1948年に東京・浅草の地で日本製にこだわった洋傘の製造・販売をスタートした前原光榮商店。1997年から3代目・代表に就任された前原慎史さんは、祖父、父がこだわりを持って続けてきた高品質な傘の製造を守りながら、忘れ物防止タグ「MAMORIO」付属の傘の開発や、「エヴァンゲリオン」「となりのトトロ」「吉田カバン」などとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。「傘は人と人のつながり」という前原さんの傘への思いと、今後の課題について話を伺いました。

画像: プロフィール:株式会社前原光榮商店 代表取締役 前原慎史(まえはら しんじ) 1973年生まれ、東京都出身。高校卒業後、アメリカ・カリフォルニア州に留学し、1997年に帰国。同年に前原光榮商店に入社後、父が急逝したのを機に同年代表取締役に就任。忘れ物防止タグ「MAMORIO」付属の傘や、「エヴァンゲリオン」「となりのトトロ」「吉田カバン」といった他業種とコラボレーションした傘を販売。

プロフィール:株式会社前原光榮商店 代表取締役 前原慎史(まえはら しんじ)
1973年生まれ、東京都出身。高校卒業後、アメリカ・カリフォルニア州に留学し、1997年に帰国。同年に前原光榮商店に入社後、父が急逝したのを機に同年代表取締役に就任。忘れ物防止タグ「MAMORIO」付属の傘や、「エヴァンゲリオン」「となりのトトロ」「吉田カバン」といった他業種とコラボレーションした傘を販売。

受け継がれる傘づくりへのこだわり

-前原光榮商店を設立した背景をお聞かせください。

当社は祖父の前原光榮が、1948年にそれまで勤めていた傘屋から独立して起こした会社です。屋号は祖父の名前をそのまま使用し、ブランドの「トンボ洋傘」とロゴは、祖父がトンボを好きだったことと、勝ち虫(トンボは前にしか進まない)なので縁起が良いという発想から生まれたそうです。

傘に愛着を持って長く使ってもらうために、嗜好性の高い傘を作りたい、そのためには素材にこだわった傘を作りたいという祖父の傘に対する考えは、今も前原光榮商店の傘づくりに受け継がれています。

-1960年以降、ビニール傘が普及し、製造拠点もコストの安い中国に移転されるなど、傘業界も過渡期にあったと思います。ご苦労も多かったのではないですか。

戦後の混乱期が落ち着くと、傘の価格も下がり、同時に傘は使い捨てにされるような、価値の低い日用品になったのではないかと思っています。

祖父は1970年に他界し、父が後を継ぐのですが、そうした中で祖父と父は、百貨店や傘専門店などの取引先と、傘を大切に使ってくださるお客さまに対して、商売を続けてきました。

国内製造にこだわり、大量生産を目指さなかったので、父の時代はそれなりに大変だっただろうと想像できます。むしろ、こだわりを持ち続けてきたからこそ、今、お客さまからは私たちが作る傘の価値を評価していただけているのだと思います。

-美智子上皇后陛下の傘を修理したことで、皇室とのお付き合いが始まったそうですね。

1963年に、美智子さまがアジア歴訪の際に、お声掛かりがあったのです。お持ちになられていた日傘の手元を修理したいということで、私たちにお話がありました。以来、皇室とのご縁を大切にさせていただいています。

傘をより知ることでものを作る楽しさを覚える

―前原さんは、いつ頃から家業を継ごうと思われていたのですか。

私は1973年の生まれで、祖父はすでに他界していました。小さいときから父や母がお店で働いている姿を見て育ち、職人さんたちからもかわいがってもらっていたことを覚えています。

実は学生の頃は、家業を継ぐと決めていたわけではありません。高校を卒業してすぐにアメリカの大学へ留学し、卒業後日本に戻ってきましたが、すぐに就職をすることもなく、将来の道を探していました。

そんな私を見かねてか、23歳のときに父から「店を少し手伝え」と言われ、会社に入社します。ところが入社から2カ月ほどして、父が急逝したのです。それまでも体調を崩すことがあったのですが、突然の別れでした。私自身、3代目を継ぐ覚悟など持ち合わせていないまま、社長に就任することになったのです。

画像: 傘をより知ることでものを作る楽しさを覚える

-社長に就任したときのご自身の気持ちや周囲の反応はどうでしたか。

取引先や職人さんたちは、苦労知らずの若造が……と、不安になったのではないかと思います(笑)。私自身、当時の自分を振り返ると、世間知らずな若造だったことを認めざるを得ません。無知だったからでしょうか。社長就任に対して、大げさに身構えるようなこともありませんでした。

―社長就任後、最初に何をされたのか覚えていらっしゃいますか。

まずは傘のことを勉強するために、職人さんや取引先に出向いては、いろいろな知識を習得していきました。それから以前、祖父や父が取材を受けていた雑誌の記事を読み返すなどして、前原光榮商店の成り立ちも覚えました。傘のことを知るにつれて、ものを作る楽しさを覚えるようになっていきました。

作り手の思いをお客さまに伝えたい

―前原さんにとって、ものを作る楽しさはどこにあるのでしょうか。

傘は生地を織る、骨を組む、手元を作る、生地を裁断縫製するといった4分野の職人さんたちによって作られます。傘の字に人の文字が4つ入るのは、それを表しているのだと、私は思っています。

傘を作るプロセスは、基本的に昔から変わりません。私たちの傘づくりは、最終的には職人さんの手づくりによるものです。その中で、職人さんが少しずつでも技術を高めたり、デザインや素材などを工夫したりして、傘に付加価値を持たせてお客さまに評価していただくことに、喜びを持てるようになっていきました。

私が社長としてすべきことは何かを考えたとき、そうした作り手の思いをお客さまに伝えることだと思ったのです。

―お客さまに伝えたい作り手の思いとは、具体的にはどのような内容ですか。

画像: 16本骨傘【紳士】トラッド-16-ブルーグレー 価格:19,800円(税込)~

16本骨傘【紳士】トラッド-16-ブルーグレー 価格:19,800円(税込)~

例えば骨組みでは、十六花弁の菊に見立てた「16本骨傘」があります。もともと昭和初期から16本骨傘はあったのですが高度経済成長期から傘の軽量化が進み、16本骨傘は姿を消しました。昭和の末に弊社で生地を軽量化したスリムな16本骨傘を発売すると、これがヒットしました。平成に入ってからスチール製の骨からカーボン製に替えて、さらに軽量化を図り現在でもお客さまにご支持いただいています。

また、生地の裁断縫製は、傘の出来栄えを左右します。生地を裁つ際の型や、正確さ、縫製する際の針の落とし方一つひとつにこだわり、いつまでも使っていただけるような傘に仕立てることができるのです。

こうした傘が本来持つ価値を、お客さまに伝えることが、社長としての私の使命だと考えているのです。

―傘は忘れ物の代名詞であり、毎年ニュースにもなります。

傘の忘れ物や紛失には心が痛みますし、傘業界において長年の課題になっています。傘は生活の必需品です。だからこそ、どこかに置き忘れてもまた買い直せばよいという風潮に対して、私たちはものを大切にする重要性を啓発していかなければなりません。

家計のことを考えると、低価格の商品が普及することは否定できません。しかし、1本500円で購入できるメリットもあれば、使い捨てにされるデメリットもある。一生に1本の自分の傘を持つことの大切さを伝えていきたいと思います。

―2018年に忘れ物防止タグ「MAMORIO」付属の傘を製造されました。

ある社員のアイデアで、IoTデバイス「MAMORIO」をつけた傘を製造しました。MAMORIOは専用アプリをスマートフォンにインストールして、Bluetooth通信でペアリングするだけで傘を忘れたときにどこにあるのか地図で確認することができます。このMAMORIO付属の傘は想定以上の販売本数には届きませんでしたが、こうした付加価値を高めるチャレンジは、これからも続けていきます。

傘の付加価値には、修理もあります。修理をしていただくことで、傘を長く使用していただく。親から子へ、そして次の世代へと続いて使用していただければと思います。

学ぶことの多い他業種とのコラボレーション

―人気アニメの「エヴァンゲリオン」や「となりのトトロ」、ロードバイクブランドの「CHERUBIM(ケルビム)」などとコラボレーションした傘も販売されています。

他業種とのコラボレーションには2つのパターンがあります。

1つはキャラクターやブランドを冠した、当社ブランドの傘の開発です。もう1つは、相手先のブランドで販売するものです。

「エヴァンゲリオン」や「となりのトトロ」「ケルビム」とのコラボレーションは前者になります。ケルビムは、今野製作所という工房で作られるロードバイクのブランドで、コアなファンがいることで知られています。同ブランドで採用されている素材やフレームのデザインを、傘の手元に使用しています。

画像: 「エヴァンゲリオン初号機モデル」限定100本 価格:44,000円(税込)

「エヴァンゲリオン初号機モデル」限定100本 価格:44,000円(税込)

画像: 「トトロの雨傘」 価格:29,700円(税込)

「トトロの雨傘」 価格:29,700円(税込)

後者ではポーターのブランドで知られる「吉田カバン」や、メンズファッションブランドの「ディガウェル」などがあります。

画像: 「ケルビム-コラボ傘-ネイビー-手元Jタイプ」 価格:165,000円(税込)

「ケルビム-コラボ傘-ネイビー-手元Jタイプ」 価格:165,000円(税込)

―コラボレーションのメリットはどこにありますか。

ブランドとのコラボレーションで、私たちが学ぶことはたくさんあります。

例えば「エヴァンゲリオン」や「となりのトトロ」などは、二次利用する際にサイズや広告展開などにおいてさまざまな制約があります。それら一つひとつをクリアしていかなければならない中で、私たちはデザインやマーケティングの重要性を学べます。

傘業界はどちらかというと、良いものを作っていれば自然とお客さまがついてくるプロダクトアウトの発想が強かったのですが、お客さまが望んでいるものを作らなければ売れないというマーケットインの発想が大切なことを教えられました。

また、これまでの販売先の百貨店や専門店の顧客は、年齢層が高かったのですが、人気アニメやアパレルメーカー、ロードバイクブランドなどとコラボレーションすることで、新たな層の顧客を開拓できることが分かりました。例えばケルビムのケースでは、ロードバイクという傘とは遠く離れた分野とのコラボレーションだったので、コアなファンを獲得することができました。

吉田カバンの社長が「他業種との協業は企業を育てる」といっていた記事を見たことがあり、それを参考に傘と異業種とコラボレーションをするようになりました。こうしたコラボレーションは人と人とのつながりで実現できたこともあり、人とのつながりの大切さを学びました。これからもチャンスがあればコラボレーションによる商品開発は積極的に進めていきたいですね。

人材育成と使用シーンの提案

―今後の前原さんの考えている課題について教えてください。

国内での傘製造は縮小しています。東京都内に限っても傘職人は、10人程度になっています。国内の傘業界を守るためにも、人材を育成しなければならない。そのためには、傘の価値を高め、傘の魅力を広く社会に伝えていかなければなりません。

もう1つが、傘の使用シーンの提案です。最近では、男性が日傘を使用することが多くなっているようです。男性の日傘はマイナーな存在ですが、ここ数年の夏の酷暑もあって、認知度が高まっています。実際に日傘を一度使用すると、真夏の日中に傘を手放すことができなくなります。

そうした使用シーンを広げていくことも、これからの傘業界の課題ですね。

画像: 人材育成と使用シーンの提案
コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.