1日の3分の1は仕事をしている私たち。どうせだったら、幸せに働きたいですよね。幸福学、感動学を専門とし、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)など著書も多い慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授の前野隆司先生(工学博士)に、「幸せに働く秘けつ」について、お話を伺いました。前編・後編に分けてお伝えします! 今回はその前編です。
ロボット開発から幸福学へ
― 前野先生は、もともと工学博士として長年ロボットの開発などに携わっていらっしゃいました。どういう経緯で幸福学に着目されたのでしょうか。
私はもともとロボットや脳科学の研究者として、ロボットに関する触覚や心の研究をしていました。その過程で人間の幸せについて追求し、さらに、「人を幸せにできるロボットを作るにはどうすればよいか」といったことも考えた結果、「人を幸せにするには、必ずしもロボットを介さなくてもよいのではないか」と気づいたのです。そこで、どうすれば人は幸せになれるのか、そのメカニズムを研究したいと思うようになりました。
― それで行き着いたのが「幸福学」なのですね。では、幸福学とはどのようなものでしょうか。
「幸福」については、哲学、心理学、宗教などがさまざまな研究をし、「感謝できる人は幸福だ」「自己肯定感が高い人は幸福だ」などと定義されていますね。その基礎となる分析結果を体系化し、人々の幸福度を高めるために応用するのが「幸福学」だといえます。
「幸福学」は、幸せに関するアンケート結果を因子分析した統計学なのです。幸せの心的要因を因子分析した結果、人が幸せになるために大事な4つの因子、つまり「幸せの4つの因子」が明らかになりました。
明らかになった「幸せの4つの因子」
― 因子分析! なんだか理系の響きがします。
私は工学者ですから、工学者らしく、幸福を設計するための因子をシンプルにまとめたというわけです(笑)。「幸せの4つの因子」というのは、(1)自己実現と成長、(2)つながりと感謝、(3)前向きと楽観、(4)独立と自分らしさ、です。
これらに、分かりやすい名前をつけてみたのが、(1)「やってみよう!因子」、(2)「ありがとう!因子」、(3)「なんとかなる!因子」、(4)「あなたらしく!因子」となります。
― 分かりやすくて、元気が出る名前ですね。私たち日本人は、豊かで安全な社会に住んでいるにもかかわらず、世界的にみて幸福度が低いといわれます。これは、「幸せの4つの因子」と関係がありますか?
日本人は、幸福を感じるホルモンであるセロトニンの分泌量が遺伝子的に少ないという研究結果があります。残念ながら、気質的に幸せを感じにくいのです。日本人は特に、(3)「なんとかなる!因子」、(4)「あなたらしく!因子」が弱いのではないかと思います。心配性で周りの目を気にして、幸せになりにくい傾向がありそうです。
「幸福度」は自分でコントロールできる!?
― 日本人は幸せを感じにくい……。やはり! 私も、心当たりがあります。現在、「幸福感に満たされたい」ともがいているところですが、気質だとすると、「幸せ」は諦めないといけないのでしょうか!?
そんなことはありません。日本人は和の精神を重んじる傾向があり、つまり②「ありがとう!因子」が強いのではないかと思います。この強みをさらに高める、つまり多様な人間関係を築き、人とのつながりを重視することで、幸福度を高めることができます。
― なんと! 幸せかどうかは、偶然の結果ではなく、自分でコントロールができるということでしょうか?
そうなのです。幸せの因子は原因であり、偶然の結果ではありません。ロボットをコントロールするように、自分の心もコントロールできるのです。例えば、悲観的、楽観的という傾向も、半分は先天的なものですが、半分は後天的だといわれています。私自身も、もともとは悲観的でしたが、今はかなり楽観的になりました。
― 今は幸せオーラに包まれている前野先生も、かつでは悲観的だったのですね。私にも、希望が見えてきました!
幸せも健康と同じ、と言えば分かりやすいでしょうか。漠然と「健康になりたい」と思っていても、なれるものではありません。健康になるには、自分に何が足りないかをデータで明らかにして、必要な要素、例えば運動や食事を整えることで、はじめて健康に近づけますよね。
「幸せ」という概念は、ぼんやりしたものと捉えられる傾向がありますが、各要素をデータで測ることができます。現状を把握し、「幸せの4つの因子」を整えることで、自分で「幸福度」を高めていくことができるのです。
― 幸せは健康と一緒で、すぐに結果が出るわけではないけれど、日々「幸せの4つの因子」を意識していれば整えることができる、ということですね。
そうですね、急に変われるわけではありませんが、ただ、短期的な特効薬もあるのです。それは、例えば怒りを感じたときに自分を客観的に見ることで冷静になれるだとか、もやもやと気分が晴れないときはその原因が何なのか書きだして明らかにしてみる、などですね。あるいは、形から入るのもありですね。口角を上げる、上を見るなど、幸せなときの表情や態度をまねしてみるということです。