話を伺いました。今回は、私たちが実際に働く場面でどのように行動したら幸せになるのか、より具体的な内容についてお話を伺いました。
生産性向上のためには、従業員の「幸福度」を上げる
― 「働く幸せ」についてお伺いしたいと思います。最近、メディアで「働き方改革」という文字を見ない日はないぐらいですが、働き方改革は、私たちを幸せにしてくれるのでしょうか。
政府が推進する「働き方改革」は、資料をきちんと読めば、「働く人の幸せのための働き方改革」といった記述があるのですが、一般的には「国力を上げるためにも、職場から無駄をなくす」といったニュアンスで捉えられていますね。幸福学の視点では、無駄をなくすから国が豊かになって人々が幸せになるのではなく、働く人々を幸せにすることで生産性が上がり、国が豊かになるのです。
アメリカの研究では、従業員の「満足度」を高めてもパフォーマンスは変わらないけれど、「幸福度」が高まるとパフォーマンスが上がる、という結果がでています。
― 「満足度」と「幸福度」は違うということですか?
「満足度」は、労働環境、福利厚生など、部分的にすぎません。一方、「幸福度」は全体像です。例えば、家族に対する満足度や、趣味の過ごし方などを含めた個人としての全体の幸福度を高めた方が、仕事でも生産性が上がるのです。創造性も発揮されるので、組織としてイノベーティブな仕事ができるということです。
― ということは、従業員の「幸福度」を上げることが、企業としてのメリットにつながるということですね。ズバリ、従業員の「幸福度」を高めるためにできることは何でしょうか。
最初(前編)に説明した「幸せの4つの因子」を整えるということですね。
例えば、信頼できる人間関係を整える機会を与えることも、一案かもしれません。働き方改革がいわれ始めてから、全体的に、無駄を省いて効率化しようという方向に向かっていますが、「一見、無駄に見えるけれども、実は大事なこと」も排除してしまっている可能性があります。社員旅行や飲み会なども、第2因子である「つながりと感謝」を強めるためには必要な場合もあります。
― 社員旅行などは、時代遅れのようなイメージがありますが、必ずしもそうではない、ということですね。
私は、いろいろな企業の従業員の幸福度を調べていますが、多くの従業員が「月曜日に職場に行くことが楽しみで仕方ない」と思っている企業もあるのですよ。
― えっ? !
この会社も、以前は利益追求を第一の目標に掲げていたわけですが、うまくいかなくなり、社長が、「利益ではなく、社員の幸せを第一にする」という理念に方向転換したのです。そして、毎日1時間朝礼をしているのですよ。無駄なようですが、ビジョンを共有することで仕事に対するやりがいが増し、社員が幸せに働くようになり、結果として利益も上がったということです。
一方で、非常に優秀な人材が集まっているはずの有名企業なのに、社員一人ひとりの自己肯定感が低く、とても幸せに働いているとはいえないというケースもあります。
自由度を上げればイノベーションが起こる!
― 幸せに関する感覚には、世代間ギャップがありそうです。
もちろん、10歳、20歳違うと、いろいろな感覚の違いはあります。ただ、「幸せの4つの因子」は根本的に同じだと思います。例えば、他人とつながるのがイヤだから、と家に引きこもって趣味に没頭するような若者もいるのですが、一人でいられるから幸せかというと、幸福度は低い傾向にあります。つまり、つながりが必要ないわけではなく、その人に合ったゆるさで、人とのつながりはある方が幸福度は高まるということです。今の若い人はゲームを介して人とゆるくつながったりしていますが、それも現代社会に合った形でのつながりなのだと理解しないといけないのでしょうね。そもそも、この社会をつくったのは私たち世代ですしね。
― 職場で上司が部下の幸福度を下げないように、気をつけるべきことはありますか。
否定せず、100%受け入れるということでしょうかね。私もかつては学生に対して厳しくしていましたが、今は、とにかく1%も否定せずに、話を聞くことに徹するように心がけています。
「つながりが大事だぞ」と部下を飲み会に誘っても、嫌がられるのは上司というのは、とかく上から目線で小言が多くなるからではないでしょうかね(笑)。私も、学生に対してついつい上からものを言いそうになるところを、ひたすら「そうかそうか」と聞くというのは、最初のうちは非常につらかったです。しかし、続けていると、学生との関係が改善されました。
― ひたすら聞く。修行ですね。その結果、前野先生は学生との関係がよくなったということですが、それによって研究にもよい影響が出ていますか。
学生に対して厳しく接していたときは、こちらが思っている通りの成果が出ていました。今は、私が思いつかないような成果が出ています。つまり、創造性が高まったということですね。みんなイキイキと楽しそうで、失敗を恐れずチャレンジしていますね。これは企業でも同じではないでしょうか。「幸せの4つの因子」が満たされることで、イノベーションが起こせるのだと思います。会社でも、8割は利益のために働き、あとの2割は、何をやってもいい、といった自由度を持たせるとよい成果が出るかもしれませんよ。
― 確かに! 上司から自由を与えられることで、「幸せの4つの要因」である(1)自己実現と成長、(2)つながりと感謝、(3)前向きと楽観、(4)独立と自分らしさ、すべてを満たすことができますね。
自由度という意味では、プレミアム・フライデーという施策がありますが、あれは、「仕事はつらい、プライベートは楽しい」ということを前提に、「みんな一律に労働時間を削ろう」という発想ですね。ただ、人によっては仕事をしていることが幸せということもあるわけです。むしろ、ダイバーシティ・フライデーとして、デートしたり、旅行したり、家族と過ごすことが幸せな人はそうすればいいし、そうでない人は働いてもいい、というふうに多様性を認めたらいいのかもしれませんね。
どんな仕事にも意義がある!
― 社内では、昇給、給与面での同僚との競争などがあり、心がもやもやすることがありますよね。それらに影響されて「幸福度」が下がることがあると思います。これは仕方がない問題でしょうか。
実力主義は幸福度を下げていると思わざるを得ないですね。例えば、アメリカは格差社会でその差が数字で明確にされています。すると、国民の幸福度は低くなるのです。格差が大きくても、それが目に見えないと、人々の幸福度は上がります。勝ち組、負け組という言葉がはやりましたが、実は負け組だけでなく、勝ち組も同じように不幸だといえます。お金や昇給による幸せは長続きしませんから。働く人も、人は人、自分は自分。比較しないことです。技術など、自分の強みとなることをコツコツと磨いていくことですね。
― 技術を磨くということですが、人間の仕事がロボットに取られるのではないか、という議論があります。ロボット研究をしてこられた前野先生は、これについてどう思われますか。
AIが人間の仕事を奪うことが危機みたいな議論がありますね。でも、ロボットには心がありませんから、人間が「イヤだ」、「つらい」と思う仕事を代わりにやってくれるわけです。ライバルではなく、「ロボットありがとう!」ですよ(笑)。
ただ、マニュアル通りの仕事しかできないロボットみたいな人は、危機感を持った方がいいのは事実です。そういう意味で、ロボットが人間を試す時代だといえますね。私は、これからはロボットと人間が共存する社会になっていくと思います。ロボットに任せられる仕事はロボットに任せて、より多くの人間が、創造的で愛のある人間らしい仕事に従事できるようになります。素晴らしいことだと思いますよ。
― 「ロボットありがとう!」確かにそうですよね。人間にとってはつまらない仕事も引き受けてくれるのであれば、ロボットには感謝しなければ。とはいえ、現状では、すべての人がやりがいのある仕事に従事できているとはいえません。今、「仕事がつらい」という人に向けてのメッセージをお願いたします。
不本意な仕事を任されると、「つまらない」「異動したい」「辞めたい」という気持ちが膨らみますが、まずは、「ここに幸せがあるはずだ」ということを思い出してください。それでも、仕事がつらいのであれば、改善するための工夫をしたり、アイデアを出したりするといいですね。あるいは、自分の仕事の意義を見直すということでしょうか。どんな仕事であれ、巡り巡って必ず人のため、社会のため、未来のためになっているはずです。そこを意識できれば、つらさの中にも喜びを見いだすことができるのではないでしょうか。