ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
こんにちは(あるいはこんばんは)。
北海道は大雪で大変だねえ、と声をかけていただくことが多いのですが、今シーズン雪で大変なのは札幌や小樽などの日本海側に面している地域です。東川町のある上川盆地は、積雪も昨年よりは少ないように思います。最近は気温が高めで晴れの日が続いているので、車道の凍結もゆるんできています。つるつる滑ることを気にせずにクルマを運転できるところがぼちぼち見受けられるのは助かります。
今回、酒造免許に関係する「ワイン特区」の話です。「ワイン特区」は、構造改革特別区域法に基づく酒税法の特例措置によって最低製造数量が緩和される区域の呼び名です。ワイン(果実酒)だけでなく、どぶろく(濁酒)や焼酎(単式蒸留焼酎)を対象とした区域もあるため、それぞれどぶろく特区、焼酎特区と呼ばれることになります(焼酎特区はほとんど聞いたことがありませんが…)。
ワイン特区だとつくるワインの量が少なくて良い
通常、酒税法では、製造する酒の酒類に応じて、年間に製造する最低量(最低製造数量基準)が定められています。ワインやシードルは「果実酒」カテゴリーですが、この場合の最低製造数量は年間 6,000 リットルです(ちなみにビールだと60,000リットルです)。これがワイン特区の場合、2,000 リットルまで緩和される、あるいはこの基準が適用されないこととなります(この違いについては後ほど触れます)。
製造しなくてはならないワインの最低量が少なくなると、必要な設備も小規模ですみます。初期の設備投資が削減されるため、ワインづくりを始めやすくなるということです。極論かもしれませんが、生産量を少なく見積もって、設備の種類を選り好みしなければ、10万円もあれば道具を揃えてワインづくりを始められると思います。そういうワインづくりを始めやすくする環境を整えることで、地域に活性化をもたらそうというのが、構造改革特別区域法の趣旨です。
ワイン特区における最低製造数量の緩和レベルは、次のように区別されています。
地域特産のぶどうでワインをつくる場合 → 2,000 リットルまで緩和
"地方公共団体の長がその地域の特産物として指定した果実を原料とした「果実酒」又は地方公共団体の長がその地域の特産品として指定した農産物、水産物又は加工品を原料の全部又は一部としたものであって特区内の自己の製造場において製造された酒類を原料としていない「リキュール」を製造しようとする場合"
農業者が自分の店(レストラン、民宿)で飲ませるワインをつくる場合 → 基準の適用外
"農家民宿や農園レストランなど「酒類を自己の営業場において飲用に供する業」を営む農業者が特区内の自己の酒類製造場で「濁酒」又は「果実酒」を製造しようとする場合"
これは、とりあえず年間10 リットルくらいからなら作れるかも、とワイン特区制度の活用を考えたとしても、農業者でないと基準適用外として認定されないということです。逆に言うと、(特区内の)農業者であれば、ワインづくりを少量からはじめて、自分の店で飲ませることができるということです。自分でつくった野菜を使っているレストランを運営している農家であれば、自家製のワインやシードルを提供できるんですよ。あっても良さそうですけど、なかなか見かけません…。
自治体との連携がキーポイント
雪川醸造は前者の制度を活用し、東川町内で栽培されたぶどうを原料としてワインをつくっています。このおかげで、自社栽培のぶどうの生育を待つこと無く、ワイナリーを早期に立ち上げられました。最低製造数量の緩和については、公的な補助金制度が活用できたため 6,000リットル以上に対応可能な醸造設備を構築しましたが、補助金が使えない場合には、2,000リットル規模の設備を準備するシナリオをプランBとして進めていました。身の丈に合わせてリスクヘッジできる投資計画が立てられたということで、ワイン特区制度が活用できたことに感謝しています。
一方、この制度はワイン特区(自治体)域外の原材料でワインをつくることは出来ない、というルールでもあります。これがワイン特区におけるトレードオフなポイントです。最低製造数量が緩和されるかわりに、原材料の産地が制限されるのです。ワイン特区はぶどうを栽培・収穫している自治体でないと成立しない(しにくい)制度だということです。東川町の場合、30年近くにわたってワイン用ぶどうを栽培していたため、環境を変化させることなく、ワイン特区として認定される条件を満たしていました。ワタクシにとって、このぶどう栽培の環境・実績があるということが、東川町でのワインづくりに可能性を感じた重要なポイントでした。
ワイン特区は市町村などの自治体が内閣府から認定される制度です。ワタクシが移住した時には、東川町はワイン特区ではありませんでした。移住後すぐに、役場の方々に相談しはじめて、年度の後半には特区として認定いただくように手続きをすすめていただきました。さまざまな方々の協力のおかげで、2021 年 3 月に特区として認定され、雪川醸造はワイン特区内のワイナリーとして果実酒製造免許を申請することができました。地域おこし協力隊として役場に所属していることが、こうした公的な制度のスムーズな活用につながっていて、とても環境に恵まれていると感じます。
話は前後しますが、構造改革特別区域法は2003年に始まった国の制度です。その頃に国内には約170カ所のワイナリーがありました。その後、2020年にはワイナリーが 369カ所と220%増加し、2021年末の段階でワイン(果実酒)特区が 84カ所あることを考えると、ワイン特区の制度が日本のワイン産業の変化・拡大の一翼を担ったのではないかと想像します。
ワイナリーの法人を設立するタイミング
ここまで見てきたように、酒造免許を申請する際には最低製造数量を考慮しなければならないのですが、他にも考慮しなくてはならないポイントがいくつかあります。その中で申請のタイミングを考慮しなければならない項目として「直近の3事業年度が赤字でないこと」というのがあります。
大幅な赤字決算の企業のワイナリー設立 → 免許要件にひっかかります
最終事業年度における確定した決算に基づく貸借対照表の繰越損失が資本等の額(資本金、資本剰余金及び利益剰余金の合計額から繰越利益剰余金を控除した額とする。以下同じ。)を上回っている場合又は最終事業年度以前3事業年度の全ての事業年度において資本等の額の20%を超える額の欠損を生じている場合
このルールは、既存の法人の場合には経営的に余裕がある企業だけに酒づくりを許可する、という趣旨ではないかと解釈しています。一方、ワインのように製造から販売まで時間がかかる商品をつくる法人を新規で設立する場合、設備投資が先行することもあって、1期目は赤字決算が多く、このルールに引っかかる可能性があります(雪川醸造も1期目は赤字です…)。
ワイナリーの場合、ぶどうを収穫する秋に仕込みを行いますから、それより前に酒造免許の認可を受ける必要があります。免許が交付される時期から逆算して一年以内に法人を設立すれば、免許が下りるタイミングでは1期目の途中となり、このルールには引っかかりません。
雪川醸造の場合、他の手続きのことも念頭にあったので、ギリギリまで引っ張らずに、11月に法人を設立することにしました。次回詳しくお伝えしようと考えていますが、個人事業ではなく、法人を設立することでスムーズに進んだことがいくつかあります(法人設立にはデメリットもありますが)。で、せっかくというかなんというか、ワタクシの誕生日が11月なので、雪川醸造は同じ日に設立登記しました。
結び
今回はワイン特区とワイナリー設立のタイミングにまつわる話でした。「特区」というのは、前職でもキーワードとしてはよく耳にしていましたが、まさか自分がその制度を活用することになるとは思いもよりませんでした。公的な制度は、仕組みが意図するポイントを理解すれば、追い風になるように活用できるものだなぁとしみじみとした実感を持っています。
次回は、文中で少し触れましたが、法人を設立することについて考えてみたいと思います。前回、今回と話題にした酒造免許は、個人事業で申請することも可能です。法人設立の際に、周りの方々に相談した時には、個人事業主として開始してから、法人に切り替える流れを勧められることが少なくありませんでした。そんな中で、法人を設立してこれまで進めてきたので、何が良くて、何が良くなかったかを少し掘り下げてみたいと思います。
それでは、また。
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第1回:人生における変化と選択(2021年4月13日号)
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