急激な変化を遂げた街・豊洲。ユニアデックスの社屋があるこの土地を、もっと見たい、知りたい!豊洲で働く人、豊洲に関わりのある人にフォーカスして、仕事現場を訪ねます。

豊洲駅の東側、路地を1本入った所にその寝具店はあります。そこは、タイムスリップしたような昭和の香り漂う一画。築50年ほどの5階建て都営団地「豊洲4丁目アパート」の1階で金井健次さんは頑なに布団を作り続けてきました。すべて手縫い、丁寧に綿入れをした布団が積み上げられた店内に入ると……目に飛び込んできたのは、昭和天皇に献上したという組布団の写真。思わず、へえ? と途方にくれ、まさか、ここで? と懐かしさを感じる小さな店内を見回すと、そこには笑顔の金井さん。豊洲には、こんなにすごい職人さんがいたのです。

「トヨスの人」第2回は金井寝具店の金井健次さんにインタビュー。

画像: 店の奥にある畳の間が金井さんの作業場。布団の綿入れもここで行う

店の奥にある畳の間が金井さんの作業場。布団の綿入れもここで行う

画像: 縦横、何層にも綿を重ね合わせた後で、下ごしらえしておいた布団生地にくるっと丸め込む技はまるで手品。布団と相撲をとっているみたいに見える

縦横、何層にも綿を重ね合わせた後で、下ごしらえしておいた布団生地にくるっと丸め込む技はまるで手品。布団と相撲をとっているみたいに見える

金井さん あたしはね、豊洲小学校の1期生なんです。新校舎? とんでもない。最初は古くって馬小屋みたいな建物でしたよ。それでね、全員入りきらないもんだから、朝行く人とお昼から行く人と学校は2部制だったの。いまだにクラス会をやってるんです。半年前に銀座で集まったばかりでね、20人くらいいた中で今もお仕事やってるのはあたしだけ。皆に驚かれるの。昭和15年生まれの79歳だからね。

それまで白金で布団屋をやってた両親が、戦後焼け出されて豊洲に移ってきたんです。この辺は、2軒長屋がずらーっとあってね、その長屋で店を開いたんですよ。今あたしのいる都営団地が建ったのは昭和45年。親たちは土地を売ってほしいって随分と交渉したみたいだけど、都が売却しなかったんだよね。住宅局へ通ったり、地域の皆で話し合ったり、かれこれ10年以上かけてようやく団地が建ったんです。うちは綿埃が出るから1階の端にしてもらったんだけどね、商売をやりたいって人がいっぱい出てきて、誰をどこにするのか決めるのも大変だったんです。今はほとんどが店をやめちゃったよね。

中学を卒業した15歳から、この道に入りましたよ。お相撲さんじゃないけどさ、師匠と弟子の関係になってね、もう親子じゃないのよ。間に入ったお袋は「しんぼうだよ」「我慢だよ」っていつも言ってましたね。いっとう最初は、運針(うんしん)。縫う専門。うちはずっと手縫いでやってるから。布団の両端には房がついてるでしょう。あの「角房(すみふさ)」と、布団の中の綿を動かないように固定して縫う「綴じ」ばっかりを、3年間やりましたよ。明けても暮れても、布団綴じと角房ですよ。あぐらだって、かかせてくれないの。半人前だから駄目だって。髪の毛だって、伸ばしたいじゃない。そういう年ごろだもの。それも駄目。だからね、10代からずっと同じ髪形ですよ。職人刈り。そこの角を曲がった所の床屋にね、いまだにやってもらってるの。

画像: 敷布団の中綿が動かないように、綿と布団側を綴じる。「何千、何万回って針で刺してるから人差し指はもう痛くもかゆくもないよ」

敷布団の中綿が動かないように、綿と布団側を綴じる。「何千、何万回って針で刺してるから人差し指はもう痛くもかゆくもないよ」

3年たってやっと「お前の姉妹の布団をやらしてもらえ」って親父から言われましたよ。「半年たったら俺が聞いてみるから、それからだ」って。姉たちの布団を作らせてもらってね、半年後「健次の布団で大丈夫よ」って姉たちに言ってもらって初めて、お客さま用の布団を作れるようになったんです。そう、布団は使ってみてわかるものですよ。今だってね、買ってくださったお客さまに1、2週間たった後で「どうですか?」ってあたしは電話を入れるんですよ。売りっぱなしはいけないよ。

親父は厳しかったですよ。23歳頃かな、皆が見てる前で布団の講習会をやったんです。何が気に食わなかったのか、親父にひっぱたかれたんですよ、あたし。皆のいる前で。後で言われたのが「悔しかったら、仕事で返してみろ」ですからね。

若い頃は、よく出張もしました。赤坂、新橋の花柳界とかね。座布団を300枚、400枚やってくれって言われるんですよ。親父と2人、毎日通って座布団作りです。座布団って簡単に見えるでしょ。あれが一番難しいの。綿の入れ方は3種類あって、ひどいのは「ぶっこみ」。ただ綿を入れちゃう。「つばくろ入れ」は、角の部分が高くなっていまひとつ。あたしの入れ方は「本張り」ですよ。まあるく、ふわっと、座り心地がいいですよ。当時は、布団も自宅まで行って作らせてもらいましたよ。それというのもね、布団屋さんの中には「いい綿入れときますよ」って言っておいて、いい加減な綿を入れる人もいたんです。布団側(生地)をかぶせちゃえばわかんないからって。だからね、「嫁に行く娘に持たせるの」とか注文受けると、ひと部屋借りて家の人の見てるところで布団を作ったりしたんですよ。昔はね。

画像: 綿を入れ終わった後、角の部分がよれてゆがんでいないかを確認

綿を入れ終わった後、角の部分がよれてゆがんでいないかを確認

天皇陛下(昭和天皇)の布団をあたしが作ったのは、確か37歳くらいの時ですよ。いきなりね、宮内庁の方が来たんですから。いや、いっとう最初はお直しです。布団側を裏返して綿を打ち直してくれって。あれで、あたしの腕を確かめたんじゃないかと思うんです。そしたら半年後、宮内庁の方がまたやってきて、天皇陛下(昭和天皇)の布団を作ってくれって言われたんです。皇后さまや皇太子さまの布団もですよ。皇太子さまは、今の天皇陛下(2019年5月1日から上皇陛下)ですよね。塩瀬(しおぜ)っていう、よく女の人の帯地にする正絹の布を持ってきて「この寸法で作ってください」って紙にサイズが書いてありました。作ったのはあたしです。この時は、お袋や女房にやってもらわずに、あたしが縫うところもやりました。親父にしてみたら「お前の顔を売れ」ってことだったと思いますよ。これから先やってくのは、あたしだから。一切手を出さなかった。その代わり「この生地は伸び縮みするから寸法通りに切っちゃったら大変だよ」ってアドバイスはくれましたよ。作り方は、いつも通り。だって布団の上に乗っかんなきゃ、仕事にならないでしょ。ただ、着るもんや足袋は新しいものにしましたよ。あたしの作る敷布団はね、頭の部分に綿を多く入れて高くしてるんです。これは、自分で考えたの。親父にも言ってないんです。寝た時に、体が楽になるんじゃないかなって思って。天皇陛下(昭和天皇)の布団だって同じ作り方でしたよ。それにしてもね、世の中これだけ布団屋があるのに、どうしてうちにいらっしゃってくださったんだろうって思いますよ。

画像: 宮内庁が持参した布団側の生地。正絹の塩瀬羽二重と一番高級の綿で皇族の組布団を作った

宮内庁が持参した布団側の生地。正絹の塩瀬羽二重と一番高級の綿で皇族の組布団を作った

若い頃は、45分もあれば綿入れから綴じて仕上げるまでできたんですよ。昔ね、「病気の母親にいい敷布団を作ってあげたいんだ」っていう男の人が来てね、「時間がないからここで待つよ」って言われて30分で作ったこともあるんです。でも今はね、時間をかけて作ろうって、なんかそんなふうに思うんですよ。70歳になった時、初心に戻ろうって思ったの。それで、一番いい時にこの仕事辞めたいね。

あたしの寝てる布団かい? ひどいよ、ぼろぼろよ。女房のだって同じ。10年以上前に作った布団じゃないかな。“紺屋の白袴”って言うじゃないですか。あれだよね。うちの息子たち3人が小さい頃、「お父さん、いつ布団作ってくれるんだい」って言ったのよ。「寒くって寝られないよ」って。ほんと、笑い話だよね。お客さまのを作らなきゃって、そればっかでさ。

画像: 敷布団はふかふかの仕上がり。布団側はすべて手縫いで、今は奥さんが体調を崩しているため健次さんが1人でやっている

敷布団はふかふかの仕上がり。布団側はすべて手縫いで、今は奥さんが体調を崩しているため健次さんが1人でやっている

画像: 金井さんは、塩瀬の残り生地を今も大切に箱に入れて保管している

金井さんは、塩瀬の残り生地を今も大切に箱に入れて保管している

【トヨスのグッとポイント】

金井寝具店の取材時にグッときたポイントを紹介します。

画像: 「これが天皇陛下(昭和天皇)のために作った布団ですよ」。額に入れた組布団の写真は当時金井さんが撮ったもの

「これが天皇陛下(昭和天皇)のために作った布団ですよ」。額に入れた組布団の写真は当時金井さんが撮ったもの

画像: 「本張り」の綿の入れ方で作った座布団は、表面が盛り上がって座り心地は最高

「本張り」の綿の入れ方で作った座布団は、表面が盛り上がって座り心地は最高

画像: 13棟あった豊洲4丁目アパートは順次解体が進み、2020年には5棟の新築マンションになる予定

13棟あった豊洲4丁目アパートは順次解体が進み、2020年には5棟の新築マンションになる予定

<金井寝具店>
住所:東京都江東区豊洲4丁目5-4-4-110
TEL:03-3531-2417

写真:阿部了 文:阿部直美

関連リンク
「トヨスの人」第1回:海を走るバスの運転士さん(2019年2月26日号)
「トヨスの人」第3回:豊洲みつばちプロジェクトの発起人(2019年7月9日号)

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.