東京・練馬区から園芸文化を発信し続ける都内最大級のガーデンセンター、オザキフラワーパーク。約3,000坪の面積を誇る店内には、さまざまなユニークな植物が生い茂り、「買える植物園」とも称されます。1961年の創業以来、植物好きから「聖地」と呼ばれるほどのお店になるまでには、「いくつもの挑戦と失敗があった」と社長の尾崎明弘さんは語ります。「植物が大好き」。今回は、その想いを原動力に、数々のトライ&エラーを重ねた末に体験型店舗へと転換し、売上低迷を乗り越えた舞台裏に迫ります。また、未来を描き続けるために取り組んだリブランディングや、ITなども活用して進化を続けるオザキフラワーパークの今後の展望についても伺いました。
植物が日常にある光景。オランダ修業で確かにした“緑”への思い
―オザキフラワーパークは1961年創業、尾崎様が2代目社長とのことですが、社長になるまでの歩みを伺えますか。
父の姿を見ながら、植物を身近に感じる生活を送っていたので、幼い頃から植物や自然が大好きでした。「いつかはこのお店を継ぎたい」という思いも強く、大学は経営を学ぶために経済学部に進学しました。卒業後はチェーンストアの仕組みを学ぶため、ホームセンターに就職して約2年働いた後、オランダへ修業に行ったんです。
―なぜ海外へ、その中でもオランダへ行くことに決めたのですか。
ガーデニングはヨーロッパ諸国で盛んな文化なので、直接見てみたかったんです。特に、オランダは「花の国」とも呼ばれます。ガーデンセンター(※)が生活に浸透し、100店舗以上を展開する会社もあります。街の至るところで花や緑が綺麗に手入れされていて、植物を愛する心やその文化が人々の日常です。その姿が本当に素敵でした。
※ガーデンセンター:花や植物が売られているだけでなく、カフェなどが併設されている施設
私はご縁があって、種子や園芸関係商品を取り扱う日本企業のオランダ支社で約2年、研修生として働かせていただきました。そこで人脈を作り、3年目からは切り花の取り扱いをメインにオザキフラワーパークのオランダ支店として独立しました。現地で4年ほど経験を積んだのち、
29歳で帰国してオザキフラワーパークの切り花担当になりました。
その頃の日本の園芸業界はガーデニングブームに陰りが見え始めたタイミング。海外で得た知識で成果が出たこともありましたが、「明弘が帰ってきた途端に売上が下がりだした」なんて言われたこともありました(苦笑)。
その後、常務を経て38歳で社長になりました。その間も売上は右肩下がりで、「まずい……」と日々不安が募るばかりでした。「何かしないと、この状況を改善できない」と焦り、新規事業を始めたり、100円ショップを始めたりして売上は確保できていました。しかし、本業の園芸の売上が一向に良くならない。お店のホームページも立ち上げるなど試行錯誤を重ねましたが、周りからも「園芸店をメインにしなくてもよいのでは?」と言われるくらい、業績が振るいませんでした。
「ジャングルみたい!」お客さまの声をヒントに体験型の店づくりへシフト
―その後、状況を変えるきっかけはあったのですか。
当時、日本農業新聞が出した園芸業界予測で、「2027年まで園芸業界は低迷し続ける」との記事を見てショックを受け、既存のビジネスモデルではダメだと、思いを新たにしました。そこからは本当に必死で「やれることは全部やる」日々が始まりました。園芸専門書からビジネス書まで情報網を広げ、気付きがあればお店でどんどん実験する。安売りの実施や、ライフスタイル寄りのコーナーの新設などを試すのですが、どれも上手くいかない。でも、挑戦と失敗を1年半ほど繰り返していたある日、現状打破のヒントに出会ったんです。
私は観葉植物が大好きで、社長になってからも仕入れ担当をしていました。しかし、当時は観葉植物の売上が低迷していたため売り場を縮小していたのです。でも、仕入れ時に観葉植物を見るとどれも魅力的で、どんどん買ってしまう(笑)。
すると、スタッフから「社長、売り場に入りきらないですよ!」と言われてしまって。でも、仕入れたものはお店に出すしかない。どうしたかというと、大きな鉢植えの中に小さい鉢の植物を置いたりして、従来の整理整頓された陳列からは考えられない商品の並べ方をしたんです。やがて観葉植物コーナーがかなり“密集”した空間になりました。
そうしたら、家族連れなどのお客さまが売り場の前で足を止めて「ジャングルみたいで面白そう!」と入ってくれるようになったんです。直感的に、「これはいける」と感じ、ジャングルの中で宝探しをするような、“体験型”の売り場づくりに変えていきました。
それまでは業界的にも、社内的にも、商品はきれいに見やすく並べるのが基本。それを評価し気に入ってくださるお客さまからは、ジャングル化を受けてお叱りの言葉もいただきましたし、社内外の反対もありましたが、ただ私は「これだ」と思ったら曲げないんです(笑)。そうして推し進めるうちに、少しずつお客さまの数も、売上も上がっていったんです。
―店内を歩いていると本当に宝探しをしている感覚になり、ワクワクします! それからは着実にファンが増えていったのでしょうか?
もう1つ大きなきっかけがあります。SNSの普及です。ジャングル化で、売り場の写真を撮ってインスタグラムに投稿する人が出てきたんです。当時は、「小売店で写真を撮るのはNG」が業界の常識でした。
でも、スタッフが教えてくれた投稿を見た時、写真を撮ってシェアすることが当たり前の時代が来ると思いました。そこで、私たちの店舗ではどんどん写真を撮って拡散してもらえるように、「撮影OK」と決めたんです。
すると、インスタグラムをいち早く使い始めていた感度の高い方たちが知ってくださり、「雑誌の撮影でこのスペースを使いたい」との話まで出てきたんですよ。うれしかったですね。当時大人気のモデルさんが撮影に来てくれて、そこでもさらに広く店を知ってもらえたりもして。同時に売り場もどんどん拡張し、今のようなスペースになりました。
初心者からマニアまで。「聖地」として愛される理由は日々の進化にあり
―2018年には店舗をリニューアルオープンしていますが、経緯や思いを教えてください。
観葉植物コーナーでの成功を通じて、店全体をさらに体験型の店舗にしていこうと考えました。そのため、2年ほど時間を掛けて本格的にリブランディングを行い、2つの方向で取り組みを進めました。
1つはアウターブランディング。「Feel the Power of Plants(感じよう!植物の力!)」というコンセプトを立て、ロゴや外観、カフェや各コーナーの配置などに注力しました。今も進化し続けていて、歩いているだけでワクワクできて、1日中楽しめる場所をめざしています。2つ目は、インナーブランディング。現在でも、年に一度、全スタッフに私から直接ブランドの存在意義を説明していて、スタッフが主体性をもって活躍できる環境を整え続けています。
―植物好きの方々はオザキフラワーパークを「聖地」と呼びます。愛される店づくりをするために意識していることはありますか。
「おもてなし」を大切にしています。リニューアルまで、うちは“園芸マニア受け”する店だったと思います。でも、初心者をマニアに育てるのも私たちの役割。ビギナーの方に園芸をより知ってもらうため、イベントやワークショップを毎週のように開いています。初心者の方々が入りやすい店づくりもリブランディングの大きな目的でした。一方で、マニアの方々に満足していただける植物もしっかりと仕入れる。そのバランスは大切にしています。
―尾崎さん直伝のおすすめのお店の回り方はありますか。
もちろんありますよ! まずは自由気ままに散歩感覚でお店を回ってもらって、植物の“力”を体感してください。次に、「家のリビングに背の高い植物を置きたいな」など、どんな場所にどんな植物を置きたいのか、自分の希望をイメージしながら、宝探しをするように植物を見てみてください。
そして、良さそうな植物を見つけたら、同じ植物でもいろいろな顔の子たちがいるので、自分にぴったりの植物を選んでください。こんな感じで、「探す、見つける、選ぶ」の3段階を楽しんでください!
―売り場面積や顧客管理の面などにIT技術も活用されているのでしょうか。
ええ。会員さまの情報など、情報セキュリティー面では、東京都のSECURITY ACTIONの二つ星を獲得しています。また、お客さまの利便性を高めるため、来年リリースを目標に自社アプリの開発を進めていて、今後も顧客体験価値を高めるために積極的にITを活用していきたいと考えています。仕組みだけが先走ることのないように、スタッフのITリテラシーを高めるため、月に2回ほど勉強会も開いています。従業員のセキュリティー教育を推進することは経営者の役目であり、お店を守ることにもつながります。
日々の内省の中に、現状を打破・改善するヒントがある
―挑戦と失敗を繰り返しても、何度もトライできたのはなぜでしょうか? また仕事上で大切にしていることやルーティンがあればお聞かせください。
社長になってすぐ、業績が下がっていった頃、チャレンジはするものの、私の考えはブレてばかりでした。「これだ」という信念や軸がなかったんです。状況を変えるためには、オザキフラワーパークをどんなお店にしていきたいか、確固たる考えを持たないといけないと思いました。そのために、意識して内省の時間を取るようになり、それがお店の盛況にもつながったと確信しています。
どんなことをしているかというと、毎日手帳に必ずその日の振り返りを書き留めるんです。気付いたことや失敗したこと、本を読んで思ったことなど、365日、1日も欠かさず、です。そして、半年に1回、5日間、1人で「合宿」をします。有名マンガの言葉を借りるならば、“精神と時の部屋”に入るわけです。ひたすら自分と向き合い、考え続けます。手帳を読み返しながら、何が良くて何が悪かったのか、今後自分はどうありたいのか、会社をどうしていきたいのか――とにかく徹底的に思考を巡らせます。そして、思考の記録をまた別のノートに書き留めてアウトプットします。ちなみに、講習会など外からの話も参考にはなりますが、そこで聞いた話をそのまま実践するのではなく、自分自身の言葉に落とし込むことでより役に立つものになると思います。
内省を繰り返すと、良くなるヒントが必ず見つかる。少しずつ自分なりの原理や原則が出来上がり、失敗する確率も減りました。たとえゴールや目標が果てしなく遠いものでも、最後まで諦めずに進み続ければきっと辿り着けます。私は登山やマラソンが趣味なのですが、それと同じ感覚です。でも、そこに到達するためには、毎日の姿勢が重要。逃げずに自分自身としっかり向き合う内省の時間を習慣化させることが最も大切だと思います。
日本のライフスタイルに植物があることを「当たり前」にしていきたい
―今後、オザキフラワーパークをどんなお店にしていきたいか、ビジョンを伺えますか。
3つあります。1つ目は、オザキフラワーパークを「第3の居場所」として提供していくこと。お客さまが仕事や家庭に追われる中、お店が精神的にリラックスできる場所に、さらには街の必需品になりたいんです。ヨーロッパの中には、ガーデンセンターがインフラの1つといえるくらいの価値をもつ街もあります。まずは練馬から園芸店の価値向上を図っていきたいです。
2つ目は、人びとのウェルビーイング(Well-Being)を高めるようなお店づくりを続けていくことです。「ここで買い物をしている人はみんな幸せそうですね」と話してくれた方がいて、園芸店は幸せを届けることができる存在だと改めて気付きました。コンセプトである「Feel the Power of Plants(感じよう!植物の力!)」を体感してもらいながら、もっとワクワクできて、幸せを感じてもらえる場所に進化し続けていきたいです。
3つ目に、花や緑が生活の一部となるようなライフスタイルを日本にも根付かせたいです。そして将来的には、植物があふれる地域社会になるよう貢献していけたらと思います。街や道路に植物を植えることを無駄だと思う人がいるかもしれませんが、その“無駄”の中にこそ、優しさや心の豊かさだとか、大切なものが隠れていると思うんです。
練馬区は東京23区の中でも緑化を推進している区だと思います。先ほどお伝えした、植物があふれる地域社会にしていくために、街と組むなどして進めることができたら理想だなと思っています。そして、チャンスがあれば別の街に出て、植物の力を感じてもらえるガーデンセンターをもっと広めていきたいですね。