「ツナイダ☆チカラ」第16回
自然豊かな公園や大型商業施設などがあり、今も昔も多くの人でにぎわう東京・吉祥寺。「武蔵野デーリー」は、吉祥寺駅からほど近い大通り沿いにあるミルクスタンドです。日本各地の牧場から厳選した牛乳や、自社で製造した牛乳なども販売しています。「牧場によって異なるミルクの風味がダイレクトに感じられるとお客さまに好評です」と話すのは、取締役の木村 充慶さん。牧草や乳牛の育て方に対する各牧場のこだわりにリスペクトを込めて、木村さんはこれらの牛乳を「クラフトミルク」と呼んでいます。クラフトミルクの販売に至ったきっかけやユニークな発想から生まれた新たな取り組み、酪農や乳業の課題解決に向き合う姿勢について、お話を伺いました。

牧場のこだわりが詰まったクラフトミルクを体験できる「武蔵野デーリー」

―武蔵野デーリーは、100年続く牛乳屋さんが始めたクラフトミルク専門店ですが、どのような経緯で始められたのでしょうか?

もともとは私の祖父が牛乳屋を立ち上げ、事業を継いだ父も日本中の牧場をバイクで回るほど牛乳が大好きでした。一方の私は牛乳が苦手で、家業を継ぐつもりはまったくなく、大学卒業後は一般企業に就職しました。それが20代後半の時に父から借りた1冊の本がきっかけで、酪農の世界に強く心を引かれたのです。

この本では、北海道・旭川にある斉藤牧場について紹介されていました。斉藤牧場は、険しい山奥の自分たちで牧場を開墾するのは難しい場所にあります。牧場主の斉藤さんは自然と牛の特性を見極め、その力を生かしながら独自の方法を編み出して開墾したそうです。その話に感動した私は、北海道出張の際に斉藤牧場を訪ね、「お手伝いさせてほしい」とお願いして2泊ほど滞在しました。

慣れないながらも牛の世話などをしたのですが、その時に牧場で作っている牛乳をいただきました。牛乳が苦手だった私ですが、その時は「あれ、普通に牛乳が飲めるぞ!」「こんな牛乳があるんだ!」と、とても驚いたことをはっきり覚えています。その体験が、クラフトミルクスタンドの立ち上げへとつながっていきます。

画像: 土曜日と日曜日には、父・義之さんと一緒に店頭に立つ

土曜日と日曜日には、父・義之さんと一緒に店頭に立つ

―斉藤牧場の牛乳は普通の牛乳とどう違ったのですか?

私は牛乳独特のミルク臭さが苦手だったのですが、斉藤牧場の牛乳にはミルク臭さがまったくありませんでした。その後も180カ所の牧場に足を運び、牧場ごとに味が違う牧場のミルクのとりこになりました。

特に感動したのが、十勝の足寄にある「ありがとう牧場」の牛乳です。牛が食べている草の甘みをまっすぐに感じられたのです。牧草というと「雑草と同じでは?」と思う人も多いと思いますが、実は酪農家が肥料の配合や与え方の絶妙なタイミングなどを考えながら丁寧に育てており、滋味深く、野菜のような甘みがあります。

放牧ではこうした牧場で育てた自然の草を餌にするので、季節や牧草の状態で牛乳の味わいが変化します。そうした変化をそのまま楽しめて、一般的な牛乳に比べてサラッとしていて飲みやすく、牛乳が苦手な方でもおいしく飲めるという声もあります。

ストレスなくのびのびと育てられた牛が十分に手入れされた牧草を食べ、それが巡って牛乳になる……。ミルクの面白さにすっかりハマってしまいました。

斉藤牧場やありがとう牧場との出会いから「こだわりのミルクを使ったお店ができたら面白いな」という気持ちが芽生えましたが、その思いが、学生時代にイギリスで見た「クラフトミルク」という言葉とつながりました。

日本ではクラフトというとビールが有名ですが、ミルクにおいてはまったく知名度がありません。日本各地には、斉藤牧場のほかにも立地や飼育方法などにこだわりを持つ牧場がたくさんあります。そうしたこだわりのある牧場のミルクを楽しめるお店ができたらいいなという思いから「クラフトミルクスタンド」の構想が生まれました。

お店の人気商品は毎月3〜4種類の牧場の牛乳をセレクトして提供する「3種飲み比べセット」です。どんな牧場でどのように育てられた牛の牛乳なのかを説明した「牛乳カード」を付けてお出ししています。ストーリーがあることで、牛乳には味の違いがあることを知ってもらい、牧場そのものにも興味を持ってほしいという想いからです。それから、カードを読んだ方のうちの何人かが実際に牧場を訪ねてもらえたらうれしいですね。

画像: 人気商品の「3種飲み比べセット」。季節に合わせて異なる牧場のミルクを用意する

人気商品の「3種飲み比べセット」。季節に合わせて異なる牧場のミルクを用意する

画像: ―斉藤牧場の牛乳は普通の牛乳とどう違ったのですか?
画像: 店頭にはミルクボトルやプリンなど、さまざまな商品が並ぶ

店頭にはミルクボトルやプリンなど、さまざまな商品が並ぶ

都市型酪農で見つけたサステナブルなあり方

―全国各地の牧場を回り牧場ごとの考えや飼育方法について知る中で、何か気づいたことはありますか?

放牧のミルクの魅力に引かれて以来、ミルクスタンドでは全国の放牧のミルクを販売していましたが、ほどなくして都会にある牧場の魅力に引き込まれていきました。都会の牧場は敷地が狭いため放牧するスペースがなく、牛舎で牛をつなぎ飼いしていることが多いのです。

こうした飼育は、環境活動家などからアニマルウエルフエア(動物がストレスの少ない快適な環境下で飼育されることを目指す考え方)に反しているとよく攻められています。実際に私も最初はいい印象を持っていませんでした。

ただし、実際に都会の牧場に行って牧場主と話すといろいろな発見がありました。土地が狭いため放牧はできませんが、牛たちが快適に過ごせるように温度管理を徹底したり、牛たちや牛舎を清潔にしたりさまざまな工夫を凝らしていました。

また、地域と連携する取り組みも多く見られます。例えば地域のビール工場から出た麦芽かす、パイナップルの加工場から出た外皮などの産業廃棄物から作られた飼料「エコフィード」を取り入れる動きが出てきています。他にも子どもや大人に酪農の魅力を発信するイベントを開催するなど、地域の人々とのつながりを意識する牧場もあります。

特に感動したのは東京・八王子にある「磯沼ミルクファーム」です。住宅地のど真ん中にあるのですが、牧場はいつも開放しており、通勤通学の人たちが毎日牛たちに挨拶していくのです。牛たちには名前も付いており、中には「推し」の牛がいる人もいます。

磯沼ミルクファームには、牛ごとにミルクを搾り、そのミルクから作ったヨーグルトもあります。ヨーグルトのふたには牛の名前が書かれており、推しの牛のヨーグルトが食べられるのです。子どもは牧場のボランティア活動に参加できるのですが、生まれた子牛に名前を付けることも可能です。つまり、自分が名前を付けた子牛をかわいがり、その牛のミルクからできたヨーグルトを食べられるのです。生き物、食べ物を身近に感じ、深い食育体験ができるのは、住宅地に近い都会の牧場ならではの取り組みだと思います。

もちろん田舎の牧場も好きです。大草原や山奥で牛がのびのびと過ごしている風景は素晴らしい。他方で、限られたスペースでも面白い取り組みをしている牧場もあります。与えられた条件の中でいかに環境、社会との接点をつくりながら努力するか、牧場ならではのサステナビリティーの取り組みを知ることができました。

画像: 店頭ではミルクの仕入れ先である各牧場を写真付きで紹介している

店頭ではミルクの仕入れ先である各牧場を写真付きで紹介している

酪農を取り巻くシビアな環境

―酪農にはさまざまな課題がありますが、それらに武蔵野デーリーとしてどう貢献していきたいとお考えですか?

牛乳が私たちの手元(もしくは店頭に)に届くまでには、たくさんの複雑なステップといくつかの難しい課題があります。例えば、牛乳や乳製品を作る生乳は、毎日生産されますが、腐敗しやすいため個別に製造・販売するのは難しい。そこで、さまざまな牧場の生乳を酪農組合が集めて、乳業メーカーがミルクを製造し、スーパーなどが販売するという大きな流通の流れをつくり、効率的に販売されています。ただし、そうすることで、酪農家のこだわりが伝わりづらく、付加価値がつけづらくなっていると言われています。

最近では、生産者が自分で作った生乳を加工して販売することで、商品に付加価値を加える「6次産業化」という取り組みが進んでいます。武蔵野デーリーで扱っている牛乳は、この6次産業化を行っている牧場の牛乳です。しかし、実際にはこの方法でビジネスを成功させるのは難しいというのが現状です。牧場は毎日休まずに働いているので、新しいことにチャレンジする時間や人手がなかなかありません。酪農家は、牛乳を買う人たちと直接会うことが少ないので、世間と乖離していきがちです。だからこそ、酪農家が自社の製品を生み出しやすい環境をつくっていけたらと思っています。

また、環境面では牛のゲップで出るメタンガスの問題などで、酪農業に向けられる目も年々シビアになっています。日本は欧州に比べると酪農家の数が圧倒的に少ないため、牛由来のメタンガスは他国と比べると少ない傾向にあります。実際に日本では稲作由来のほうが多いと言われています。このことはあまり知られていませんね。こういった事実を正しく伝えてもなかなか広まらないとは思いますが、もう少し正確に伝える必要はあるなと思っています。

日本で乳製品を飲食するようになったのは、明治時代からです。そして、毎日のように乳製品を飲食するようになったのは、戦後からなんです。だから、日本では海外のように乳文化が根付いていないのです。これからは、もっと幅広い形で乳製品を気軽に飲食できるような、新しい乳文化をつくっていくことも大切だと思います。

乳製品のバリエーションを豊かにする「新・乳文化」を広げたい

―新しい乳文化の発展に向け、武蔵野デーリーが取り組んでいることは?

当初はそこまで大上段に構えていたわけではなく、漠然と「牛乳の多様性や奥深さを伝えたら面白いだろうな」と考えていました。ただ、この店を始めてから、いろいろな牧場を巡ったり、いろいろな方々とお話しをするようになって、もっと課題にも向き合っていきたいという思いになりました。

そういった思いから、クラフトミルクスタンドの地下にあった倉庫を活用して、乳製品の製造工房である「CRAFT MILK LAB」を立ち上げました。酪農にこだわりを持ちながらも、さまざまな事情により6次産業化できなかった牧場の牛乳や、ヨーグルト、アイスなどを作ることが目的です。例えば東京・練馬にある小泉牧場や、東京・府中にある東京農工大農学部とコラボした乳製品を作っています。

画像: 店舗の地下にある製造工房「CRAFT MILK LAB」

店舗の地下にある製造工房「CRAFT MILK LAB」

お店のある吉祥寺は東京都西部に位置していますが、この地域にも実はたくさんの牧場があります。だからこそ、近隣の牧場でとれたミルクを使いたいなと思いました。新鮮であることはもちろん、お客さまがミルクを気に入ったときには、ミルクがとれた牧場まで足を運べることもメリットだと考えているからです。

その他、昨年の能登半島地震で被災した、石川県・能登で放牧を行う「寺西牧場」のミルクなど、県外の牧場でとれたミルクも使用しています。今後も全国各地でとれたミルクを使った乳製品を開発していきたいです。

画像: 店舗の地下には作業スペースがあり、仲間や異業種の方々と日々新たなアイデアを練っている。海外の乳文化を伝えるためのワークショップを開くこともあるそう

店舗の地下には作業スペースがあり、仲間や異業種の方々と日々新たなアイデアを練っている。海外の乳文化を伝えるためのワークショップを開くこともあるそう

ー次々と新しい企画を始めていると伺いましたが、どのようなことにチャレンジしていますか?

私は国内だけでなく、世界各地の牧場や乳製品を体験しに海外に行くのですが、海外の家畜文化は少なくとも1万年以上の歴史があると言われています。世界最大の牛乳消費国のインドでは1万種もの乳製品があるそうです。対して日本は、ヨーグルトやチーズ、バターなど数種類程度しか知られていませんよね。

画像: 木村さんはインド訪問を通し、乳文化の奥深さに触れた

木村さんはインド訪問を通し、乳文化の奥深さに触れた

そこで2025年4月、知り合いたちとともに、代官山にギリシャヨーグルトのテイクアウト専門店「hug.」を立ち上げました。中東や東欧では肉料理にヨーグルトを添えたり、スープに使ったりなど、料理にヨーグルトを取り入れる習慣が根付いています。日本でもヨーグルトのさまざまな味わい方を提案していきたいと思います。

また、能登地方で被災した牧場と輪島にあるフレンチレストランのシェフと協力し、クラウドファンディングでミルクのフリーズドライ「ミルふり」を開発することにもチャレンジしました。ミルクは保存しづらい、保存しようと加工すると味が悪くなるという前提に対して、保存性も高く、ミルク本来の味をそのまま引き出せるフリーズドライのミルクにはさまざまな有名シェフも注目してくださっています。今後の販売に向けてしっかり推進していきたいと思っています。

それ以外にもインド料理コミュニティーのメンバーと一緒に、世界で一番牛乳を生産しているインドの乳製品を作る不定期イベント「印度乳業」や、広告会社やテクノロジー会社のメンバーと一緒に、新たな牧場との接点づくりのため、牛たちのアバターを作成する「わが家牧場」など、さまざまな取り組みを行っています。

このように牛乳の多様な味わい方を提案し、多くの人にその魅力を広げていくことが、酪農家を支えることにつながると信じています。

画像: 新たな乳文化を広めるため、インド料理グループとのコラボにより展開する「印度乳業」。東京と京都を拠点にイベント開催や屋台出店など精力的に活動しており、武蔵野デーリーではクラフトミルクを使ったチャイ(ミルクティーにスパイスを加えたインド発祥の飲み物)を販売したことも

新たな乳文化を広めるため、インド料理グループとのコラボにより展開する「印度乳業」。東京と京都を拠点にイベント開催や屋台出店など精力的に活動しており、武蔵野デーリーではクラフトミルクを使ったチャイ(ミルクティーにスパイスを加えたインド発祥の飲み物)を販売したことも

画像: 今年3月に始まった「わが家牧場」。好きな牛や食べてみたい乳製品を選ぶと、現地の牛とリンクしたぬいぐるみが届く。ぬいぐるみをなでるなどしてかわいがることで、特製のミルクとチーズが毎月届く

今年3月に始まった「わが家牧場」。好きな牛や食べてみたい乳製品を選ぶと、現地の牛とリンクしたぬいぐるみが届く。ぬいぐるみをなでるなどしてかわいがることで、特製のミルクとチーズが毎月届く

画像: プロフィール 武蔵野デーリー株式会社取締役 木村充慶(きむら みつよし) 大学卒業後に広告会社へ入社。イベント立ち上げや雑誌編集、PRディレクターなどを経験。東日本大震災の復興支援に携わったことをきっかけに、一般社団法人 FUKKO DESIGNを立ち上げた。復興・防災、SDGsなどの社会課題をテーマにして活動している。2022年から武蔵野デーリーの経営に参画。クラフトミルクスタンドを立ち上げ、乳文化の新たな可能性を模索している。

プロフィール
武蔵野デーリー株式会社取締役
木村充慶(きむら みつよし)

大学卒業後に広告会社へ入社。イベント立ち上げや雑誌編集、PRディレクターなどを経験。東日本大震災の復興支援に携わったことをきっかけに、一般社団法人 FUKKO DESIGNを立ち上げた。復興・防災、SDGsなどの社会課題をテーマにして活動している。2022年から武蔵野デーリーの経営に参画。クラフトミルクスタンドを立ち上げ、乳文化の新たな可能性を模索している。

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