2020年4月に緊急事態宣言が発令されてから半年以上。社会は少しずつニューノーマルな生活様式に対応しつつあります。人の移動や行動が制限されたあのとき、自分自身と向き合い、他者との関わり方や人生の在り方を考える人も多かったはず。そんな時期を経て、改めて「リアルなつながり」について考える本を紹介するのが、写真家の阿部了さんと、ライターの阿部直美さんご夫婦。NexTalk連載「トヨスの人」でもおなじみの了さんお薦めの『太平洋ひとりぼっち』、直美さん一押しの『ホハレ峠』について、その読みどころをお伺いしました。
【ご推薦者】
コロナ禍をきっかけに、中学生時代の愛読書を読み返す
—— 了さんご推薦の『太平洋ひとりぼっち』は、1962年に日本人で初めて小型ヨットを使い、単独で太平洋を横断した海洋冒険家の堀江謙一さんの手記ですね。この本との出会いについて教えてください。
了さん この本は、堀江さんが太平洋を横断したその年に出版されました。僕が初めて読んだのは、1977年にちくま少年文庫から出た版です。確か中学生の頃、夏休みの読書感想文の指定図書になっていて、タイトルを見て「太平洋でひとりぼっちって、すごいな」と思ったんですよ。
読んで感銘を受けました。何しろ中学卒業後は、海上技術学校に進学したくらいですから(笑)。
今回この本を選んだのは、やっぱりこの春からの自粛生活がきっかけです。皆さんもそうだと思いますが、孤独を感じることもあった。そして、「これからどうなるのか」という不安もあり、いろいろと考えたんです。そういう現実と向き合ったとき、結局「自分は一体何なのか」と見つめ直しました。若い頃は船に乗り、その後カメラマンになって……。
それで昔の本を読み返したいと思って、倉庫にあった昔の本を紐解いたんです。昔から冒険や旅物が好きで、さまざまな本があったのですが、「今の時期は、やっぱりこのタイトルだろう」と思って、今回読み返しました。
写真とタイトルに惹かれた『ホハレ峠』
—— ありがとうございます。直美さんお薦めの『ホハレ峠』は2020年4月に出版された本ですね。こちらを読んだきっかけは?
直美さん 8月に本屋さんに行って、この書籍が平積みになっていたのがきっかけです。表紙の写真がとても印象的で、目に留まったんです。
表紙に写るのは、岐阜県揖斐(いび)郡にある徳山ダムで沈んだ集落・徳山村で最後まで暮らした廣瀬ゆきえさん(1919年生)です。この1冊は、写真家の大西暢夫さんが、約30年間徳山村に通い、交流しながら、村の風景やゆきえさん夫婦の暮らしを撮影やインタビューを通じてまとめたものです。
徳山村は、福井県と滋賀県にほど近い山間の村です。広大な地域にまたがって集落があるので、分校から本校の運動会に参加するのも2泊3日かけて歩かなければ行けないようなところなんですよ。ホハレ峠は、村から福井県側や滋賀県の米原市側などに出るための峠で、村の人はここを越えて病院に行ったり、冬場は都会の工場に出稼ぎに出ていたりしたそうです。
そんなわけで、タイトルも表紙も気になって購入しました。「ダムに沈む村と、最後まで残った夫婦の暮らしを書いたドキュメントなんだな」と思って読んでいったのですが……、話がどんどんと予想しなかった方向へ進んでいくんですよ。
了さん 徳山村には、増山たづ子さんという写真家の方がいたんです。村で農業に従事する傍ら民宿を営み、個人で徳山村の記録を撮り続けて、2006年に88歳で亡くなりました。非常にいい写真を撮る方で、僕も一度は会ってみたいと思っていました。今回、大西さんがこの地をずっと取材し続けて、出版したのを知って、本当に敬服しています。
人間の孤独や現代社会について考えるきっかけになる本
—— それぞれの本の読みどころや、印象に残ったシーンを教えてください。
了さん 40年ぶりに『太平洋ひとりぼっち』を読み返してみて、当時の読後感とはやはり少し違っているような気がします。印象に残っているのは、太平洋横断に出発する際の「持ち物リスト」ですね。120日間の航海を予定していたので、食料や水、生活用品は必要ですが、小型ヨットなのでギリギリまで削らないといけない。本で調べたり、先輩に聞いたりして必要量を算出し、積み込んだ品物の全リストが載っています。それが興味深いんです。例えば、太平洋の真ん中ではお店でものを買うわけにいかないから、現金は少ないけど、缶切りは6個も持って行くとか。そういうシーンを想像するだけで楽しくなります。
水のエピソードも好きですね。荷物を減らすために、堀江さんはなんと飲料水(真水)を「1日1.8リットル」から「1日500ミリリットル」まで削ぎ落とすんですよ。その必要量を計算した考え方や視点が面白い。持ち物だけで、かなり楽しめます。
あとは航海に出た直後、大時化(おおしけ)で船の窓が割れて悔しさを感じたシーン。そして、孤独感に苛まれて泣いたシーンや家族のことを思ったシーン……。大型船ではありますが、僕自身が船に乗っていたときのことも思い出しながら読みました。
—— 『ホハレ峠』はいかがでしょうか?
直美さん 印象的だったのは、夫の司さんの死後、町に移り住んだゆきえさんのエピソードです。村にあった家では、裏の畑でネギを育てていたので、必要になると畑から抜いていたのに、町ではスーパーでネギを買わないといけない。そのとき、これまで先祖が代々守ってきた土地をダムと引き換えに現金化し、あとはそのお金を食いつぶすしかないという現実に直面するんです。
「気付いたころには、先祖の積み上げてきたものをすっかりごとわしらは、一代で食いつぶしてしまったという気持ちになってな。徳山村の価値は現金化され、後世に残せんようになったんや」
「金を使えば使うほど、村を切り売りしていくような痛い気持ちや」
「現金化したら、何もかもおしまいやな」
今の暮らしや社会は、すべてにおいて効率化が求められたり、市場的な価値が重視されたりしますが、そういう価値観ではない「本当の豊かさって何だろう」、と考えさせられました。
この本は「ゆきえさんがそう語った」という言葉だけでなく、その人生を深掘りしていって、「自分の生まれ育った地域がダムに沈む」ことの重さを改めて問いかけています。そこがすごく読み応えあるんですよね。
「孤立」と「孤独」は違う——リアルに人と出会い、触れ合うことの意義
—— 今回ご推薦いただいた本は、いずれも「社会や人とのつながり」「孤独」というテーマを含んでいると思います。改めて今、この不確定な時代にこそ、この2冊の本をお薦めする理由を教えてください。
了さん 都会で暮らしていると、僕たち自身が「自然の一部」という感覚を忘れがちになります。堀江さんの本を改めて読むと、「ひとりぼっちである感覚」や「海や大自然とのつながり」「人間とは何なのかという根源的な問い」はもちろん、「五感を使って自然を感じることの大切さ」を思い出させてくれるんです。
そして、本では「孤立ではなく『孤独』だ」という表現が出てきますが、これも今の時代に通じる感覚なのではないでしょうか。コロナ禍以前は情報過多の社会で人々は密なつながりを求めているようで、その実、隣同士で何かと比較し合って逆に孤立していたような感覚があります。しかし、大切なことは、人は地球や自然、海に生かされている。それを感じることで人と人、人と自然はつながっている。そういう感覚を思い出させてくれる本だと思います。
直美さん ゆきえさんも同じなんですよ。徳山村の最後の住人になって、孤独だったかもしれませんが、孤立はしていなかった。だから彼女は、最後まで生まれ育った村で暮らしていけたと思うんです。そして、ゆきえさんが、「どんな人とつながっていたのか」「ルーツとなる地域とのつながりはどのようなものだったのか」を知るために著者の大西さんは現地を歩いたり、実際に人を訪ねたり……。ゆきえさんは司さんと結婚したとき、司さんは北海道に住んでいました。彼女の人生を追うようにゆかりのある北海道まで足を運んでいます。リアルに出会って話を聞いた記録が、この本には記されているんです。
今の時代、インターネットがあれば簡単に何かを検索したり調べたりできますが、実際に足を運び、会って、感じることで、ようやく分かることもある。そういうことを気付かせてくれる本なので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいですね。
了さん お弁当の取材も、まさにその姿勢で臨みたいと思っています(笑)。
—— ありがとうございました。
書籍紹介
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