ITと新たな分野を掛け合わせたユニークな取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回は長野県大町市で自動車整備業を営むツカサ工業株式会社の代表取締役 佐藤憲司さんとICT事業部 部長の小林優太さんにインタビュー。創業50年を超える老舗自動車整備工場が取り組むDX推進について伺いました。
車検証の電子化対応に苦戦。危機感のもとICTに注力
ー ツカサ工業の創業経緯や事業内容について教えていただけますか
佐藤 ツカサ工業は、1971年に長野県大町市で私の父が立ち上げた会社です。大町市は近くに黒部ダムがあることも関係して建設業の多い地域。こうした中で、主に建設機械やトラック、バスといった大型車の整備を手掛けています。クレーン車やミキサー車などの大型特殊車両を対象にしている整備工場は、全国を見てもそう多くはありません。
さらに、当社には車両だけでなく、クレーンやショベル、ミキサーの羽根なども整備する技術があります。車両と作業装置を合わせてワンストップで整備できるところがわれわれの強みです。
この数年はICT領域に力を入れており、社内業務の省力化だけでなく、お客さまのWebサイトの制作を請け負うなど、新たな分野にも挑戦しています。
― ICTに注力されたきっかけは?
佐藤 まず前提として、ICTはゴールではなく手段だと考えています。少子高齢化、自動車整備作業の高度化、人手不足など、多くの課題を抱える中でICTの力を借りなければ事業が立ち行かないという実感はずっと持っていました。
直接的なきっかけは、「自動車保有関係手続のワンストップサービス(OSS)」の開始です。従来、車検の際には陸運支局や自動車検査登録事務所など、複数の機関に出向く必要がありました。しかし、OSSによってこれらの手続きや税金の納付などがWebで可能になりました。
これにより、異なる窓口で手続きをしなくてもよくなったので、かなりの省力化になりました。ただ、この作業をするのにブラウザー指定があるなど、とにかく複雑で説明を聞いてもまったく何を言っているのか分からない。「これは何とかしなければならない」という危機感のもと、ICTに強い小林部長をスカウトして入社してもらい、2020年7月にICT事業部を立ち上げました。
基幹システムをクラウド化、猛反発する社員を説き伏せた
― ICT事業部を中心に、具体的にどんなことに取り組まれたのでしょうか
佐藤 大きなところでは、2022年に社内の基幹システムをオンプレミス型からクラウドに切り替えました。これまで社外から社内環境にアクセスするには時間がかかっていましたが、今は社内環境にある予約状況や整備履歴などが24時間365日、どこからでもスムーズに見られるようになっています。
クラウド化をきっかけに作業指示書も簡素化しました。「ブレーキライニングを交換した」「クラッチをオーバーホールした」など、その日の作業を報告する書類があるのですが、整備士は手が汚れているので、そもそもボールペンを握るのを嫌がります。
システムをクラウド化したタイミングで、作業指示書をパソコンに直接入力してデータで作業指示書を完成させるフローに変更しました。その作業指示書が経理に回り、請求書が発行される流れです。
それまでは手書きの作業書を事務長や工場長など複数人がチェックして、それを総務が転記していました。字が汚くて「読めないよ!」と差し戻されたりもして(笑)、とにかく社員の負担が大きい上に時間もかかっていたんです。データ化したことで社員がシステム上で同じデータを見られるようになって、省力化することができました。これまで現場の7割がアナログ仕事だったのが、今は5割くらいに減った感覚です。
― システムの移行はスムーズに進んだのでしょうか。アナログに慣れている人はデジタル化に抵抗を感じそうです
佐藤 最初は「なんでこんな面倒なことをしないといけないんだ!」と、反発の嵐でした(苦笑)。
小林 パソコンの基本的な操作すらままならない社員もいる状況でしたから。システムのログインの仕方から始めて、徐々に慣れていってもらいました。
佐藤 私が「やらないといけないんだ!」と熱意を伝え続け、その上で小林部長が一人一人に優しくサポートする。そんなアプローチで進めていきました。さらに操作しやすいように軍手の下にゴム手袋をはめて作業することを許可したり、汚れた手で触ってもいいように、キーボードに透明のカバーを付けたり、会社も歩み寄る姿勢を見せていきました。
小林 佐藤社長は「会社をこうしていきたい!」「こんなことを実現したい!」という理想を高く持っています。その理想をくみ取りつつ、現実的に現場の社員がどこまでICTを活用できるのか、を考えることが必要です。特に整備士はシニア世代が多いからか、整備以外の分野に対して新しいことを学ぶ意欲はそれほどではありません。そのため、彼らにとって負担にならないよう意識しつつサポートしています。
佐藤 どうしてもできない人のために、「紙での処理を残してもいいかな…」という気持ちもありました。ですが、社内で統一しなければ、整合性がとれなくなる。高齢の社員が紙で提出することを許したら、それを誰かが代わりに入力しなければなりません。「人間、やる気になれば何でもできる!」と説き伏せて、平仮名の入力方法から覚えてもらい、今は全社で作業の統一ができています。
― 基幹システム以外でICT化により省力化したことはありますか
佐藤 クラウド化と同じタイミングで出退勤のタイムカードをICカードに変えました。それまではアナログのタイムカードで、経理や総務の担当者が集計していたんです。入力の手間や時間も軽減され、かなりの省力化につながりました。
細かな部分では、体調不良による欠勤など緊急連絡をLINE WORKSでもOKにしました。「朝起きて体調がすぐれないので、早く会社に休暇の電話をしたい」。そんな状況だったとしても、これまでは会社に誰かが出社するまでは連絡ができませんでした。LINE WORKSなら時間に関係なく連絡することが可能です。今の時代、ビジネスチャットは必須です。さまざまなコミュニケーションが図れるようになったと感じています。
小林 日ごろからLINEを使う人であれば、LINE WORKSで業務連絡ができるようになると便利だと思います。しかし、先ほどお話しした通り高齢社員にとってはLINE WORKSもハードルが高いようなので、まずは送られてきたメッセージに返信してもらうことから始めました。欲を言えばもっと機能を使いこなしてほしいのですが、先走りすぎると社員から拒否反応が出てしまいます。そうならないよう、簡単な使い方から少しずつ覚えてもらっている状況です。
業界のリーダーとして自動車整備業界のICT化に貢献
― ICT化による成果はどのように感じられていますか
佐藤 基幹システムでお客さまの細かな情報を集計できるようになったことで、売り上げや応対品質の向上にもつながっています。社内で蓄積したビッグデータをどう利用するかは、自分たちの料理の仕方次第。顧客訪問前に整備履歴や過去の売り上げを見て、お客さまのお車にとって最適な提案ができるようになりました。
また、これまでは車が壊れたタイミングで修理を依頼され、そこで大きく売り上げが伸びるという状況でしたが、今はデータから推測して先回りして整備(予防整備)することで、安定的な売り上げを確保できています。デジタル情報は、検索や他社比較を経て俯瞰することも容易ですし、紙のときには気付けなかった多くの情報を拾うこともできるようになりました。
また、ICT事業部の立ち上げによって、自社の仕組みを整えるにとどまらず、お客さまのWebページ制作を請け負うなど、新たなビジネスとして収益を生み出しているのが1つの大きな成果です。Webページ制作はわれわれの本業ではないのですが、「知らない会社には頼みづらい」「自動車整備と一緒にやってほしい」という地域の企業のニーズに応えられています。私がブログを書き続けていることもあり、Webからの問い合わせは増えてきています。
加えて、社内で使用しているWeb会議システム「MAXHUB(マックスハブ)」の販売代理店にもなっています。MAXHUBについて書いたブログを見てお問い合わせいただき、何度かメールでやりとりして受注することもよくあります。ICT事業部の立ち上げをきっかけに業容も変化してきているのです。
小林 社員に対して地道にツールやシステムの使い方を教え続けた結果、LINE WORKSに関してはほとんどの社員が使いこなせるようになりました。コミュニケーションの円滑化にもつながっています。一方で基幹システムの操作習得はまだまだですので、継続してサポートしていきたいと思います。
― 今後の展開についてはどのように考えていますか
佐藤 直近では、電話のクラウド化を検討しています。今はアナログ回線ですが、クラウド回線を使うことで、個々のスマホでお客さまとやりとりしたり、内線として使ったりできるようになります。お客さまとすぐに電話がつながらないことでの機会損失を防ぐことができます。
ただ、もっと長期的な話をすると、今のスマホ世代の若者たちは、おそらく電話なんて使わない。LINEで車検受付や取り引きができて、そのままLINE上で決済や請求書のやりとりまでできる仕組みが作れると、それが他社との差別化となり、お客さまから当社を選んでいただけるきっかけの1つになると考えています。
人口が減少し、車の保有台数はこの先どんどん減っていきます。今後、自動車は「情報で整備する」時代になるでしょう。整備事業者が淘汰される時代の中で、情報をただ得るだけでなく、分析、集約してビジネスに生かしていく。それによって明日を描いていきたいと考えています。
― 最後に、ICT化に取り組む上で大事なことはどんなことでしょうか
佐藤 私自身が大事にしていることは、ICTに対するアレルギーをできるだけなくして、飛び込んでみること。情熱を持って、「どうせやるならしっかりやろう」と前向きに取り組んできたからこそ、業界でもイノベーター的な存在になることができました。車検証の電子化対応は当社が全国で第一号です。国土交通省など行政とのつながりもできて、情報が集まるようになりました。
当社だけが頑張っても、業界全体で底上げしなければ、自動車の未来を支えることはできません。「働く車の整備事業によって地域を支えるんだ」。その使命感を持って日々事業を運営していますが、今後はさらに同業者に対してリーダーシップを発揮し、ICT化を推進していきたいと考えています。
小林 ITリテラシーは人によって大きなギャップがありますので、そこを把握した上で、ICTの知見を持った社員が継続してサポートしていくことが不可欠です。
しかし、国やIT会社の動きを見ていると、ギャップを理解せず急速にICT活用を進めようとしているように感じます。ITの最前線にいるようなIT会社の人にとっては当たり前の基幹システムの操作でも、現場の社員にとっては話が難しすぎて理解できない。そうしたことが起こります。操作方法を教える側は「当たり前」にとらわれず、ほとんどICT機器に触れていない人でも理解できるように指導していってほしいと思います。
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