ノンフィクション作家の中村安希氏に、世界各地で振る舞われた食事の思い出を紹介していただく本連載「世界のおもてなし」。第13回は、中村氏がずっと書きたかったというエピソードを紹介します。シリアの家族からもてなされた食事です。

あなたが、そこにいると仮定して

 世界のおもてなしをテーマに執筆することが決まった時、私の頭にまず浮かんだのは、シリアで出会ったある家族のことだった。彼らのことを書きたいと思った。けれど、一体何から、誰に向かって、どんな風に書けばいいのかが分からなかった。彼らのことを書けるチャンスなどもう巡ってこないのではないかという絶望感と、いつかこの話を、あの日感じた晴れやかな気持ちそのままに書ける日がくるかもしれないという、ささやかな希望との間で私は待ち続けた。連載開始から2年。シリアの内戦は未だ解決の糸口を見つけられていない。

 「きっと元気でいてくれていると信じています」などといった、私の身勝手な願いを押し付けるつもりはないし、そんな形でシリアの話を片付けてしまうつもりもない。しかし、あの家族と出会ってもうすぐ10年というこの年の暮れに、私は彼らとの時間を思い出し、あの楽しかった午後をもう一度だけ取り戻したい。そして彼らに対する感謝の気持ちを、静かに反芻したいと思う。
 あなたとあなたの家族が、この地球上のどこかで、生きていると仮定して。

 2007年、私はシリア西部にあるハマという街に立ち寄った。到着した日の翌日、街の広場で休んでいると、近くで井戸端会議中だったおじさんたちから突然、グラスに入ったお茶が届いた。
「こう暑いとね、仕事にならんよ」
「いやー、まったくそうでしょうね」
「こうやってお茶でも飲んで、ぼんやりしているのが一番だ」
「ほんとですよね……」
 そんなたわいない会話が続いた後、立派なヒゲを蓄えた1人の男性が、うちでコーヒーを飲んでいかないか? と誘ってくれた。彼は隣町に住むタクシーの運転手だという。
 
 自然な流れで私は、彼の車に乗った。出会ったばかりの見ず知らずの男の車に、何の疑いもなく乗り込んだのだ。なぜならそこは旅人天国と言われた、少なくともあの頃はそう呼ばれていた「シリア」だったから。

画像: 2007年のシリア西部の町

2007年のシリア西部の町

ピタパンに好きな具を詰めこんで

 彼の家に着くと、14歳の長女を含む5人の子どもと、6人目を妊娠中だった彼の妻と対面し、それから居間に通された。妻はすぐさま台所に入り、コーヒーの準備に取りかかってくれたようだった。突然現れた異国人の私に、最初はびっくりしていた子どもたちも、すぐに慣れたのかちょっかいをかけてくるようになった。中でも長女は私に興味津々で、つぶらな瞳でじっとこちらを観察していた。話しかけるタイミングを、今か今かと見計らっているかのように……。
 
 コーヒーが出来上がるまでには、予想以上に長い時間がかかった。カルダモンなどのスパイスを効かせるシリア流の淹れ方は、手が込んでいるというのもあるだろうが、それとは別に、身重な妻のことが気になった。様子を見にいきたいが、招く者と招かれる者との間には、それぞれにふさわしい振る舞いというものがあり、舞台裏を覗きにいくのは失礼にあたる場合もある。
 長女は父親に促され、時々居間を離れて台所の母親を手伝いにいった。そして手が空くとすぐまた、部屋の入り口からこちらに視線を送ってきた。わんぱく盛りの弟たちを持て余す私の様子を、ドアの陰からクスクス笑いながら。

 「こら、行儀よくしなさい」
 父親が息子たちを注意すると同時に、盆を抱えた妻が現れた。直径50センチ以上ある大きな盆の上にはコーヒー…ではなく、なんと色とりどりの料理の皿が重なりあうように乗っていた。中東料理の定番、ホムス(ひよこ豆のペースト)はもちろん、揚げたてのナス、ポテト、スクランブルエッグ、それに新鮮なトマトやキュウリにソーセージ、それから涼しげなガラスのボウルに入ったたっぷりのヨーグルトがテーブルを華やかに彩った。
 
 「熱いうちに、どんどん食べて」
 誇らしげな妻に促され、私は焼きたてのピタパンをビリリと引き裂くと、そこへ熱を通して柔らかくなったバシンジャン・マクリー(ナスの素揚げ)とホムスとトマトを挟み込み、ちょっとだけ岩塩を振ってから、勢いよくかぶりついた。少し焦げ目のついたナスの香ばしさとトマトの甘酸っぱさが、クリーミーなホムスに包まれて口の中で溶けていく。私の隣にくっつくように座った長女が、ほらポテトも、卵も、ヨーグルトも、と、私の食べっぷりを面白がるように次々と料理を勧めてきた。
 
 「そんなにもたくさん、一度には食べられないよ」
 そう言いつつも、私は2枚目のピタパンを手に取ると、その端を大きくちぎりとり、ヨーグルトのスプーンに手を伸ばした。

画像: 色とりどりのおもてなし

色とりどりのおもてなし

嫁ぎ先は首都ダマスカス

 食事が済むとお茶の時間になった。せめて片付けくらいは手伝いたいという私の申し出を、妻は柔らかな笑みで拒否した。居間に残った私は、主人に入れてもらった甘いグリーンティーで食後の口内を落ち着かせながら、ふと目に付いた大きなスーツケースを見つめて言った。
「ご旅行にでも行かれるのですか?」
「いえいえ、あれは娘の嫁入り道具です」
 
 私がポカンとしていると、娘が英語の辞書を引っ張り出してきて、何やら懸命に説明を始めた。どうやら彼女はもうすぐ、両親が定めた男性の元へ嫁ぐらしい。
「14歳で?」
 彼女はこくんと頷いた。彼女の母親もまた14歳の時に、当時16歳だった父親と結婚したのだという。不安はないのかという問いかけに、学校を辞めて首都ダマスカスに移り住めることを楽しみにしていると嬉しそうに答えた。
 
 お茶の時間が終わると、彼女は母親と一緒に車に乗り込み、私を見送りに来てくれた。人懐っこく、しっかり者だった彼女の爽やかな瞳と、別れ際、名残惜しげに手を振っていたあの日の姿が忘れられない。
 彼女がダマスカスに嫁いで3年と少しが経った頃から、シリアは爆撃の海へとのみ込まれていった。もう旅人が足を踏み入れることは叶わなくなったかつての天国シリア。代わって激戦地の映像が、ニュースを賑わせ続けている。ダマスカスもその一つだ。
 
 あの時の少女はもうすぐ24歳を迎える。彼女が今、どこにいるのかは分からない。でもいつかまた、どこかで、ナスの素揚げを一緒に食べられる時がきたら、きっと私は柄にもなく、ただただ泣いてしまうだろう。

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『N女の研究』。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『N女の研究』。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.