ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回は、飲み手の気分やコンディションに合わせてお茶を抽出する「パーソナライズ抽出機能」を世界で初めて開発した株式会社LOAD&ROADの河野辺和典代表取締役にインタビュー。お茶のプロの経験や勘を数値制御で再現するまでの道のりと、茶市場への今後の挑戦について伺った。
エンジニア視点からお茶の魅力に気づく
― エンジニアである河野辺さんが、起業テーマとしてお茶を選んだ理由をお聞かせください。
米国ボストンの大学院へMBA留学したのがきっかけでした。冬がすごく寒くてホットコーヒーを毎日飲んでいたのですが、胃が痛くなってしまって、代わりにお茶を飲んでみたんです。そうしたらお茶がすごく美味しく感じたんです。それから美味しいお茶はどうやったら淹れられるのか趣味として調べ始めるようになりました。抽出温度や時間、茶葉の量や水の量など数値制御できる部分が、味に大きな影響を与えていることがすごく面白くて、そういう数値制御をする機械があったら面白いんじゃないかと考えたんです。
僕は日本にいた時に機械のエンジニア、ロボット関係の仕事をしていたので、エンジニア視点でお茶を捉えた時にまだまだやれることがあると感じました。共同創業者のMayuresh Soni(マユレシュ・ソニ)とは大学院の同級生で、彼はソフトのエンジニアです。ハードとソフトのエンジニア両方がいたので、お金がなくても寝ずにやればモノは作れる状況にあったのが出発点として大きかったと思います。
― 数値制御と一言でいっても実際に行うのは難しいと思いますが、どのように開発していったのですか?
最初は大学から与えられたオフィススペースの一区画で、3Dプリンターで部品を作りながら試作機を作成しました。お茶の抽出方法もネットで調べた情報から、例えば80度で3分抽出なら、それを機械で正確に再現できるようにプログラムしました。そうして試作機ができた段階で、お茶の展示会などへ足を運んでお茶屋さんや生産者の方々とお話をさせていただきました。
プロの方々に実際に試作機で淹れたお茶を飲んでもらうと、「急須で淹れた時に比べるとボディー感が足りない」など結構正直なフィードバックをいただけました。僕たちも一緒に飲んでいくと「あ、この味が出ていないんだな」という感覚がつかめてきて、そういうフィードバックを参考に抽出機を改善するというプロセスを繰り返したんです。
2017年ごろから現在の「teploティーポット」の開発に着手しました。例えば、カフェイン濃度が上がれば目が覚めるだろうなどといったアルゴリズムの仮説を立てて、テストユーザーから評価を受けては調整の繰り返しです。茶葉ごとに特性がありますので、アルゴリズムは茶葉ごとに変えています。その過程では、お茶を淹れるプロにインタビューをして経験や勘を言語化してもらうことで、アルゴリズムの仮説に取り入れていきました。
お茶のプロの経験や勘を数値でコントロール
お茶を淹れるプロの方々って飲み手の表情やボディランゲージを見ながら最適な淹れ方を考えているんです。低めの温度でじっくり淹れるとカフェイン量が少し抑えられて甘味が強まり、逆に高温で淹れるとカフェインが抽出されやすくなるなどの特性があります。緊張している人にはリラックスしてもらうために、甘味がより強調される抽出時間・温度を瞬時に判断してお茶を淹れるといったことをプロの方はされています。
それを数値制御で再現しているのが「パーソナライズ抽出機能」です。方法としては、「teploティーポット」のセンサーの上に15秒ほど飲み手の人差し指を置いていただくと、脈拍、指の温度、室温、湿度、照度、騒音レベルを測定します。指の温度が低いと今は体が冷えているのかなとか、騒音が大きい場所だと飲み手はリラックスしにくい状態かもしれないなどと想定できます。
― お茶を抽出する際に「なりたい気分」も選べるのですね。
飲み手は「集中する」「リラックスする」「よく眠る」「元気になる」「お茶を楽しむ」「食事を楽しむ」の選択肢から選ぶことができます。なりたい気分によって抽出条件は変わりますが、コーヒーマシーンのアプローチは時短を優先しているものが多いと思います。「teploティーポット」は体験と味の方に重きを置いているんです。飲み手がスマホのアプリで感想をフィードバックできる仕組みも入れています。これはIT業界では当たり前のレビュー機能ですが、お茶の業界ではまだまだ浸透していないので、こうしたユーザーの感想を生産者などの上流に届けることで今シーズンの茶葉開発などに役立てられれば良いなと思っています。
急須の動きを再現するインフューザー
― ハード面にもお茶のプロの動きを取り入れていると伺いました。
急須でお茶を淹れる時の手首を返す動作が実は回転動作でして、美味しいお茶を淹れるためにはインフューザー(茶葉を入れる網の部分)で回転動作を再現する必要がありました。「teploティーポット」のインフューザーは回転速度が調整でき、抽出している時だけ茶葉と水が触れ合うように回転します。動力は磁石とモーターです。インフューザーを回転させる仕組みは、これまで全く世の中になかった機構でしたので開発には非常に苦労しました。
お茶を抽出している様子を楽しんでもらおうと、ポット部分はガラスを使っているのですが、これもインフューザーをスムーズに動かすためにD型の形状をしています。このガラス形状も苦労した部分ですね。
― ハードウェアの開発はご苦労が多いですね…。
ハードウェアは開発にどうしても2、3年かかりますし、もしダメだった場合のモデルチェンジにかかる費用と時間はソフトウェアの比ではないほどに大きいんです。なので投資という観点では嫌がられる案件ではあります。僕たちも結果が出るまでの間の苦労は結構ありましたね。
それでも続けられたのは、ビジネスの可能性を信じているのはもちろんですが、純粋にお茶は美味しいし取り組んでいて面白いからというのが大きいです。200年後にスマホはなくなっていても、お茶はきっと変わらず飲まれているでしょうから。
最高のお茶体験をもっと身近に届けたい
― 発売から1年が経ち販売推移の方はいかがでしょうか?
2020年8月に発売してから一時品切れが続いたぐらい反響をいただきました。巣ごもり需要や在宅ワークのリフレッシュとして好評をいただいています。茶葉からお茶を飲まれる方々の年齢層のボリュームゾーンは50代以上なのですが、「teploティーポット」のユーザーは20代~50代の方が多いです。アプリを使って自動で淹れるという点が若い方から興味を持っていただけているのだと思います。もちろん80代のユーザーがスマホでフィードバックを寄せてくださることもありますし、ユーザー層は幅広いです。
最近はカフェで使っていただく機会も増えています。例えば、味にこだわりのあるカフェで、「お茶」を求められたとき、スタッフに急須でお茶を淹れる教育をしなくても、美味しいお茶をいつでもお客さんに出せますので、その便利さに好評をいただいているようです。
― 今後の事業展開について、販路の拡大や市場の見通しについて伺えますか
現在は自社サイトでの販売だけですので、リアル店舗も含めて販路を拡大していきたいと思っています。レストランや宿泊施設とのコラボレーションなども新型コロナ感染症の状況を見ながら進めていきたいですね。僕らはお茶の開発やブレンドも行っていますので、法人向けに会社のヒストリーに基づいたお茶ブレンド開発サービスも展開していければと思っています。
今は日本と米国の2カ国でのみ販売しています。安全認証や電圧などハード面の課題はありますが、将来的にはヨーロッパなどへ販売エリアを拡大していきたいと思っています。
市場の見通しは明るいと考えています。米国では最近お茶の消費量が増えていて、成長率はコーヒーや酒類より高いといわれています。日本国内の茶類市場は確かに縮小していますが、悲観的になる必要はなく、やるべきことがやれていないだけだと思っています。
実はお茶を飲みたいけど飲んでなかった。という人たちに届けていければ需要は必ず生まれてくると思います。そのために、高い品質の茶葉を買いやすい形で、使いやすいUI(ユーザーインターフェイス)のサービスやプロダクトで届けていきたいです。そうしてお茶に支払う金額の許容度が上がっていくような市場を、これからじっくり育てていきたいと思っています。