ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
水はけの良い傾斜地
さて、今回はぶどう畑に適している地形やぶどう畑の土壌についてお話します。
普段からぶどう畑によく訪れる方と、そうでない方がいると思います。それぞれでぶどう畑の場所について持たれている印象が異なると思いますので、まずは Google でぶどう畑がどんなところにあるかざっくりと検索してみましょう。
キーワード "ぶどう畑" での画像検索(Google)
キーワード "vineyard" での画像検索(Google)
日本語の "ぶどう畑" と英語の "vineyard" で検索した結果の画像をあれこれ見ていただくと、ぶどう畑が緩やかな丘に位置していることが多いことにお気づきになるかと思います。これまでに何度か、ワイン用ぶどうのヴィニフェラは乾燥した気候を好む、と説明してきました。一般的には平地よりも丘陵地のほうが水はけが良いため、ワイン用ぶどうは緩やかな傾斜地での栽培が適しているのです。
日本の農業地域の平地でよく見られる田んぼは、稲を成長させる過程で水をためる仕組みなので、水はけはあまり良くありません。元田んぼだった土地でワイン用ぶどうをつくる となると、必要以上に地中に水がたまらないよう、暗渠(あんきょ:水はけの悪い農地で地下に土管などをうめて水を排出する仕組み)、明渠(めいきょ:地上に溝を掘って水を排出する仕組み)、心土破砕(しんどはさい:地中の固い土の層に機械で亀裂をいれて排水性を確保する工事) などの排水対策が傾斜地以上に必要となります。
田んぼでの稲作に比べると、畑や果樹園だった土地のほうが、ぶどう栽培への転用に適しています。ワタクシは昨年、今年と北海道庁が道産ワイン品質強化研修事業として主催する「北海道ワインアカデミー」に参加しています。そこで道内各地の大手ワイナリーや新規ぶどう栽培・ワイン醸造への取り組みを色々と伺っていますが、果樹園や畑作地だった土地のぶどう畑転用がやはり多いです。
雪川醸造のぶどう畑は、岐登牛山(キトウシ山)ふもと、標高225-250mにある南西向きの傾斜地です。昨年まではそば畑として利用されていたのですが、この畑の所有者と昨年までの利用者のご厚意により、今年からぶどう畑として利用することができるようになりました。
雪川醸造のぶどう畑土壌は…
雪川醸造の畑は、今年の春に利用を開始する前に 2 種類の土壌分析を実施しています。
1つ目の分析は JA に依頼して実施してもらいました。次がその結果です。
分析には 3 ヘクタールある畑の 5 カ所から土を採取しました(画像中のポストイットが畑内での採取場所を示しています)。その土壌サンプルを専門機関が分析しています。こうした土壌分析で行うのは、pH、EC(電気伝導率)、リン酸、石灰(カルシウム)、苦土(マグネシウム)、CEC(陽イオン交換容量)などの土壌の化学性の分析です。
例えば pH は育てる作物によって適している値が異なります。ぶどうは pH 6.0-6.5 の弱酸性~中性の土壌が適していますが、ブルーベリーはpH 4.5前後の酸性土壌を好みます。これらの項目を作物にあわせて調整するのが土壌改良です。各項目について詳しく説明すると、あっという間に今回の文字数をオーバーするので、 参考サイトを紹介しておきます。ご興味がある方はそれぞれがどういう意味なのかを確認いただければと思います。
全農:土壌診断について(このページに土壌分析(診断)の各項目について説明があります)
https://www.zennoh.or.jp/operation/hiryou/dojo.html
分析した結果を元に、今年苗木を植え付けた 1 ヘクタール分の土壌を改良しました。診断結果と照らし合わせて、pH、窒素、リン酸、カリについて方針を検討し、結果的には pH、窒素、リン酸を調整しています。土壌調整は具体的には、土を起こして(耕起して)、堆肥、苦土炭カル、過リン酸石灰を必要な分だけ補って、土中に混ぜこんで、整地するという作業です。雪川醸造にはこれだけのことを行う機材が整っておらず、JA に作業を委託して実施しました。
2つ目の分析は、北海道ワインアカデミーで土壌について講義いただいた北海道大学大学院の柏木先生に土壌断面を分析していただきました。ぶどう畑の高部、中部、底部の 3 カ所で 1-1.5m ほど掘って、そこで見られる土壌の層、土壌の構造、土性などについて分析しています。次の写真はその際に撮影した 3 カ所の土壌の様子です。
掘って実際に見てみることで、山の裾野のためか礫(石、小石)が特に畑の高部に多いこと、水はけを妨げるような固くて厚い粘土層はおそらくないだろうということ、畑の中央に沢を埋めたような痕跡があること、などが理解出来ました。この分析は化学性分析のように、対策がばっちりと決まるものではないのですが、こうして穴を掘って、土壌の層や構造、土性について可視化することで、あくまでも想像にしか過ぎなかった土の中の状況が、具体的な形をとって認識することができ、これから付き合っていくぶどう畑の特徴をつかめました。これが一番大きな成果です。
雪川醸造の畑の分析結果や対策をお伝えしましたが、これまでワタクシがいろんな方に話を伺った上での理解は、土地の形状や土壌の構造が水はけの良い方向にあれば(気候条件など他の要件も合致していることは必要ですが)、あとはある程度調整していけるということです。つまり、場所選びの段階でしか対策できない水のコントロールについては、よくよく考える必要があるということです。
ぶどうの畑と畝(うね) の向き
※垣根で栽培するぶどうは、必ずしも畝(あるいは畦。作物を生育するための盛り土)で栽培するわけではないのですが、一列に作物が並んでいると畝と呼ぶことが多いので、ここでも畝としておきます。垣根の向きと思っていただいても構いません。
北海道のような冷涼な気候の地域では、ぶどう畑の傾斜が南に面していると、太陽光が当たる時間が長いことで充分な光合成がもたらされて、糖度の高いぶどうをつくれます。雨が降った後でも、葉や果実が早く乾燥するため、病気を防ぐというメリットもあります。南東向きの斜面であれば朝から太陽光がしっかり当たることで朝露を乾燥させられますし、南西向き斜面であれば夕方~日暮れまでの光が十分にぶどうの木に届きます。一方で、緯度が低く太陽光がたっぷり注いで高温になる地域では、ぶどう畑が高い温度にならないように北西~北~北東の斜面が好まれるようです。
これら畑の向きについては、ぶどう畑の場所を決める最初の段階でしか選べないので、運のようなものが大きく作用します。雪川醸造の場合、南西向きの畑を使えることになったのは運が良かったので、ポテンシャルを充分に活かせるようなぶどう栽培に努めていきたいと考えています。
ぶどうの畝の向きですが、これについてはいろんな考え方があります。北海道農政部が「醸造用ぶどう導入の手引」というものをリリースしているのですが、この中には垣根の向きについては「原則として南北畦とする」(本文 p13)とあります。
北海道農政部生産振興局農産振興課 醸造用ぶどう関係資料
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/nsk/kajyu/jouzouyoubudou.html
これは南北方向の畝とすることで、日の出から日の入りまでの間にぶどうの垣根の両側に日光が当たり、光合成や葉・果実の乾燥におけるメリットを重視している考え方です。
一方、ワタクシがぶどう栽培においてリファレンスに使っている "From Vines to Wines"という書籍があるのですが、これには次のようにあります。
"On any slope, rows must follow the contour to prevent gullies and erosion. This automatically produces east-west rows on slopes facing either south or north, and north-south rows on slopes facing east or west."
"どういった斜面であれ、斜面が削れたり侵食したりしないように、畝は等高線の方向であるべきだ。つまり、南向きあるいは北向きの斜面であれば、畝は東西方向であり、東向きあるいは西向きの斜面であれば南北方向の畝となる。(筆者訳)"参考書籍:"From Vines to Wines, 5th Edition: The Complete Guide to Growing Grapes and Making Your Own Wine" Cox, Jeff. Storey Publishing, LLC.
傾斜地の場合は、高所から低所に水が流れて、土が流出して侵食が起きてしまいます。これを避けるために畝は等高線の方向にあるべきだ、という考え方です。
さて。世界で一番有名だと思われる仏・ブルゴーニュにある「ロマネ・コンティ」の垣根はどうなっているでしょうか? Google Maps で確認してみます。
Google Maps: Romanee-Conti
https://goo.gl/maps/cdqqqGCrRzFBDxAb6
©2021, Maxar Technologies
衛星写真を見ると、ほぼ東西方向の畝であることがわかります。Wikipedia によるとロマネ・コンティの畑は東から南東向きの斜面ということなので、おおよそ斜面の上下方向に畝が向いていると言えますが、写真を見る限りでは、実際には斜面の傾斜方向に加えて土地の形を考慮して、畝の方向が決まったのだと思います。
なお、雪川醸造のぶどう畑における畝は、斜面方向に対して並行、つまり南西向きの斜面において北東~南西方向の畝としました。これは斜面方向であることで作業性が確保しやすい、南西方向である程度の日光量を確保できるということに加えて、畑に立っていると斜面方向に風が抜けることが感じられたので、その方向に畝をつくることで葉や果実を乾燥させやすい状態を確保できるのではないかと考えたからです。
次回は「農家ということについて」
今回は、ぶどう畑の場所選びで重要な項目である地形と土壌について、表面的ですが、取り上げてみました。コロナ禍がまだまだ続いており、なかなか自由に出かけられませんが、今回の話題に興味を持っていただけたなら、Google Maps でいろんなワイナリーの畑を探して、ストリートビューで斜面や畝の方向を見ていただければと思います。
次回ですが、しばらくぶどう栽培の話題が続きましたので、目先を変えて「農業をする」あるいは「農家になる」ことを取り上げてみます。と言ったものの、ワタクシもいまだに「農業をする」あるいは「農家になる」ことが微妙によくわかっていません。わからないなりにわかってきたことを取り上げることで、農業というものの不可解さを少しでもつかまえてみたいと思います。それでは、また。