「1枚の写真」から始まった、ストームチェイサーとしての生き方
― 青木さんがストームチェイサーとして活動を始めたきっかけを教えてください。
私がストームチェイサーとして活動しはじめたのは、30代後半のことです。もともと実家が写真館を営んでいたので、幼少期からカメラには慣れ親しんでいましたが、実のところ写真そのものはあまり好きではなかったんです。
生活のために家業を継いだものの、時代はちょうどフィルムからデジタルへの大変革期。商売は次第に厳しくなり、父の介護を担いながら、2006年に写真館をたたむ決断をしました。改めて振り返ると、家業を継いだことは少し消極的な選択だったという自覚があります。幼い頃から両親の苦労を間近に見てきたので、正直「継ぎたくない」という思いもありました。
その後、父が2008年に亡くなりました。ふっと肩の荷が下りた感覚の中で“これからは本当に自分がやりたいことをやろう”と考え、最初に撮ったのが雷の写真でした。部屋の窓から「たまたま」撮影した写真の1枚目に雷が思いがけず写っていて。自分の中に確かな手応えを感じたんです。

青木さんの自宅窓から撮影した1枚。ストームチェイサーとしての人生がここからスタートした(撮影/青木豊・2008年7月27日)
ただ、実際に気象写真の撮影に取り組んでみると、2枚目が全く撮れない。どうしたものかなとずっと考えて。動体視力を鍛えようと思って、バッティングセンターでトレーニングを積んでみたりもしました。でも、全然撮れない。そこでようやく「自然を相手にするには、仕組みや特性を知らなくては」と気づき、図書館や本屋で資料をあさり、雷発生の条件や気象現象の勉強を独学で始めました。その意味で2008年は自分にとっての「ストームチェイサー元年」なんです。

写真家/ストームチェイサー 青木 豊さん
また、私の地元である茨城はもちろん、近隣の栃木などでは雷のことを生活に身近な存在として、親しみを込めて「ライサマ」と呼びます。この一帯は雷がとても多い土地なので、雷神様への敬意や畏れも根付く地域です。生活の中に“雷”がある——そんな土壌も、自分にとっての出発点なのかもしれません。
命がけの現場。「逃げる勇気」が最大の武器
― 活動内容や米国のストームチェイサーとの違いについても教えてください。
米国では、ストームチェイサーと言えば、主に竜巻を追いかけ、現場で警戒情報を出したり、研究用のデータを集めたりすることがメインです。年間1,000件を超える竜巻が発生する土地柄ゆえ、専門の研究者やボランティアのチェイサーも多いのです。
一方、日本で発生する竜巻の多くは海上で、発生数も年間約20件程度しかないため、陸地で撮影できる機会は限られています。また、雷は、人々が「すごい!」と直感できるビジュアルインパクトがあります。こうした背景もあり、ストームチェイサーとしての活動は、主に雷に注力しています。
しかし、雷は年に20〜30日ほどしか撮影のチャンスがありません。限られた機会をいかに捉えるかが写真家としての腕の見せどころです。雷を追ううちに、「ダウンバースト(※1)」や「ガストフロント(※2)」など、他の気象現象とも出会うようになり、今ではそれらの現象も撮影対象になりました。気象現象全般を撮影する写真家として、多彩な“空”との出会いを楽しんでいます。
※1 ダウンバースト:積乱雲から吹き下ろす強い下降気流が、地表に衝突して四方に広がって突風になる現象
※2 ガストフロント:積乱雲から吹き出す冷気と周囲の暖かい空気の境目に出来るコンパクトな前線など。通過時に突風を伴うことがある

ガストフロントの襲来:冷たい下降気流と暖気の境界で可視化した前線は、これから空が荒れるサイン。撮影シーズンの終了間際に発生したガストフロント。巨大なアーチ雲に圧倒される(撮影/青木豊・2018年9月18日)
― 雷雲の撮影という危険な現場で、どのように安全を確保しているのですか?
「(雷雲などの最前線に)突っ込んで行って撮影するのですか?」と、よく聞かれますが、実は「逃げながら撮る」のが基本です。雷雲が近付いたら、距離を取りつつ撮影し、安全最優先で動いています。特に心がけているのは「車から30m以上離れない」ことです。もし落雷しても、車の中にいれば外にいるより比較的安全を確保することができます。
ただ、撮影に際しては、どうしてもカメラの画角や構図の関係から車から離れる必要がある場合も多いんです。その際、撮影中に危険を察知したら全速力で10秒間走って車に戻ります。こうした安全確保と撮影のバランスを図った距離。それが私にとっての「30m」という数字の理由です。そこまで準備しても、現場では想定通りにいかないことを幾度も経験しています。その時は絶対に無理はしません。安全への意識と、素早い回避行動が命を守る最大の秘訣だからです。
― ストームチェイサーならではの危険回避エピソードはありますか?
一番怖いのは「プラス(正極性)の落雷」です。マイナス(負極性)の落雷は雲の真下に行かなければ比較的安全ですが、プラス落雷は雲の上層から何kmも離れた地面に落ちるので、10㎞以上距離をとっても直撃するリスクがあります(※3)。
※3負極性の雷/正極性の雷:負極性の雷は発生頻度が高く、多くの落雷がこちらに該当。正極性の雷は、発生頻度は少ないが、より遠くまで届き破壊力も大きい場合がある

事前の十分な準備と、撮影時の柔軟な状況判断がストームチェイサーとしての勘所
撮影中、背後に雷が落ちてきた時は本当に肝を冷やします。ダウンバーストに関しては、アーチ雲(ガストフロント)が頭上に差しかかったら即座に車内に避難することで被害を回避してきました。ただ、どんなに準備や経験を積んでも落雷だけは「読み切れない」。だからこそ、できるだけ危険を感じたら即座に退避する潔さが必要になります。

青木豊さんが愛用する撮影機器。デジタル一眼レフカメラと三脚を使用し、雷などの撮影時には三脚の転倒防止に10kgのウェイトを装着する。撮影に際しては、長時間露光(編注:カメラのシャッタースピードを遅くしてセンサーに長時間光を取り込み続ける撮影技法)を用いることが多いという
ストームチェイス。雲を読む、空を読む
― 空模様の変化から、撮影タイミングはどう見極めているのでしょう?
雷発生の前兆は、実はテレビや新聞の地上天気図からは分かりません。私は500hPa(上空約5500m)の高層天気図を毎日チェックして、“いつ・どこで”寒気が南下しそうかを予測します。
3日位前から大まかに狙いをつけておき、最終的な判断は前夜に行います。「この状況なら何時ごろ、どこに雷雲が発生するか」を経験則から計算して、現場で先回りして待つスタイルです。日本の道路事情を考えれば移動できる範囲は30~50㎞圏内がせいぜい。その中で「どこを押さえておくか」「どこで待つか」という土地勘も重要な要素になります。
現地についた後は、雷雲や天候次第で最善の撮影方法を模索します。最大3時間待つこともあれば、逆に自分から雲を追って移動することもあります。例年、梅雨明けから9月中旬までが“ハイシーズン”です。撮影テクニック以上に“雲行きや風の流れ”を感じ、そこから全体的な“空模様を予測していく”という、これまでの経験値を生かすことで結果が左右すると感じています。

夕焼けに染まる雷雲:約50㎞先の積乱雲を、夕焼けの赤と混じりあう中で撮影。年に一度の奇跡的な空模様(撮影/青木豊・2018年8月26日)

台風のアウターバンドに現れた漏斗雲:台風の中心から離れた外側の降水帯であるアウターバンド。そこに積乱雲が発達し、漏斗雲も出現した。地上に達すると竜巻へと発展するケースもあるだけに緊張が走る(撮影/青木豊・2016年9月8日)

積乱雲の上層から走る正極性の落雷:コロナ禍の行動制限中に近所の農道から撮影。積乱雲の上層部から雷が走っている。発生頻度が低いため、予測しにくい傾向にあるが、負極性落雷に比べて威力が強く雲から離れた場所に落雷するケースが多い(撮影/青木豊・2021年8月30日)

コロナ禍で見えた「近場の空」:コロナ明けで行動制限解除され、3年ぶりにストームチェイサーとして本格始動。夕日に染まる幻想的なガストフロントを家から10㎞圏内で撮影(撮影/青木豊・2023年4月16日)

ガストフロントと落雷:関東では連日の突風被害が発生。活動拠点でも荒れ模様になりガストフロント越しの落雷が(撮影/青木豊・2023年7月11日)
雷の瞬間に賭ける理由。ストームチェイサーとして歩み続けたい
― 今後の目標や夢について教えてください。
私が撮影した写真は、新聞・テレビだけでなく、大学や研究機関で気象や雷雲研究にも活用されています。「気象現象のビジュアル化」、つまり目に見えにくい「空の変化」を誰にでも分かる形で記録・共有することが、私なりのささやかな社会貢献なのかなと感じます。今後は、写真家/ストームチェイサーとして「自分が撮りたいものにこだわりたい」という思いを強く持っています。
その1つとして、自然の風景と雷を組み合わせた、「作品性の高い写真」を撮ることが最大の目標です。これまで図鑑のように気象原稿をストレートに記録してきましたが、最近はアートの視点も重視したいと考えています。私の写真家としての原動力は、「撮りたいものを撮る」という欲求そのものなので、例えば、田んぼや湖面に反射する雷など、季節や場所が生む光景などを撮影したいですね。それから、自分がワクワクする瞬間に賭けることが未知の現場に飛び込む力にもなっています。
また、最近は日本で活動する自分以外のストームチェイサーに出会い刺激をもらっています。まだ、若く意欲みなぎる彼が単身で米国に乗り込み撮影をしてきた話も聞きました。50代後半の私が、次世代が育ちつつあることはとてもうれしく思います。

名峰・筑波山にかかる雷:地元のランドマーク筑波山と落雷。3年越しの構想を経て撮影した1枚(撮影/青木豊・2017年8月22日)

大雨で撮影を中断して車中で待機。雨が弱まるのを待つ間にフロントガラス越しに雷撮影、ワイパーの残像がアクセント(撮影/青木豊・2024年7月24日)
最後に:雷から身を守るために、今すぐできること
― 読者がすぐに実践できる“雷から身を守る方法”があれば教えてください。
気象予報で、「黒い雲」「冷たい風」「雷鳴」という“3点セットが来たら注意”と言われますが、実はその時点ではもう遅い場合が多いんです。
本当の安全策は、遠くに大きな輪郭の雲が現れたらすぐに雷レーダーや雨雲レーダーアプリを立ち上げて進行方向をチェックし、「早め早めにその場を離れる」こと。そして、風向きが突然変わった時(追い風から向かい風になる瞬間)は、ダウンバーストなど突風の前触れだから注意が必要です。特に、北関東はダウンバースト多発エリアのため、過去(1996年茨城県下館市)に国内最大級の被害が発生しています。油断せず命を守る意識を持つことが大切です。
私も、最も大切にしていることは安全面です。これに尽きると思います。死んでしまったら、もう何にもならない。ストームチェイサーは、無事に帰ってデータを持ち帰って、初めて仕事として成り立ちます。実は、アメリカだと竜巻に巻き込まれて亡くなるというケースよりも、交通事故で亡くなる方が多いんですよ。私も、悪天候の中で運転することが多いので、気象条件以外で何度もヒヤリとしたことがあります。雷もそうですが、大切なのは日々の意識と備えだなと、改めて感じます。

【プロフィール】
写真家/ストームチェイサー 青木 豊
1968年茨城県生まれ。写真屋の次男として家業を継ぎ、その後、独学で気象学を学び気象現象の撮影に没頭。雷、集中豪雨など、局地現象の写真撮影をライフワークとする日本で数少ない「ストームチェイサー」として知られる。
北関東の内陸部を主な撮影フィールドとして活動。著書に『ストーム・チェイサー――夢と嵐を追い求めて』(結エディット 2015)などがある。また、「青木豊写真家・ストームチェイサー」(公式X)や「荒天チャンネル」(YouTube)などの多媒体でも意欲的な情報発信を日々行っている。