今、スナックが注目されている? 従来、スナックといえば女性がカウンター越しに接客をし、男性がお酒やカラオケを楽しむ社交場というイメージでした。ところが、最近では「スナ女」という言葉が登場するなど、女性や若い世代にも注目されつつあります。一方、経営者である「ママ」の高齢化や担い手不足、そしてコロナ禍の影響を受けて、その数は減少の一途に。こうした中、坂根千里さんは2022年、一橋大学を卒業すると同時に東京・国立にある「スナック水中」のママを先代から引き継ぐことを決意します――。
今回は、そんな坂根さんにインタビュー。衰退しつつあるスナックを承継した背景や恩人である「せつこママ」との思い出、そして同店の運営母体である株式会社水中の経営者という目線からスナックと若者や女性、そして街をつなぐコミュニティー形成にかける想いを伺いました。
“混沌”としているのになぜか癒やされる。スナックの魅力にどっぷりハマった大学時代
―まずは、坂根さんとスナックの出合いについて、教えてください。
前身である「スナックせつこ」に初めて足を踏み入れたのは4年前。当時、国立市内でゲストハウスを経営するために学生団体を立ち上げ、その活動の際に地元の協力者の方に連れていってもらったのが最初です。
それは、私にとってとても衝撃的な体験でした。隣のお客さんが自然とこちらの会話に入ってきたり、気づけばみんなでカラオケを楽しんでいたり。どこか混沌とした空間の中、ありのままを出し合える関係性に身を置くことが、不思議と心地よかった。そのとき、私のような若者が来るのが珍しかったのか、せつこママに「来週から働かない?ニコニコ楽しそうだからさ」と声をかけてもらい、軽い気持ちでアルバイトを始めました。
私はもともと、いわゆる「バリキャリ」を目指していて、出会いや刺激を求めて大学に進学しました。しかし、高校の延長線のようなキャンパスライフに、求めていた体験とは少しズレも感じ、もっと社会とのつながりの中で生きた学びを得たいと思うようになりました。そこで、夏休みを利用して、奄美大島での地域活性化活動のインターンに参加しました。奄美大島の自然や多様な生き方、ローカルだけど豊かな人間関係に触れ、私の中で世界の捉え方が確かに広がった感覚を得ました。
でも、大学に戻るとまた狭い世界に戻ってしまって……。このままではいけないと焦る気持ちもどこかにあって、旅人とつながるゲストハウスの経営を始めました。近いタイミングで「スナックせつこ」とも出合い、夏休みに奄美大島で触れたような、ローカルなコミュニティーがこんな近くにあったなんて!と驚き、スナックにハマっていったのです。
―大学生の頃からゲストハウスも運営していたとは! 人と人との縁をつなぐことに興味があったのですね。
島根県にもインターンで行ったのですが、受け入れ先の方や宿の方が、単に旅行者だったら出会えなかった人とつなげてくださり、また違う世界を見ることができました。これらのインターンで体験したことを、自分の住む場所でやりたいと思ったのです。大学以外のコミュニティーの人とどうつながるかが私自身の大学在学時のテーマの一つでした。多様な背景を持つ旅人を迎え入れるゲストハウスを自分で運営すればそれが叶うのではと考え、思い切って仲間と立ち上げました。
―「スナックせつこ」を継ぐことになった経緯を教えてください。
私はもともと旅人気質で、新しい出会いに楽しさを感じるタイプなのですが、人と信頼関係を「深める」ことの楽しさをスナックを通して知ることができました。毎週、同じお客さまと会って、飲んで、カラオケをして。一見すると生産性がないような時間ではあるものの、そこに価値や魅力を感じ、気づけばスナックが自分の安らぎの場になっていったんです。
大学3年生になり、依然としてバリキャリ思考だった私は就職活動を始めたのですが、その頃からせつこママに、後を継がないかと打診されるようになりました。当初は、「どう継がない?」「いやいや私になんて~」と冗談交じりだったのですが、そのうち真剣に相談されるようになりました。スナックと若い人をつなげることができたらもっと面白くなるはず、とは思っていました。ただ、一流企業に入って実力を育みたい想いも強く、スナックを継ぐことで私自身のキャリアが断絶しないかとの不安もありました。
また、スナックの事業で生計が立つのか、経済面も心配でした。しかし、お客さまの人数や単価、売上などを計算して、これなら大丈夫かもしれないと不安を一つ一つ消し、徐々にせつこママの思いを受け継ぐことへの気持ちが固まっていきました。何よりコロナ禍でスナックの2〜3割が閉業していく中、ママは私にバトンをつなげようとしてくれている。それなのに、私が提案を断ったことで「スナックせつこ」も閉業の道をたどると想像すると「そんな自分、ダサいな」と思い、事業承継をしようと決めたのです。
―バリキャリ思考だった坂根さんがスナックを継ぐ選択をされて、周りの反応もさまざまだったのではないですか。
最初、両親からは反対されました。本気であることを伝えるために、スナックへの想いはもちろん、事業計画のプレゼンを3回ほどしました(笑)。また、副業を始めることもできたので、スナック事業が軌道に乗らなくても生計が成り立つことを説明し、納得してもらいました。一方でゲストハウスを一緒に運営していた後輩たちからは、「いけー!」と熱く背中を押してもらえて、うれしかったし、とても心強かったです。
「スナック水中」を通して見える令和のスナックのあり方
―「スナック水中」のオープン資金の調達にあたっては、クラウドファンディングにも挑戦されたのですね。
スナックは、ファンがついてこその場所です。クラウドファウンディングで先行的にファンとのつながりを持たせ、初期段階で売上の目途をつけたかった意図もあります。そのときのお客さまが、今ではリピーターになってくださっているのはありがたいですね。地元メディアに取り上げられたのをきっかけに、大手新聞社やテレビの取材が来てクラウドファンディングの取り組みを拡散していただけたのも追い風になりました。最終的には、400万円近い金額の調達ができました。
―集客面で工夫されていることはありますか。
SNS活用には力を入れています。スナックといえば閉鎖的な空間というイメージがありますが、インスタグラムやツイッターを使ってそうしたイメージを覆し、オープンに宣伝しています。店内の雰囲気をアップしたり、スナックの楽しみ方を動画で伝えたりすることで、来店のハードルを下げようと試行錯誤中です。また、スナックのドリンクといえば焼酎水割りのイメージですが、カクテルやノンアルコールドリンクの飲み物を用意して老若男女問わず楽しめるよう工夫しています。
空間づくりの面では、席順にも配慮しています。せっかく一人で来てくださった女性の方などに、別のお客さまが酔った勢いで良くない絡み方をする、といったことは私たちとしても避けたいところです。ケアしたいお客さまはスタッフが必ず目を配れる席にお通しし、その隣には信頼できるお客さまをご案内しています。スナックはその場にいる全員が気持ちよく楽しんでいただけることが大切。私を含めスタッフはその点に注意し、時には悪い酔い方をしてしまったお客さまにお帰りいただくこともあります。
―「スナックせつこ」から「スナック水中」に変わっていく中、客層に変化はありましたか。
若いお客さまが増えましたが、せつこ時代からの常連のお客さまも飲みにいらしてくれます。人数比はせつこ時代のお客さまが1割、水中になってからのお客さまが9割ほどですが、来店頻度が多いのはせつこ時代からのお客さまですね。やはり国立のエリアで飲み歩く習慣がある方とのつながりは強いです。
スナックが衰退してきた大きな要因の一つは、お客さまやママの高齢化だと思っています。世代交代を起こしていかないと、そのスピードは加速するばかり。今までのお客さまとスナックになじみのなかった若いお客さまが、一緒に楽しめる場をつくっていく必要があると考えています。水中では、若い人がスナックに来るようになったことで、以前からのお客さまと新しく来た若者とで交流を楽しんでくださる方も多いんですよ。
――スナックにはローカルビジネスのイメージがありますが、「スナック水中」は遠方からのお客さまとのつながりもあるようですね。
はい、埼玉県川越市のような遠方から定期的に通ってくださる方も10人くらいいます。近場の常連さんにとって心地の良いお店をつくることが前提にありますが、今後のスナック業界はスナックになじみの無い人や遠方から来てくれる人ともつながり、来店してもらわないと、衰退が進んでいく一方だと思っています。遠方から来店いただくきっかけは、クラウドファンディング、SNS、メディア露出などさまざまですが、そうしたお客さまとの関係も大切にしていきたいですね。
誰かに頼ることが苦手な“強がり女子”にこそ、スナックに来てほしい
―SNSやブログで「強がりで人に頼るのが苦手な女性のための場を作りたい」と発信されているのが非常に印象的です。
女性のお客さまに心地よいと思ってもらえるスナックをつくるのが私の信念です。「スナックせつこ」でアルバイトしていたある日、閉店間際に女性一人が入ってきたことがありました。そのときはママが何かを察して「はーい、みんな時間だから帰って、ちりちゃん(坂根さん)も帰っていいよ」と二人きりになって、話を聞いてあげていたのです。そんなせつこママのような存在に、私もなりたいと思っています。
スナックの良さって、自分の中身をさらけ出せるくらいオープンになれちゃうところだと思うんです。でも、そんなスナックに来ていても、女性はどこかでちゃんとしなきゃ、グッドガールでいなきゃと思うところがあって。そんな、自分の弱い部分を出すことが難しい女性や、人に悩みを言いづらい女性にスナックを通して寄り添っていきたいです。私がスナックで癒やされてスナックで救われたように、「スナック水中」が“強がり女子”のよりどころとなれるよう日々奮闘しています。
10年後に100店舗を目指し、スナックと地域コミュニティーをつないでいきたい
―「スナック」というビジネスを今後どのように展開されていきたいですか。
スナックって、実は日本全国でコンビニの数以上あるんですよ。そこに女性をはじめ新しい世代が入ることができたら、すごいインパクトになると思いませんか。スナックというインフラを使って、多様な人が集まり、つながる場をあらゆる地域でつくっていきたいと考えています。
これは最近実際にあったことですが、国立に引っ越してきた方が「スナック水中」に一人で来店してくれて。そこから、他のお客さまとつながり、そして別の場所に飲みにいったりしているんですよね。スナックが人と人をつなぐ場所として機能していることを実感しますし、こうしたつながりをさらに増やしていけたら、と思っています。
また、2店舗目として、国立にあるミュージックバー「NO TRUNKS」を承継することも決まりました。年明けを目標に開店に向けて準備しています。ママ探し、後継者探しは難しい点も多いですが、「これからの街の社交場をつくる」をミッションに、スナックやバーを通して今後もさまざまな地域コミュニティーとつながっていきたいです。