さまざまなジャンルで活躍される蛭子能収さんは、実は人と上手に付き合うことが苦手だと言います。しかし苦手なだけでは、次のステップとなる出会いもありません。蛭子さんは、人と付き合うために、「頼まれたら断らない」「自分の嫌なことは人にしない」「人より下の立場に身を置く」ことを大切にしていると言います。特別インタビューの後編をお届けします。

作家性は決して侵してはいけない

― (前編で)テレビ局で自分が挨拶されたら嫌だから、大御所にも挨拶をしなかったという話をされました。自分が嫌なことは人にしないという姿勢を蛭子さんは大事にされているのですね。

そうですね。例えばテレビ番組の収録や映画の撮影で「ここはこうしろ、ああしろ」と言われても、僕から文句はつけない。自分のほうから「こうしたらどうですか」といった提案も一切しません。僕のような素人が番組や映画作りに口を挟むと、ちょっとおかしくなるのではないかと思っているのです。「作り手は誰か」ということを考えて、その作り手の思う通りに作ったほうが、一番いいものができると思うのです。

― 漫画家として経験されていることと、タレントや俳優の立場でいることで、スタンスにおいて共通することがあるのですね。

作り手にとって、出演者があれこれ口を挟んでくるのが一番困ることだと思っているのです。自分でも漫画を描いていて、編集者が途中で見たとします。「蛭子さん、ここはこうしたほうがいいのではないですか」とアドバイスをしたとしても、それだと編集者目線のアドバイスだから自分の漫画ではなくなる気がするのです。自分が描き出したものに対して変なアドバイスは欲しくないのです。作り手としてそういう考えを持っているので、出演者として自分がいろいろ口を挟むことはしたくないと思っています。

画像: ― 漫画家として経験されていることと、タレントや俳優の立場でいることで、スタンスにおいて共通することがあるのですね。

― クリエーティブなことに携わる人にとって、こだわりは大事ですね。

漫画にしても、テレビにしても、何かを創造するということですから、そこには創造する人の思いが反映されないといけない。自分の思いを反映したいときに、人の邪魔が入るのは極力嫌だし、自分も邪魔をしないようにと思っています。
映画には監督がいます。その監督の映画を見ると、その監督の持ち味が醸し出されますよね。それを端からいろいろ言うと、その人の映画ではなくなる。だから、その人の作家性というのは決して侵してはいけないと思っています。

相手は社長で、自分は係長くらい

― 蛭子さんにとって、人とお付き合いしていく上で大事にされていることは何でしょうか。

人間関係を築くのが僕はすごく下手でね。あまり人としゃべれないのです。だから、今もテレビ局に行っても、出演者としゃべることはほとんどないんです。収録が終わると、出演者が集まる所があるのですが、そこに行くのも苦手なんです。みんな仲良く話していても、僕はあまり話せない。親しくできないんです。僕は一人浮いていますよ、今でも。

― 人間関係を築くのが苦手とおっしゃいますが、それでも人付き合いの上で大事にされていることはありますか。

僕が気をつけているのは、自分を相手より下に置くということです。「あの人は自分より上の人だ」と思うと、何事も楽なのかな。とにかく相手の言うとおりに動くのです。だから、楽だと思っていても、実はそれがつらくなって、一人のほうがいいかなという感じになる。だからといって人より上に立つことができない。矛盾しているようですが、その繰り返しはあります。

画像: ― 人間関係を築くのが苦手とおっしゃいますが、それでも人付き合いの上で大事にされていることはありますか。

― 蛭子さんは、無頓着そうに見えて、実は、大変な気遣いのできる人なのではないですか。

そうなのかもしれない(笑)。やっぱりなんだかんだ言って、相手に気を遣っている。だから一人が好きなのかもしれません。
多分、好きなボートレースに誰かと一緒に行ったとしても、その人がちゃんと楽しめるかどうか考えてしまう。「ここの席はどう」とか、昼になったら「食べたいものはあるのか」とか聞いたりして、それで、自分が負けて相手が勝つと、笑いながらちょっとだけ頭にきたりして。でもそれではダメだと思って、相手が社長で、僕は係長くらいだと、そういう風に思うようにしています。

人との付き合いに曖昧さをなくしたい

― もし今、若輩者の私が社長面して蛭子さんと接したら怒るでしょう。

いや、本当に怒らないよ。まあ、あまりにも自分の想定外のことをされたら「それはちょっと……」と言うかもしれないけれど。今は仕事で会っているから我慢できるというのではなく、プライベートで会っていても同じ。そのほうが、その人とうまく付き合っていけると思うからね。

― それは蛭子さんなりの究極のおもてなしですね。

そうかなあ。ただ自分が面倒になることが嫌だから。もちろん、人によってそのスタンスは違うと思うけれど、僕の場合は、自分を相手よりも下に置くことが、人付き合いにおいて安心材料になるのです。

― そういう蛭子さんだから、出演依頼など、みんながいろいろお願いをするのかもしれません。

一つだけ言いたいのは、例えば何かのしがらみだけでお願いされるようなことは嫌いですね。仕事の依頼には、昔の付き合いを理由に無償のこともありました。曖昧さを伴った、黒白がはっきりしないような付き合い方はしたくない。そういうことを断れない自分もいるのですが、僕は「お願いされたら断らない」「自分が嫌だなと思うことは人にはしない」そして、「常に人より低い立場でいようとする」ことは、自分の中ではっきりしているつもりです。

― 最後にビジネスパーソンに向けてメッセージをお願いします。

お金をもらっている身ですから、とにかく社長の言うことをよく聞け、ということですね。たぶん社長のほうが偉いと思うんですよ。あんまり社長をばかにせずにですね、まあ、ばかにできるくらいの雰囲気のほうがいいでしょうが、気さくに付き合いながら尊敬できる関係だと一番いいですね。

― テレビを通して見る蛭子さんの本当の姿勢を、うかがい知ることができました。本日はありがとうございました。

画像: ― テレビを通して見る蛭子さんの本当の姿勢を、うかがい知ることができました。本日はありがとうございました。
画像: プロフィール 蛭子 能収(えびす よしかず) 1947年生まれ。漫画家、イラストレーターであると同時に、テレビタレント、エッセイスト、俳優としても幅広く活躍。近著は、14年刊の『ひとりぼっちを笑うな』(KADOKAWA)、16年に文庫本化した『ヘタウマな愛』(新潮文庫)など。16年6月には主演映画『任侠野郎』が公開。

プロフィール
蛭子 能収(えびす よしかず)
1947年生まれ。漫画家、イラストレーターであると同時に、テレビタレント、エッセイスト、俳優としても幅広く活躍。近著は、14年刊の『ひとりぼっちを笑うな』(KADOKAWA)、16年に文庫本化した『ヘタウマな愛』(新潮文庫)など。16年6月には主演映画『任侠野郎』が公開。

蛭子 能収さんインタビュー 前編:「痛い目に遭っても仕事は断らない」(2016年8月16日号)

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