「スピーチが得意なリーダー」と聞いて、誰を思い浮かべるでしょうか。優れたリーダーは、人の心を動かす優れたスピーチを残しています。ただ、スピーチは、リーダーだけのものではありません。どんな立場の人でも、自己アピールから企画のプレゼンテーションまで、スピーチを避けて通ることはできません。そんなとき、ワンランク上のスピーチができれば、ビジネスもスムーズに進むのではないでしょうか。ニューヨークでプロスピーカー・戦略コンサルタントとして活躍するリップシャッツ 信元 夏代さんに、今すぐ実践できる「スピーチのコツ」をうかがいます。
早稲田大学商学部卒業。ニューヨーク大学スターン・スクールオブビジネスにて経営学修士(MBA)取得。1995年に渡米後、伊藤忠インターナショナル・インク、マッキ ンゼー・アンド・カンパニーを経て、2004年にアスパイア・インテリジェンス社を設立した。2014年には、Breakthrough Speakingを立ち上げ、グローバルに活躍する日本人が異文化の人々の心をも魅了するプレゼンの支援をしている。著書『The Success Blueprint』(ブライアン・トレーシー氏との共著)、『20字に削ぎ落とせ~ワンビッグメッセージで相手を動かす』朝日新聞出版。新著は『ストーリーに落とし込め 世界のエリートは「自分のことば」で人を動かす』(フォレスト出版)。
世界のリーダーの注目すべきスピーチ
― 信元さんがお住まいのニューヨークでは、新型コロナウイルスによる非常事態において、クオモ知事のスピーチ力が注目されています。なぜ、クオモ知事のスピーチは高く評価されているのでしょうか。
クオモ知事のスピーチには、スピーチに必要な3つの要素が見事にそろっています。アリストテレスが唱えた「説得の3要素」である「エトス(信頼)」「パトス(感情)」「ロゴス(論理)」です。
― 古代ギリシア哲学者のアリストテレスですか?? その時代から、人を説得するスピーチの条件が解明されていたのですね!
そうなのです。ギリシア時代から人間の本質は変わっていないようで、「説得の3要素」は今でも優れたスピーチの条件だといわれています。
1つ目の「エトス(信頼)」については、一貫して筋が通った発言をしていること、何ごとにも動じない冷静さが、信頼につながっているといえます。3月に、「弟でありCNNアンカーのクリスが、新型コロナウイルス検査で陽性だった」と報告した際も、取り乱すことはありませんでした。
2つ目の「パトス(感情)」は、人の心を動かすために欠かせない要素です。クオモ知事のメッセージには、「ニューヨークは強いのだ」「私はニューヨークを愛している」など、心に響くメッセージが盛り込まれています。また、弟や母親との会話を含むプライベートもさらけ出し、聴衆の心を引き寄せています。
3つ目の「ロゴス(論理)」についても秀逸で、必ずパワーポイントを使用して、感染者数や入院患者数などのデータを明示し、事実を伝えることに注力しています。
これら3つの要素のバランスがとれたスピーチを行うことで、頼れるリーダーとしての印象を定着させたといえます。
日本人のスピーチ力を向上させるには!?
― 信元さんは、全米のスピーチコンテストで好成績を残していらっしゃいますが、一般的に日本人はスピーチが苦手だという印象があります。日本人特有の弱点とその改善策を教えていただけますか。
日本では「言葉が少ないのが美徳」とされ、あいまいな表現で、相手に解釈の幅を与えることが多いですよね。例えば、何かを依頼したときに、「非常に難しいですね」と答えが返ってきたら、「断られた」と察するのが日本のコミュニケーションです。一方、グローバルな舞台では、聴き手に解釈の余地を与えずに、明確にメッセージを伝えるスピーチが求められます。
スピーチの3つのポイントをお伝えします。
1つ目は、印象は7秒で決まる、面白さは30秒で判断されるという「7秒・30秒ルール」です。日本人のスピーチは、「本日はお忙しい中…」といったあいさつから始めることが多いですが、これはプロフェッショナルスピーカーの間では「非礼なる礼儀」といわれ、避けるべきこととされています。冒頭の30秒で「面白くない」と判断され、聴き手の心は離れてしまいますよね。
2つ目は、最初にポイントを述べることです。日本語は、文法的にもポイントが最後に出てくるのが特徴です。話がどこに向かうのか分からず、聴き手は、「だからポイントは?」と言いたくなることもありますよね。スピーチでは、PREP法とよばれる、Point(結論)、Reason(理由)、Example(事例)、Point(結論)の流れで構成を考えると、伝わりやすくなります。
3つ目は、私が4つのFと呼んでいる「Failure=失敗」「Frustration=不満」「First=初めての体験」「Flaw=欠点」を入れることです。日本には、失敗や弱点を見せることを恥とする文化もありますが、4つのFを開示することで聴き手は心を開きます。特にリーダーや登壇者は、「特別な存在」「雲の上の人」と思われることも多いので、これらを語ることで、同じ人間として親近感を持ってもらえます。
― 素晴らしいエピソードだけでなく、失敗や弱点も見せた方がいいのですね! それなら、ネタはたくさんありそうです。
すぐに実践できるスピーチのコツ
― 優れたスピーチをするために、必要なことは何でしょうか。
まずは情報の整理です。あれも言いたい、これも言いたいと情報が混乱していると、何も伝わりません。一番大事で響くワンビッグメッセージを20字以内に整理し、それをサポートする情報が何なのかを考えます。
上述の「7秒30秒ルール」に従い、オープニングでインパクトを与えることができると、「慣れているな」と思わせることができます。例えば、質問を投げかける、驚きの事実をつきつける、引用句を持ち出す、ストーリーから入る、などがよいでしょう。
― ストーリーから入るとは、どういうことでしょうか。
ビル・クリントン元大統領の好例をご紹介しましょう。2016年7月の民主党全国大会において、クリントン元大統領は、大統領候補で妻のヒラリー・クリントンの応援演説をしました。その演説は、いきなり、”In the spring of 1971, I met a girl.”から始まりました。聴衆は、その1文で、2人の出会いのストーリーが始まると知り、歓声をあげました。最初の7秒で、聴衆の心をつかんだのです。
― 大切なスピーチは、しっかりと準備をして臨みたいと思いますが、練習するときのコツは何でしょうか。
練習として効果的なのは、録画をして3通りの方法で客観的に分析することです。「そのまま見る」「音を消して見る」「音だけを聞く」の3通りです。音を消すと無駄な動きが分かりますし、音だけを聞くと、声のトーンやリズムの特徴、「えー」などのクセにも気づくことができます。自分の姿を見るのは苦痛ですし、そこまでする人はあまりいませんが、だからこそ、それができれば第一関門突破といえます。
これから求められるスピーチとは
― 対面ではないオンラインコミュニケーションが増えています。Web会議などオンラインでのスピーチで、気をつけるポイントはありますか。
相手を飽きさせないために、動きを出すことが大切です。とはいえ、画面の幅には制限がありますので、奥行きを使って、カメラに近づいたり離れたりして、変化を出します。また、スピーチでは目線を合わせることが基本ですが、画面の相手に目線を合わせると、相手からは下を向いているように見えてしまいます。しっかりとカメラを見て話してください。
はやりのバーチャル背景ですが、グリーンスクリーンがない場合は、動くと背景が乱れてしまうので、使わない方が賢明でしょう。壁の色と重ならない洋服選びも大切です。白地の壁に白いワイシャツだと、背景に同化してしまいます。音声も大切ですので、動きながら話す人には、クリップオンマイクをお勧めします。
― 今、世界は非常に厳しい状況におかれています。このような中、求められるスピーチも変わってくるのでしょうか。
今まで以上に、ストーリーを語りながら、心でつながることが求められます。「ビジネスの場面でストーリーは必要ないのでは」と思う人もいるかもしれませんが、人を動かすためには、相手の心を開く必要があり、そのカギとなるのがストーリーです。ただ情報を伝達するだけなら文字で十分です。人は、情報をエンターテインメントとして受け取り、心を動かされたいから、スピーチというアナログな方法を選ぶのです。「楽しい」「聞いてよかった」と思ってもらう演出として、ストーリーやユーモアは欠かせません。
― 信元さんにとって、スピーチの楽しさとは何でしょうか?
双方向の心のつながりです。スピーチをしていると、聴衆1人ひとりと赤い糸でつながるイメージがあります。私は”speaking is healing.”と言っていますが、聴いている人が癒やされ、それが私にも伝わり、私自身も癒やされていると感じます。
私は、ここアメリカで、プロフェッショナルスピーカーとして、より大きな舞台に登壇することを目標としています。同時に、日本人を含むノンネイティブ・スピーカーに、「ノンネイティブでもここまでできる」と伝えられたらうれしいです。スピーチの伝道師としてスピーチの楽しさを伝え、ストーリーテラーになる人を増やしたいと思っています。