アマゾンや楽天などのネット通販を日常的に利用している方も多いでしょう。しかし、日本国内の「B to C」物販系分野のEC化率は、なんと6.22%(経済産業省調査:2019年4月)。つまり、売上の約90%は店舗で発生しています。「店舗の最大の課題は、繁忙期に人手が足りず、十分な接客ができずに販売機会を逸してしまうことです。アパレルは、特にこの傾向が顕著で業界全体の課題となっています」と分析するのは、株式会社メッシュウェルの代表取締役 窪田光平さんです。メッシュウェルでは、この課題を解決するため「接客したい販売員」と「人手が欲しいアパレル店舗」をマッチングするシステムを開発し、サービス提供しています。今回は、その開発の背景や思いを伺いました。
“生粋のアパレル気質”だからこそ見えた業界の課題
— まずは、アパレル業界に携わったきっかけを教えてください。
実は私の両親が、「JOURNAL STANDARD(ジャーナルスタンダード)」や「IENA(イエナ)」などのファッションブランドを運営する株式会社ベイクルーズの創業者なんです。私が生まれたころは、まだマンションの一室を自宅兼事務所として服をつくっていました。小学生になるころには会社もだんだんと大きくなり、帰宅しても誰もいないので、会社に行って宿題をしたり、両親やいろいろな人が働く様子を見ていたりしていました。生粋の「アパレル・ガイ(アパレル野郎)」なんです(笑)。
— なるほど。幼少期からの原体験として「アパレル業界」が身近にあるのですね。
ええ。「アパレルにはいろいろな人が関わっているんだな」と小さな頃から感じていました。大学生になると、繁忙期に店舗でのヘルプ要員として働く傍ら、仕入れなどにも同行させてもらうなどの体験もしました。
ただ、大学時代に海外留学を経験し、海外事業に携わるような仕事をしてみたいと感じて総合商社に入社したんです。6年間、多くのことを総合商社では経験させてもらい、ベイクルーズに戻りました。商社での経験は、対応力や判断力、情報収集力、他の業界に関する知識などビジネスに必須の多様な力として現在に生きています。
— ベイクルーズに戻ってから痛感した現場の課題とはどのようなものでしたか。
ベイクルーズでは、経営企画や新規事業開発を担当しました。社員からは「とにかく現場(店舗)に人が足りない」という声が毎日のように上がってきます。人が足りないのに無理にシフトを回そうとすると、確実に疲弊していきます。そんな現場の様子を見て「早く何とかしなくては……」と思うのですが、具体的にどうすればいいのか分からない手探りの状態が続きました。
— どのようなご経験がターニングポイントになったのですか。
2016年、米国へのMBA留学を経験しました。その折に、「米国の同世代の若者にはフリーランスで働く方が多い」という事実を知りました。それが1つのブレイクスルーでした。「自分で時間と報酬を決め、実行する」。そんな働き方をする同世代はやりがいを持ち、生き生きとしていました。フリーの働き方をする多くの若者に話を聞き、「こうした働き方を日本のアパレル業界に適用できれば、より柔軟に働くことができるのではないか」と考えたんです。
⼀般的にアパレルは拘束時間が⻑く、多くの場合は⽴ち仕事です。⼥性が多く活躍する業界です
ので、「販売は好きなので続けたかったけど、結婚・出産で辞めてしまった」という仕事をした
くても続けられず、仕⽅なしに辞めた⽅をこの⽬でたくさん⾒てきました。
だから、昔も今も「この業界を何とかしたい」という気持ちは人一倍強い。こうした思いを抱えて、2018年に株式会社メッシュウェルを創業し、現在も試行錯誤の日々が続いています。実は、「メッシュウェル」という社名は、米国の友人と相談して決めました。「課題がある企業と、それを解決する人たちを結び付けるサービスを立ち上げたい」と相談したら、それなら「Mesh(編み込む)という単語はどうかな」と。そして、「より良く」をイメージする「Well」を追加したんです。実は、このロゴも編み目のイメージなんです。人と人をつなぐ、そんな意味合いもあります。
「ファッション小売業界専門」のオンラインマッチングサービス
— では、「 MESHWell(メッシュウェル)」はどのようなサービスなのですか?
簡単にいえば、ファッション小売業界専門のオンラインマッチングサービスです。繁忙時間に接客力を高めて売上を伸ばしたいストア(店舗)と、スキマ時間を使って効率的に接客の仕事をしたいタレント(個人販売員)をオンラインでマッチングします。
店舗責任者はMESHWellにログインし、カレンダー画面から人手が欲しい日時を指定すると、その時間帯に稼働可能なタレントリストが提示されます。このリストには、各タレントのコーディネート写真や好きなブランド、プロフィール、実績が表示されます。これまでのマッチング件数や評価なども判断に加えて、仕事を頼みたいタレントにオファーを出します。
マッチングが成立し、実際の仕事が終われば、店舗からタレントの評価が付き、またタレントの側も店舗を評価する仕組みになっています。
そして、これがMESHWellの大きな特徴の1つですが、働き手自身が働ける日時、そして報酬額を設定できます。繰り返しになってしまいますが、「自分で時間と報酬を決め、実行する」。そんな働き方を実現したいと考えたからです。ストアはこれらの条件を見て、働いて欲しい方にオファーを出す。働き手は、オファーが来たら、その店舗のプロフィールや評価を見て、仕事を受けるかどうかを能動的に決めることができます。
— 働き手側が条件を提示するという形は珍しいですね。
はい。人材紹介の場合、企業側が条件を提示して働き手が応募する形が一般的です。MESHWellでは働き手の条件を見て、企業側がオファーを出します。もう1つの特徴は、事前の面接がない点です。
マッチングがベースになっているため、店舗側には「まずはタレントさんに仕事をしてもらって、その結果で総合的な評価をお願いします」と伝えています。というのも、「仕事をしてもらう」、つまり「ワークサンプル(実際に働いてもらうことで働き手の成果を評価し、その能力を図る)」を蓄積していくことで、その人が現場で力を発揮できるかが分かります。
また、満足したのであればまたリピートし、そうでなければ次回は別の方法を検討するなどのように、必要な時に柔軟に人材を増減できます。雇用形式だと採用までのハードルが高くなりますが、MESHWellは業務委託形式なので、まず1回トライしてもらうことがポイントです。ちなみに業務委託なので、店舗側が負担するのは「人件費」ではなく「業務委託費」です。このため企業側も、アウトソーシングの経費として処理できるので、経費処理が複雑にならないという利点もあります。
「人手不足の解消」から「売上を上げる」サービスへ
— サービスをローンチして以降、働き手の方、そして企業からの評価はいかがですか。
2018年からα版を作って、2019年2月1日から本格的にスタートしましたが、いくつか分かったことがあります。
「どういう方が売上を伸ばすのか」という点は、興味深い発見の1つです。実は、販売員経験の有無だけでなく、人生経験やコミュニケーション力が成果を大きく左右します。例えば、子育て経験のある方が、子ども服ブランドの販売員をすると、商品知識はなくても売上を大きく伸ばします。なぜなら、ご自身の子育て経験を基にした適確で具体的なアドバイスがお客さまに響くケースも多く、お客さまの心に自然と寄り添い、困りごとを引き出そうとする姿勢があるからです。とある子ども服ブランドでは、顧客1人当たりの購買単価が6倍になった例もあります。
働き手のパフォーマンスも予想以上でした。店舗正社員の方の売上平均と比較して、MESHWellの働き手は平均3割以上売上能力が高いという結果が出ています(注:MESHWell調べ)。もちろん、サービスを提供したばかりですので、やる気のあるフリーの販売員の方の登録が多くあります。この方々は自分で報酬額やスケジュールを決めるので、責任感も強く、高いパフォーマンスが発揮できると考えられます。おかげさまで、これまでクレームはまったくありません。ですが、個人的には、「クレームが出てもいいから、もっとスタート時に幅広く展開すべきだった」と思います。トラブルやクレームは、いわば新たな課題発見の種ですので。
最初企業側は、「人手不足を解消するため」にMESHWellを使ってくれていたのですが、マッチングの販売員の高いパフォーマンスを見て、「売上をさらに上げるため」に、戦略的に依頼するケースが増えていますね。
デジタルでアナログ店舗の価値を最大化
— 近年、アパレル業界はEC化が進んでいるとされますが、実店舗の存在は大きいわけですね。
実は、アパレル業界のEC売上はそれほど多くありません。現在も、店舗売上が強く、その主力購買層が女性顧客です。女性顧客の買い物の仕方は「相談型」といわれるように、いろいろ悩みながら買うスタイルで、またそのプロセスを楽しんでいます。店舗の価値はそこにあります。より良い顧客の買い物体験を実現し、店舗価値を最大化するために、このサービスを活用してもらえれば嬉しいです。
— 「デジタルを使ってアナログ体験をより良くする」という発想がユニークですね。マッチング精度を上げるための指標づくりやアルゴリズムの開発についてはいかがでしょうか。
指標については試行錯誤中ですが、新しく登録した人の評価指標などについて、改善していく予定です。アルゴリズムも開発中です。「販売経験」「年齢」「性別」などのデータを元に、店舗の顧客層と照らし合わせて、マッチング確率の高い方をレコメンドするテストを行なっているところです。一定成果を出せれば、それをアルゴリズムに落としていく予定です。さらに、お店の繁忙期や来店者数をデータ連携してもらい、どの時期に何⼈くらい、どの⼈がお勧めかをリアルタイムに提案できれば、さらに役⽴つサービスになるでしょう。将来的には、そこまでやっていきたいですね。
— 最後に、これからの未来、今後のメッシュウェルの展開についてお聞かせください。
このサービスの形態は、美容師や保育士など、お客さまと接する師・士業にも適用できると思っています。そして、そういう方々は、ホスピタリティーも高い。おそらく販売員になっても相当のパフォーマンスを出すはずなので、相互連携もできるでしょう。いずれにせよ、自社の課題を解決するために「第3の新しい働き方」を活用する企業が増えれば、社会はもっと多様化し、より働きやすくなるのではないかと考えています。