コロナ禍を経て、セルフメディケーションという言葉が浸透し、日々の暮らしの中で心身を整えようとする人が着実に増えています。一方で、「なんとなく体がだるい」「病院では異常なしだが具合が悪い」など、説明のつかない不調を感じている方も少なくありません。そんな背景から「養生」という考え方に注目が集まっています。2025年には、そのエッセンスを描いた漫画『しあわせは食べて寝て待て』がドラマ化され、多くの人々の共感を呼びました。今回は、同作の薬膳考証を担当した、薬日本堂漢方スクール講師の薬剤師・鈴木養平先生にインタビュー。「自分の健康は自分でつくる」という前向きな知恵である「養生」について、お話を伺いました。
「養生」とは、自分が楽しく生きるための「術」
― 「養生」という言葉は耳にすることが多いですが、改めてその考え方を教えてください。
「養生」とは何か。いきなり哲学的な問いですね(笑)。ネットで検索すると、芝生の養生や養生テープといった言葉が出てくるように、一般的には「備える」や「いたわる」といったニュアンスで使われていますよね。
文字通りに訳せば「命を養う」という意味になりますが、中国では養生のことを、「性」の字をあてて「養性(ようせい)」と表現されることがあります。この場合、その人が本来持っている良い性質を育てるという意味になります。
養生の考え方のベースにあるのは、完璧な人間など誰もいないということ。人にはそれぞれ個性があり、得手不得手が必ずあります。自分に与えられた役割を理解し、良いところをしっかりと伸ばしていく。このように考えていくと、養生は最終的には生き方という壮大なテーマにまで広がっていくのです。
― 想像以上に奥深いのですね。養生を分かりやすい一言で表すとどんな言葉になりますか?
一言で表すなら、養生とは「自分がいかに楽しく生きるかという術(すべ)」ではないでしょうか。教育現場などで標準化が求められてきた昔に比べて、現在は「個」にスポットが当たる時代になってきました。養生とは、「個」に根ざしたものです。一人一人性格も体質も年齢も異なります。だからこそ画一的な正解を求めるのではなく、自分自身の心身にしっかり向き合いメンテナンスし、人生をより良くしていく。それが養生の本質だと考えています。

薬日本堂株式会社取締役 日本漢方養生学協会理事長 明治薬科大学客員教授
薬剤師・薬日本堂漢方スクール講師 鈴木養平さん
― 2025年には、薬膳や養生の考えを取り入れた人気の漫画がドラマ化されました。日本で養生や薬膳への関心が高まっている実感はありますか?
関心は高まっていると感じます。これまでの物質社会から目に見えないネットワークやつながりを重視する精神社会へとシフトし、新しい考え方や生き方が広がる中、リトリート(心身のリフレッシュ)やロハス(健康で環境に優しい生活様式)、アロマやハーブ、そして漢方や薬膳といったキーワードが以前にも増して注目されるようになったと思います。
同時に、現代は不調の原因もより見えにくく複雑になってきています。ストレスが分かりやすい例で、健康診断で数値には異常が出なくても普段の生活の中で不調を抱えている方が増えているのです。そうした不調は「痛いところに薬を塗って終わり」といった単純な対処だけでは解決しません。どう向き合えばいいのか分からないという不安があるからこそ、今回のドラマは多くの人に深く刺さったのだと思います。
あの作品をよく見ると、主人公の病気が完治したわけではありません。ただ、養生を取り入れたことで自身に関わる環境と病気に対する考え方が変わり、気持ちが「陰」から「陽」に転じて「なんだか楽しい、幸せ」と思えるようになった。そんな変化に皆さん共感を得たのではないかと思っています。
鈴木先生の著書『わがまま養生訓』(フォレスト出版)。江戸時代に儒学者、医者、本草学者だった貝原益軒の『養生訓』から50の知恵を取り上げ、漢方の視点から解説している
― お話を伺っていると、現代社会において改めて養生を意識することは大切ですね。
その通りです。私はお客さまやスクールの生徒さんたちに、「自分自身が自分の体の最高の名医であれ」とお伝えしています。漢方や養生の知識を身につけておくことは、健やかに生きるためのツールになります。ただ一方で、人間はストレスを感じたり少し頭痛がしたりしても、目の前のことを優先して自分の不調に気づかないふりをしてしまう人がほとんど。
そこを一度立ち止まって、その感覚にふたをせず、ちゃんと見てあげてほしいのです。例えば頭痛がするたびに「なぜ今、頭が痛いんだろう?」と考えてみてください。そうすると「低気圧の日に痛くなる」といった自分のパターンが分かってくるはず。体からのサインに気づき、環境や状況を振り返る癖をつける。それだけでも立派な養生になります。
― まずは自分と向き合うことが養生の第一歩なのですね。
不調は数値化できないものなので、自分で表現するしかありません。実際、漢方相談では1時間ほどかけて気になる症状を詳しく伺います。例えば、頭痛という悩みに対して、「何年前から?」「そのころ、環境の変化はあったか?」「痛む頻度は?」とひもといていく。すると、ただ「痛い」とだけ感じていた症状の背景に、「実は引っ越しが想像以上にストレスだった」といったように、自身の中で終わっていたはずの出来事が関連していたことに気がついたりするのです。このように、一つ一つ棚卸しをしながら毎月自分の不調を相談していくうちに、自分との向き合い方が分かってくるんですよ。
私が講師を務めている漢方スクールに来る生徒さんも、最初は向き合い方が分からない方が多いのですが、理論を学ぶことで「私の不調はここが原因かもしれない」と気づくようになります。その気づきに対して、薬膳素材や漢方薬、あるいはツボなど今の自分に合うものを試していく。そのプロセスを楽しむことで考え方が前向きに変わっていく方もたくさんいらっしゃいます。
養生を通して、お客さまの「人生の背中を押す援助者」になれる
― そもそも、養生という考え方はいつからあるのでしょうか。日本にも古くから根付いてきたものなのですか?
養生の歴史は非常に古く、紀元前から存在します。中国の戦国時代末期の書物『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』には、「流水は腐らず」という言葉があります。水は流れているからこそ清らかで、よどむと濁ってしまう。人の体もそれと同じで、動いているからこそ健康でいられるのだという考え方がすでに記されていました。「いかに健やかに生きるか」という視点は太古の昔から確立されていたのですね。
日本でも、いわゆる「おばあちゃんの知恵」として養生は根付いてきました。咳が出たら大根を食べたり、梅の黒焼きを粉末にしてお湯に溶かして飲んだり……。薬が貴重で手に入りにくい時代だったからこそ、身近にあるもので体を整える知恵が育まれてきたのだと思います。そうした古くからの知恵が、現代になってマクロビオティック(自然と調和した健康的な食事法)や薬膳、あるいは栄養学といった形で科学的に解釈され、改めて注目されているのだと考えています。
― 鈴木先生が養生や東洋医学の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。
私の実家は山に囲まれた田舎にあり、そこで商店を営んでいました。子どものころは山へ行っては木の実を食べたり、キノコやヨモギを採ってきたりと、自然がすぐそばにある中で育ちました。先ほどお話ししたような「おばあちゃんの知恵」もごく身近にあり、そうした環境が漢方に興味を持つ原体験となりましたね。
その後大学進学の際、実家の店で薬を扱えるようになれば仕事の幅が広がるのではないかと考え、文系クラスから一念発起して薬科大学へ進みました。理系科目の勉強はかなり大変でしたが、将来の高齢化社会を見据えて漢方をしっかり身につけてから実家を継ごうと思い、今の会社に入社しました。ところが、学べば学ぶほど漢方の世界にのめり込んでしまい、今に至ります。
― 漢方のどのような部分に魅力を感じられたのでしょうか?
漢方を通じて、お客さまの人生の背中を押せる援助者になれる点です。漢方相談は、単に漢方薬を処方して、症状が良くなったかどうかだけを確認するのではありません。患者さまとじっくり対話を重ね、生活習慣や物事の考え方、人生観にまで深く耳を傾けます。もちろん漢方自体の力も大きいですが、対話を通じてその方の心に寄り添い、人生の歩みを支援できる。そうした関わり方ができることに魅力があると感じています。
自分を褒め、心地よいものだけが残ればいい。無理なくできる養生のコツ
― 現代の日本は西洋医学が主流となっていますが、東洋医学とどのようにバランスをとって取り入れるのが良いのでしょうか?
昔はよく、病気に対して西洋薬と漢方薬のどちらが効くのかといった比較がなされてきました。しかし、どちらが優れているかではなく、両方の良さをうまく活用していくのが理想的です。では、どう使い分けるのか。西洋医学は、数値に重きを置く医学です。健康な人の状態を数値化し、そこから外れた人を病気と定義して薬などで数値を正常範囲に収めていくのが治療です。

一方で、数値に表れない症状に対しては漢方の方が長けていると私は考えます。この症状を東洋医学では「未病」と呼んでいます。病院に行っても異常は無いと言われるけれど本人は不調のサインを感じていること、よくあるのではないでしょうか。代表的なのが、疲れや婦人科系の悩み、冷え性などです。
例えば、血圧が180だと言えば誰もが「大変だ、すぐに薬を飲んで」と驚きますよね。しかし、生理痛はどんなに辛くてもその痛みを数値で「500です」などと伝えることは難しいでしょう。数値化できないからこそ、他人には甘えと受け取られてしまったり伝えづらかったりします。また、病院に行っても痛み止めをもらうだけで終わり、根本的な解決にはならない。こうした「未病」を癒やすのが東洋医学で、病気になってから治すのではなく病気になる前にどう手当てをするか、そこに重きを置いているのです。
つまり、救急治療や検査は西洋医学に任せ、病気の予防や回復、日々の体調管理、不調は養生や漢方で整える。そうした役割分担を理解して、普段の生活に落とし込んでいくのが今の時代に合っていると考えます。
― セルフケアが必要な人、忙しい方でも取り入れやすい養生の考え方はあるのでしょうか。
漢方のベースには「自然に従う」という考え方があります。自然界にはバイオリズムがあるように、私たち人間もそのサイクルの中で生きています。当たり前のことですが、明るい時間は「動いて食べる時間」であり、暗い時間は「食べないで休む時間」です。若いうちは無理もききますが、特に40歳を過ぎたらこのサイクルを守らないと、少しずつ心身にほころびが出てきてしまいます。
また、東洋医学では「陰」と「陽」のバランスは人生において「50対50」だと考えます。もし「陽」の時間、つまり動いてばかりの生活を続けていると、どこかのタイミングで体が強制的に「陰」の時間をつくろうとします。それが、疲労によるダウンだったり病気という形で表れたりするのです。
第一線で活躍している経営者やビジネスマンほど、一週間のうちに必ず何もしない日をつくっているといわれています。もし一週間単位で時間が取れなければ、一カ月や半年のスパンで「ここは絶対に休む」という期間を意識的に確保するのも良いでしょう。
漢方相談で1番多いお悩みは10年連続で「疲れやすい」です。皆さんとにかくやることが多く疲れている印象があるので、「何をしなくていいか」考えてみてください。「あれもこれもしなきゃ」という気持ちは分かりますが「捨てる」という選択をして生活をスッキリさせてみるのもおすすめです。
東洋医学において大切な考え方の一つが「陰陽論」。この世の万物は「陰」と「陽」に分けられるという考え方で、陰と陽のバランスで自然や健康が成り立つとされている
― 食事やストレスがたまっている時に、取り入れやすい養生のコツはありますか?
簡単なのは、スーパーの買い物で「色」を意識することです。カボチャやハチミツのような黄色は「元気を補う色」、ニンジンや肉のような赤色は「良い血を作る色」、白色は「潤い」、黒色は「体のメンテナンス」と、色が持つ役割をなんとなく知っておくだけで気軽に取り入れられますよ。
色に加えて、「形」も意識してみると良いですよ。例えばストレスは、目に見えないものですよね。その場合は植物の“目に見えない”力を活用しましょう。つまり、「香り」がおすすめです。前述のドラマの中でもジャスミン茶にミカンの皮を入れて飲むシーンがありましたが、良い香りを嗅ぐことは「気」を巡らせる手助けになります。セロリや三つ葉といった香りの強い野菜を取り入れてみてください。ちなみに、脳にはクルミが良いといわれています。脳とクルミの形って、似ていますよね? 漢方や薬膳において「形」は大切な概念なんですよ。

鈴木先生も講師を務める薬日本堂漢方スクールの教室内には、漢方食材がずらり
― 先生自身が日常で実践している養生習慣はありますか?
一番は、寝ることです。体質を変えたい、自律神経やホルモンバランスを整えたい……そう願う方は多いですが、体がいつ整っているか知っていますか。実は、体は寝ている間にしか整いません。23時から深夜1時は東洋医学では「胆の時間」といわれていて成長ホルモンが多く分泌されます。
この時間に寝れば胆汁などが整い、決断力が増すといわれています。また、深夜1時から3時の「肝の時間」は、婦人科系がメンテナンスされる時間と考えられているので、女性はこの時間の睡眠が特に大切です。
ちなみに、東洋医学において男性は「陽」に割り当てられ、「日中動いたから夜眠れる」というサイクルですが、女性は「陰」。「夜しっかり休むから翌日頑張れる」というサイクルを持っています。どちらにせよ、できればその日のうち(24時まで)に布団に入れたらベストですね。その他にも、入浴中やお風呂上がりには柔軟体操をしたり道具を使って足の裏をマッサージしたりして、一日の滞りを流していますね。

鈴木先生が毎晩入浴時に実践するというストレッチは、両手を組んで伸ばすもの。「中指には首のツボ、人さし指と薬指には腰のツボがあります。その二つを効率よくほぐせるのでおすすめです」(鈴木先生)
― 寝つきが悪かったり、うまく眠れなかったりする方も多いと思いますが、コツはありますか?
スムーズに眠りにつくためには、体に「陽(活動)」と「陰(休息)」のスイッチをきちんと覚えさせてあげることがポイントです。朝の「陽のスイッチ」は、お日さまの光を浴びること。そして朝ごはんを食べることもホルモン分泌の観点で大切です。朝ごはんで摂ったトリプトファン(一般的な朝ごはんで使われる食材のほとんどに入っているアミノ酸の一種)が日中はセロトニンとして活躍し、それが16時間経つとメラトニンに変化し、リラックスを促すホルモンとなるのです。実はこのメラトニンは光に弱いんですね。ですから、夜の部屋は間接照明などでできるだけ薄暗くし、寝るまでの時間は自分の好きな音楽を聴くなど癒やし時間をつくりましょう。また、入浴も大切です。夜はお風呂に浸かることが「陰のスイッチ」となりますからね。就寝の2~3時間前に入浴ができるとベストです。
― 忙しい現代人にとって、養生を楽しみに変えるコツは何でしょうか?
大切なのは、「養生しないといけない」という義務的な考えをやめることです。まずは「今のままでいいんだよ」と認めてあげてください。その上で、何か一つプラスアルファしようとしている自分を、これでもかというほど褒めてほしいのです。ですから、三日坊主でもかまいません。いろいろ試してみて、なんとなく「これ、いいな」と感じたものだけが、自然にあなたの習慣として残っていけばそれで十分です。
最終的には「自分の体に対する最高の名医は自分自身である」という意識を持つ。そのバランスこそが、これからの時代のセルフケア、そして養生には求められているのだと思います。

プロフィール
鈴木養平(すずき・ようへい)
1991年 東北薬科大学卒業後、薬日本堂入社。店舗で臨床を経験し店長を経験、その後店舗運営、教育、調剤、広報販促に携わる。札幌に勤務中、TVの漢方コーナーにてレギュラー出演。漢方薬による体質改善の指導・研究にあたる一方で、“漢方をより身近に”と
薬日本堂漢方スクールセミナー講師・雑誌・本の監修・商品の開発協力(日本コカ・コーラ社“からだ巡茶”など)で活躍中。情報サイト「漢方ライフ」でのコラム執筆や、外部メディアでの連載執筆なども担当。2025年4月期に放送されたNHK連続ドラマ『しあわせは食べて寝て待て』の薬膳考証を担当した。著書に『わがまま養生訓』(フォレスト出版)がある。




