急激な変化を遂げた街・豊洲。ユニアデックスの社屋があるこの土地を、もっと見たい、知りたい! 豊洲で働く人、豊洲に関わりのある人にフォーカスして、仕事現場を訪ねます。

晴海大橋を渡ってすぐ、豊洲市場の隣にある「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」は、全天候型の60メートル陸上トラック。そこに、「ギソクの図書館」があるのをご存じでしょうか。誰でも気軽に図書館で本を借りるようにスポーツ用義足を借りられたらいいのに。そんな義足ユーザーの願いを受けて、クラウドファンディングで実現した「ギソクの図書館」。スタジアム内に、板バネと呼ばれるスポーツ用義足と装着部品が常備され、誰でも自由に使うことができます。

「トヨスの人」第4回は、新豊洲Brilliaランニングスタジアムで月に1度行われるマンスリーランの日に義肢装具士として参加する沖野敦郎(おきの あつお)さんにインタビュー。

画像: 沖野さんの掛け声で、まずは歩いてウォーミングアップから

沖野さんの掛け声で、まずは歩いてウォーミングアップから

沖野さん 毎月1回マンスリーランの日に、義足ユーザーの方たちと一緒に走ってます。義肢装具士として、スポーツ用義足の板バネの調整をするだけじゃなくて、僕自身、皆と一緒に走りたいし、それが単純に楽しいんです。

義足、特にスポーツ用の板バネを履きこなすのは、慣れるまでは難しいです。車を与えられて、運転しろって言われても急にはできないのと同じです。車のなかでも、マニュアル車のイメージですね。自分ですべてコントロールできないといけません。慣れると、カーボン製の板バネは弾力があって、普通の義足とは違う感覚で走れます。ただ、50~60万円する高価なものなので、一般的には普及していないんです。図書館で本を借りるみたいに、誰でも気軽にスポーツ用の義足が借りられる場所があればいいね、ってことで「ギソクの図書館」のアイデアは生まれました。

スポーツ用義足を開発する会社を立ち上げた株式会社Xiborgの遠藤謙さんが主催して、僕自身も呼びかけ人の1人になって、クラウドファンディングで資金を集めました。豊洲に「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」がオープンしたことが大きいですね。館長の為末大さんの理解もあって、館内に競技用義足の板バネや接合に必要な部品を置いたスペース「ギソクの図書館」が2017年にオープンしました。基本的に1回500円の利用料(施設利用料別)を払えば誰でも気軽に借りられますが、義肢装具士が常駐しているわけではないので、使いたい方は義肢装具士と一緒に来てください、ということになっています。ただ、月に1回のマンスリーランの日には、私が板バネを調整しますので、経験のない方でも気軽に参加できます。

画像: 毎月この日を楽しみにしている少女たち。のびのびと走って笑顔が印象的

毎月この日を楽しみにしている少女たち。のびのびと走って笑顔が印象的

私は、大学時代に機械工学を専攻しました。ロボット、なかでもドラえもんを作りたいと思っていたんです。ドラえもんって、今でいうAIですよね。自分が作ったものと何かをしたい、と思ったんです。

ただ、同じ分野を目指す人はいっぱいいて、自分じゃなくてもいいのかなと思い始めていた時に、シドニーのパラリンピックを見ました。2000年、まだパラリンピックのテレビ放送はほとんどされていないなか、5分、10分のダイジェスト放送を偶然見たんですね。義足を履いた陸上選手、後で古城暁博選手の名前を知ったんですけど、彼の走る姿がとにかくかっこよかった。自分はずっとロボットをやりたいと思っていたわけですけど、あの板バネの義足で走る姿を見て、人とロボットが融合しているみたいに見えたんです。古い言い方ですけど、びびっときた。恥ずかしながら、義足をあの時に初めて知りました。義足の部品を開発する仕事も考えましたけど、自分はドラえもんの場合と同じで、作ったものと何かをしたかったんです。義足を作ってユーザーさんと接するほうが面白いと思って、義肢装具士になると決めました。それに、スポーツ用義足を作って「はい、これで頑張って走ってね」じゃなくて、自分も一緒に走りたいと思ったんです。

私自身、中学の時から短距離、走り幅跳びをやってきて今も続けています。陸上の面白さは、記録が出る瞬間はもちろんですけど、練習中でも人と競い合っている時が楽しいんです。負けるもんかっていう、かけっこ的要素ですね。それを義足ユーザーの人と共有したいと思ったんですね。

画像: 義肢装具士の仕事に興味がある高校生も一緒に走る。誰でも参加できるのが魅力

義肢装具士の仕事に興味がある高校生も一緒に走る。誰でも参加できるのが魅力

画像: 普段の義足と板バネの履き替えは、沖野さんが調整。一人ずつと向き合って会話する

普段の義足と板バネの履き替えは、沖野さんが調整。一人ずつと向き合って会話する

大学に行かせてもらって、その後専門学校もですから、親には申し訳ない気持ちもあって、国立の専門学校1本に絞って受験をしました。専門学校で3年間勉強した後に就職したのは、スポーツ義足の第一人者で、あの古城選手の義足も手掛けた臼井二美男さんがいる「公益財団法人 鉄道弘済会義肢装具サポートセンター」です。臼井さんのもとで修業をしたかったんです。彼は感覚の人で「こんな感じで」って言い方なんですね。私は理系なので、「丸く」は半径何ミリくらいか、「つるつるにして」は表面粗さはどれくらいか、こだわっちゃうんです。自分の理屈っぽかったところが、臼井さんのおかげでうまく感覚と混じり合ったっていうのかな。11年間、すごく勉強になりました。

義足は白黒はっきりしてます。履いた時に痛くなければ完璧だし、痛かったらダメ。どんなに軽かろうが美しかろうが意味がないわけです。明確です。そういうところが好きですね。僕自身にもこだわりとかモットーとかないんですよ。ユーザーさんが納得できるものが作れるかどうか、それだけですから。

自分の会社「オスポ(オキノスポーツ義肢装具)」を立ち上げたのは、時間を自由につくりたかったからです。「競技場で走りを見てほしい」ってアスリートに言われても、勤め人の立場で「ちょっと競技場に行ってきます」ってわけにはいかないんですよね。

アスリートに寄り添う、なんて言い方は恩着せがましい気がするので、私が見たいから行くって感じでしょうか。イメージとしては、自分は思春期の子の応援に行く親、ですかね。わざわざ来んなよって相手は思ったとしても、来てもらうと子ども心にうれしい、みたいなね。「沖野さんのおかげです」なんて面と向かって言われることもないけど、言われたら逆に困っちゃいます。調子に乗るタイプなんで。「この義足、まあまあだね」って言われるくらいがちょうどいい。「くそー、もっといいのを作ってやる」って、自分もさらに勉強しますから。

私の中では、前回のリオデジャネイロが終わった時点で、東京オリンピック・パラリンピックは始まっているんです。だからリオが終わった2016年10月に会社をスタートしました。べつに、皆がパラを目指す必要なんてないんですよ。ただ、本気で東京を目指している選手たち、義足以外にも義手や装具を使うユーザーの方々が力を出せるように、私も基本24時間対応でやってます。いや、べつに負担じゃないんですよ。仕事と趣味、休日の線引きがないので。

豊洲のBrilliaランニングスタジアムは、すごく貴重な場所だと思います。小さい子どもや部活の練習をする中学生もいれば、普通にオリンピック選手が隣で走ってるんですから。格式張っていない、皆が混ざり合っているところがいいですね。そこにギソクの図書館があるのも、すごくいいと思います。スポーツが文化に溶け込むっていうのは、こういうことだと思うんです。豊洲市場もオープンして、人が増えて活気が出てきましたよね。

最近、言われるんですよ。「前は沖野さんの背中を追いかけてたのが、今は沖野さんの背中が見えません」って。「沖野さん、自分の足が2本あるでしょ」って。アスリート達の力がどんどん上がってきてるんですよ。僕も単純に負けたくないんで、頑張って走りますよ。

画像: 晴海大橋から見える、人目を惹く外観の「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」

晴海大橋から見える、人目を惹く外観の「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」

【トヨスの人のグッとポイント】

義肢装具士の沖野敦郎さんの工房におじゃましました。

沖野さんは、型採りから組み立て、納品までをすべて1人で請け負い工房で作業しています。義足に関しては、足の切断面を収納して既成の義足と接続するソケット部分を製作。義手や装具なども手掛けます。

画像: ソケット部分の切削作業をする沖野さん。薬品を使うため防毒マスクをする

ソケット部分の切削作業をする沖野さん。薬品を使うため防毒マスクをする

画像: 左からスポーツ用板バネ、義足、ソケット。義足はアイスランドのオズール社やドイツのオットーボック社のものを使う

左からスポーツ用板バネ、義足、ソケット。義足はアイスランドのオズール社やドイツのオットーボック社のものを使う

画像: この日は義肢装具士の勉強をしている大学生が沖野さんのもとで研修していた。国内の義肢装具士は、現在、約5,600人あまり。社会的地位を向上したいと話す

この日は義肢装具士の勉強をしている大学生が沖野さんのもとで研修していた。国内の義肢装具士は、現在、約5,600人あまり。社会的地位を向上したいと話す

画像: 「ギソクの図書館」で、義足ユーザーとともに走る義肢装具士:「トヨスの人」第4回(2019年9月10日号)

<オスポ(オキノスポーツ義肢装具)>
住所:東京都台東区三筋1-16-10 サンライズコート1F
FAX:03-6700-6520

「ギソクの図書館」が併設されている「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」
住所:東京都江東区豊洲6丁目4番2号
電話 03-5144-0404
9:00~21:00 休館日 毎月20日(変更の可能性あり)
「マンスリーラン」の日は、ホームページでご確認ください

関連サイト

「トヨスの人」第3回:豊洲みつばちプロジェクトの発起人(2019年7月9日号)
「トヨスの人」第2回:昭和天皇の布団を作った職人 (2019年4月16日号)
「トヨスの人」第1回:海を走るバスの運転士さん(2019年2月26日号)

写真:阿部了 文:阿部直美

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