1967年(昭和42年)~1971年(昭和46年)に建てられた13棟の団地群。高層マンションが建ち並び、開発が進む豊洲の中で、ぽっかりとそこだけは「昭和」をまとった異空間でした。かつて団地の1階には、「ボタン屋」「花屋」「帽子屋」「肉屋」などがあり、「トヨスの人」第2回目に登場いただいた「金井寝具店」もそのひとつ。古くなった都営団地「豊洲4丁目アパート」は次々と取り壊され、ついに13階、14階建ての4棟が完成。2022年の夏、住民約300世帯の引っ越しが始まりました。

「トヨスの人」第10回は、豊洲4丁目アパート自治会長の西岡誠さんに、豊洲4丁目での思い出や渦中の引っ越しラッシュについて伺いました。

画像: 洗濯物がはためく旧団地のベランダ。日当たりがいい

洗濯物がはためく旧団地のベランダ。日当たりがいい

今は5階の人たちが引っ越しをしているところです。というのもね、古い団地にはエレベーターがないから、大変な人たち優先ってことで5階から。1階の皆さんは最後になる予定で、8月いっぱいで旧住民の皆が引っ越せる計画です。

私の携帯電話は、鳴りっぱなしですよ。引っ越しでゴミが大量に出ますからその管理もあるし、車の駐車スペースのことで問い合わせもあったりしてね。まあ、いろんなことが起こるんです。さっきは、「引っ越し先の玄関の鍵が開かない」って電話がかかってきました。外出して帰って来たところみたいで、「昨日はちゃんと開いたのに、今日はだめだ」って言うので「今、どこの棟にいる?」って聞きましたよ。「棟が違うんじゃない?」って。高齢の方だと、自分の家がどこの棟なのかわからなくなっちゃうんですよね。まだ皆さん、慣れていないから。

画像: 自治会長の西岡さんの携帯電話は、常に鳴りっぱなしだ。道具類がたくさん保管されている物置

自治会長の西岡さんの携帯電話は、常に鳴りっぱなしだ。道具類がたくさん保管されている物置

「都営住宅 豊洲4丁目アパート」は、5階建ての団地が1~13号棟までありました。5~13号棟(11号棟、12号棟を除く)を取り壊した場所に、新しい高層の建物を4棟建てたんです。その新しい棟が「5号棟、6号棟、7号棟、8号棟」っていう名称だから、最初は私たちも「あれ?」って思いましたよ。でも古い団地がまだ残っているわけだから、紛らわしくないようにということで、そう決まったようです。

当初の予定ではオリンピックの前の年、2019年には完成しているはずだったんですけどね、コロナでオリンピックも延期になって、結局入居が3年遅れになりました。取り壊した棟の皆さんは、工事の期間は別の場所に一旦引っ越していたから、やっと戻って来られたわけです。6月から始まった引っ越しは、“戻り”の人たちからスタートしました。その人たちが終わった後が我々の番で、今ちょうど進行中というわけです。合わせて296世帯が引っ越しをするんですから、大変なことですよ。自治会でいろいろと決めておかないと、ぐちゃぐちゃになっちゃう。それもあって、引っ越し業者を1本に絞ったんです。業者にスケジュールをしっかり組んでもらって、新しい団地のエレベーターが集中しないよう、問題なく引っ越しが進むようにお願いしました。やっぱり問題は粗大ゴミです。新しい家は収納場所が狭くなるので、皆さん処分しなくちゃいけないものが多いんですよ。高齢者が下のゴミ置き場まで、大きな家具を持って下りられないでしょ。それで、引っ越しの前に大きなものをゴミ置き場まで運んでもらえるように、引っ越し屋さんにはお願いしました。そういう交渉は大事ですからね。

画像: 新しく建った5号棟は、2つの建物がつながっている構造だ

新しく建った5号棟は、2つの建物がつながっている構造だ

画像: 粗大ゴミは、個人が都に申し込む。既定のシールを貼らずに出されたものは、自治会でしっかりチェック

粗大ゴミは、個人が都に申し込む。既定のシールを貼らずに出されたものは、自治会でしっかりチェック

約300世帯の引っ越しの日にちも、誰がどこへ引っ越すのかも、僕のほうで全部把握しているんです。家族構成もわかってますよ。今年の春、新しい棟の抽選会があったんです。皆、どの棟の何階がいいか希望を出して、申し込みが重なった場合には抽選で決めました。私は必ず抽選の時には立ち会って、誰がどこへ移るかを全部記録しておいたんですよ。都が個人情報を教えることはできないけれど、自治会長として記録する分には問題ないってことでね。なにせ、自治会費の集金に行く時に名前がわからなかったら困るでしょう。領収書の宛名も書けないなんて、だめだよね。

私が豊洲に来たのは、27年前くらいです。生まれは北海道で、高校を出て東京に出てきてからは、バイクの修理工やビルの空調設備の仕事などをしてきました。女房のお袋がここに住んでいたので申し込んだら、たまたま希望が通って同じ棟の別の階で暮らせることになったんです。有楽町線が開通して豊洲駅ができたのは1988年。私が来た頃はもう、地下鉄が通っていて便利になってたけど、その前の交通手段はバスかタクシーでしょ。昔はね、タクシーに乗っても「豊洲には行きたくない」って言われちゃうような場所だったんです。運転手が怖くて行きたがらないって。私より長くここに住んでいる人たちが言ってましたよ。今じゃ考えられないですよね。以前は石川島播磨重工業(現IHI)のドックがあって、24時間稼働していたから、仕事終わりで朝から酒を飲んで騒いでる人なんかもいて、独特の雰囲気があったよね。

私が豊洲に住み始めた頃は、地域への関心は正直ゼロでした。家は、仕事から帰ってきて寝るだけの場所だったの。それが、豊洲町会の副会長になってからですよ。軽い気持ちで引き受けたんだけど、町会の行事として、盆踊り大会、富岡八幡宮の祭り、餅つき、旅行、といろいろあってね、気づいたら地域にすごく関わっていました。当時は今みたいにマンションは建っていなかったし、この団地を含めて住民はかつての石川島播磨重工業や日新製糖の工場で働く人が多かったんです。女の人たちは、そこの食堂でまかないさんをやったりしてね。そんなわけで、企業も町会の行事にはとても協力的でね、盆踊りや祭りの時なんかは、日新製糖にあった大きな冷蔵庫を借りて、ビールやスイカを冷やしたこともありました。

画像: 自治会のお知らせは、掲示板に貼っていた。新しい所でも、同じやり方で

自治会のお知らせは、掲示板に貼っていた。新しい所でも、同じやり方で

画像1: 「トヨスの人」第10回:引っ越しラッシュの「豊洲4丁目アパート」で奔走する自治会長(2022年9月13日号)
画像: 住民の皆が花壇を手入れしてきたが、引っ越しで手が入らなくなり草が生い茂る。「柿の木に実がなると、皆で分けたんですよ」と西岡さん。渋柿だが焼酎で漬けると渋が抜けて甘くなったという

住民の皆が花壇を手入れしてきたが、引っ越しで手が入らなくなり草が生い茂る。「柿の木に実がなると、皆で分けたんですよ」と西岡さん。渋柿だが焼酎で漬けると渋が抜けて甘くなったという

行事の中でも、7月の盆踊り大会は賑やかですよ。25年前は4丁目団地の近くの、今セブンイレブンがある所にやぐらを組んでやっていたんです。その後、開発が進む中、交通上の問題で警察の許可が下りなくなって、豊洲小学校の校庭に場所を移したんです。学校内ってことで、自分達で夜店をやるようになったんです。たこ焼き、かき氷、ヨーヨーすくい、輪投げ。皆で考えてね、全部手作りです。楽しかったですよ。そういうことしか、娯楽がなかったんだよね。その後、小学校の校庭が手狭になったので、深川第五中学校の校庭に場所を移して、今もそこで盆踊りをやっています。2日間で5,000人も集まるんですよ。当日お金のやりとりをしなくていいように、100円チケットを5枚つづりで用意するんだけど、チケット販売の日、待ちきれない子ども達がずらっと100メートルくらい並ぶの。皆が楽しみにしてくれてるんです。

画像: 集会所や倉庫など、鍵の管理もやってきた

集会所や倉庫など、鍵の管理もやってきた

画像: 引っ越しを終えた西岡さんの家の室内(後日、撮影)

引っ越しを終えた西岡さんの家の室内(後日、撮影)

もともと、団地の皆が中心になって盆踊りをやり始めたわけだけど、今では近隣のマンションに住んでいる若い人たちも、駅前商店街の豊洲商友会の皆さんも手伝ってくれて、皆で盛り上げているんですよ。何しろ、団地は高齢化ですから。マンションに住んでいる若い人たちが、どんどん動いて屋台もやってくれるから心強いですよ。しかも今の時代は、やぐらもテントもリース会社にお願いできるんだから、便利になりましたよ。ここ数年、コロナで開催できていないのが残念なんだけどね。

町会の旅行も、毎年続けてきました。1年に1回、ぶどう狩り、いちご狩り、みかん狩りって感じで出かけるんです。年によって春にしたり秋にしたりしてね。バス2、3台で150人くらい参加するんですよ。結構大変よ。行方不明になったり迷子になったり、毎回いろいろ起こるの。皆さん高齢だから。でもね、そうやって毎年旅行しているから、皆が顔見知りですよ。この団地に住んでいる人たちは、お互いに知った仲なんで、誰かの顔が何日も見えないと、大丈夫かなって心配して私のところに連絡がきますよ。この団地は、人の入れ替えがほとんどなくここまで来たんです。皆が一緒に高齢化したような感じ。だからさ、40代でここに来た人が、最初は何とも思わなかったのに70代とか80代になって「階段上るのが大変なんだよ」って言ってますよ。皆が顔見知りだから、引っ越しをしても皆さんそんなに心配はしていないんじゃないかな。

画像: 新しい団地からは、まだ人々の暮らしなどは透けて見えてこない

新しい団地からは、まだ人々の暮らしなどは透けて見えてこない

画像: 室内の白い壁は、何度も自分で塗り替えたそうだ。25年間、ベランダから眺めてきたのは向かいの団地だ

室内の白い壁は、何度も自分で塗り替えたそうだ。25年間、ベランダから眺めてきたのは向かいの団地だ

画像: 新しい団地の上階からの眺め。手前がまだ取り壊されていない旧団地の4棟。奥には高層ビルが見える

新しい団地の上階からの眺め。手前がまだ取り壊されていない旧団地の4棟。奥には高層ビルが見える

10月からは、新規で入る人たち約200世帯が引っ越して来ます。「豊洲4丁目アパート」は全部で約500世帯に増えるわけだけど、まあ今までやってきたことだから心配はないですよ。自治会の役員は11人いて、皆がよくやってくれてますからね。

新しい棟の14階から景色を眺めると、本当にマンションばっかり建っていて驚いちゃいます。昔から団地に住んでいる人たちは、今の豊洲の姿を誰も想像していなかったと思うよ。

【トヨスの人のグッとポイント】

画像: 一歩外に出れば「西岡さん」と声がかかり、近況報告となる

一歩外に出れば「西岡さん」と声がかかり、近況報告となる

画像: 引っ越しの荷づくりのかたわら、住民同士が顔を合わせればおしゃべりが始まる

引っ越しの荷づくりのかたわら、住民同士が顔を合わせればおしゃべりが始まる

画像2: 「トヨスの人」第10回:引っ越しラッシュの「豊洲4丁目アパート」で奔走する自治会長(2022年9月13日号)
画像: 建物の下にいる西岡さんに話しかける女性。高層でない分、立ち話がしやすいのが旧団地のよいところだ

建物の下にいる西岡さんに話しかける女性。高層でない分、立ち話がしやすいのが旧団地のよいところだ

画像: 西岡さんは、ゴミのぽい捨てを防ぐため、団地の一角におもちゃを並べるスペースを作った。住民が面白がってくれて、ゴミも減った

西岡さんは、ゴミのぽい捨てを防ぐため、団地の一角におもちゃを並べるスペースを作った。住民が面白がってくれて、ゴミも減った

写真:阿部了 文:阿部直美

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