ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
ぶどうは種から育てるのか?
さて、今回はぶどうの苗木を植えて、どのように成長していくかを掘り下げようと思っています。ぶどうの実が生っているところを見かけたことがあっても、それまでにどのように樹が育っていくかは知られていないように思います。
まず、ぶどうは種から育てるのでしょうか? ぶどうには種がありますから、当然種から育てるんじゃないかと思いますが、答えはノーです。
正確に言うと、ぶどうは種から育てること(「実生:みしょう」や「種子繁殖」と言います)は可能なのですが、実務的にはそうしません(研究では実生での繁殖を行うようですが)。実生だと親とは異なる性質(実の味や香りや色や葉の形など)を得てしまう可能性があるのです(これは遺伝的多様性によるものです)。親から品種の性質を引き継いだぶどうをまとめて栽培・収穫するためには種から栽培するアプローチを取りません。
代わりに、植物の持つ「栄養繁殖」と呼ばれるメカニズムを利用して、親と同じ性質を持つ次の世代の植物を育てます。「栄養繁殖」というのは根・茎・葉など(花などの生殖器官以外が栄養器官と呼ばれます)を植え付けることで次の世代の株を育てる(=繁殖する)ことを言います。
じゃがいもの芽の部分を植え付けて、新たにじゃがいもの苗として成長させたことがある方がいるかもしれませんが、あれと同じことです。ぶどうの場合には、芽を含む枝を植え付けると、新たな枝や根が出て、親と同じ性質の樹に育ち、甲州やピノ・ノワールといった品種の特徴を備えたぶどうの実を育てることができるのです。
ロンドン・王立植物園がヨーロッパにもたらした罪
ぶどうのような果樹で栄養繁殖を実際に行うには、挿し木、取り木、接ぎ木などいくつかの方法があります。
挿し木とは、樹の枝を切り取って土に植えて、次の世代の苗木として育てることです。枝であれば何でもいいというわけでなく、葉や芽を含んでいる枝を植えると、その葉や芽から発芽して新たな個体として成長します。
取り木は、樹の枝の皮をすこし剥いで元の木につながったままで土に植えると、皮を剥いだところから根が出てくるので、根が出てきたタイミングで元の個体から切り離して新たな個体として育てることです。枝を切り取らずに挿し木をおこなう方法といえます。
接ぎ木は異なる種類の樹をつなげて、片方を根として、もう片方を枝として育てることです。根になる側を「台木」、枝になる側が「穂木(ほぎ)」です。挿し木だと根が出にくい種類の樹も、接ぎ木だと繁殖できる場合があります。台木に根が出ている状態で穂木を接ぐと、挿し木よりも安定的に増やすことが可能です。
ワイン用ぶどうは(多くの場合)接ぎ木で苗木を準備したものを植え付けて栽培します。穂木はヨーロッパ系品種であるヴィティス・ヴィニフェラ(Vitis Vinifera)の中から栽培したい品種を、そして台木はアメリカ系品種であるヴィティス・ラブルスカ(Vitis Labrusca)から畑の環境にあった品種を選んで使用するのが基本的な組み合わせです。
この組み合わせで接ぎ木を準備するようになったのは、19世紀後半にイギリスの王立植物園(キューガーデンとしても知られています)がアメリカ大陸からヨーロッパに試験的に持ち込んだぶどうの樹がきっかけです。このぶどうの樹にフィロキセラという1mmほどの虫が付いていました。日本名でブドウネアブラムシ(葡萄根油虫)と呼ばれるこの虫はぶどうの木の根や葉の部分に寄生し、樹の生育を阻害し、やがて枯死へと至らせます。非常に繁殖力が強く(フィロキセラの成虫は羽があり、畑から畑へと飛んでいく)、19世紀の終わりにはヨーロッパ全体の70%近くのぶどう畑が枯死により失われ、多くのワイナリーが廃業し、ワイン産業が壊滅的な状況になりました。
ヨーロッパ中で続々とぶどうの樹が枯れていく状況は、当初は根が腐る新しい病気によるものと考えられていました。しかしワイン業界の懸命な調査の結果、原因が小さな虫であるフィロキセラであることが見つかりました。さらなる研究の結果、ヨーロッパ系品種には害をもたらすものの、アメリカ系品種には害をもたらさない(耐性がある)ことが判明しました。そして、さまざまな角度から試行錯誤の結果、ヨーロッパ系品種を穂木、アメリカ系品種を台木として接ぐ組み合わせによるフィロキセラ対策が確立され、現在にまで至っています。
フィロキセラ禍の影響を受けたのはヨーロッパだけではありません。同じ時期に日本にもフィロキセラが持ち込まれており、ヨーロッパ同様に多くのぶどう畑が失われました。海外の研究結果から、アメリカ系品種を台木として接ぐ手法が取り入れられ、甲州などの日本の品種にあった台木品種の選定が、日本国内で進められました。そして現在でも接ぎ木による苗木植え付けが主流となっています。
なお、アメリカ系の台木品種には湿度の高い土壌に適したものがあり、降水量の多い日本ではそうした品種を台木として選ぶことが多いです。ワイナリーのヴィンヤード(ぶどう畑)に行かれた際に、ぶどうの樹の根っこはそういうアメリカ系品種を使っていると思っていただけると、ぶどうにすこし詳しくなった気分になるかもしれません。
ぶどうの樹を育ててから、実を成らせる
ぶどう成木の一年間の成長過程を、前回取り上げました。春が訪れると新芽から緑色の葉が開き、そこから緑色の枝(新梢)が伸びます。初夏にかけて新梢は 1-2m に成長し、付け根近くに小さな白い花が咲きます。受粉・結実し、果実が初夏〜盛夏にかけて成長してヴェレゾン(色づき)期を迎えます。秋には色づいて熟したぶどうを収穫、登熟も完了して茶色くなった枝を晩秋〜冬に剪定する、というのがおおよその一年の流れです。
では、接ぎ木で植え付けたぶどうの苗木は成木にどう育てるのでしょうか? 苗木から成木への成長プロセスは、成木のそれとは少し異なります。
成木の栽培は品質の高い果実を継続的に収穫することが目的ですが、苗木の栽培はそうしたぶどうの樹(成木)に育てることが最大の目的です。このため成木になるまではぶどうの実を成らせないようにします。成木同様に、苗木も初夏に花が咲いて結実することがありますが、その場合には花や未熟果の段階で摘んでしまいます。
植物の成長においては、茎、葉、根などの栄養器官をつくりだす「栄養成長」と、花を咲かせ、実を成らせ、種をつくる「生殖成長」の 2 種類の生理プロセスがあります。栄養成長は個体を成長・維持するための仕組みで、生殖成長は次の代につなげて種族を維持するための営みです。基本的には栄養成長が進んでから、生殖成長に移るので、苗木が必ず花を咲かせて実を結ぶわけではないのですが、早熟な苗木も少なからずいます。そうした場合には摘花、摘果することで、しっかりとした樹に成長させます。ぶどうの場合、苗木の 2-3 年間は栄養成長に集中させます。
こうして栄養成長にフォーカスして成木に育てる過程でぶどうの樹のかたちを作っていきます。栽培管理をやりやすくするために樹のかたちを作ることを「仕立て」、主にワイン用ぶどう栽培で行われるかたちは「垣根仕立て」と呼びます(これも前回取り上げました)。「垣根仕立て」には、コルドン、ギヨ、リラ、ゴブレなど、いくつかの種類があります。ぶどう畑で見かけることができるものなので取り上げようと思っていましたが、今回は字数が足りなくなってきたのと、資料となる写真が手持ちに少ないので、次回以降に取り上げます。
次回はぶどう畑の場所について
今回はぶどうの苗木についてのあれこれを取り上げました。植物の繁殖・生育のプロセスに触れる機会となっていれば幸いです。また、フィロキセラへの対策がそれまでのぶどう栽培を大きく変化させたのでご紹介しました。
次回はぶどう畑に向いた地域、場所について掘り下げようと思っています。田舎に出かけると田んぼをあちこちで見かけますが、はたして田んぼの跡地はぶどうを育てるのに向いているのでしょうか。それでは、また。