ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。

今回は「農業をする」あるいは「農家になる」ことを取り上げます、と前回のまとめでお伝えしましたが、ちょうどワイン醸造の時期に入ってきたので(これを書いている段階で本州では早い品種では収穫・醸造が始まっており、北海道ではまだ始まっていません)、今回と次回はワインの醸造にまつわることに触れたいと思います。農業や農家についての話題は、もう少し寒くなってきてから(ぶどう栽培やワイン醸造が一段落ついた頃に)取り上げます。

「渋味」は味覚ではない

まず、ワインを感じるためのワタクシたちの味覚について見てみます。ご承知のように人間の味覚は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5種類とされています。味覚は舌にある味蕾(みらい)で感じます。味蕾には 50-150 個の味覚受容体細胞(味細胞)が含まれており、食べ物や飲み物に含まれている化学物質と結合して味覚情報を受け取り、神経を通じて伝わった脳で味を感じるという仕組みです。

味覚受容体は舌全体に均等に広がっていて、舌全体で味を知覚します。甘味は舌の先、酸味は舌の横、塩味は舌の中央、苦味は舌の奥で感じるという「舌の味覚地図」を聞いたことがあるかもしれませんが、これは誤りです。味覚地図は20世紀初頭にドイツで行われた研究結果が元になっているのですが、1940年代に英語へ翻訳する際にミスがあり、そのまま伝わってしまったことで間違った「舌の味覚地図」の概念が広まってしまったのです。

画像: 5番目のうま味はどこで感じるのか?と昔から疑問に思っていたら、味覚地図が誤りだと知り、納得しました

5番目のうま味はどこで感じるのか?と昔から疑問に思っていたら、味覚地図が誤りだと知り、納得しました

味覚ではないものの一つに「収斂味(しゅうれんみ)」というものがあります。「渋味」というほうが通じるのですが、ワインの世界では収斂性、収斂味という表現を使うので、ここでは収斂味という表現を用います。収斂味は、食べ物や飲み物を口に含んだ時に、酸味とは異なる口の中がぎゅっと締め付けられるような感覚のことを指します。これは、先に挙げた味細胞の反応による味覚ではなく、口の中の触覚(身体の他の部分同様に口の中にも触覚細胞があります)によるものです。

ワインの場合、赤ワインに多く含まれるタンニンが収斂味をもたらします。赤ワインを口に含むと唾液に含まれるタンパク質とタンニンが結合します。すると、唾液による口内の保護が弱まり、表面から滑らかさがなくなって、渇いてぎゅっと引き締まったような感覚をもたらします。これが収斂味です。

画像: タンニンが強い赤ワインは脂肪分の多いお肉に合わせると良いペアリングになりますね

タンニンが強い赤ワインは脂肪分の多いお肉に合わせると良いペアリングになりますね

匂いの感じ方は400種類

味覚に影響を及ぼすものに嗅覚があります。風邪を引いて鼻がつまり、嗅覚が一時的に衰えた経験がある方も多いと思いますが、味覚だけでは、食べ物や飲み物の風味を充分に感じることはできません。

嗅覚は味覚や触覚同様に、受容体細胞の働きで知覚されます(嗅覚受容体の発見に対して、2004年にノーベル生理学・医学賞が与えられています)。人間の場合、嗅覚の受容体細胞は 400 種類ほどあるとされています。この約 400 種類の嗅覚受容体はそれぞれ特定の分子に反応します。これはいささか乱暴ではありますが、まったく同じ匂いを再現しようとすると 約400 種類の分子の組み合わせを再現する必要があるということです。視覚の場合には、光の三原色(赤、緑、青)あるいは色の三原色(シアン、マゼンダ、イエロー)の組み合わせで再現できるのですが、匂いの場合には 約400 種類の組み合わせとなってしまいます。個人的には他の人に匂い(のイメージ)を伝えるときのボキャブラリーの少なさに悩むことがあるのですが、この組み合わせの多様性にその一因があるんじゃないかとワタクシは感じています。

画像: 匂いを伝えようとする際、類似物の名前を借りると(例:柑橘系のさっぱりとした、トーストのような香ばしい)うまく伝わります

匂いを伝えようとする際、類似物の名前を借りると(例:柑橘系のさっぱりとした、トーストのような香ばしい)うまく伝わります

また嗅覚は、2 種類に分けられるという説があります。匂いを鼻先で嗅いで感じる「オルソネーザル(鼻腔香気)」と、口の奥から鼻に抜けて感じる「レトロネーザル(口腔香気)」の 2 つです。科学的にこの 2 つの嗅覚が区別されていないようですが、ワイングラスに鼻先を近づけた時に感じ取る香りと、ワインを口に含んだ時に口中から鼻にかけて感じる香りには、確かに違いがあるように感じます。前者は純粋に鼻腔の嗅覚で感じられる匂いですが、後者は味覚や口の中の触覚と影響しあって感じられる匂いです。その感じ方から、ワインの風味を捉える際には、味だけでなく、香りや口当たりもあわせて考える必要があると思っています(というかワインの風味において香りはとても大事な要素です)。

1%がワインを決める

ここまで味覚や嗅覚について触れてきたのは、ワインを醸造する時に何を想定してつくっていくかを皆さんにイメージしていただくためです。ワインには次のような物質が含まれています(辛口ワインの場合。パーセンテージはおおよその率です)。

画像: 1%がワインを決める

水:
ワインのほとんどは水です。米と水と麹でつくる日本酒とは違って、ワインはぶどうだけでつくるため、ワインに含まれる水はほぼすべてがぶどうの果実に由来します。

エチルアルコール(エタノール):
ワインのエチルアルコールはぶどうに含まれる糖分から生成されます。ほとんどのワインはアルコール度数が 10% から 15% の間に収まっています。ワインに含まれるアルコール度数が高いと苦味や渋味が増していき、度数が高すぎると「熱い」という触覚的な感覚を生じることもあります。一般的には糖度が高いぶどうからは高いアルコール度数が、糖度の低いぶどうからは低いアルコール度数のワインができあがります。このためぶどうの糖度を見ながら、ワインの目標アルコール度数をイメージしていきます。

グリセロール(グリセリン):
ワイン醸造では、醗酵によって糖分からエチルアルコールを生成する際に、副産物としてグリセロールが生成されます。グリセロールはワインにほのかに甘味を与えて、柔らかで滑らか、こくのある口当たりになると言われています。ちなみに辛口ワインの場合、ぶどうのほとんどの糖分は醗酵によってエチルアルコールに変換されるので、糖分(主にブドウ糖と果糖)はほとんど含まれていません。醗酵を途中で止めた場合に、糖分が残った甘口や中口のワインとなります。辛口のワインの甘い感じはグリセロールによるものですが、その場合は味覚としての「甘味」というよりも、グリセロールが与える柔らかで滑らかな口当たり(触覚)によってだと言われています。

「その他の化合物」:
エチルアルコール、グリセロール、有機酸、フェノール類以外の化合物がここに含まれています。ワインに含まれる「その他の化合物」は、約800種類あるとされていて、そのうちの数十種類の化合物(例えばメトキシピラジン類、チオール化合物、エステル類など)がそのワインを特徴づけるような「香り」をもたらすと言われています。これらの化合物はぶどうそのものに由来するものもあれば、醗酵や熟成によって生成されるものもあります。数多くの化合物があるため、そう簡単に最終的なワインをイメージできるものではありません。ぶどうを健全に栽培・収穫し、欠陥臭を出さず、ぶどう品種の特徴をいかした醗酵が進むようにイメージしていきます。

有機酸:
ワインに含まれる主な有機酸には、酒石酸、リンゴ酸、乳酸があります。「酸」とあることから分かる通り、ワインの酸味に影響します。酒石酸、リンゴ酸はぶどうに含まれており、乳酸はワイン醸造時に乳酸菌によって起きるマロラクティック醗酵によって、リンゴ酸から生成されます。またリンゴ酸はぶどうが熟す直前が含有量のピークになり、熟すにしたがって呼吸(植物だって呼吸します)によって代謝されて、含有量が少なくなっていきます。酸の働きによってワインの風味に複雑さが与えられ、保存性を高める作用があるため、収穫の時期やマロラクティック醗酵の有無によって、ワインに含まれる有機酸の量や構成をイメージします。

フェノール類:
ワインに含まれる主なフェノールは、タンニンとアントシアニンです。タンニンはワインの「ボディ」(赤ワインでよく使われる言い回しですが、日本語にはぴったりの表現がなく、「重厚さ」「濃厚さ」「ふくよかさ」をイメージしてください)に、アントシアニンはワインの色に影響します。タンニンはぶどうの果皮と種に、アントシアニンはぶどうの果皮に含まれているため、醸造の過程で果皮と種をどれくらい果汁に漬けておくか(長く浸けるとフェノール類は果汁に溶けていきます)によって、ワインに含まれるフェノールをイメージしていきます。

画像: 赤ワインの色は主にアントシアニンなので、赤ワインには多く含まれています。一方、白ワインにも少しだけ含まれています

赤ワインの色は主にアントシアニンなので、赤ワインには多く含まれています。一方、白ワインにも少しだけ含まれています

ざっとワインに含まれる物質を見てきましたが、「その他の化合物」、有機酸、フェノール類の 3 つ、合計で 1 %程度の物質がワインの味や風味をかなり決めるということです。そして、味(味覚)だけでなく、香り(嗅覚)や口当たり(触覚)を意識しながら、つくるワインをイメージしていくことが求められることもご理解いただけるかと思います。

次回は「ワイン醸造の実際」

今回は、ワインを味わうための味覚と嗅覚、そしてワインに含まれている成分について取り上げました。ぶどう栽培は生物学、ワイン醸造が化学、ワインテイスティングは生理学であり、ワインづくりにはさまざまな科学的な要素が含まれているなあ、と日々感じています。ちなみに、今回後半で触れているワインづくりのイメージですが、今秋のワイン醸造に向けて、いま現在頭の中でイメージしている様を書き出してみました。

次回は、ワイン醸造の実際のプロセスを取り上げてみたいと思います。ちょうど原稿の締め切りが今年の仕込みのタイミングの前後なので、雪川醸造の醸造所の様子も取り上げられるかもしれません(仕込み準備が忙しくて 1カ 月遅れたら、それはそれとして許してください)。
それでは、また。

画像: 山平哲也プロフィール: 雪川醸造 合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

山平哲也プロフィール:
雪川醸造合同会社代表 / 北海道東川町地域おこし協力隊。2020年3月末に自分のワイナリーを立ち上げるために東京の下町深川から北海道の大雪山系の麓にある東川町に移住。移住前はITサービス企業でIoTビジネスの事業開発責任者、ネットワーク技術部門責任者を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了。IT関連企業の新規事業検討・立案の開発支援も行っている。60カ国を訪問した旅好き。毎日ワインを欠かさず飲むほどのワイン好き。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.