「厩務員(きゅうむいん)」という仕事をご存知ですか。普段メディアなどでスポットが当たることは多くありませんが、調教師とともに競走馬を育てる大切な仕事です。今回お話を伺ったのは、JRA重賞15勝、JRA賞最優秀障害馬にも5回選出された競走馬・オジュウチョウサンの担当厩務員・長沼昭利さん。2022年まで障害競走馬として活躍し、同年末に惜しまれつつ引退を迎えたオジュウチョウサンは、今では名馬として名高いですが、その偉業は長沼さんの試行錯誤の日々無しには成し得ませんでした。オジュウチョウサンの引退式には、1万5000人の競馬ファンが駆け付け、長沼さんも登壇。壇上で長沼さんが涙ながらに語った言葉には、多くの競馬ファンも一緒に涙を流しました。知る人ぞ知るプロフェッショナルである長沼昭利さんは、どのように馬や仕事と向き合ってきたのか――その心を伺いました。

父親の背中を見て、競馬界を志した

― 長沼さんが厩務員になろうと思ったきっかけを教えてください。

理由はただ一つ、父も同じ厩務員だったから。父はトウショウボーイ(1976年有馬記念などで勝利し「天馬」と称される)の担当厩務員をしていたんですよ。僕が中学1年のときにトウショウボーイが活躍していて、厩務員の仕事はもちろん、朝から晩まで取材を受けている父の姿を見て、「かっこいいな」と。数多くの馬がいる中、GⅠで勝てる馬はほんの一握り。そんな馬を担当している父に憧れて、「絶対に自分もこの道に進むんだ」と思って志したんです。

画像: 厩務員は、担当する現役競走馬(原則2頭)について「競走馬の厩舎(馬小屋)管理」「馬の健康管理」「馬の飼養(エサの調合)管理」「馬の調教(馬のトレーニング)の準備と準備運動」などの管理を行います

厩務員は、担当する現役競走馬(原則2頭)について「競走馬の厩舎(馬小屋)管理」「馬の健康管理」「馬の飼養(エサの調合)管理」「馬の調教(馬のトレーニング)の準備と準備運動」などの管理を行います

今は競馬学校に入らないと厩務員にはなれませんが、当時はその制度がありませんでした。できるだけ早く競馬に関わる仕事がしたかった僕は、高校を中退しました。まずは牧場で修行を積み、その後厩務員試験を受けて、18歳で厩務員になりました。

生き物である競走馬と向き合う仕事

― 普段のお仕事の内容を教えてください。

とにかく朝が早く、朝3時ごろから仕事が始まります。まずは馬の体温の確認や、各部位に異常が見られないかなど、馬体のチェックをします。その後、馬房を掃除し、5時過ぎからウォーミングアップ。本格的なコースに出て調教を始めるのは6時からです。調教は20分くらいで終わり、その後はクールダウンさせて7時10分ごろには厩舎に戻ります。戻ったらすぐ馬を洗い、再び馬体をチェックした後に朝ごはんを食べさせます。今は2頭担当しているので、それをもう1度繰り返します。午後の仕事は14時すぎから始まり、馬体チェックや掃除をし、必要に応じて獣医に来てもらい治療をし、15時半くらいに仕事が終わります。

レースが開催されるときには移動があるので、夜中の1時半に起きることもあります。前日は早く寝なければと思うのですが、なかなか寝つけないときもあって、睡眠時間のコントロールは結構大変ですね。

画像: 現在の担当馬をブラッシングする長沼さん

現在の担当馬をブラッシングする長沼さん

― 1日の流れを知るだけでもお仕事の大変さが伝わってきます。

生き物と向き合っているので、休日はあれど、365日ずっと馬の様子は気になります。休日でも朝、晩は馬の顔を見に行きますし、馬の体調などで頭のどこかに引っかかることがあると、業務時間外でもすぐ馬の元へ行き、問題がないか自分の目で確認することも多いです。これはもう職業病ですね。

― 厩務員という仕事のやりがいを教えていただけますか。

担当している馬がレースに勝つことは、言葉にならないくらいうれしいです。ただ、馬たちはレースで極限まで走るので、故障もつきまといます。だから、僕に心からうれしいという感情が湧き出るのは、レース直後よりも、その後に足元に故障がないかなどを確認し、無事に走りきったと分かってからですね。

他には、専門紙などで担当馬の事前評価が低いときに、良い成績を残して評価を覆してくれると、「ほら見ろ、俺の目に狂いはなかった!」と思うこともあります(笑)。

特に、最高峰のレースであるGⅠでは、馬が思い描いたような素晴らしい状態に仕上がってくれたら「我ながら良くできたな、この出来ならまず負けないだろう」とレース前の時点ですでに喜びを感じています。さらに結果が付いてきたら、「自分がやっていたことは間違っていなかった!」と最高にうれしくなりますね。

画像: 生き物である競走馬と向き合う仕事

― やはりレースで結果が出たときに達成感を感じられるのですね。

レース時にコンマ1秒でも速く走れるように、馬の状態をピークに持っていき、結果を残すために常に馬と向き合っていますからね。どの馬も性格や食べ方、レースの仕方など、それぞれのタイプが違うので、マニュアルに当てはめることはできません。自分の過去の経験から考えたり、調教師や周りの厩務員、ジョッキーと話し合いをしたりしながら、馬をより良くしようと奮闘しています。

最初は「怖い」とさえ思った、オジュウチョウサンとの出会いと職場で初めて流した涙

― 長沼さんの「仕事の心」を伺う上で、大切なエピソードとなるオジュウチョウサンとの出会いや、当初の印象をお伺いできますか。

オジュウチョウサンはかなり気性が荒い馬で、うちに来た3歳の頃は一番元気のいい盛り。初めて会ったときからかみ付いてくるし立ち上がって暴れるし、「ご挨拶がこれかぁ」って思っちゃいましたね(笑)。担当になってからもとにかく大変で、かまれないように食べ物で釣ろうとしても、僕が何を考えているのかがすぐに分かって突進してくる。とても賢い馬だから、人間が何を考えているのか、ちゃんと分かっているんですよ。出会った当初は、オジュウチョウサンとどう向き合ったらよいのか分からず、毎日が憂鬱でした。厩務員は月曜が休みなのですが、月曜の夕方には「明日の仕事が怖い」という恐怖感で仕事に行きたくないとさえ思いました。このようなことは、厩務員になって以来初めてでしたね。

画像1: 最初は「怖い」とさえ思った、オジュウチョウサンとの出会いと職場で初めて流した涙

僕はもうそこまで若くないし、けがのリスクも高い。だから、担当を替えてほしいとお願いしたんです。普通だったらそこで担当変更するのですが、周りの若いスタッフが「長沼さん、一緒に頑張りましょう。手伝いますよ」と言ってくれてね。その優しさに泣けました。職場で初めて流した涙でしたよ。次の日からはスタッフもサポートしてくれて、オジュウチョウサンをチームで育てていきました。

― そのような状況を経てGⅠ勝利をつかむまで、どのようにしてオジュウチョウサンを名馬に育てたのでしょうか。

スタッフみんなで話し合いながら育てていきましたが、中でも、オジュウチョウサンの主戦ジョッキーであった石神ジョッキーがこの馬を強くしたと言っても過言ではないですね。彼がオジュウチョウサンの隠し持っていた力を見抜いてくれて、力を発揮できるよう馬具の調整をしていきました。気性の荒い馬には「メンコ(耳当て)」と呼ばれる馬具を付けて、音に驚かないようにすることが多く、オジュウチョウサンも初めはメンコを付けていました。しかし、石神ジョッキーはメンコの耳を覆う部分を外す提案をしてきたんです。それはとてもリスクが高いことで、僕は「耳を取るなんて、暴れてどうなるか分からないぞ?」とも話したのですが、最終的にはメンコを外すことに。それによって、オジュウチョウサンの本当の力が目覚めて、GⅠを9勝もする馬に成長していったのです。

画像: オジュウチョウサンがレースを勝利した際の記念品

オジュウチョウサンがレースを勝利した際の記念品

― 引退レースの前はいつも以上の思いがあったのではないでしょうか。

「これが最後の調教か……」とか「おまえにかみつかれるのもあと少しか……」と思いながら残りの日々を過ごしていましたね。もちろん勝ってくれたらうれしいですが、何よりも無事に帰ってきてほしい、という思いが一番でした。結果は6着でしたが、無事に戻ってきてくれましたし、引退式では「オジュウチョウサンは、最後までかっこよく去っていくんだなぁ」とその姿を見て思いました。引退式のインタビューで、「別れたくない」という言葉しか出てこなかったのは、作った言葉ではなく、心の声がそのまま出た結果です。

画像2: 最初は「怖い」とさえ思った、オジュウチョウサンとの出会いと職場で初めて流した涙

― 先日は引退馬が暮らすYogiboヴェルサイユリゾートファームへ、オジュウチョウサンに会いに行かれていましたね。

再会できて感慨深かったですよ。前に比べると性格が丸くなっている部分もあるな、とも思ったのですが、放牧後、馬房に帰るときは嫌がったりと、変わらない部分の方が大きいかもしれませんね(笑)。実は、このときに厩務員になって初めて連休を取って旅行に行ったんです。これまでは担当の馬から離れることが不安で、新婚旅行にすら行けていなかったんですよ。オジュウチョウサンと出会っていなければ、旅行に行くこともなかったですね。フルムーン旅行を兼ねていたので、一緒に来た妻も「オジュウがいなければこんなこともなかったね、オジュウのおかげだね」なんて言って。本当に、いろんなものを僕に与えてくれる馬ですよ。

画像: 引退したオジュウチョウサンが暮らすYogiboヴェルサイユリゾートファームで長沼さんと約半年ぶりの再会。 (写真提供:長沼昭利氏)

引退したオジュウチョウサンが暮らすYogiboヴェルサイユリゾートファームで長沼さんと約半年ぶりの再会。
(写真提供:長沼昭利氏)

― 改めて、長沼さんにとってオジュウチョウサンはどのような存在ですか。

オジュウチョウサンはとてつもない馬です。オジュウチョウサンの走りを見て勇気づけられた人や、頑張ろうと力をもらった人がいて、たくさんの人を助けているんだなと。僕のところにも、そうしたメッセージが書かれた手紙やプレゼントがたくさん届いたんですよ。だから、ただの障害競走馬ではないんです。なんてすごい存在なんだろうと、今でも思います。

画像: Yogiboヴェルサイユリゾートファームでのびのびと暮らすオジュウチョウサン (写真提供:長沼昭利氏)

Yogiboヴェルサイユリゾートファームでのびのびと暮らすオジュウチョウサン
(写真提供:長沼昭利氏)

競馬業界には皆さん夢を見て入ってくるかと思います。「いつかはGⅠを取ってやろう!」とね。僕もそうでした。そうして、いざ現実にオジュウチョウサンのおかげでGⅠが取れたときの喜びは計り知れなかったし、人との交流もオジュウチョウサンをきっかけに広がりました。この仕事をやって、オジュウチョウサンと出会えて良かったと心から思います。

画像: 馬房の名札は通常、別の馬が入る際に処分するそうだが 「“永久欠番”のように残してあるんですよ」と長沼さん

馬房の名札は通常、別の馬が入る際に処分するそうだが
「“永久欠番”のように残してあるんですよ」と長沼さん

画像: ファンの方から贈られた千羽鶴。 こうした贈り物や手紙が多く届いたのだそう

ファンの方から贈られた千羽鶴。
こうした贈り物や手紙が多く届いたのだそう

周りと協力し合い、何より健康第一でけがをせず、欲張らずに仕事を続けるのみ

― 仕事をする上で譲れないことや、日々意識していることはありますか。

僕は神経質な性格で、馬のわずかな違和感にも気づきやすい方だと思います。例えば、いつもならばこの時間は馬房のこの位置で過ごしているのに、今日は違うから、足に何かが起きているのではないか?とか。そして、少しでも気になることがあると、獣医さんに診てもらうようにしています。ささいなことにも気がつく性格は、オジュウチョウサンの真価の発揮にも役立ったのではないかと思っています。

画像: 現在の担当馬の馬体チェックをする長沼さん

現在の担当馬の馬体チェックをする長沼さん

あとは、厩務員として何十年も働いていますが、常に勉強の日々です。馬が食べる物の種類も昔より豊富になりましたし、機械の導入や医学の発達など、全てにおいて年々進化しているので、時代に乗り遅れないように常にアンテナを張っています。

そして何より、この仕事は一人ではできない仕事です。調教師や周りの厩務員、ジョッキー、獣医など、さまざまな人と話し合いをしながら、皆で馬を最高の状態にもっていけるよう日々考えています。僕はスタッフにも恵まれていて、仕事だけではなくプライベートでの会話のキャッチボールも多いです。この環境はありがたいですね。

― チームワークも大切なんですね。

そうです。誰一人欠けても結果を出すことはできません。「俺が一人でやるんだ」では通らない仕事です。だからこそ、日々のコミュニケーションは本当に大切で、例えば石神ジョッキーは調教前に「今日気になるところある?」「長沼さんは今日どうしたい?」といつも聞いてくれましたし、僕もささいな内容でも報告します。また、スタッフによって強みも違うので、かなり若いスタッフに「この食べ物ってどう思う?」と教えを請うこともありますよ。年齢や立場に関係なく、苦手なことはどんどん人に聞くし、もちろん僕が聞かれて教えることもあります。馬が第一ではありますが、自分の力を発揮して仕事をするには、職場の環境も大事です。

― 競馬ファンにとって忘れられないドラマを作られた長沼さんですが、今後の夢や目標などがあれば教えてください。

正直、オジュウチョウサンのおかげで夢はかなえたと言ってもよいのですが、定年までのあと5年、オジュウチョウサンと経験したことを生かして、新しい子と良い結果を残したいとは密かに夢見ていますよ。そのためにも、何より健康第一でけがをせず、欲張らずにこの仕事を毎日続けていくだけです。

画像: オジュウチョウサンが暮らした馬房の前で。今は別の馬が入っているが、その馬の名札の下にはオジュウチョウサンのものが残してある

オジュウチョウサンが暮らした馬房の前で。今は別の馬が入っているが、その馬の名札の下にはオジュウチョウサンのものが残してある

画像: 【プロフィール】 長沼昭利(ながぬま あきとし) 1963年生まれ。和田正一郎厩舎所属の厩務員。8年間オジュウチョウサンを担当し、JRA重賞15勝、うちGⅠ9勝、JRA賞最優秀障害馬5回選出に導く。

【プロフィール】
長沼昭利(ながぬま あきとし)
1963年生まれ。和田正一郎厩舎所属の厩務員。8年間オジュウチョウサンを担当し、JRA重賞15勝、うちGⅠ9勝、JRA賞最優秀障害馬5回選出に導く。

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