連載対談「未来飛考空間」では、ユニアデックスの未来サービス研究所員がビジネスリーダーや各分野の専門家と対談し、ITや社会の未来像を探っていきます。
2022年3月に京都大学発のスタートアップ企業として立ち上がったDeepForest Technologies。ドローンとディープラーニングの技術を組み合わせ、森林の状況を「見える化」し、価値を評価するサービスを提供しています。「防災やCO2の吸収、生物多様性の保全など、森林は多くの役割を果たしているものの、その価値を測る方法がなかったため、評価が進んでいない」と語る代表の大西さんと、ユニアデックス 未来サービス研究所メンバーが、森林を取り巻く現状の課題と、それを打開するためのアイデアについて話し合いました。
熱帯雨林伐採の問題に対して「何かできないか」と考えたことがきっかけに
八巻 まずは、DeepForest Technologiesの事業内容について教えていただけますか?
大西 京都大学発スタートアップとして2022年3月にDeepForest Technologiesを設立しました。社名には、Deep Learningという最新技術を駆使し、森林の深くまで観測し、管理や保全に役立てるという意味合いを込めています。事業としては、ドローンで撮影したデータから、森林にどのような種類の、どのサイズの木が何本あるかを可視化する技術や、それらを解析するソフトウエア「DF Scanner(ディーエフスキャナー)」を提供しています。実際に私たちが山に行き、ドローンを飛ばして解析する場合もあります。
村上 なぜ、そのような事業を始めようと思われたのですか?
大西 京都大学の農学部森林科学科で森林について学び、その後大学院に進学した時にドローンを使って何かやりたいなと考えたんです。実は京大進学当初は、WordやExcelを使える程度の知識しかありませんでした。ある日、先生から壊れたパソコン3台をわたされて、「部品を組み合わせると1台の使えるパソコンができると思う。自力で直してみてごらん。好きに使っていいから」と言われました。
試行錯誤を続ける中で、工学の知識やスキルを独学で深める術を覚えていきました。こうしてパソコン回りの関連のスキルなどが付いてきましたので、森林の研究では、葉が紅葉して落ちる様子をドローンで観測して数値的に評価する研究から始めました。
それから樹木の種類識別を始め、先生の勧めもあってディープラーニング技術も組み合わせていきました。これらを磨き上げる中で、細かい樹木の種類まで高精度に識別可能な技術を世界に先駆けて成功させたんです。論文で発表したところ、国内外の企業から「使ってみたい」とお問い合わせをいただきました。こうしたことから樹木の種類識別には、世界的な需要があると分かり、大学院を卒業した直後に会社を設立しました。入学式で隣に座っていた工学部の友人とスタートし、その弟も今年加わりました
村上 なるほど。「世界からのニーズがあってビジネスとして成立しそうだ」という手応えを得たことが、会社設立の一番の決め手になったのでしょうか?
大西 私にとっては、「研究員として研究を続けるか」「会社を設立してサービスとして提供するか」という2つの選択肢がありました。重視したのは、どちらがよりサービスがブラッシュアップされて世の中に届くか。DF Scannerは、各ユーザーがさまざまなデータをアップロードすることが可能なため、データが集まりやすく、それによって精度も上がっています。「これからの社会に役立つ技術」と思えたからこそ戸惑いなくチャレンジできましたし、起業の道を選んで良かったと思っています。
八巻 京都大学に入学される以前から環境問題に関心を持たれていたと思うのですが、多種多様な環境課題がある中で、森林に興味を持ったきっかけは何かあるのでしょうか?
大西 高校生の時から、特に温暖化と熱帯雨林の伐採の問題に強い関心があり、どうにかして解決したいと考えていて、「自分にできることはないか」と模索し、研究が進んでいる京都大学を選びました。博士課程の時にボルネオ島の熱帯雨林伐採の最前線を見に行ったことで、その思いがさらに強くなっていきました。
村上 ディープラーニングを応用した解析技術を開発するにあたって、特に苦労されたのはどのような点ですか。
大西 例えば、ディープラーニングを用いた顔認識だと、顔の部分に四角が表示され「ここが顔です」と解析してくれます。しかし、これを森林でやろうとすると、“どれが1本の木か分からない”という課題に直面しました。そこで、これまでこの分野で伝統的に開発されてきた手法とディープラーニングを組み合わせることで効率的、かつ正確に樹種の識別ができる技術を開発することができました。
森林を取り巻く現状と、その課題
村上 森林を取り巻く現状の課題について教えていただけますか。
大西 大きなテーマは、やはり経済的な課題です。でも、森林の価値は木材だけではありません。例えば、熱帯雨林はCO2を吸収し、生物多様性も保全しています。そうした価値を定量的に評価して、熱帯雨林の価値が正当に評価され、経済も循環する仕組みを作るべきという議論が今、研究者の間でなされています。
最近では、CO2吸収量によって売買取引ができる形にも変わってきています。さらに日本では、間伐を進めるとCO2の吸収量が増えるため、そこでさらにお金がもらえる仕組みにして、放置されている森林を伐採しながら熱帯雨林を守る解決策が進んでいます。今後はさらに生物多様性の保全や、土砂災害を防ぐ役割なども評価していく必要があると考えています。
八巻 森林の価値の見える化に先駆的に取り組まれていて素晴らしいですね。生物多様性や防災についても、今後見える化を図っていく構想があるのでしょうか?
大西 構想はあります。現在、森林がどの程度原生林に近いのかを評価することができるので、そこからどれくらい豊かな森なのか、生物多様性がどれくらいあるのかは評価できると思います。土砂災害リスクに関しても、地形の傾斜などで推測するのに加えて、人工林がどんな状態なのか、管理されているのか放置されているのか、年齢はどれくらいなのかを把握することによってリスクも評価できると考えています。
八巻 日本だけではなく、世界的にも平均気温がどんどん上がっていて、台風や大雨による災害が増えています。そういった気象データとのマッチングは考えられていますか。
大西 将来的にはそこも必要だと思っています。日本で土砂災害が頻発しているのは、人工林の放置も一因ですが、やはり一度に降る雨の量が非常に多くなっているからですよね。その情報も加えることによって、より正確に森林の置かれた状況なども評価できると考えています。
木材を検索し、売買ができるマーケットプレースを作る
村上 日本における脱炭素に関わる各種制度の現状と課題は、どのように感じていますか。
大西 日本の森林に関するカーボンクレジット(排出権)の申請数は、かなり少ない状況が続いています。例えば、2022年の日本のカーボンクレジットにおいて森林領域は1.5%程度で、ほとんどが再生可能エネルギーや太陽光発電が占めている状況です。
なぜ森林のカーボンクレジットが進まないのか。その原因はコストがかかるからです。太陽光パネルはCO2の吸収量を自動で算出してくれますが、森林は実際に森に入って樹木を算定しなければならない。カーボンクレジットの金額も、再エネが2,000~3,000円のところ、森林は1万~1万5,000円。高額だからあまり買われない、買われないならコストをかけてクレジットの創出もできないという悪循環に陥っています。
打開策として、2021年からは航空機からのレーザーを使う測定方法が認められ、上空で間接的に森林状況を推定してカーボンクレジットを創出することが可能になりました。とはいえ、航空機レーザーも、1回飛ばすと数千万~数億円単位のコストがかかり、それを誰が負担するのかという課題は残っています。
八巻 なるほど。その1つの有効策となり得る森林情報解析ソフトウエアが、ご提供されているDF Scannerかと思います。その特徴を教えていただけますか。
大西 DF Scanner は2022年7月にリリースして、その後アップデートを加えながら機能を拡充させています。1本の木がどこからどこまでかを識別するほか、樹種の識別や木の高さ、太さ、幹の材積量や炭素蓄積量を計測できます。具体的な機能概要などは、YouTubeでも紹介しています。
八巻 樹種を識別するポイントはどこにあるのでしょうか。
大西 基本的には葉で識別します。落葉すると難しいので、春先から秋までの緑色の葉のシーズンにデータを取っています。それぞれ色も若干違いますが、形態的な特徴を拾ってディープラーニングで学習させて識別しているんです。針葉樹は識別しやすいのですが、広葉樹は難しく、現状では精度高く識別できるものは10~20種程度です。
村上 このサービスを使うユーザーはどんな方をイメージしていますか。利用シーンについても教えてください。
大西 現在のユーザーの半数以上が、森林のオーナーさんです。残りはドローンや環境コンサルティングの会社。利用シーンでいうと、例えば社有林を持っている企業が森林を調べて、間伐のタイミングを判断しています。現地に行ってご自身で調査せず、ドローンを飛ばしてそのデータで判断できるメリットがあります。
八巻 ユーザーがドローンで取得した森林データをDF Scannerにアップしていき、データが蓄積されていくというお話がありました。それらのデータのプラットフォーム化もこの先考えていらっしゃるのでしょうか。
大西 おっしゃる通りです。ユーザーにデータをアップロードしてもらうことで、日本全国の木材在庫マップのようなものができます。しかも、どこの森を誰が管理しているのか、リアルタイムでどこにどんな木があるかもわかります。そういったプラットフォームを作って、例えばハウスメーカーが木材を探して発注までできる「森林のAmazon」のようなプラットフォームが作れるのではないかと思っています。
八巻 面白い発想ですね。画像の見える化や解析の技術を持ちながら、マーケットプレースまで目指せるのは、非常にいいビジネスモデルだと思います。私たちもグループのBIPROGYが「キイノクス」というプロジェクトを立ち上げています。これは、国産木材の利活用と流通を目的としたプロジェクトで、森林環境に関わる社会課題の解決を目指しています。
大西 日本の木材流通は厳しい状況が続いていますよね。川上から川下までのサプライチェーンの再構築は誰もが目指すところだと思いますが、関わるそれぞれのプレイヤーが一丸となって取り組んで初めて達成されるものだと思います。
八巻 そうですね。木材を伐採する人だけでなく、木材を使う人までがつながり、「見える化」することが必要だと考えています。
データ収集を仕組み化し、未来の森林を守っていく
村上 今後の展開をお聞かせください。
大西 直近では、今お話しした木材プラットフォームよりも、「ボランタリーカーボン(編注:カーボンクレジットの一種で、NGOや企業、民間団体が主導するクレジット)」のマーケットプレースの方に力を入れていきたい。DF Scannerで解析したデータからカーボンクレジットの売買可能なプラットフォーム構築を計画しています。
今、日本に唯一ある「J-クレジット」は申請料が高額です。ボランタリーカーボンを展開することで、データを簡単に出品でき、手数料も基本的には無料にする予定です。かつドローンを使うことで森の経年変化が分かり、透明性を持たせることができます。J-クレジットとは差別化を図ったマーケットプレースを展開することで、ユーザーにとっても、ドローンやDF Scannerを使うメリットが出てくるのではと考えています
村上 今日お話を聞いていて1つ大きなポイントとなるのは、データをいかに集めるかというところだと感じました。例えばドローンを飛ばした人からデータを買い取るようなこともできるかもしれません。また、物流ドローンで山間部を飛ぶ業者さんもいるので、自治体も含めそういった連携もできれば、お互いにメリットがありそうですね。
大西 私たちもデータ収集は非常に重要になると考えています。確かに、物流ドローンとの連携も良さそうですね。検討してみたいと思います。
八巻 ドローンビジネスとして御社のような価値も創造できるんだなと今日はとても学ばせていただきました。ビジネスとしての拡大ももちろん重要ですが、大西さんの根底には、やはり環境保全や地球温暖化防止に貢献したいという思いがあるのだと思います。
データプラットフォームやマーケットプレースの構想を通じて、一部の企業や団体だけではなく一般市民も森林に関わるデータに触れる機会が増え、環境保全への貢献に対する行動がとりやすくなりますね。今後の取り組みにも期待しています。今日はありがとうございました。
【ディスカッションを終えて】
日本は、国土の3分の2を森林が占めるまさに「森林大国」です。森林浴などのアクティビティーはとてもリラックスできるものですが、そこに生い茂っている樹木一つ一つをデータから識別する技術を確立するには大変な努力と根気が必要になります。大西さんからは、自らが森林に入り樹種データを取得するさい、GPSでは位置情報の精度の点から調査範囲を特定しづらいという悩みや、ドローンの高度固定が必要であることなど、ご経験者ならではの興味深いエピソードを沢山伺うことができました。こうした地道な取り組みを通じて集められたデータが「森林価値の見える化」につながり、美しい自然を守り、次世代へと受け継がれていく未来を感じました。(未来サービス研究所 八巻睦子)