ITの世界から飛び出しワインづくりを目指した雪川醸造代表の山平さん。新しい生活や働き方を追い求める人たちが多くなっている今、NexTalkでは彼の冒険のあらましをシリーズでご紹介していきます。人生における変化と選択、そしてワインの世界の奥行きについて触れていきましょう。
ワインをつくるのは「ヨーロッパぶどう」
今回からぶどうの栽培についてお話します。と言っても、詳細に進む前に、今回はぶどうという果物、植物について、少々アウトラインを描いてみたいと思います。
まず、世界全体でバナナ(全果実に対するシェア13%)、りんご(10%)に次いで、ぶどう(9%)は 3 番目に生産量が多い果物です(公益財団法人中央果実協会2019年 2 月調べ)。世界で生産されるぶどうの 57% がワイン用、36% が生食、7%がレーズン生産に用いられており(OIV(国際ブドウ・ワイン機構)2018 年調べ)、生産量の多くがワインづくりのために使用されています。一方、日本では88% が生食用に出荷され、ワイン醸造に用いられているのは 10% に過ぎず(農林水産省 作況調査(果樹)2018 年データなどから類推)、ぶどうという果物に対する印象は、日本国内と国外でずいぶん異なっていることが想像できます。
参考:
公益財団法人中央果実協会, 世界の主要果実の生産概況 2018 年版, 2019 年 2 月
https://www.japanfruit.jp/Portals/0/resources/JFF/kaigai/jyoho/jyoho-pdf/KKNJ_138.pdf
OIV(国際ブドウ・ワイン機構), 2019 Statistical Report on World Vitiviniculture, 2018 年
https://www.oiv.int/public/medias/6782/oiv-2019-statistical-report-on-world-vitiviniculture.pdf
農林水産省 作況調査(果樹)
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kazyu/index.html
植物としてのぶどうは、無機質な言い方になりますが、ブドウ科(Vitaceae)のブドウ属(Vitis ヴィティス)に属しているつる性の落葉樹木です。ブドウ属にはおよそ 70 の「種」が含まれており、いろんなタイプのブドウがあります。
主だった「種」を見ていくと、まずワインをつくるのに使われている種は、中東を原産地とするヴィティス・ヴィニフェラ(Vitis Vinifera)で、略して「ヴィニフェラ(品種)」や「ヨーロッパ系品種」と呼ばれます。ヴィニフェラは原産地の中東に似た乾燥した気候とアルカリ性の土地を好んでよく育ちます。雨や寒さに弱いのです。皮は薄く果汁が多く、実は柔らかい。ワイン製造に適していますが、加熱すると異臭を発することがありジュース製造には向いていません。ワインづくりに適しているヴィニフェラがヨーロッパ全土に広がったために、もともとヨーロッパに原生していた種は淘汰されたと言われています。
主に生食用に栽培されている種はヴィティス・ラブルスカ(Vitis Labrusca)。湿った気候でもよく育ち、ヨーロッパ種より寒さや病気に強く、「ラブルスカ(品種)」や、原産地が北米であるために「アメリカ系品種」と呼ばれます。主な品種はコンコード、デラウェア、ナイアガラなど、スーパーマーケットでも見かけるようなぶどうです。ラブルスカは独特の香りを持っているため、この種からつくられたワインを、欧州のワイン愛好家は「フォクシーフレーバーがする、狐臭い」と評して高く評価しませんが、日本や北米ではラブルスカ品種からつくられたワインが販売されています。
日本で自生しているヤマブドウはヴィティス・コワニティ(Vitis Coignetiae)という種です。冷涼山間地に自生する野生種で、甘酸っぱい風味ですが、多くのポリフェノールを含んでいます。国内ではヤマブドウからワインをつくっているワイナリーがいくつかあります。またヤマブドウを親に持ち、北海道池田町を中心にして栽培されている「山幸(Yamasachi)」という品種は、2020 年国際ブドウ・ワイン機構(OIV)に「甲州」「マスカット・ベーリーA」に続いて国内3番目の品種として登録されました。
なお、ぶどうはつる性の植物なので、自立することができません。ぶどうの苗を植えて、周りに何もないと地面を這うように成長します。そうすると手入れが大変なので、何らかの構造物を用いて樹の形を作ることで、栽培時の管理をやりやすくします。この構造物を用いた手法のことを「仕立て」と呼び、主な仕立てには、国内で食用ぶどう栽培に主に用いられている「棚仕立て」、ワイン用ぶどう栽培に主に用いられている「垣根仕立て」などがあります。
ぶどうの芽からは花ではなく、葉が開く
ぶどうは樹木と表しましたが、桜やりんごの木のように芽から花が咲いて実がなるという成長過程ではありません。これを知らない人も意外に多いように思います(実はワタクシも最近まで知りませんでした)。
冬が終わり、春の訪れ(4-5月)と共に出てきた芽からは、花ではなく緑色の葉が開きます(展葉:てんよう といいます)。そして春が進むにつれて緑色の枝(新梢:しんしょう と呼びます)が伸びていきます。
初夏になると(6-7月)新梢は1-2mほどの長さになり、新梢の付け根近くには小さな白い花がいくつか咲きます。
この花が開花後数日の間に受粉し、夏から秋にかけて(7-8月)形を大きく成長して、色づいていくことでぶどうの房になっていきます(ぶどうの色づきのことをヴェレゾンと呼びます)。
ぶどうの実が成長するに従って(8-9月)、柔らかかった緑色の新梢は栄養を蓄えて茶色に木質化していきます(このプロセスを登熟と呼びます)。
そして、収穫(8-10月)が終わって登熟も完了した茶色い枝を、冬の時期(11-2月)に剪定します。この際に翌年に新梢を出す芽をどれだけ残して剪定するかによって、次の年のぶどうの品質と収量が決まります。
この一年の流れは北半球の場合で、南半球では6カ月ずれたカレンダーとなります。例えば、北半球での主な収穫時期は 8-10 月ですが、南半球では 2-4 月です。また、日本国内でも暖かい地域では早い時期にカレンダーが進み(主な収穫時期は 8 月)、北海道のように寒い地域では1カ月以上遅れて成長が進みます(主な収穫時期は 10 月)。
ぶどう栽培に大事なのは温度、水分、日照
世界中どこでもぶどうを栽培できそうな印象がありますが、栽培に適している気候条件があります。温帯の植物なので、年間の平均気温 10-20 ℃が栽培適地です。北半球では北緯 30°から 50°、南半球では南緯 20°から 40°に主な産地が分布しています。世界の主な産地の緯度は次のようになります。
このような分布(ヨーロッパのワイン銘醸地が他の地域に比べて北に位置する)なのは、社会の授業で習った方もいると思いますが、ヨーロッパは暖流である北大西洋海流の影響で緯度が高い割には温暖な気候だからです。このため、イタリアのピエモンテが日本では最北の街である稚内とほぼ同じ緯度、ブルゴーニュはそれより北に位置して樺太と同じ緯度にありながらも、栽培適地と言えるのです。
植物の生育にはまた、水分が重要な働きを担います。ワイン用のヴィニフェラは、先にも記したように乾燥した気候を好みます。年間の降水量 500-900 mm が栽培に望ましいとされています。日本国内では、こちらのサイト(*)によると降水量が少ない順に 1 位長野県(902mm)、2 位岡山県(1143mm)、3 位山梨県(1190mm)、4 位北海道(1204mm)です。
都道府県格付研究所 年間降水量ランキング
http://grading.jpn.org/SRB02402.html
これらの道県はぶどう栽培が盛んなので、自然環境をうまく選んで栽培地を決定していると言えます。しかし、日本はワイン用ぶどうの栽培という観点では総じて雨の多い湿潤な地域であり、多雨な気候に適応するための対策(例えばレインカットなど)を施している地域もあります。
水分に加えて重要なのが、日照です。植物は光合成によって光エネルギー、二酸化炭素、水から糖分を生成し、糖分の一部を果実に蓄積します。ぶどうの果実に蓄積された糖分を酵母がアルコールに代謝するため、光合成はワインづくりに大切なプロセスです。
ワインづくりに適しているぶどうの生育期間に必要な日照時間は 1000-1500 時間と言われています。日照時間が長いと糖が増えすぎるだけでなく、ワインの風味に重要な役割を果たすぶどうの「酸」が少なくなり、出来上がるワインが美味しくなくなります。また、日当たりの強さと日照時間という観点からは、ぶどう畑は北向きよりも南向きの斜面にあることが適しています。
次回はぶどうの苗木
今回はワイン用のぶどうについて、知ってそうで知らなさそうなことを取り上げてみました。いかがでしょうか?知っていることばかりでしたかね。ワタクシとしては、このコラムでワイン用ぶどうに興味を持っていただいて、ワイナリーに出かけたいと思っていただければとてもうれしいです。
次回はぶどうの苗木を植えてからの成長について掘り下げようと思っています。植えられているぶどうの樹を見たことある方は多いと思いますが、苗木を見たことある方は多くないと思うんですよね。それでは、また。
【ワインとワイナリーをめぐる冒険_シリーズご紹介】
第1回 人生における変化と選択
第2回:東川町でワイナリーをはじめる、ということ