もう一度オリンピックで戦いたい─日本代表に復帰
―長い競技生活の中で、慢心や甘えとどう闘ってきたのでしょうか。
私自身は「克己(こっき)」を人生の目標に掲げているくらい弱い人間で、今でも自分に負けてしまいそうになることがあります。自分に負けてしまった時には、負けたままでは嫌なので、次に踏み出す一歩をどういう一歩にするのかが大事だと思います。逆に結果が出てよかった時は、おいしいものを食べるなど、自分にご褒美を与えます。負けた時だけでなくよかった時も自己分析が必要です。かつて記録が出た時も、「よかった。よかった」で終わってしまったことがあって、後になって自己分析しておけばよかったと後悔したこともあります。
―最初の現役復帰と手術からの復帰と、2回復帰を果たされましたが、それぞれどんな思いだったのでしょうか。
2009年の現役復帰は、2008年の北京オリンピックが転機でした。北京オリンピックを見に行った時に、もう一度日本代表としてオリンピックで戦いたいという素直な気持ちで現役復帰することにしました。それで30歳で日本代表に返り咲くことができました。
ステップバイステップで練習を重ねる
―2011年、手術の後での復帰はどうだったのでしょうか。
もう一度水泳をがんばろうと、手術後のリハビリを経て、2011年5月に現役に復帰し、10カ月後のオリンピック代表選考会に向けて始動しました。お腹に手術の傷跡があって、練習のために水着に着替える時に毎日見たのですが、不思議なことに「こんな病気をしなければよかったのに」という気持ちになることは一切ありませんでした。思ったのは、「病院のベッドの上よりは前に進めている!」と前向きな気持ちだったのです。手術直後は走ることもできないし、腹筋もできませんでした。それが、段々とできることが増えていくのはとてもうれしく、小学校2年生で水泳を始めた時のようでした。そうした思いを抱きながら、新鮮な気持ちで過去の自分と向き合って、練習をすることができました。
―2回目の復帰の方がハンディーは大きかったと思うのですが。
そんなことはありませんでした。小学校2年生から水泳をやってきて、いろいろな失敗もしました。病気の後、前向きに立ち向かえたのはその経験があったからです。水泳競技でも最終目標を10とすると、いきなり8や9からは無理で、1から1つずつ上っていくわけです。それと同じで、リハビリも含めて、0から一段一段上っていきました。
―復帰のための練習はどんな気持ちでやったのですか。
死ぬ気で練習をすれば何とかなると考え、それまでの20数年間の競技人生の中で、一番集中して練習しました。結果的には日本代表にはなれなかったのですが、代表になるという目標をあきらめなくてよかったと思いました。10カ月間の練習の中で水泳に対して見えてきたものがあって、あきらめていたら、今のように水泳と向き合えませんでした。恐らく、何となく水泳を敬遠するようになり、今やっているような日本水泳連盟の仕事もできなかったと思います。
笑顔で接し、自分を支えてくれるサポーターをつくる
―その10カ月の間でつらかったことはありましたか。
常に自分でびっくりするくらい前向きで、つらいと思ったことはありませんでした。練習再開1カ月後に、周囲からは「無謀だからやめろ」といわれたのですが、現状を知るために試合に出ました。それが散々な結果に終わった時はとてもショックでした。3カ月休んだだけで、こんなになってしまうのだと恐ろしくなりましたが、「1カ月前には病院のベッドにいたのに、試合に出たのはすごいことだ」と夫や周りの人たちに言われ、気持ちを落ち着かせることができました。
―周りのサポートは本当に大事ですね。
ですから、若い人や子どもたちに対しては、「夢をどんどん口に出して、発表してみて!」と言っています。それでサポーターになってくれる人を探すのです。今、子どもたちに「東京オリンピックに出たい人は」と聞くと、わーっと手が上がって、皆やりたい競技を言います。自分の夢を皆の前で発表するというのは、勇気が要りますが、口に出して言えば、周りの人はそれを応援しようと考えます。子どもだけではありません。大人もどんどん夢を言うべきです。それを体現しているのがトップアスリートだと思います。
―大人になると夢を口に出しにくいですね。
そうですね。私自身も正直、最初は30歳での現役復帰が恥ずかしく、チーム最年長でしたし、迷いがありました。けれども、夢を追いかけている時間を周りから与えてもらっているのだからと考えたら、とにかく自分で口に出して言うべきだと思い至ったんです。
―それでは今後の夢を口に出してください。
先ほど申し上げたように(第1回参照)、1つは「競泳と水泳の融合」に尽力したいというのがあります。もう1つは、水泳教室の中で、水に感謝する気持ちを持ってもらうプログラムも作っていきたいと思っています。水がなければできないスポーツですからね。この9月からは森林セラピストと一緒に水の果たす役割とありがたみを子どもたちに伝授していく、「水ケーション」という行脚をスタートさせました。
―最後に、ビジネスパーソンに対するメッセージをお聞かせ下さい。
支えてくれるサポーターをつくるには「笑顔」が大切です。笑顔は優しさのシンボルであり、強さの象徴です。強い信念を持っているから、笑顔になれるのです。私が海外に行った時には、言葉が通じなくても、笑顔と片言の単語でコミュニケーションを取ることができました。ぶっきらぼうで怖い顔をして、眉間にしわを寄せて仕事をするよりは、笑顔でする方が仲間も増えますし、チーム力も高まります。日々の中で、笑顔を大事にしてほしいと思います。