静岡県内の土産物店やサービスエリアに立ち寄ると、「富士山サイダー」や「しずおかコーラ」、中には「うなぎコーラ」「カレーラムネ」など、そのネーミングから思わず目が留まってしまうユニークな炭酸飲料が販売されています。販売元は静岡県島田市に本社を置く木村飲料。木村英文社長に商品開発の極意を聞きました。
1カ月で50万本が売れた「必勝合格ダルマサイダー」
―「うなぎコーラ」や「カレーラムネ」などのユニークな飲料が、数年前から話題になっています。
他にもたくさんありますよ。「わさびらむね」「富士山サイダー」といった、いわゆるユニーク飲料を静岡県内中心に販売しています。当社はもともと、炭酸飲料が中心の飲料メーカーです。2004年秋に「必勝合格ダルマサイダー」を発売したら、翌年の受験シーズンに爆発的にヒットし、皆様から注目をいただくようになりました。
―受験ものユニーク商品ですね。「必勝合格ダルマサイダー」を発売するきっかけを教えてください。
実は、私は飲料事業とは別に学習塾も経営していました。そこで、受験生の合格祈願のために企画したのが最初です。実際にサイダーを神社でおはらいしてもらい、パッケージに必勝ダルマをデザインして販売しました。最初はおはらいを受け付けてくれる神社が見つからず、ようやく37社目に当たった地元の神社が、引き受けてくました。
この「必勝合格ダルマサイダー」が全国紙の新聞に紹介されて、注文が殺到しました。2005年2月の日経流通新聞(現・日経MJ)のヒット商品記事で、大手メーカーの商品が多い中、16位にランキングされたこともありました。受験シーズンの約1カ月で50万本が売れたのですが、私たちのような中小飲料メーカーにとっては大ヒット商品になりました。
―アイデアで商品がヒットする、成功事例ですね。
それまで当社は、大手飲料メーカーの下請けや、主にディスカウントストア向けの商品の販売をしていました。しかし、これが私たちの商品だという、誇れるような自社ブランドを持っていたわけではありません。「必勝合格ダルマサイダー」のヒットで、「アイデアがあれば、中小企業も生き残れる」という自信を持てるようになりました。
―そのアイデアは木村社長が考えたのですか。
最初にアイデアを出したのは、当時の営業部長です。「必勝合格ダルマサイダー」は今も販売していますが、売れるのは受験シーズンのみ。中身は、従来のサイダーと同じでした。そこで、味や素材など中身も工夫した商品を出せないかと考えていました。
翌2006年に発売したのが、「わさびらむね」です。静岡ならではの商品を出したいと考えて、伊豆名産のわさびを使ってラムネを作りました。ところが、この商品を発売するに当たって、社内からは猛反対を受けました。「こんなまずい飲み物は売れるはずがない」と(笑)。
一見のお客さんのほうがチャンスがある
―そんなにまずかったのですか……。
今でこそ、いろいろなフレーバーのサイダーやラムネを発売して、ユニークな味には慣れましたが、当時は私が飲んでも、おいしいとは感じませんでしたね。でも他社と同じことをやっても駄目だと、社内の声を押し切って販売しました。営業に行ったお店の10軒のうち1軒くらいが面白がって、店頭で扱ってくれたのです。販売店の中には「お客さんが一口飲んで、まずいと言って置いていく。なんとかしないと取引を打ち切る」なんて声もいただきました。ところが、夏の需要期が過ぎても「わさびらむね」は売れ続けたのです。分析をすると、観光客が購入していくことが分かりました。
― これまで考えもしなかった観光客向けにマーケットがあったのですね。
「わさびらむね」の販売動向をみて、リピーターよりも一見のお客さんを大事にしたほうがチャンスがあるのではないか。誰もが求める商品では大手にメーカーに勝てない。それならば、市場の2%をターゲットにして商品開発を行えばよいのではないかと考えたのです。それと土産物用に購入するのなら、冷えていなくても売れるので販売コストがかからないというメリットもありました。
今は、ユニーク飲料の販売店を、静岡県内の土産物屋、サービスエリア、一部観光客が立ち寄るコンビニエンスストアに限っています
―「必勝合格ダルマサイダー」や「わさびらむね」の成功で、一気にユニーク商品の発売を広げていったのですか。
いえいえ、社内の雰囲気では、こうしたユニーク飲料にはまだ半信半疑でした。2007年に「カレーラムネ」を発売するのですが、これは「わさびらむね」以上の猛反対に遭いました。「2年続けてまずい商品を出したら会社が潰れてしまう」と。それでも、私の中には生き残るためには必要なのだという、確信に近い思いがありました。
私の個人的なこだわりもありました。カレーは私の大好物の料理の1つ。家庭では現在でも、毎週木曜日がカレーの日なのです。そして小学生時代に食べた給食のカレースープが忘れられなくて、どうしても再現したかったのです。こだわりよりも、社長のわがままと言ってもよいかもしれません。
―「カレーラムネ」は、今でも売れるロングセラーだと聞いています。
「わさびらむね」を置いてくれたお店が、「カレーラムネ」も販売してくれました。2つの商品が店頭に並ぶことで、お客さまには商品を選ぶという楽しみも加わり、売り上げの相乗効果につながったようです
社員のアイデアを潰さない仕組み
―現在、何アイテムを展開しているのですか。
現在、約40アイテムを販売しています。ユニーク飲料の発売に、ようやく社員も理解してくれるようになり、毎月1商品のペースで新商品を発売するようにしています。今では私よりも社員の方が乗り気で、どんどんアイデアを出してくれます。
―アイデア商品の発売で、社長が大切にしていることは何でしょうか。
社員のアイデアを潰さないことです。そのため、新商品をとりあえず出してみるようにしています。ただし販売目標は1万本。20本入りで500ケースです。大手メーカーでは生産ラインの効率などを考えれば小さい数字です。しかし2%のお客さまを相手にすることを考えれば、1万本でよいのです。売れたら増産する、売れ行きが悪ければすぐに撤退する。1万本なら、やめても致命傷にならないのです。「まあいいか」と思って済む。かつての最小ロットは10万本でしたから、売れなかったら資材も含めて全部ゴミになっていました。目標が1万本だったら、社員のアイデアが次々に出てきても、とりあえず出していけるのです。
―地元産の素材を使った商品開発も大切にされていますね。「うなぎコーラ」には驚きました。最近の地元ネタのユニーク商品で、売れているものは何ですか。
「桜えびサイダー」「うなぎコーラ」があります。「桜えびサイダー」は駿河湾の桜えびの、「うなぎコーラ」はうなぎのエキスを使用しています。うなぎといえば浜名湖が有名ですが、当社の工場のある吉田町の周りは、もともとうなぎの養殖池でした。かつては工場で夜に働いていると、「ぽちゃ」と養殖池でうなぎがはねる音が聞こえたものです。いつかうなぎの商品を作ることになるかも、という予感があったのですが、30年越しにうなぎの炭酸飲料を作ってしまいました(笑)。ほかにも2010年に発売した、静岡茶を使用した緑色の「しずおかコーラ」は、ユニーク商品の中で一番の売れ行きです。
後編は、全国のラムネメーカーが2300社から約60社に減り続けた状況の中で、木村社長がどうやって事業を拡大させてきたのかを紹介します。